1
オークの達の侵攻と聞いて誰もが思うのは、斧や盾で激しく音を鳴らし「戦闘開始の合図」をして雄叫びをあげ一斉に突撃をする様、つまりは攻城兵器や遠隔武器も一切使わず数だけで押し切る肉弾戦だろう。
だがその日の朝は戦闘開始の合図も、雄叫びもなく、それは突然起こった。
村の門で警備をしていた男は森の中から一斉に鳥が飛び立つような様を見た。それは黒い何かで一見鳥が飛び立つ様にとても良く似ていたが、その黒い集団が空でターンし地上を目指して落下してくる様を見た男は、それが鳥などではなく自分達を殺す為に放たれた矢である事を理解した。
矢という物体を検知した練成陣が一斉に発動し空に高圧力の水を噴射した。日の光の加護を取り払うかのように空を覆い尽くした矢の雲は水飛沫とともに村の上空で弾き返された。だが大量の矢が一斉に村に落下して来た為、水の防壁が間に合わなかった分は貫通して村に落下した。
水飛沫が上空でたてた轟音と地面に落下した矢に驚愕した村人達の悲鳴、それが戦闘開始の合図だった。
「来やがった!」
ロイドは武器を手にとって食堂を飛び出した。はつみ達もそれに続く。そして全員が外に出た後に、また上空で轟音が響いた。第2波が水の防壁で弾かれる音だ。第1波と同じく、弾ききれなかった矢が屋根や地面に一斉に落下した。
ロイドは自分の部下達に指示を出す。
「お前らは村人に各配置につくように言ってくれ。くれぐれも矢に気をつけるよう伝えろ!空で防壁が発動した数秒後に落下してくるからな。村人が配置についたら、お前らも練成陣の周りを固めろ」
命令を受けたロイドの部下達は方々に散開した。
「俺と風雅とナジャ、ミーシャは門の方へ。豊吉さんはここで怪我人の治療をしてくれ。マハとはつみは高台に行ってどこから矢を放ってるのか突き止めてくれ!」
はつみ達もその場で散開した。
2
その頃、オーク達は森の中にいた。
その場に居るほぼ全員が同時に長弓から矢を放ち、そして一斉に矢を装填してまた放つ。それは狙いを目視できる対象へ定めて放つのではなく、空へと放っている。一見すると闇雲に空へと放っている様にも見えるが、方角と角度を指示する担当がおり、その指示に従って調整していた。
方角と角度を調整する担当となったオークは双眼鏡から村の様子を伺う。放たれた矢は一斉に黒い塊となって村に降り注いだが、その直後、村の少し上空で白い雲が立ち上がっているのが見えた。
「撃ちかた止め!兄貴、これを見てください」
オークは双眼鏡を顔から離し、彼の上官であるクロイツに手渡す。手渡されたクロイツは調整係のオークと同じ様に村の方角を確認した。
「何だ?あのクソ○○○な雲は?」
「解りません。矢が村へと降り注いだと同時に雲も立ち上がります」
「よし、重弓を持って来い!デカイクソを奴等の頭上に御見舞いしてやる!」
指示を聞きつけた数匹のオークは草陰から1戸立ほどの大きさの巨大なクロスボウを引き摺ってきた。先ほどの方角と角度を調整する担当のオークが双眼鏡で再び村の方角を確認する。
「角度50、方角25。弓を引け!」
総勢10匹のオークが巨大なクロスボウの脇から弓(に紐付く綱)を一気に引っ張る。クロスボウの素材である木が軋む音とともに、しばらく使っていなかったからであろうか、重弓からは埃が立ち上がった。
「放て!」
オークの掛け声と共に総勢10匹のオークは先ほどまで引っ張っていた綱を離す。轟音を立ててクロスボウに装填されていた巨大なボルトが空へ向かって発射された。クロイツもその部下達もその様子を見守る。
その黒い巨大な物体は村へ向かって落下していくが、村の上空に差し掛かった所で粉々に粉砕された。先ほどのように一斉に矢を放っていた時には解らなかったが、粉砕される少し前に光の粒子が巨大なボルトに集まるのが見える。次の瞬間、その巨大なボルトはまるで壁に当たるかのように空中で何かに衝突して粉々に粉砕されたのだ。
「おいおいおいおい、なんだありゃ?あのクソ○○○な壁みたいなのはなんだ!俺様の可愛い○○○があのクソみたいな壁にぶち当たってワケわかんねーッ!おい!突き破れ!あのクソみたいな壁を俺様の○○○でブチ破るんだよ!!」
クロイツは腰を前後に振りながらそう叫んだ。
同じ頃、村ではロイドが門を見回っている最中に彼の元へ部下が駆け寄ってきていた。
「どうした?」
「今の一撃はマズイぞ!あれと一斉射撃が同時に来たら防壁に供給している水が間に合わずに練成陣が発動しないかも知れない…!」
「チッ…空からあんな重いものが降ってくるのは想定外だったな…。騙し通せないかね」
「騙し通す?」
「こちらには鉄壁の防壁があると奴等が思えば、少し賢い奴なら作戦を考える為に時間を設けるだろう?それだけ時間稼ぎになると思ったが…奴等馬鹿だからなぁ…とにかく撃ち込んでくるだろうな」
同じ頃、オーク達の陣地では彼等のボスであるクロイツが頭に血管を浮かべて腰を激しく上下に振りながら叫んでいた。
「撃て!とにかく撃て!あのクソ○○○なクソ防壁をクソぶっ壊してぶちまけて散らかしあげてやる!俺様の○○○はどんな硬い壁でも貫通するぜ!こんな風にな!」
そう言ってまたクロイツは激しく腰を上下に振る。
その間にもクロイツの部下達は忙しく長弓に矢を装填して放ったり、重弓(巨大なクロスボウ)にボルトを装填して10匹掛りで弓を引っ張りクロイツ曰く彼の○○○を空へと放ったりしていた。角度と方角調整を行っていたオークはクロイツの側に寄り言う。
「兄貴、このまま後衛部隊をここへ残して前衛だけ進軍させますか?あの防壁は多分魔法か何かでしょう。もう少し近付けば詳しい状況が解るかも知れません」
「よし、前衛!石弓と盾を装備してこのまま村の近くまで進軍する。他はここで砲撃を続けろ。砲撃の手は緩めるな!あの村の周りでは空から降るのは雨かお前達の放ったクソのどちらかだ!奴等に空の色を確認する暇を与えるんじゃねぇぞ!」
そう言い放つとクロイツと彼の言う前衛部隊は動物の皮で造られているマントや木の皮などの面を被って森の中へ向かった。
3
「もっと水があれば防ぎきれるんだが…」
ロイドの部下の技術者は練成陣を前に居てもいられぬような苛立ちを見せていた。
オークの放つ重ボルトと大量の矢が一斉に降り注ぐと練成陣はそれに反応して水路の水を吸い上げて上空で水の防壁を発生させる。その吸い上げはほぼ限界に近付いており、水路の水は枯れかかっていた。勿論、井戸の水を吸い上げたり小川の水を水路に送り込む事で、枯れた水路の水は満たされたがそれが次の攻撃に間に合わないのだ。
「おじさん、もっと水があれば矢を防ぎきれるんだよね?」
話し掛けたのは、この村にはつみ達が訪れたとき、最初に防衛にあたっていた子供達のリーダー、ウィルだった。
「ボウズ、お前なんでここにいるんだ!家に非難してろってロイドに言われただろ?」
「抜け出してきたんだ。僕にも何か出来る事があると思って…水路に水を送るならエミーの家の水車を使えばいいよ」
「あのな、ボウズ、水車っていうのは水を送るためにあるんじゃなくて、水の流れを利用して何かをする為にあるんだ」
「エミーの家の水車はギアを入れ替えれば地下水脈から水を引っ張ってくるんだ!村の人は普段は小川の水で足りてるから使わないけどね。でも今は水が全然足りてないんでしょ?多分村の人はその水車使ってたのは随分昔の事だから忘れてたんだよ」
「ボウズ…今すぐロイドの所に言ってそれを伝えてくるんだ!ここまで来たから判ってると思うが、空から矢が降ってくるから気をつけろよ」
ウィルは頷くと駆け足でロイドの居る村の門まで走っていった。
4
双眼鏡から矢の着弾地点の様子を確認してそのオークは渋い顔をした。
「あの防壁をなんとかしなければ矢の無駄遣いになるな…撃ちかた止め!」
その直後、森の中から先ほど村へと向かった前衛部隊のオークが1匹戻ってきた。
「どうした?」
「クロイツの兄貴からの伝言です。人間どもは錬金術を用いた防壁を稼動させているようです。ただ1箇所に攻撃が持続的に集中すると防壁の効力が無くなる様です」
「ふむ…よし、お前等、3班に分かれて交代で矢を投じろ!狙うのは村の門だ!クロイツの兄貴に伝令を頼むぞ。『村門に集中砲火する、突入の援護と受け止められよ』」
伝言係のオークは頷くとまた茂みの中へ消えた。
同じ頃、村門ではロイドがクロイツ率いる前衛部隊と交戦中だった。
クロイツの前衛部隊は盾で身を隠しその隙間からボウガンで攻撃している。だが2、3発ボウガンのボルトが放たれるとそれが無意味である事を知った。ボルトは村の手前で水の防壁によって弾き飛ばされたのだ。
「正面からも無理か、クソが!援護砲撃はまだか?」
オーク達の放つ矢は水の防壁によって弾き飛ばされたが、村の中から放たれた矢は防壁が発動せずクロイツ率いる前衛部隊に確実に命中していった。辛うじて盾で防御は出来た者もいるがナジャやミーシャの放つ矢は軌道が途中で大きく曲がる、特殊な技術を用いた射撃方法を行う為、普通に盾で防ぎ切れない。
「クソッ生意気な犬コロが!クソみたいな矢を撃ってくるんじゃねぇよ!撃ったら真っ直ぐに飛ぶのが常識だろうが!」
クロイツは退却の合図を出しながら後退していった。
時を同じくして村の門前では高台で村の周囲を確認していたマハとはつみが戻ってきたところだった。それを見つけてロイドが二人に問う。
「マハ!周囲の状況はどうなってた?」
「村からかなり離れた、ちょうど門の真正面からずっと向こうの森から砲撃してるわ。長弓射手と重クロスボウがあるわね。さっき接近してきた部隊が別働隊としているけど、他にも村の裏手にも2マンセルで行動してるオークが何組もいるわ。そちらは逃げ出そうとした村人を狩る為にいるみたい」
「完全に包囲作戦って感じだな…」
ロイドが腕を組み思索しているとウィルが向かって来ていた。
「ロイド!エミーの家の水車を使って!地下水を水路に送り込んで!」
そう叫びながらその子供が向かってくる。だがその次の瞬間、空が暗くなった。オークの長弓射手が放った大量の矢が水の防壁に当たって砕ける轟音が聞こえ、上空には水飛沫が上がる。だがそれと同時に水飛沫の間を切り裂くように巨大なクロスボウボルトが突入してくる。
練成陣は殆どカラカラになっている水路の水を無理にでも練成して防壁を造り、クロスボウボルトの進入を拒んでいる。その証拠にボルトはゆっくりと村の上空を突入してくる。ガリガリという轟音と共に。
だが、それは誰がどう見ても食い止める事が出来ない事は明らかだった。
「ロイド!防壁が完全に無くなってるぞ!」
門の手前で交戦していた風雅が叫ぶ。
次の瞬間、それまでゆっくりと突入していた巨大なクロスボウボルトは重力の赴くままに加速して門に向かって突入してくる。
「危ない!」
マハが叫んだ。それとほぼ同時にクロスボウボルトは民家の屋根を直撃し、そのボルトに封じ込められた魔法の力を思う存分に炸裂させた。爆風で吹き飛ぶ民家、そしてその周囲の村人達、その中にはウィルも居た。
「クソッ!クソッぉ!」
ロイドは叫びながら爆発後の埃の中に飛び込んでいった。砂煙の中にはウィルが壁に打ち付けられ身体をぐったりさせていた。
「怪我人を早く運んでくれ!」ロイドが叫ぶ。
「ロイド…アニーの…アニーの家の水車…ギアを交換したら地下水が引けるから…」
「わかった…わかったから何も言うな」
「僕…英雄になれるかな?」
「あぁなれるさ!でもな…死んだらダメだ!死んで英雄になるなんて、そんな馬鹿な話、あるわけない。本当の英雄は皆を助ける代わりに死んだりしない。誰も悲しませちゃダメなんだ。お前は本当の英雄になりたいんだろ?」
「う…うん。僕は本当の英雄になるんだ。まだ生きてるよ…」
「この子も、早く!運んでくれ!」
ロイドはウィルが運ばれるのを見届けてから風雅に言う。
「風雅、ここは任せた。俺は部下と一緒に水車小屋に向かう。一時的に防壁の効果が落ちてるからまた次の攻撃を食らうかも知れない…」
「あぁ、いいようにするよ」
風雅がオークと交戦しながら片手間に答えた。
5
村から少し離れた場所にある水車小屋にロイドは来ていた。
"何年も使われていない"とは聞いていたロイドだったが実際に見てみると埃を被っているわけでもなく、かといって綺麗に掃除がされているわけでもない。程なく誰かによって使われていた感がある。
「ここか…」
地下から水を汲み上げる機械は小屋の外にはみ出ており、その小屋がただの水車小屋以外の使われ方をする事が見て取れた。ロイドは小屋の扉を開けると、そこには既に目的の物が目前にあった。水車として利用するか、地下水の汲み上げとして使用するかのギア切替レバーだ。
レバーを切り替えると水車の動力が地下水汲み上げを行う機械へと繋がり、数分と待たないうちに大量の水が水路へと流れ込む。それを確認して村へ戻ろうと振り返ったその先で動きを止める。
ロイドの目には小屋の片隅に飾られた紋章と剣が映っていた。ティリスの防衛部隊の紋章と、剣はアルタザール軍の軍刀。だが紋章は子供が紙に落書きを書いたようなものだった。その持ち主があのウィル達である事は一瞬にして解る。懐かしそうにその軍刀を手に取った。
子供達の「"無名の村"を守るという行為」は大人から見ればただの遊びに見えるのかも知れない。最初は遊びのつもりで始めたのだが、本気になっていったのかも知れない。だがあの時、ロイドに訴えたウィルは確かに本気だった。ふとロイドは戦死した旧友の言葉を思い出していた。
それはアルタザールの植民地がオークに襲撃された時の事だ。
増援を待つ中、戦士達の士気が落ちていた事を憂い、ロイドの旧友である指揮官が皆を前に演説する。
「圧倒的な戦力差がある。誰もがこの戦況をみて"負ける"のではないかと考えるだろう。だが俺達がここへ来た目的を思い出して欲しい。そう、俺達はこの街を守りに来た。オーク達のように剛腕でもなければ、数だって多くは無い。だがこの街を守るという"意思"は持っている。意思は全ての行動力の源だ。意思は時に人を強くする。意思は時に誰か他の人に伝わって受け継がれる。いいか、俺達は決して無力なんかじゃない!」
そう言った彼はその戦闘で戦死したが、増援を待つ間、街を守り抜き、最終的にはオークの軍勢を撃退する事に成功した。
「"意思は受け継がれる"か…英雄ってのは特定の人間を指し示す言葉じゃないのかも知れないな。俺も、どっかのおチビさんに突き動かされて自分の使命って奴を手に入れたのかもしれない」
ロイドは軍刀を手に入れ、それまで使っていた宝飾が施された剣を捨てた。
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