オークの皮を被ったクロイツ

1

オスナサイルの森を進む二人の人影。その二人はどこかの商人であろうか、背中には商人と思わしき大きな荷物を担ぎ、時折手を取り合いながら険しい地形越えをしている。

その二人を遠く離れた場所から見つめる者がいる。

ただ見つめるのではなくボウガンの照準から見つめている。ただのボウガンではない。オークが扱う2メートルは越すほどの大きさのヘビークロスボウだ。

そして照準に確実に捕らえたターゲットは轟音とも思わせる発射音の後、5メートルほど吹き飛んで木に身体をぶつけた。それは誰がどう見ても即死だった。

「イイイェェェェハアァァァァ!」

そのオークは巨体を揺らしてガッツポーズをした。

「吹き飛んだぜ!クソ○○○が。俺様のクソ○○○を食らってクソ○○○みたいになぁ!クソが!こうだぜ、こんな感じに身体を○○○ながらクソみたいに、ハハハハ!イェァ!」

そう言いながらそのオークは身体をへの字に折り曲げて彼が先ほど射抜いた旅人の死に様をまねして見せた。彼の周りにいるオーク達はそのオドケ様を見て馬鹿笑いをしている。

「兄貴、奥さんが死体に泣きついてますぜ」

双眼鏡から先ほど射抜いた旅人を見ていたオークが状況を報告する。

「マジかよッ!見せてみろ!」

そのオークは双眼鏡を取り上げ、先ほど自分が仕留めたターゲットの周辺を見入る。

「おおぅおぅおぅ、可哀想に…。今すぐ旦那の所に送ってやるぜ」

オークは泣く様な振りをしてまたボウガンを構える。

「俺様の愛の○○○を食らいやがれクソ○○が!ハハハ!イェァ!」

笑いながらオークはボウガンを放つ。笑っていたためか手元がぶれて先ほどの轟音ほどの発射音が無い。不発ではないがそれはマトモな発射では無かった。

「兄貴、ハズレです」

「ナンだと?クソ○○○ッ!クソ人間○○が!」

そのオークは双眼鏡で先ほど狙いをつけていた場所を確認する。旅人の相方の女性は荷物を放り出してその場から立ち去りオークの双眼鏡の視界からは消えた。

「あああぁぁぁ!なんてこった…このクロイツ、一生の不覚」

そう言うとクロイツと自らを呼ぶオークは自らの頭をペシッと一叩きした。

「いいか、お前ら!あの女を確実に殺せ!あの女はなかなかのツワモノだ。このクロイツ様のボウガンを運よく避けやがった。あの女は将来、我等オークの大きな障害となる!確実に仕留めろ!」

「さぁ!狩りの時間だ!」

クロイツの側にいる副官が命じるとオーク達は熊の毛皮で作られたコートを羽織り何かの葉で作られた面を被った。そしてクロスボウにボルトを装填して各自が草むらへと消えた。

そして後にはクロイツとその副官が残った。

「クロイツ」副官がクロイツに話しかける。

「例の場所ですが、人間どもは集落を作っている様です」

「へぇ〜。面白そうじゃねぇか。クソ○○どもが。いいか、奴等の集落を遠巻きに○○しながら攻める。クソ1匹たりとも逃がすんじゃねぇぞ」

「正面から攻めれば連中は脅えて逃げ出すと思われますが…」

「ばーか。逃がしてどうすんだよ。俺様はな、"動くもの"が嫌いなんだ。俺様の前に居てもいい人間は死んでいる奴か死にそうな奴か死にたくなくて○○してる奴だけだ。勿論、そいつは確実に殺すがな」

「では、包囲隊形で攻めるよう伝えます」

「逃げ出す奴を先に殺せ。男をまず殺せ、男のほうが素早いからな。逃げられそうなら女や子供を人質にとってから男を殺せ。いいか!確実に殺せ!1匹たりとも残すな」

そう言いながらクロイツは首の前でかき切るように直線を何度も描いた。

2

無名の村ではオークの襲撃に備えて防壁の準備に追われていた。

ロイドの部下達は村人の協力を受けながら堀に小川から水を送水する仕組みを造っている。彼らは今でこそ盗賊団の一員だが元はティリスの防壁建設に携わっていた技師達だ。ティリスほどでは無いものの送水や堀を築く技術一つにとってもプロのそれであった。

「堀に水を流し込むだけでオークの侵攻を止めれるの?」

小高い丘から村の周囲を警戒していたナジャは、同じくその場で村の周囲の防壁の構築を見守っていたマハに問う。

「この短時間で防壁を築く事は不可能よ。それに、防壁はこれからずっと使い続けるものじゃないわ。今のこの村に必要なのはティリスからの軍が来るまでの間だけでいいから、オークの侵攻を留める事の出来る防壁。あの堀の近くにある練成陣が見える?」

村を囲むように造られた堀の外側に間隔を置きながら練成陣が描かれていた。

「うん、なんだかいたるところに練成陣が描かれているね」

「水をコントロールする為の練成陣よ。堀の上を通過する物体に反応して錬金術が発動、流し込まれた水が高圧力で物体に向かって吹きつけられるの。シャワーとか噴水とかそういうレベルじゃないわ。人間なら輪切りになるぐらい。重装備のオークでも無理に通ろうとしたら、通り過ぎれたとしても鎧と肉が無くなってるかもね…」

「うわぁ…輪切りかぁ…」

ナジャは目を細めて冷や汗を垂らした。

村ではステファンが馬に荷物を積んでいた。ロイドが馬の背中を撫でながら言う。

「ステファン、ジニアスの野郎の尻を引っ叩いてでも超特急で軍をここへ遣してくれ。元老院に理由を聞かれたら…まぁそれほど馬鹿じゃないと思うが、『オスナサイルにオークの拠点が出来ちまったら、いくらティリスの城壁が丈夫でも突破されるのは時間の問題だ』って答えろ。あの城壁は持続的な攻撃には耐えられないんだ」

「判ってるさ。僕に任せときなよ。アンタはこの村の事を第一に考えればいいんだ」

「それと、オークに気をつけろ。もう既に村の周囲に居るかも知れない」

「ああ、気をつけるよ。アンタもな」

そう言うとステファンはロイドに向かってアルタザール軍式の敬礼をした。ロイドも少し戸惑ったが、懐かしそうにしてから同じく敬礼をする。

救援を呼びにいくステファンだったが、一方では村から去るものもいる。ステファンの全く逆の方向、ジェノバ港へ続く道のある村の出口では村から去る旅人、村人達が荷物を揃え早々に立ち去っていった。

オスナサイルの無名の村は今まで流れ者や旅人、故郷を持たぬ移民達を受け入れ、そして大半は村から去っていった。去る者には哀しみの表情は無い。また別の土地で生きていく為に去るか、オークから逃れる為に去るか、それだけの理由の違いしかない。

3

オスナサイルの森、草むらを牛ほどの大きさの影達がうろついていた。その巨体は草むらで覆い隠されることは無いが、その為か、なおの事、周囲を気にしながら進む。時折素早く、時折緩やかに、警戒は怠っていなかった。

それはオーク達であった。

ロイド達にクロイツの襲撃がある事を告げて自分達は早々と逃げ出した、そのオークである。豪華な装飾は付けては居なかったが顔の深い傷が彼を判別する印だ。

「親分…尾行されてます」

「チッ…早速下衆っぷりを発揮しやがったか、外道が!」

親分と呼ばれる傷持ちのオークは立ち止まると振り返り森に向かって叫ぶ。

「出て来いクロイツ!手前だろうが!オークのクセにコソコソ隠れやがって!俺と正々堂々勝負しようじゃねぇか!なあおい!」

返事は無かったが代わりにボウガンのボルトが何処からともなく発射され、親分と呼ばれた傷持ちオークの頬をかすった。それから直ぐに草むらからオーク達が現れる。クロイツとその部下達だ。

「おーっと…失礼。適当に撃ったつもりが綺麗なお顔に当たっちゃったねぇ。これじゃあお嫁に行けなくなるかな?元切り裂き旅団のラダ元隊長殿。今はラダお嬢様か?」

周り(クロイツ側)のオーク達はそれを聞いてヘラヘラとニヤケ面をさらした。

「お嬢様はてめぇのほうだろうが、なんだその飛び道具は?オークのクセに恥ずかしげもなく、よくそんな武器を使えるな?それともなにか?バッグより重い物は持った事がありませんですわ、って事か?クロイツお・嬢・様」

ラダと呼ばれる傷持ちのオークは懐からドスに手をかけていつでも抜ける体勢でクロイツの問いに答えた。だが態勢は圧倒的に不利だった。周囲はクロイツのボウガン持ちの部下達が照準をあわせており、数も圧倒的に多い。

一方クロイツの方も「クロイツお嬢様」と呼ばれてもそれに動じる事無く、いつものオドケ様を見せつけながら、まるで既に決められた台詞を言う様に話を続けた。

「俺様驚いちゃったよ。聞いた話によれば、どっかのクソ○○○オークが、なんと人間と協力して金品財宝を荒らしてシノギにしてるってさ。マジ、○○○したぜ。マジで、マジでお前らもマジビビリしただろ?」

それを聞いて回りのクロイツの部下達も一度頷いてから「ビビリました」というジェスチャーをした。クロイツはそれをみて満足し、さらに話を続ける。

「そして今日森の中を○○○してたら、たまたま俺様の○○が火を噴いたのさ。明後日の方向に向かって飛んじゃったから良い子に命中していないか○○したら、驚いちゃったね。マジビビリって感じだよ。そこに居たのがこのラダ様だよ」

そしてクロイツ本人もきょとんとした顔をしながら「ビビリました」のジェスチャーをした。周り彼の部下はヘラヘラと笑う。それを確認してからクロイツは言う。

「俺様は思ったね。これは殺るしかないって」

「…で、てめぇの一人コントはもうおしまいか?クロイツ、一つ教えてくれないか?てめぇみたいなカス野郎になるにはどいう環境で育てばいいんだ?それともなにか?生まれつきカス野郎なのか?努力してそうなったのか?」

クロイツは一回り小柄なラダに顔を近づけ、彼のオデコを小突きながら言う。

「この俺様が俺様であるのは生まれつき俺様であり、これからも俺様であり続ける、そして日々精進して俺様であり続けるのだ。判ったかクソ○○○」

これをチャンスとばかりにラダは腰のドスを抜刀してクロイツの懐を切り裂いた。盗賊に成り果てた旅団のボスのラダであったが居合い切りの腕は衰えておらず、「切り裂き旅団」の名に恥じない居あい切りは確実にクロイツの懐にダメージを与えた。

クロイツはラダから1歩、2歩とゆっくり後ずさり、自らの懐を触った手を見た。そこには真っ赤な血がべったりとついていた。

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!」

クロイツがお決まりの台詞を放つと同時に彼の周りの部下達は一斉にラダと彼の部下のオークに向かってボウガンを発射した。ラダは初発の2、3発はドスで弾き飛ばしたが全てを弾く事が出来るはずもなく、身体中にボルトが刺さって倒れた。

しぶとく倒れず残っているクロイツは渾身の力を振り絞って叫ぶ。

「誰か俺様にボウガンをよこせ!俺様がこのクソ○○を地獄に送ってやる!俺様の手で地獄に送ってやる!俺様の手で確実に○○に地獄を○○してやる!」

クロイツが吠える間、ラダはうつ伏せになって倒れこんでいたがまだ息があり苦しそうに最期の声を振り絞りクロイツに向かって言う。

「そうだ、てめぇのいいあだ名を思いついたぜ。『腰巾着』だ。てめぇは今日から腰巾着だ。ボイド将軍の腰巾着だ。どうやったらお前みたいな、カスが…小一時間」

最期のほう聞き取れなくなった。そしてクロイツがトドメを差す間もなくラダは絶命した。だがクロイツはラダが絶命した事を知りながらもボウガンでラダの頭を2、3発射抜いた。

「俺様の前で親父の話をするんじゃねぇよ、このクソ○○○が!」

4

はつみは彼女の口寄せした式神である山犬に跨って村の周囲を走り回っていた。

一見すると防壁を作る手伝いもせずに遊びまわっている風にも見えるが、それは周囲の地形を把握する為の行動だった。ただ、彼女は風雅に「周囲の地形を把握しておいてくれ」と言われて、それをただ実行しているだけで彼女自身が特に何か意図した事があるかと言えば、それは全く無い。

しばらく走り回っていたはつみだったが、飽きたのか少し村から離れて森の中も見回る事にした様だ。ほんの少し森の中を進むとそこで意外なものを発見した。

血痕だった。

「あ…血だ!」

はつみは山犬に乗ったまま恐る恐る血痕に近付いた。山犬は血の匂いを嗅ぐと、近くに何かがいる、とはつみに合図した。そして点々と続く血痕を慎重に追いかけて行った先にあったものは旅人の横たわる身体だ。

「あの…大…丈夫?」

だがはつみの問い掛けに返事は無い。はつみと山犬がその旅人の生死を確認する為に近付いたその時、突然山犬がはつみを振り落とし鋭い前足の爪で宙を切った。何かが山犬の前で弾き飛ばされ木に跳ね返った後、地面に転がった。

ボウガンのボルトだった。

遠くから発射音がした次の瞬間、今度は山犬はボルトを噛み付いて止めた。何かがはつみと彼女の式神を狙っている。そう感じたはつみは山犬に向かって草むらへ隠れる様合図した。それを確認した山犬は素早く草むらへ、そしてはつみも同じく草むらへと隠れた。

これでターゲットは居なくなった、暫くは撃ってこないだろと、どこから狙いをつけているのか確認しようと周囲の様子を伺うはつみ。

だが意外にも今度は横たわっている旅人の近くにボルトが撃ち込まれた。初弾は外れた、いやそれはワザと外していたのだ。次のボルトは更に近くに撃ち込まれる。はつみに対して「草むらから出て来い、旅人を助ける為に」そう言っているかのように。

はつみは邪馬国で受けた軍の講習の内容を思い出していた。

『見通しの悪い場所で仲間が倒れている際に迂闊に近付いてはならない。誘き寄せる為の罠である可能性がある。仮に罠であれば、瀕死の仲間に対して凶弾を撃ち込み、悶え苦しむ様を見せて、誘き寄せようとする』

今、目前にあるのは講習の内容通りの状況だった。

はつみは山犬に合図を送る。

山犬は草むらから勢いよく飛び出すと、案の定狙った様にボルトが山犬に向かって撃ち込まれた。だが先ほどの要領で山犬は飛んでくるボルトを弾き飛ばす。その間にはつみは倒れていた旅人の身体を草むらまで引き摺った。それを確認して山犬もはつみと同じく草むらへと姿を隠した。

「大丈夫ですか?」

その旅人は肩にボルトが貫通していたが、まだ息があり苦しそうにはつみに答える。

「さっき、…村からジェノバまで…逃げていった人達は…みんな殺された。私は…肩を射抜かれて、命辛々逃げてきたんだけど、奴等、私を囮として使っていたんだ。ジェノバまでの道は塞がれた。も、もう…逃げ道はないよ」

彼の家族も同じく殺されたのであろう。惨劇を思い出してか、頬を伝って涙が流れた。

「犬吉」はつみは山犬に指示すると、山犬はその場に屈み旅人を背中に乗せれる姿勢になる。はつみは自分よりも重いその男を引き摺るように犬吉の背中に乗せた。

「村に戻ろう、犬吉」

4

はつみが村に戻ると村人達が集まってきた。ぐったりと横たわる血を流した旅人を連れて帰っているのを見た為だ。村人達の間を掻き分けるようにロイドが姿を現した。

「はつみ!どうしたんだ、その人」

「森の中で倒れてて、助けようと近付いたら攻撃されたの」

そう言うとはつみは先ほど木にあたって落ちたボウガンのボルトをロイドに手渡した。ロイドはそれを手に取ると手の平で転がして確認する。

「これはオークの使うボウガンのボルトだ。とにかく、怪我人を中へ」

食堂に怪我人は運び込まれた。豊吉は怪我人の患部である肩のすぐ上に手をかざして念仏を唱える。みるみるうちに患部が回復して傷口が消えた。

「へぇ〜あんた、白魔道士だったのか?」

「いえいえ、正確には僧侶、という事になっています。まぁどっちでもいいんですが」

と豊吉は答える。

「オークは基本的に飛び道具は使わないと思っていたが…」

風雅はそう言った。それに対してロイドが答える。

「いや、実際はオークも飛び道具は扱うし、魔法だって使う。ただ、オークは接近戦…つまりは肉弾戦を行う事が奴等の誇りみたいなものだから、飛び道具や魔法を扱う事は奴等の中では『なさけない事』らしい。どんなに優れた戦術家であっても、魔法を扱うオークは幹部になったという記録は無い。あとオークの魔道士は顔を…隠すんじゃなかったっけ?」

そう言ってロイドはナジャやミーシャに話を振る。

「あれは確か『魔法を扱うような情けないオークは、顔を見せる権利もない』って意味だったと思うよ。同じく狩人も動物の毛皮みたいなので身体や顔を覆うらしい」

ミーシャが答えた。

「すぐには攻めてこない所をみると、既にこちらの陣地は確認済みで今は陣地の周りの人間を"掃除"してるという事か。こんな小さな村を襲うならこちらの準備が整うのを待たずに攻撃を仕掛けるのが賢い攻め方だが、逃げ出した村人達や旅人をことごとく殺して廻っている…神経質なオークだな」

風雅は何気なくオークのボウガンのボルトを手にとって眺めながら言う。

「あの時、逃げ出す選択をしてたら俺達は確実に殺されてた…が、もう一つ確実になったのは、俺達がこの村から逃げ出す事が出来なくなった、って事か。"徹底抗戦"だな。俺はこの言葉は好きだぜ」

そう言ってロイドはニヤけたが、風雅はそれにつられる事なく淡々と言い放った。

「好き好んでボウガンを扱うオークにはプライドなんてひと欠片もないと思われる。これはちょっとした脅威だ。どんな手で攻めてくるか予想が出来ないからな…。俺達が死ぬことまで確実にならないようにしよう」