ナジャとミーシャ

1

はつみ達が今朝までキャンプをしていた場所は何も無かったかのように完全に土と草に覆われて僅かな証拠もかき消されていた。それは風雅の土遁の術の成せる業であった。土から生まれたものを土へと分解し、さらに草木を生やす、邪馬の国の忍術の技術の高さが窺える。

その周りを二人の少女らしき人影がうろついている。歳がはつみとはあまり変わらない二人の少女らしき人影は遥か南の国の狩人が身に着ける軽装備を纏っていた。ただ特徴的なのは彼女らは人間とは少し違う部分を持ち合わせている事だ。彼女等の耳は人間とは異なる場所に異なる形で付いていた。犬か狼を思わせる耳が頭部についているのだ。更に犬か狼を思わせる尻尾が生えている。

その二人は一見すると何も無い地面を匂いを嗅ぎまわりながらクルクルと周ってる。

「確かにここのハズなんだけど…」犬耳の少女の一人が言う。

「キャンプをした跡が無い…」もう一人の犬耳の少女が言う。

二人の少女は髪型を除けば体系も顔付きもソックリだった。

「もしかしたらあいつ等ボク達に気付いたのかも」

「ずっと前に父上から聞いた話なんだけど、遥か東方の国の戦闘員はボク等みたいに気配を察知するのに優れた感覚を持っているっていう話らしいよ」

「それで気付いて河へ向かって進んでいたんだ…匂いを消すために」

二人はキャンプの側を流れていた河の側に近寄り二人して匂いを嗅いだ。

「ナジャ。君ならどっちへ進む?」

ナジャと呼ばれた少女は答える。

「ボクなら下流かな。なんとなくだけど。ミーシャは?」

ミーシャと呼ばれた少女は答える。

「ボクも下流さ。何となくだけど」

二人は互いの意見が「何となく」一致した事に喜んだ。そしてニコニコ笑いながら河の中に腰まで浸かって匂いを嗅ぎつつ下流へと進んだ。

2

ジニアスと彼の部隊はティリスへと帰還した。だが街を上げて彼の成功を喜んでいるわけでもなく、命令を下した元老院の使いも彼の帰りを待っては居なかった。門を通るとき彼の帰りを待っていたのはロメナスに家族のいる一部の人々だけだ。

兵士にロメナス無血奪還の報を聴いて安堵する人々。

そんな民衆の中でも一際目を引く衣装を纏った初老の女性の姿があった。その女性はジニアスを見つけると懐かしい人を見るような視線を送る。ジニアスと目が会うと彼は驚き、慌てて馬を下りてその女性の下へと駆け寄る。

「モンスール卿。どうしてあなたが態々このような所まで。光栄です」

ジニアスはその女性の下で跪いた。女性は微笑んで答える。

「お顔をお上げになって。少しお話がしたかっただけなのですよ。御免なさいね突然…」

「いえ、とんでも御座いません。呼んで下されば直ぐにでも向かいましたのに」

「歩きましょう。スウィーツの美味しいお店を見つけましたのよ」

彼女の言う店まで街中を歩き出した。二人は一見するとまるで親子に様にも見えたが、一人は軍服、もう一人は貴族の衣装。二人は身分が違うので親子には見られない。

「ひとまず、お祝いの言葉を言わせて頂くわ。おめでとう。…でもね本当は安堵しているっていうのが一番大きいのよ。日に日に元老院は貴方に危険な仕事を任せようとしているのだもの」

「かまいませんよ。僕はこれが自分の仕事だと思っていますし、それに元老院の方々も昔僕が思っていたよりも賢い事が解りました。少しずつ仕事の難易度を上げることで僕を教育してるのだろう、って思うんですよ。大丈夫ですよ」

「結局、ロメナスにオーク達が攻め込んだのは単なる脅しだったの?」

「いえ…まだ正確な情報は掴めていないのですが一つ解っている事は、オーク達は村にあった何かを奪いに来たという事です。ただ元老院からはそれを守れとも都に持ち帰れとも言われていませんでしたから公には存在しない事なのでしょう」

「そう…それでオーク達は、その"何か"を奪えたのかしら?」

「解りません。僕の予想では彼らは失敗したのだと思います。ですが、ロメナス奪還時に村には邪馬国の忍者と呼ばれる戦闘兵と僧侶と呼ばれる…こちらの国では白魔道士に類する者が居たことは確かです。彼らもまた、その何かを探してきたのかも知れません」

「あなたの事だから、彼等に尾行をつけたのでしょう?」

ジニアスはそれまで真面目な顔で話を続けていたが突然吹き出して笑ってしまった。

「お見通しですね。ナジャとミーシャの姉妹を向かわせました。彼女等なら鼻が効くから尾行には最適だと思いましてね。それに何より軍属ではない」

「…この事は元老院へは?」

「報告しようか迷っています…」

「あなたに任せるけど、私の意見としては"報告しないほうがいい"と思いますわ」

「元老院は信用しないほうがいいと?」

「いえ、そんなわけではないのですよ。多分元老院もあなたとしようとしてる事は同じだと思うのです。その何かを調べようとしてるのよ。だから最後にはあなたも元老院もその"何か"について知る事になると思うのですけど、それまでもっと長く時間が欲しいのよ。特に元老院に知られてしまうという事はこの世に知れ渡る事だから…」

「という事は、これからモンスール卿が僕に話される事にはそれに関係する事が多く含まれているという事ですか?」

「ええ…多分」

3

街角のカフェにジニアスとモンスール卿の姿があった。

「エスプレッソとパンプキンパイをお願いね」

モンスール卿は店員へ注文する。

「本当にそんなに食べれるのですか?また前みたいに残ったものを僕に食べさせないでくださいよ。僕は甘い物は苦手でして…」

ジニアスは苦笑いをしてコーヒーを注文した。

「大丈夫よ、残ったら家に持って帰るわ」

そして二人は笑った。

「それで、早速なのですが、僕に話したかった事とは?」

「…ジニアス。あなた"シャングリラ"という言葉を聞いた事あるかしら?」

「"シャングリラ"?いえ…ありませんね」

「アースガルドで諜報活動をしている私の部下がその言葉を聞いたというのよ。誰から何処で聞いたのかは思い出せないらしいのだけれど、その言葉が意味するのはね、この世界の事らしいの」

「話がよく見えません…」

「ジニアス…あなた、私達が住むこの世界を何て呼ぶ?」

「世界…ですか?世界は"世界"ですよ。僕たちが住む世界は一つだから何かと区別するわけでもないですし。モンスール卿…多分それは何かの宗教ですよ。ある考え方をしたなら、世界は複数あって内一つが僕達が住む世界、だから区別する為に名前を付ける必要があるんです…ですが実際は一つしかないワケですから」

「…私も知ってるのよ、その言葉」

「え?」

「私も私の屋敷のメイドも知っていたわ。詳しくは知らないの、みんな言葉だけは聞いた事あるけど何を意味するものなのかは知らない。何か不思議な感じはしない?」

「確かに…奇妙ですね」

「今は何も解っていない…だから女のカンとでも言うわ。人々の記憶に蘇るキーワード、シャングリラとう名の世界、そしてロメナスの村に封印されていたという"何か"、なんだか何かが起こる前触れのような気がするのよ」

「僕も調査は続行しましょう。なるべく卿へ報告する事にします。元老院への報告については…少し考えます。まず僕がもっと知るべき事を知らなくては」

二人の話が一区切り付く頃にパンプキンパイと飲み物が運ばれて来る。一人分なのかと疑うぐらいの大きさのパイが湯気を立てながらテーブルに置かれた。

「あら…意外と大きいのね…ごめんなさい、持って帰ってもこんなには食べきれないわ。ジニアス、手伝ってくださる?」

ジニアスは苦笑いした。

4

ナジャとミーシャの二人は河を下流へと進んでいた。目を細めて視界を塞ぎ嗅覚に神経を集中してはつみ達の足取りを掴もうとしている。ミーシャは突然足を止めると河原から林へと続く獣道を睨んだ。

「匂いの尻尾を掴んだよ!ナジャ」

「よし、行こう!」

二人ははつみ達への尾行が少し離されてる事を意識してか河を下流へ進んでいた時よりも早い速度で林の中を突き進んだ。辺りの景色は林から森へと変わり二人の感じている匂いも次第に濃くなる。それははつみ達へと近付いていることを意味している。

「もうそろそろ視界にも捕らえれるかも」

だが突然足を止めるナジャとミーシャ。辺りを見渡した二人の顔には焦りがある。

「なんだか変だ…なんだろう匂いが突然薄くなった」

「う、うん…なんだかとてもヤバイ気がするよ」

二人は背負っていた弓を構えた。嗅覚と視覚そして聴覚もフルに神経を尖らせて辺りを警戒する。二人はその感覚以外にも嫌な予感、という感覚をも尖らせていた。突然気がついたようにナジャが言う。

「木に登ろう…もし罠だったらウロウロしてたら袋のネズミ、いや袋の犬コロだよ!」

そう叫んだナジャは弓を背にしまい辺りの適当な木に爪を立てて登ろうとした。だが突然木から白い霧のような何かがナジャに襲い掛かる。その霧のような何かはナジャに近付くとその中に顔のようなものがある事が解る。

「うう、ウワーーーッ」

「ナジャ!」

ミーシャが弓を霧に向かって構えた。矢を射る瞬間、地面から白い糸のようなものが網のようにミーシャに襲い掛かる。その網はミーシャの射る矢の軌道をずらし、矢は霧を外れて隣の木に突き刺さった。ミーシャは網に捕らわれて身動きが取れない。

「っちっくしょう!」ナジャが叫ぶ。

ナジャは覆いかぶさる霧のようなものから抜け出すとナイフを手にミーシャへ近寄ろうとする。その白い糸のような網から彼女を助けるために。だがその手前に何者かが砂埃と共に地中から現れた。ナジャは身構える。

地中から現れたのは風雅だった。風雅は印を結ぶ。

「忍法、蜘蛛糸縛り」

大きく息を吸い込んだ風雅はそれを吐き出す代わりに蜘蛛の糸を網状にしてナジャに吹き付ける。

「クソーッ!」

ナジャはナイフでガリガリと蜘蛛糸を引き裂こうとするが切れ込みを入れても直ぐに元に戻る蜘蛛の糸には無駄だった。観念したのかナジャもミーシャも身体を捩じらせるのを止めて大人しくなった。

「もう大丈夫だ、二人とも捕まえたよ」

風雅が林に向かって言う。林からははつみと豊吉が姿を現した。はつみが印を結ぶとナジャの側にいた霧状の式神が木に吸い込まれて姿を消した。

5

「で、どうして俺達を尾行してたのか教えてもらおうか。まぁ想像はつくが」

ナジャとミーシャを蜘蛛の糸で縛った風雅は二人に尋問している。だが二人は返事をせず代わりにプイと顔を背けた。

「それは依頼主の秘密は厳守っていう意思表示か?」

「ボク等は何も話さないよ!」

ミーシャは縛られていても唯一動かせる尻尾を立てて叫んだ。

「ジニアスとかいう奴の命令だろう」風雅が言う。

ナジャとミーシャは表情こそ変えなかったが耳をピクリと動かした。

「俺達を尾行し行動を監視し定期的に報告せよ、って命令を受けてるんだろう。あのジニアスという男、秘宝の事についても何か知っているのかもな…」

ナジャとミーシャはまた耳をピクリと動かした。

「まぁいい…。シラを切るって事は死ぬ覚悟が出来てるって事だな?ちょうど犬革の財布が欲しかったんだ。その尻尾も寒いときに首に巻くと良さそうだ」

「や、やめろ!ナジャに何かしたら許さないぞ!」ミーシャが叫ぶ。

「おまえがナジャか、じゃあこちらの犬を鍋にでもしようかな」

風雅はミーシャの方に近寄ると苦無を取り出した。

「やめろー!ミーシャに何かしたら許さないぞ!」ナジャが叫んだ。

それまで黙っていたはつみも口を開いた。

「あの…やっぱり殺したりとか良くないと思います。この人達悪い人じゃなさそうだし」

それを聞いたナジャとミーシャは目を輝かせてはつみを見た。助けを求めるような目だ。だがその希望を打ち消すように豊吉が言う。

「しかし、このまま二人を逃がして周りをウロチョロされても…我々の仕事の邪魔ですしねぇ」

「ま、そういう事だ。どっちが鍋になってどっちが財布になるんだ?」

風雅が冷たく言い放つ。ナジャとミーシャは声をそろえて叫んだ。

「ボクを殺せーッ!」

風雅と豊吉は顔を見合わせた。

「殺さないでおいてやるよ。お前達は遥か南の大国エスパダの狩人だろう?狩人が獲物に殺されるなんてこれほど恥ずかしい事はないからな」

それを聞いたナジャとミーシャは肩を撫で下ろした。

「ただし…条件がある」風雅が言った。

「これでも狩人のはしくれ。名誉と誇りを気遣ってくれた事に感謝する…条件を飲むよ」

風雅はそれを聞いて頷くと話を続けた。

「ジニアスへの報告は続けてもらっても構わないが俺達と一緒に行動する事が条件だ。俺達はある物を探して旅をしている…旅には仲間が多い方がいいからな。それに、ジニアスという男にしても、そうでなくてもいずれ俺達がやろうとしている事を誰かに話すときが来るのさ…」

はつみは蜘蛛の糸を解きながら言う。

「世界を救う為の旅なの。私には詳しい事は解らないんだけど…」

「世界を救う?獣人達と戦うという事?戦争を終わらせるという事?」ナジャが言う。

「風雅さん達は別の世界から来たのよ。この世界の事はあまり解らないと思う」

はつみはそう言うと風雅の顔を見た。はつみも世界を救うという事がどういう事なのか未だに知らされていない。だが獣人の襲撃や人間の国同士の争いを知っているので風雅のやろうとしている事がその事なのか、僅かな希望を持って風雅を見つめた。

「ボク等の祖国はアルタザールとの戦争に敗れて滅亡した…情けない話だけどボク等はこうやって敵国だったアルタザールに仕えて生きていくしかないんだ。復讐を考えてないなんて言ったら嘘だけどさ、本当はもう戦争なんてやめて欲しいんだ。誰も悲しむ事の無い世界を作るんだったら喜んで協力するよ」

ミーシャが言った。

「残念だが俺達がやろうとしてる事は獣人を倒す事でもなければ戦争終結でもない…」

「じゃあ…何なの?もっと酷い事が起きるっていう事なの?」

「…すまない。今はまだ言う時じゃない。いや、本当の所、言うべきなのかどうかは迷っているんだが…。いづれ時が来れば話すよ。お前達にも、雇い主であるジニアスにも。この世界に住む人々にも知ってもらう事だと思う」

蜘蛛の糸が完全に解かれるとナジャとミーシャは立ち上がった。

「ボクはナジャ、こっちはボクの妹のミーシャ。偉大なる国エスパダの狩人さ」

「俺は風雅、こちらは俺の仲間の豊吉、はつみだ」

「口寄せ師のはつみです。よろしくね」

はつみは微笑むとナジャ・ミーシャと握手を交わした。同じく豊吉も握手を交わす。

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