1
「ぅ…うぐ…」
風雅がようやく目を覚ました。
側にいたのははつみテト、そして豊吉だった。
ロボットは先ほどの細い通路へと続く入り口付近にいて、まだ風雅達を付け狙っているようだった。仮にもその強力な力で通路をこじ開けながら進むという事も考えて、豊吉はロボットの音すらも聞こえなくなるほどに、通路の奥深くまで風雅を運んでいた。
「風雅さん、ようやく目が覚めましたね」と豊吉。
「みんなは?」
「別れてしまいました。どうも先ほどの中央の部屋から複数の通路へと分岐しているようで…他の人は別の通路へと逃げたと思いますよ」
「そうですか…では、先に進みましょう」
そして風雅と豊吉、はつみ、テトは、壁画がある通路を奥へと進んでいった。
2
「この辺りの壁画は、ゼノグラシアっぽくないね」
とはつみが言う。高度な文明のゼノグラシアにしては、壁画にはチンプな塗料が使われているのだ。そして書かれている内容も、ゼノグラシアの文明とは異なるものだった。
「ゼノグラシアは昔、地上にある巨大な大陸だった。ある一人の女性が錬金術を駆使し、大陸を宙に浮かべる事に成功した。この壁画も回廊も、ゼノグラシアがまだ地上にあったころの先住民達のものだよ」と風雅が答える。
「へぇ〜…でも、ゼノグラシアの人は、宙に大陸を浮かべたあとも、この先住民が作った回廊を大切に保管してたんだよね」
「保管していたか…多分、そういう意図じゃないんだと思うな。ここが本当は何なのか、彼らは知っていたんだ。ここに手を加えてはならないという事を」
風雅達が奥へと進むほどに、回廊と呼べるような代物ではなくなっていく、その通路。そこは岩をくりぬいて作った洞くつと呼んだほうが合う。ついには壁画も消えて、目の前にはただ丸い石で塞がれた場所があるだけだった。
「この先に宝物があるの…?」
風雅は黙ってその石を横へとずらした。
あたりを埃が舞う。よくみれば、埃は石の先にある小さな部屋から流れ出していた。埃が消え去る頃には部屋の中が見渡せるようになる。たいまつも無ければ、ゼノグラシアの回廊にあった光る地面もない。なのに、何故かその部屋は明るい。
「ここには流石に来れなかったか」
と風雅は言う。
その来れなかった、が意味する主語は、オークでもあり、そして宝物を執拗に破壊していたであろうとある人物を指している事を、はつみはその時気づいた。
風雅と豊吉は中にはいる。素早くテトも中へと滑り込んだ。
そしてひょっこりと小さな入り口から顔を覗かせた風雅がはつみを中に呼ぶ。
「はつみ、最初に会ったときに『世界の真実を知りたい』と言っていたな」
「う、うん…」
「この中にそれがある。見せてやるよ」
はつみはゆっくりと、石扉の奥へと進んだ。
3
そこは世界の真実がある、というにはあまりにもインパクトの少ない小さな部屋だった。中央には石棺があり、まるでそこは誰かの墓のようにも見えた。
「ゼノグラシアはその昔、地上にあった。だからこの地層はその地上にあった頃から変わっていない、"古い地層"だ」
そう言って、風雅は印を結ぶ。
「風遁。かまいたち!」
周囲の気圧が下がり、風の力が一点に集中するのがわかった。
そしてその一転がまるでドリルでも通した後の様に、削れて粉へと変わった。そしてそこから、土が見える…はずだった。
「え…?」
はつみが疑問の声をあげた。それもそのはずだ、風雅が風遁の術で削った場所から見えたのは土でもない、ましてや金属もなく、木の根でもない。
暗闇だ。
しかもそれには奥行きなどもない。真っ黒ものが削れた先に広がっているのだ。それは空間とも呼べるものでもない。言うなら、劇場などで背後のハリボテが剥がれて、奥が見えてしまったときの様な、不自然さがある。
「な…なにこれ?」
「この先は文字通り"何も無い"。別の言い方をするなら"定義されていない"。ゼノグラシアは古い地層を含んでいる。幾度と無くマップはバージョンアップされたが、宙に浮かんだゼノグラシアの最下層までは更新されなかったんだ」
「まっぷ?ばーじょんあっぷ?」
はつみの頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。
「"ロード・オブ・シャングリラ"…楽園の王。2124年サービスが開始されたネットワークゲームだ。電脳化された脳をネットワーク経由でサーバへと接続し、視覚や聴覚、味覚の情報を直接脳へと送り、あたかも世界がそこに存在しているものだと錯覚させる。だが違う。水も土も木も空気も、この空間も、全てが存在しない。コンピュータのデータでしかない。このシャングリラという世界は、偽物の世界なんだ」
風雅の一言一言を受ける都度、はつみの頭を酷く歪んだ感覚が覆った。そして立つ事すら出来なくなり、全身に冷や汗をかき、床に伏せてしまい、そして速くなっていく鼓動と呼吸のなかで精一杯の一言を言う。
「偽物の…世界…」
1.00 ▼