8月行事
2001年8月19日 8月例会・定時総会
8月19日(日)10:00より音戸ロッジ大会議室において2001年度(社)尾道青年会議所8月例会・定時総会を行ないました。 私が司会を担当し、例会セレモニー進行後、定時総会に入り、垣内理事長が議長として選出された後定時総会進行に入りました。 出席会員56名、仮入会員8名参加の中、杉原委員長の委任状を含めた定数確認後、定時総会の成立が言い渡されました。 2002年度の理事長を決める、第1号議案の次年度理事長予定者に関する件では金森直前理事長より狩野牧人君の名前が挙がり全員一致で2002年度理事長として 承認されました。第2号議案の次年度理事数、及び監事数に関する件では、先程承認された狩野2002年度理事長予定者より、理事数25名、 監事数2名の方向で来年度活動していきたいとの提案があり、また、第3号議案は収支予算理事会一任の件で審議があり、ともに全員一致で承認され、理事選挙、 監事選挙に移りました。総務・広報委員会により選挙用紙の配布があり、金森直前理事長よりこの来年度を占うべく選挙の意義について説明がありました。 約10分ほどで記入投票が終り、開票時間を研修・拡大委員会に預け、約1時間後、杉原委員長より選挙結果の発表がありました。 次年度理事25名の中に私を含め、初理事として6名のメンバーの名前があがり、これからの(社)尾道青年会議所を支えていく メンバーのひとりとして認められたことに対する緊張感を覚えました。この気持ちを忘れず、次年度理事として、 そしてこの責任感をひしと感じ頑張っていこうと思います。
総務・広報委員会 杉野原博敬
2001年8月19日夏期講習
本年度、研修・拡大委員会では会員相互の研修のテーマを「個と公の調和」〜自己理解、他者理解〜、5月例会行事のテーマを「使命感〜生かされる〜」とし、
事業を展開致しております。私たち一人一人は常に公に属し公の中で生かされています。しかし、個人主義をはき違えた解釈からなる利己主義が至るところで
問題になっている現状があり、「個と公」の相関関係を全く無視したこの結果がひとつの大きな原因ではないでしょうか。
そこで、本年度の夏期講習は人の心を考えさせられ、公を守ること、また尊い犠牲の上に今日の繁栄のあることを知らされる江田島旧海軍兵学校
Century'>(教育参考館等)を見学した上で、セミナー@「使命感」を通じて、自分が生かされていることを実感し、
自分の周りのさまざまな“公”に感謝する気持ちを大切にして、さまざまな使命について気づきを得ていただきたい。
その上で、自分自身のそういった心の育みを行うことはもちろんですが、『明るい豊かな社会づくり』を標榜する青年会議所メンバーとして、
『より、一歩』、身近な人たち、家族、社員、地域の方々を視野に入れ、多くの方々と共有の価値観を育んでいくことも
必要になってくるのではないでしょうか。
そのためには、自己を確立し、相手の話を良く聴き、感情を上手にコントロールして論理的な説明を行うことが必要になってきます。
そして、セミナーA「人との関わり方・伝え方」を通じて、個人の自己実現のサポートについて又、コミュニケーション能力の向上について学び、
すべての市民を視野に入れた人間力開発の実践をより積極的に推進していただきたい趣旨のもと開催致しました。
この度の夏期講習での江田島旧海軍兵学校見学は、戦争の是非を問うものでは無く明らかに二度と繰り返してはならぬものであり、
そこのところの確認ではなくその時代に生きた青年の思い、使命感には多いに学びとるところがあり、今現在私たちが生きるこの時代に受け継ぎそして、
後世に伝承すべきものがあると確信しこの度の見学となりました。
一人一人、こういった歴史・環境の恩恵を受けて今日の繁栄があり、さまざまな「公」に生かされてることを実感し、それぞれの使命を再確認して頂きたい。
追伸
バスの道中、時間が多分に有りビデオを上映しました。今話題の国営放送のプロジェクトXである。タイトルは「世界を驚かせた1台の車」創立者本田宗一郎氏の
あの「ホンダ」の話である。昭和44年人気車種に欠陥が見つかったことから、会社存亡の危機に立たされたホンダは、20代の技術者を中心に
「低公害エンジンプロジェクト」を立ち上げる。先発の大企業の技術の「改良」を試みる若手の社員に対し、独自技術の開発にこだわる社長 本田宗一郎氏。
4年後、プロジェクトは、F1レースで培ってきた「ガソリンを徹底的に燃焼させる」技術を一般のエンジンに持ち込み、全く新しい方法で低公害化を実現する。
「これで世界一の自動車会社になれる」と喜ぶ社長本田宗一郎に若手社員は反発しこう言い放ったそうである。「私たちは、社会の為に、
次世代の人々の為にやっているのだ。」・・・
この言葉を聞いた本田宗一郎氏は、「自分の時代は終わった」と、まもなく社長の座を降りたそうである。名社長と若手技術者たちの世代を
超えた心の交流を描いたものではあるが、技術者の社員一人一人の中には、技術者はもとより本来の人間としての「使命」を感じ取ったのですが、
如何なものでしょうか。