4月行事

2001年4月1日家族会

4月1日(日)甲山ふれあいの里において今年度の家族会を開催致しました。
今年度は、我が「心の教育」推進委員会が担当ということで、JCメンバーのご家族の皆様に、ただ楽しんで戴くだけでなく、 教育の実践について行っていこうという趣旨の下、イベント数は少なめにし、イベントの中身を色濃くしていこうということで開催しました。
サブタイトルは、「向こう三軒両隣」。つまり、お子さんのいらっしゃるJCメンバーはもちろんのこと、お子さんや配偶者のいないJCメンバーについても、 皆で一緒になって創り上げるという参加型のイベントでしたが、家族会という先入観からか一人身のJCメンバーの参加が、 担当委員会以外では少なかった事が非常に残念でなりません。担当委員会の準備をしていくなかでは、家族以外の子供と接することにより、 大人同士の接点を創り、お互いが教育されまた教育していく、そんな社会のミニチュアをこの日、この時、 この場所だけでも実現していこうと議論を交わしてきた経緯もあり、一人身のJCメンバーの参加が少なかった事は、 そういった議論の中身をもっとアピールする場を多く取るべきであったと反省せざるを得ません。しかしながら、そういった議論をしてきた担当委員会メンバーは、 準備をしていくなかで教育について学ぶことが出来たのではないかと思います。今後はその経験を、 どのように以後の活動に繋げていけるか考えていきたいところです。
そんな建前論はさておき、実際に私も子供たちに接してみて、驚くことの連続でした。 今回は、イモ煮会という料理と飛行機作りという製作2本立てでしたが、料理を作るのでもミニ包丁を手に、「私こんなことできるヨ」と、 われ先に参加する姿は新鮮でした。メンバーや配偶者たちのような大人には見られない光景だなと感心する一方で、 どこでそんな気持ち忘れてきてしまったんだろうと考えさせられる一面でした。何をやっているのかちゃんと理解していない子供が、 皮剥きをしていても皮が残ってしまう一面や、そうかと思えば皮剥き器で芯まで削ってしまう姿がほほえましく、目に焼き付いて離れません。 そんな中、私自身が苦慮したのは、どうやって子供たちに教えていけば良いのかということでした。どんな話し方をすれば聞いてもらえるのか、 どんな内容を言えば良いのか、まるで台本を持たずにいきなり舞台を踏むかの様に、何もできないまま終わってしまったあの春の日、という感じですか。 この度の一番の心残りは、最後の挨拶の言葉に「ケガも無く」という事が入らなかった、それに尽きます。 しかも、ケガした時の為に持っていった救急箱がどこにあるのかわからない、私に聞いても判らない...。
その後のフリータイムはアスレチック(?)を利用して子供たちと一緒に遊ぼうという企画でしたが、そんな中、滑り台の頂上で叫ぶ女の子「おじちゃん!」。 内心は「もしかしてオイラのこと...?」と結構ムッとしながらも笑顔で近寄って行くと、「おじちゃん!怖くて降りられなくなかったの、抱っこして降りて!」。 結局、子供たちを「抱っこ」して3回も滑り降りた滑り台、この日一番の私の思い出となりました。

以上

▲トップ

2001年4月2日合同委員会「会員相互の研修」

4月合同委員会において、会員相互の研修としてテーマを『個と公の調和』と題しサブテーマを「自己理解編」とし、テスト形式での研修を実施致しました。
物質的に豊かになれば「心の時代」だと言われ、物質的に貧しくなれば心を置き去りにしまた「物」に囚われる。どちらがどうではなくてどちらも大切であり、 最も大切なのは「調和」であると思います。個人主義が尊重される今だからこそ、心の豊かさを取り戻して「個と公の調和」を はからねばならないのではないでしょうか。
そして、人間は決して一人では生きていけません。家族・職場・地域に属し、常に「個と公」の関係の中で生かされているのであります。
今回の研修で私が一番感じたことは、自分の考え、思いを他人に伝えるということは、難しいことだということです。私自身経営者という立場にあり、 色々な人と接する機会が多い訳ですが、自社の説明や特性、自分たちの仕事内容の説明などが必ずついて回ります。 そんな中で、私は、当然自社と自分の仕事のことですから理解しているつもりで人と接していましたが、いつのまにか、自分だけが知っているつもりで、 相手の気持ちを考えていなかったように感じました。自分のことは、自分が一番理解している。そのように思い込んでいる自分を知りました。 これでは、いくら人と接しても伝えることは雑になり、相手には、自分で思っていることの半分も伝わりません。まず最初に相手の立場になり、相手の気持ち、 考えを理解し、その人の心を底辺から広げてゆかなければならないと思います。結局のところ、 自分(自己)が行動・発言することによりその行動・発言そのものより、その行動・発言により相手(他者)にどのように自分(自己)が映し出されてるかを 適格に知ることが、最も大切であろうと考えます。人は千差万別そのように強く感じ、それを排除するのではなく、 まず受け入れる事が自分(自己)の器を大きくする第一歩だと確信する研修でありました。

堂元 清

▲トップ

2001年4月15日ブロック野球大会

 勝った! 15年振りの快挙である。今年こそは地区大会に行けるのではないか、しかし…という中でとうとう切符を手に入れた。 今年の目標は地区大会出場。
 思い起こせば、今年に入って5度の練習、初回は4人、2回目は7人、3、4、5回と回数が増えるたびに人数も増え練習内容も徐々に充実してき、 体の柔軟性、体力、技術面も整いつつこれなら何とか実現出来るのではないかと思っていた。前夜祭があり抽選が行われ更にそれが身近に感じられていた。
 暑いぐらいの晴天 対因島戦10対3初回から得点を重ね難なく勝てた。
 2回戦 対三次戦 戦う前少し強いと聞いていた。序盤次第と思っていた。上手い具合に点を加えていけた。結局4対1と勝てた。 得点差を見れば確実な勝ち試合の様だが、この野球は1人1人が気を抜くとすぐ2、3点は入るので最終回の2アウトまで気を抜けなかった。
 いよいよ準決勝である。相手は地区大会常連の福山である。1度は又いつかは対戦するようになる相手だ。これには絶対勝ちたい。 会場を移し強風の中試合が始まった。3回迄ランナーは出るが互いに無得点のままの緊迫した試合であった。最終回の表、福山がその張り詰めた雰囲気を破った。 2点先取された後更にその回タイムリーエラーで2点を加えられた。4点差のまま裏の攻撃に変わった。まだ如何にかなるのではと思う気持ちも薄れていった。 それを打ち消そうとしていた。ランナ−が出塁し2点を返すことが出来た。更に1塁にランナ−がいる2アウト。ショ−トにボ−ルが転がった。 バウンド次第でヒットになる。1バン2バン3バン・・・上手くバウンドを合わせ処理された。悔しかった。しかし次につながる野球が出来たと思う。 後悔はなかった。
 3位決定戦これに勝たないと地区大会には行けない。相手は昨年圧勝できた三原。もしかしたらという雰囲気の中試合が始まった。 試合形式は60分の時間、若しくは5回迄である。早い回に多く得点を挙げると試合を決め易い、だが初回に1点先取のまま試合に動きはない。 時間60分迄残すところ7分。うちの攻撃次第で出場が決まる。普通の攻撃、今迄の攻撃をすればゆうに7分位はかかる。あと2分、いや、 もう時間が…思いもよそに異常に早い攻撃で次の回に進んでしまった。相手チ−ムも4試合目だ。足がつる選手、体は極限まで来ている。 更に前の攻撃で試合に決着が着いていたという気を又元に戻す。本当の最終回、本当の地区大会への最後の戦いが始まった。 アウトを捕れないまま塁が埋まっていく。強い風も気にならない。同点。1球1球の重みを感じていく。逆転。もうこれ以上点はやれない。だが…。 守っている時間がいつもの倍以上に感じた。1対4となり最後の攻撃を迎えた。1アウトになる。3点差が10点差の様に感じられる。もう望みはないのか。 1度は勝ったと思った試合。1度は地区大会へ行けたと思った試合。流れは完全に相手ぺ−スだ。思った。1人でも望みを捨てなければなんとかなる。 待望のランナ−がフォア−ボ−ルで1塁に出る。まだ点差はある。続く次のバッタ−が完璧なライト前ヒットで1,2塁。相手へ流れてたのが止まった。 次のバッタ−に全てがかかっていると思った。ねばってボ−ルを選んだフォア−ボ−ルだ。1番良い塁の出方だ。 この場面、このピンチ相手にしたらヒットは仕方ない、だがフォア−ボ−ルは絶対だめだ。流れが変わりうちに動き始めた。 満塁1アウト、それからはストライクよりボ−ルの方が多くなった。押し出し。2点差。ホ−ムが近くなった。1点差。あと1歩。同点。サヨナラ。 ベンチから飛び出す。勝った! 熱い思いを胸にかたい握手が交わされた。
 今回1人でも欠けていれば勿論勝てていない。試合を重ねる度に一つにまとまっていった。最後一つになれた気がした。
 この日テントが飛んで元に戻すまで30分位かかる程強風、更に暑い中、心強い応援をしてくださいまして有り難うございました。 又選手の皆様有り難うございました。

地区大会へ続く

▲トップ

2001年4月16日4月例会

 2001年4月16日(月)19:00より、尾道国際ホテルにて、(社)尾道青年会議所4月度例会が行われました。
例会行事では、広島県県議会議員、御調町商工会会長として活躍されていらっしゃいます「高山博州氏」をお招きし、「市町村合併と地域(まち)づくり」というテーマで、、「尾道市役所」、「向島町役場」、「向島町商工会」、「向島町商工会青年部」「御調町役場」、「御調町商工会」、「御調町商工会青年部」の方々にもご参加いただいたなか、ご講演いただきました。
「尾道市は将来なくなってしまいますよ!」
合併?、合併なんて行政が適当にやってくれるよ!、合併してもそんなに変わらないから・・・
と思っている我々には、ショッキングな言葉でした。
県が最終的に考えている合併は、県内に3〜4の自治体を置く構想だそうです。
広島市、福山市、三次市、・・・・あとは、どこでしょうか・・・?
50年後の尾道は、いったいどうなっているんだろうか?
果たして、我々の子供や孫が「ここに住みたい」、「住んでてよかった」と思えるような「まち」なんだろうか?
我々の住んでいる「大好きな尾道」、「歴史ある尾道」がリーダーシップをとって、近隣の地域との交流をはかっていかなくてはいけないということを痛感させられた講演でした。

地域主権推進委員会 山森健治

▲トップ

2001年4月28日 ヨーロピアン・オートモービル・フェスティバル

初夏のような心地よい土曜日、すでに広場には人垣が出来ていた。
スタッフはもとより、ギャラリーは皆、それを心待ちにしていた。
そしてその時はきた。
駅前のモールに心地よいエギゾーストが響いた。
それまでの静かだった広場は一瞬に彼等によって埋め尽くされた。
「ヨーロピアン・オートモービル・フェスティバル」
4月28日、ヨーロッパの名車たちが一堂に会するイベントがみなと祭り協賛イベントとして開催されました。
参加車両、車21台、バイク12台。
ロールスロイス、モーガン、ジャガー、フェラーリ、etc・・・・・
尾道駅前しまなみ交流館前広場は、今までにない華やかな霧囲気につつまれました。
特設のステージではミニコンサートやお菓子のつかみ取り大会、 ミス・ヨーロピアンオートモービルの選考会など初めから終わりまで賑やかなイベントが行われました。
車の前で写真をとる人、ベンチに座って眺める人、イベントに参加する人。
会場には大人から子供まで終始、笑顔があふれていました。
誰もが気軽に参加でき、楽しめるイベントになったと思います。
イベント終了後に多くの問い合わせがありました。
「来年もあるんですか?」「どうしてヨーロッパ車だけなんですか?」
「来年は自分も参加したい」
限られたスペースと限られた時間で開催された今回のイベントは、必ずこれから先、大きなイベントへとつながる可能性を秘めた、 そのあくまでもスタートラインなのかもしれません。
今回、一般参加で協力してくれたスタッフは皆、「来年もやりましょう」と言ってくれました。 来年はもっとおおきな「ヨーロピアン・オートモービル・フェスティバル」になると思います。 ただ、その時に名称の頭に「ヨーロピアン」がついているかどうかは定かではありませんが・・・。

芸術・文化推進委員会

鍜治川 立章

2001年4月29日 尾道寝たきりなら連

4月28,29日と第58回尾道みなと祭が開催された。
その日は丁度、雨という悪条件の中、私達は尾道ねたきりになら連という団体と共に商店街の中をパレードしました。 このねたきりなら連という団体は、「寝たきりゼロをめざそう」というテーマのもと家庭に閉じこもりがちな障害を持つ高齢者の車椅子の方々に 尾道の代表的なお祭である「尾道みなと祭」に参加して頂こうと活動している団体なのです。私達はその団体と共に色々なお祭の準備、当日のお手伝い等、 色々なボランティア活動をさせて頂きました。小雨の降る中、車椅子のお年寄りの方々が楽しそうに踊られてる姿を見て、色んな意味での生きる喜び、 勇気を与えて頂けたような気がしました。
踊りも終わり一人の車椅子のお年寄りとお話する機会がありました。そのお年寄りは、目に涙を浮かべながら「いつも塀の中におるのに、 こんな所に出させてもろうて、ほんまにありがとうございます」この言葉で私達がしてきた事の意味をを少しですが実感できました。 またこの事がきっかけで「たすけあい」「おもいやり」「おたがいさま」の精神が私達のこころの奥深いところに存在していることを再確認できたように思いました。 またボランティア活動の素晴らしさを気付かせて頂いたようにも思いました。
人のために役に立とうとういう自立性や社会性こそがボランティア活動の原点ではないのかと感じます。 この尾道ねたきりになら連という団体は是非とも1人でも多くのボランティアの方々の参加があればもっと、もっと素晴らしい団体になるのではないかと思います。
高齢者の方々とボランティアの方々、また更には各団体同士がパートナーシップのもと新しい交流の輪が広がり、 21世紀の尾道の「まち」が明るく豊かで活力ある地域になる事こそ本当の「まち」(地域)創りではないのでしょうか。

▲トップ

2001年4月29日 なんでも鑑定団

去る4月29日、尾道駅前 ティアトロ・シェルネに全国版の『なんでも鑑定団』がやって 来て、尾道のお宝と山波神楽が紹介され、 入場者は皆さん楽しんで頂きました。
6月24日(日)にTV放映されますので、是非ご覧下さい。
往復ハガキによる申し込みという事と入場との引き換え、受付の仕方と開始時間の案内などの広報活動の不足及び現場での設営など多くの問題点がありましたが、 神輿の祭典に代わるイベントの一つとしては面白い試みではなかったでしょうか。
市民の方が主に団体を通しての参加する形から個人グループが気軽に申し込んで楽しめたのではないでしょうか?
来年からのみなと祭りが大変だけど楽しみです。

芸術文化推進委員会

大田 啓二

▲トップ