筆づくりの歴史
熊野の筆づくりの始まりは、およそ150年以上も昔、江戸時代の末にさかのぼります。
当時、農地の少なかった熊野では農業だけでは生活を支えきれず、農民たちの多くが農
閑期には出稼ぎに出ていました。
行く先は主に紀州(今の和歌山県)熊野地方や大和(奈良県)吉野地方。
出稼ぎを終えると、奈良へ立ち寄り、そこで生産される筆や墨を仕入れては、行商をし
ながら熊野へ戻るようになりました。
この行商がきっかけとなり、熊野と筆の結びつきが生まれました。
ちょうどその頃、井上治平(いのうえじへい)という若者が広島藩の御用筆司から筆づ
くりの技術を学び熊野に帰ってきました。
同じ頃、佐々木為次(ささきためじ)や乙丸常太(おとまるつねた)という人達が摂津
の国(兵庫県)有馬で筆づくりの技術を習い覚え帰郷したと言われています。
このように他の地で筆づくりを学んだ若者が熊野に戻り、その技術を広めたことが熊野
の筆づくりの始まりといわれています。
これといった特徴的な産業のなかった熊野の地で、筆づくりは新しい産業としてすぐに
とり入れられ、しだいに根づいていきました。
その優れた技術は150余年を経た今もなお、受継がれています。
熊野野町役場産業課作成パンフレット「熊野筆」より