麻酔というお仕事

(00/4/1更新)

 麻酔って御存知ですか?そう、手術を受けるときの麻酔です。手や足を切った時に傷口を縫うためにするのも麻酔ですし、虫垂炎(いわゆる盲腸)の手術や帝王切開の時に背中からする注射も麻酔です。もちろん胃の手術や心臓の手術をするときの全身麻酔もあります。では誰が麻酔をするのでしょう?そう、お医者さんです。では、どんなお医者さんが麻酔をかけるのでしょう。外科の先生ですか?産婦人科の先生ですか?もちろんそういう場合もあるでしょう。でも麻酔を専門とするお医者さん、「麻酔科医」という人たちがいるのです。

 ここでは、今後「麻酔科医」というお医者さんはどういうお医者さんなのか、私流の解説していくことにします。

ご意見ご質問は E-Mail(tktamura@oka.urban.ne.jp)までお願いします。

 

以前いた病院の先生が、一般の人向けに解説しているホームページがあります。是非こちらもご覧下さい。また他院の麻酔科の先生方のすばらしいホームページもあります。ここにもリンクしておきます。ここもぼちぼち充実させていきますので、よろしくお願いします。

Yasuhiro Morimoto Home Page(徳山中央病院麻酔科 森本康裕先生のホームページ)

Kumi's Web-Site(京都市立病院麻酔科 中村久美先生のホームページ)

麻酔を受ける人と麻酔科医のためのページ(東京都立神経病院 中山英人先生のホームページ)

田代尊久の麻酔工房(熊本赤十字病院麻酔科 田代尊久先生のホームページ)

私の麻酔メモ(要パスワード)


専門用語はムズカしい!?

麻酔のお話をする前に,まずは言葉の解説からしましょう.実際にあなたが手術を受けることになったとします.麻酔科医のいる病院では,手術に先立ち,多くの場合前日に麻酔科医の診察があります.いろいろなことを聞かれ,またいろいろな話があると思いますが,翌日の手術のことで頭がいっぱいのあなたはほとんど上の空でしょう.ときどき耳に入ってくる言葉も何のことかよくわからない専門用語ばかりでは,よけいに不安が増していきます.わからない言葉があれば遠慮せずに尋ねてください.ここでは麻酔科医が何気なく使っている言葉で,ひょっとしたらあなたにはわからないかも,という言葉をできるだけわかりやすく解説していきます.知りたい言葉がありましたらメールでお願いします.できるだけ早く対応するつもりです.


全身麻酔(ぜんしんますい)

しばらくはドラマのシーンを思い出しながら解説してみましょう.手術室といえば,壁や床はなんだか冷たい感じで,部屋の真ん中には幅の狭いベットが一つ.そして天井には電球がいっぱいついた丸い電灯があります.幅の狭いベットに移された患者さんは,緑色の布をたくさんかけられて,ほとんど姿は見えません.お医者さんも看護婦さんも緑色の服を着て,マスクに帽子を着けて目しか見えない格好です.「メスッ」という言葉で「パシッ」と手渡され,そしてスーッと皮膚に赤い線が・・・.あまり心臓の強くない方もおられると思いますので,描写はこれくらいにしてっと.お腹の中の手術や頭の手術,少し大きな手術はだいたい全身麻酔で行われます.中には,手術の経験のある方で,局所麻酔で手術をしている最中に,眠り薬を使われたのを全身麻酔だったと思っている方もおられるようです.日本でもっとも一般的に行われていると思われる全身麻酔の方法は,麻酔ガスを吸って行う方法です.麻酔ガスはにおいがあって,吸うのはあまり気持ちの良いものではありません.そこで一般的には,点滴の中に眠くなる薬を混ぜて眠らせた後に,麻酔ガスを吸わせることになります.手術が終わる頃を見計らって,麻酔ガスを吸わせるのをやめると自然に目が覚めてきます.


脊椎麻酔(せきついますい)

いわゆる盲腸や帝王切開,足の手術の時に行われる麻酔で,下半身麻酔とも呼ばれるようです.映画「病院へ行こう」の中で,真田浩之が足の骨折の手術をしているシーンがありましたが,麻酔はおそらく脊椎麻酔だと思います.(そういればサザエさんの歌を歌っていましたよね)麻酔のやり方ですが,手術台の上で横向きになって,背中を丸めた格好をします.背骨の間に細長い針を刺して脊髄の回りに麻酔薬を注入します.すると下半身があったかいような,だるいような,じんじんするような感じがしてきます.足も思うようには動かなくなってきます.麻酔が効いているところは,触られたり,引っ張られたりする感じはわかりますが,痛みは感じません.手術が終わってもしばらくは麻酔が効いていますが,注入した麻酔薬の効果が切れてくると,感覚は元に戻ってきます.当然ですが,戻ってくるまでの時間は使っている麻酔薬の種類によって異なります.


硬膜外麻酔(こうまくがいますい)

あまり聞き慣れない麻酔法だとは思いますが,最近では全身麻酔と併せて行われることが非常に多くなっています.全身麻酔をする前に,脊椎麻酔と同じような要領で,背骨の間から針を使って細いチューブを入れます.このチューブを使って麻酔薬や痛み止めの薬を入れるのです.手術中の痛みだけでなく,手術後の痛みもこのチューブから薬を入れることによって,とることができます.私も全身麻酔で手術を受ける時には,是非硬膜外麻酔も使ってやってもらいたいなあといつも思いながら患者さんの麻酔をしています.


気管内挿管(きかんないそうかん)

ドラマでの手術のシーンを思い出してみてください.眠っている患者さんの口には何やらいろいろなものが入っています.この中で一番大事なものは,気管内チューブです.このチューブは先端が,息をする通り道の気管というところに入っています.その先は肺です.つまり,このチューブを使って,患者さんには酸素とともに麻酔ガスが送られています.この大事な気管内チューブを入れることを気管内挿管といいます.「えっ,そんなところへ管を入れられるなんて,苦しいし痛いんじゃないの」と思う方もおられるでしょうが心配はいりません.気管内挿管は,患者さんが完全に眠ってしまったあとに行われるので,痛みや苦しみを感じることはありません.また麻酔から覚めたあとにこのチューブを抜くのですが,まだ少しは残っている麻酔薬の影響で,気管内チューブのことはほとんどの患者さんは覚えていません.


静脈確保(じょうみゃくかくほ)点滴(てんてき)

ドラマでの少し重傷な患者さんや救急外来でのシーンを思い出してください.患者さんの手に長いチューブを使っていろいろな薬が入れられていそうな場面がありますよね.これを静脈確保といったり点滴といったりします.検査のための血を採られたり,血管注射をされるときの血管は静脈です.その静脈に少し長めの細いチューブを入れておいて,必要な薬を入れたり,水分を補ったりするために,静脈確保や点滴が手術の前には行われます.手術を受ける場合,朝から絶食となる場合が多いのですが,水分の補給のために点滴が行われますし,全身麻酔では,最初に点滴に眠くなる薬を入れるため,静脈確保が必要となります.


絶飲食(ぜついんしょく)

緊急手術でなくあらかじめ予定を立てて手術が行われる場合は,手術の前には絶飲食の期間があります.胃の中を空っぽにしておくためです。胃や腸などの消化管の手術では手術の側の問題もありますが、全身麻酔に関しては胃の内容物が、誤って肺の方に入る危険性を少なくするためです。気管内挿管をするとき、筋弛緩薬(また後で説明します)の効果が弱く、「ゲボッ」とやってしまった場合だけでなく、明らかに「ゲボッ」がなくても、胃の内容物が口の中にこっそりと上がってくることがあるようです。胃の内容物が肺の方へはいると肺炎を起こします。ひどい場合は、肺での酸素の取り込みが悪くなり、しばらく(何日の単位で)人工呼吸が必要となることがあります。


人工呼吸(じんこうこきゅう)

患者さんの口に入れられた管を通じて空気を人工的に送り込むことです。通常は機械を用いて行い、その機械のことを人工呼吸器といいます。麻酔をかけて意識をとってしまうだけで肺の機能が少しだけ落ちるため、若干酸素の取り込みが悪くなります。そこで通常、人工呼吸器を通じて入れられるガスは、普通の空気よりも少し高めの酸素濃度にしています。また手術をやりやすくするため、筋肉を柔らかくする薬を手術中には用いることが多く、そのために呼吸が止まってしまうので人工的に呼吸を助けてやる必要があります。普通の状態では、人は「空気を吸い込む」様式をとっていますが、人工呼吸は、圧力をかけて「空気を送り込む」様式をとります。このことに関して、昔色々論争があったようですが、現在では圧力をかけて「空気を送り込む」様式が一般的です。


麻酔で使う薬

吸入麻酔薬(きゅうにゅうますいやく)

事件物のテレビドラマで、犯人が薬を染み込ませたハンカチを相手の口と鼻に当てると、当てられた人は急に意識を失ってその場に倒れ込んでしまうという場面がありますね。恐らく揮発性の吸入麻酔薬(古い薬では、クロロホルムやエーテルなど)を使っているという設定なのでしょうが、なかなかそこまで無抵抗に、そして即効性のある吸入麻酔薬というものは現実的にはないようです。しかしある程度協力が得られれば、2-3呼吸で眠ってしまうというものはあります。笑気というのを聞いたことありませんか?この吸入麻酔薬は鎮痛作用は強いのですが、なかなか眠ることはできません。しかも形態が常温でガスであるため、ハンカチに染み込ませるということもできません。通常、全身麻酔点滴の中から投与される静脈麻酔薬で眠りにつき、手術中は吸入麻酔薬をかぎながら麻酔状態を維持するということになります。場合によっては、最初から吸入麻酔薬をかぎながら眠ってしまい、麻酔中も同じ薬で維持され、吸入を辞めさせると覚醒するという方法を採ることもあります。吸入麻酔薬の中には臭いがきついものもあり、意識があるときにかがせるのに適した物はある程度限られてきます。子供は点滴をさせてくれないことも多いので、最初から吸入麻酔薬という方法をとりますが、臭いをごまかすためにバニラエッセンスなどをマスクにつけておくこともあります。


静脈麻酔薬(じょうみゃくますいやく)

文字通り、血管内に注射して眠らせる薬です。オウムの事件の中で「自白剤」と紹介されていたチオペンタールも静脈麻酔薬としてよく使われる薬です。通常は麻酔導入(最初に眠ってもらうこと)に用いられることが多いです。この薬は麻酔作用のある量を入れてしまうとあっというまに眠ってしまいますが、中途半端な量、つまり眠るか眠らないかの量を入れると少し抑制がとれて(俗にいうほろ酔い気分程度でしょうか)つい何でもしゃべってしまうような気分にさせるのでしょうか。実際このような使い方は習ったことがないので解らないなあ。子どもでは眠らせてから静脈確保を行うことが多いので、最初に静脈麻酔薬で眠ってもらうことはあまりないですねえ。大人の場合は静脈麻酔薬で眠ってもらうことが多いです。そうはいっても吸入麻酔薬は少しにおいがありますから、私としてはこちらをお勧めします。しかしこの辺りは麻酔科医の好みがでるところで、自分が麻酔を受ける場合、担当の麻酔科の先生に確認してみましょう。


局所麻酔薬(きょくしょますいやく

手や足を少し深く切ったり、歯の治療をするときのいわゆる「しびれグスリ」ですね。これは詳しくいいますと神経の伝わりを遮ってしまう薬です。麻酔科では、この薬をもう少し神経の集まっているところに注射してもう少し広い範囲をしびれさせます。よく行われるのが脊椎麻酔硬膜外麻酔です。その他肩の付け根や首の付け根に注射して腕をしびれさせることもあります。このような局所麻酔薬による手術中に鎮静薬を使って眠ってもらうこともあります。眠ってしまうために、時に患者さんは全身麻酔に切り替わったのだと感じられていることがあります。


筋弛緩薬(きんしかんやく)

読んで字のごとく、筋肉をだらんとさせる薬です。この種類の薬は、アマゾン流域の原住民が神経毒として矢じりの先に付けて使っていた薬を元に開発されたといわれています。恐ろしい薬ですねえ。「毒」というマークがついている薬です。この薬を日常的に使っているのは恐らく麻酔科くらいのものでしょう。当然、この薬を使えば呼吸が止まります。なにもしなければ死んでしまいます。そこでこの薬を使う多くの場合、人工呼吸が必要になります。ではなぜこの危険な薬を使うのでしょうか。ひとつは、おなかの手術(胃や腸の手術などですね)の場合、筋肉が柔らかくなっていると手術がやりやすくなるわけです。傷口も少し小さくてすむようになるかも知れません。使い方を誤らなければ、いい薬なのです。

 

今後登場予定の言葉たち

悪性高熱症