『 空 の 城 』 原案:準 星 著作:山下由美子    『 ほら!      雲をごらん あの雲を      細くたなびく 白い雲      天は銅色 地はねずみ色      空に浮かぶは 王の城 』                      ピエーテス詩集より                         (藤本 晶子・訳)   あたしが家に着いたのは夕方。なんにもする事がなくって、テレビも見る気がしな  い。   それで、今は何となく机に向かって、。二階の窓から見える景色に目をやってるわ  け。   「あっ!」   あたし、不覚にも大声を出してしまった。下を通りかかったおばさんがこっちを見  た。   ”若い娘が………”とでも思ってるのかな。でも、あたし、それを気にするどころ  じゃない。   「まさか!」   あたし、目を凝らしてよく見た。んでもって、おもむろに眼鏡を外し、きれいな布  でふいた。そして、眼鏡を掛け直し、深呼吸をするとゆっくり目を上げた。   間違いなく、「それ」はそこに、遠くそびえたっている。   「詩織。この詩、知ってるかい」   総が本を差し出した。総とは、同じ高校2年で同じクラスで、同じ文芸部。   「ほら!/雲をごらんよ あの雲を/細くたなびく 白い雲/天は銅色 地はねず  み色/空に浮かぶは王の城……… 何なの、これ」   総は、あたしを探るような目でみながらいった。   「この詩はピエーテスっていう人が、紀元前2300年頃書いた詩なんだ。それで  ここに出てくる曇っていうのが、横に細長く広がってる雲の事。それで、夕方に太陽  がこの雲の裏側に隠れてしまって、上の方が赤っぽく、下の方が薄暗く見えるときが  あるだろう。その時の情景を詩ってるんだよ」   「ふうん。でも、”空に浮かぶは王の城”っていうのは、どういう意味なの?」   総、この質問をあたしがすると思っていたに違いない。満足そうに、ニタリと笑っ  た。   「つまり、その雲の上に巨大なお城が乗っかってるって意味なんだ」   総、ふんぞりかえって言う。   「ふうん。まるでファンタジーね」   あたしが言うと、総、不服そうに、   「夢みたいだって!? ピエーテスっていう詩人は自分で見た事しか詩にしないん  だよ。つまり、彼は雲の上の巨大な城を本当に見たって事なんだ」   「ホントにそう思ってるの?」   「ああ」   総、ふんぞりかえってる。   「ばっかみたい。お城が雲の上に建ってられるわけないじゃない。あたし、帰る」   あたしは、まだなにか言いたそうな顔をしてる総を残して部室を出る。外はまだ明  るくって、運動部のかけ声がグランド中に響いてる。ばっかみたい。本当にあんなも  のが雲の上に建ってられるって思ってるのかしら。   でも、それがあたしの目の前に悠然と浮かんでる。お城の後ろには後光まで射して  る。目を凝らすと、お城が近づいてきてるような気もする。   「バベルの塔が完成してたら、頂上はあんなふうになるのかしら」   あたし、少し目がおかしくなってきたみたい。もう一度眼鏡を外し、目をこする。   眼鏡を掛け直して雲の方を見る。   「うわーっ。な、なんなのよ、これ」   あたし、びっくりした。だって、お城がさっきより大きくなってるんですもの。あ  ーん、困っちゃう! こういう事態は予想だにしてなかったのよね。ほら、また少し  大きくなってきた。   「あれっ。畳がない!」   そうなの、あたし、気づくと雲の上に向かって飛んでるの。道路なんか毛糸がもつ  れたみたい。そうよ、そんな事言ってる場合じゃないわ。足元に何もないっていう不  安感、あなたにわかる? あー、めまいがしてきちゃった。   雲の上のお城は、もう、すぐそこ。   カラスが一羽、足元を飛んでいった。   目の前が真っ暗になって、結局、あたし、気絶。   「シオリ、シオリ」   誰か、あたし、呼んでる。早く起きなくちゃ。   「う、うーん」   頭が二日酔い。   待ってよ! あたしは高二、お酒なんてまだ飲んだことなんて! 少しはあるわ。   でも、二日酔いするほど……… そんな事言ってる時じゃない。誰かがあたしを呼  んでるの。   「シオリ、シオリ」   「う、う〜ん」   あたし、頭を振って起きあがる。んでもって、そーっと、目を開ける。   えっ!やだ、なんでこんなところにいるの。   あたりは森林、熱帯樹林みたいな感じ。   「シオリ、シオリ」   どこかであたしを呼んでいる。あっち、と思うとこっちから。こっち、と思うとあ  っちから。   「もう、どこであたしを呼んでるのよー」   あたし、怒って叫ぶ。   「どこで叫んでるのよ! 返事くらいしなさいよ!」   急に森の中が静かになる。あたし、ペタンとへたりこむ。   「どうして、どうしてこんなところに来なくちゃいけないの」   べそをかいちゃうぞ、そう思ってると、余計に顔がゆがんでくる。あたしの可愛い  この顔が。   「ひっく、ひっく、ふえ〜………」   「シオリ、シオリ」   あたしの顔が正気に戻る。   今度こそ捕まえてやる。あたし、声のする方を振り向く。     バサッ   「きゃあ! な、なんなのよ、これ」   熱帯樹林のかげから鳥が飛び出してきた。その恰好ときたら!猫がコーヒーを飲み  ながら、象とダンスをしてるって感じ。それが「シオリ、シオリ」と、叫びながら飛  び出してきたら。あなた、どうする?   あたし、驚いて今度は本当にべそをかいちゃった。あたし、本当に泣いちゃうぞ。   「はははは、驚いたようだね。シオリ」   え!? あたし、声のする方を振り向く。   わー、美形!べそをかいてる場合じゃない。はっきりいって美形。とにかく美形な  の。 ううん、だって他に言いようがないんですもん   「おやおや、僕まで君を驚かせてしまったようだね。大丈夫? 立てるかい」   「は、はい」   あたし、もう何も言えない。彼があたしの手を握って立たせてくれる。あたしの顔  は耳まで真っ赤。こんな美形が、あたしに優しくしてくれるなんて。   あたし、もう死んでもいい。   「ところで、さっきの鳥の事だけど、あの鳥は”ナマエ・オシエ鳥”と言って、近  くにいる人の名を呼ぶんだ。それが鳴き声だからあっちこっちから聞こえるんだよ」   あたし、うわの空で彼の話を聞いてる。んでもって、相づちだけはしっかり打って  る。彼、話を続ける。   「君は、この森が雲の上にあるっていうのを知ってるよね。ここにはいろいろな生  き物が住んでるんだよ。アイルランドの妖精はもちろんのこと、多くの作家達が書い  た生き物が住んでるんだよ。チェシャ猫やカードの兵隊達もいるし、ばくや、キマイ  ラだっている。森の中央にある、そう、地上からよく見える城には、一般に神様って  言われてる人たちが住んでる。   それで、昔はよく、地上の人たちが遊びに来たもんだ。僕も、子供達とよく遊んだ  し………」   ちょっと待ってよ。昔よく遊んだって? そんな頃っていえば、もう4〜500年  くらい昔よ! ってことは、この人の歳は少なくとも、4〜500歳!? えーっ、  うっそみたい。あたし、百年の恋も一瞬にして冷めちゃった。歳の事さえ考えなけり  ゃ、美形だし、優しいし。申し分ないんだけど、残念!   「でも、最近の人達ときたら、空にお城が浮かんでるなんて信じてくれやしない。   だいいち、空を見上げる人すらいない。君を相手にぐちっても仕方ないな。    さて、この森を案内しようかな」   彼、口笛を吹く。空から、純西洋風の竜が降りてくる。彼はさっそうと竜の首にま  たがる。   「恐がらなくてもいいんだよ。早くおいで。お空の散歩にご招待」   「でも、あたし………」   あたし、今日はスカート。しかもミニ………。こんな恰好で竜の首にまたがれって  いうの?    あたしのような、可愛らしいレディのする事じゃないわ。はずかしくって………。   あたしがもたもたしてると、かれ、あたしを抱き上げて、彼の前に横に座らせてく  れる。あたし、また耳まで真っ赤。でも、彼の歳の事を考えて、思わずぞっ。   竜がふわりと浮かび上がる。   あたし、恐くて彼にしがみつく。歳の事なんか忘れてしまった。   「ははは、大丈夫だよ。落ちやしない。でも、僕にしっかりと捕まってるんだよ。   いいかい」   「あれが王の城さ。大きいだろう。本当はもっと大きいんだよ。雲の下に本体があ  るんだけど、今は神様の力でふたつに分けられてるんだ。雲を境界線にしてね。でな  きゃ、空に浮かべられないからね。   ようし。今度は湖に行ってみよう」   竜が急旋回。あたし、慌てて彼に捕まろうとしたけど、ダメ。   「シオリ!、シオリ!」   彼が慌てて叫ぶ。竜であたしを助けようとしたけど無理。あたし、落下。   「シオリ! シオリ!」   遠くから声が聞こえる。近づいてくる。   あれ!?   「シオリ。詩織。そんなところで寝てると、風邪をひきますよ。詩織」   えっ!? いつの間に!? 今、ここ、あたしの家………。   竜から落ちたのに。夢?   いいえ、夢じゃないわ。あたし、本当に行ってきたんですもの  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・   「う〜ん」    総、あたしが昨日の話したら、頭かかえこんじゃった。でも、最初に空の城があ  るって言ったの総だかんね。   「う〜ん」   さっきから総、うなってるだけ。コーヒーを運んできたお姉さん、やっぱり変な顔  してた。   「総」   たまりかねて、あたし、総の肩をゆする。   「え? あ、うん」   もう。また黙って考えこんじゃった。   「ねぇ、総。雲の上にお城があるって言い出したの、総じゃない」   「うん、そうだけど、今考えてるのは、空の城の存在って事じゃなくて、どうして  詩織が雲の上に連れて行かれたのかって事なんだ。まぁ、もしかすると、ゆ………」   あれ? 総、何か言いかけてやめちゃった。ずるい。       パリッ… パリッ…   え? 何? この音。       ギャア   ギャア? 何なの? それ。あたし、肩の方をそっと見る。え? トカゲ? トカ  ゲってギャアって鳴くんだっけ?   「詩織、ここ、出よう」   総、あたしの肩にいるトカゲみたいな生き物を、両手でそっと持って先に歩きだし  た。   あっ、待ってよ。伝票! 今日は俺が払ってやるって恰好つけてたくせに、結局、  またあたしが払う事になるのね。   ちょっとぉ。総、待ってったらぁ   あたし、早足の総に、走ってやっと追いつく。   「ねぇ、どうしちゃったのよ。急にお店出ちゃって」   「とにかく、あそこの公園に行こう。あそこなら人目につかない」   急にお店を出るのと、人目につかない公園に行くのと、どういう関係があるわけ?   そういえば、総、さっきから、手の中のトカゲさん(トカゲみたいな生き物なんて、  言いにくいから、トカゲさんでいいのっ)、やたら大事そうに持ってるけど、何かあ  るわけ?   あ、トカゲさん。総の手の中で鳴いてる。何か、かわいそ。   公園のベンチに座って早速、あたし。   「ねぇ、その手の中のトカゲさん……」   「トカゲじゃない。これ、ドラゴンの子供だ」   え? ドラゴン? じゃぁ、あのパリッという音、ドラゴンさんが卵から生まれた  音なわけ? あれ? ドラゴンって卵生だったの? で、やっぱりドラゴンっていっ  たら、あの東洋産じゃなくて、西洋生まれの羽がコーモリみたいなの?   「ほら」   総、ゆっくりと手を開く。本当にあのドラゴン。   ドラゴン君、あたりを見回してギャアと一声鳴くと(これ、叫ぶって感じじゃない  のよね)、あたしの方に来ようとするわけ。その仕草がなんとも可愛い!! 総、ぼ  そっと言う。   「このドラゴン、詩織を母親だと思ってる」   え? じゃぁ何よ。総はあたしに未婚の母になれっていうの?   「やっぱり最初に見たものを母親だと思うのは、普通の動物と変わんないわけか」   もう、何のんきな事言ってんのよ、総は。あたしが未婚の母になってもいいの?   「とは言っても、空の城の生き物が地上に降りたって事は、前代未聞なんじゃない  か?」   「そうとは限んないわよ」   あたし、反論。未婚の母なんてやだかんね。        あ、ずれてる。   「たまたま地上に降りたところを人間に見つかって、んで、伝説とかファンタジー  とか出来たのかもしれないじゃない」   「でも、今わかってるのはこれが最初だろ。まして、卵からかえるってのなんか」   「あ、そうだ、卵、どうやってあたしの体に付いたのかしら」   と、話題をそらす。このままやりあっってたら、あたしが負けるの目に見えてる。   「多分、竜に乗った時に、一緒にひっつけて来たんじゃないか?」   じゃないのかって、いともあっさりと。そりゃまぁ容量少ないからいいけどさ。そ  れに、竜の生体なんて考えてわかるもんじゃないし。   「それより、今一番考えなきゃなんないのは、この竜を早く雲の上に帰してやんな  きゃなんないって事」   「え? どうして」   あんまりなつかれるんで、この竜くんに情が移っちゃったみたい。   「いいじゃない。あたし、未婚の母でもいいわよ」   前言撤回。   「ばか。そういう事じゃないんだ」   ええ、ええ、どうせ、あたしは馬鹿ですよ。ふん、だ。   「あのな、よく考えてみろよ。もし竜を育てたとしても、大きくなった時、どうす  るんだ?」   「あ、飼うとこない」   「違うだろ。大きくなったら人目につく。人目につけば警察やマスコミは放っては  おかないだろう。人間ってのは排他的で私利私欲に走る傾向にあるから追い出される  か殺されるかするだろう。まだそれだけならいいかもしれない。   でも、竜なんてどこにもいない生き物だから、捕まったらどこかの研究所へ送られ  て、解剖されてしまうかもしれない。キングコングみたいに見せ物になるかもしれな  い。詩織だって、そんなの見るの嫌だろう?   だったら雲の上に帰してやるのが一番いいんだよ」   いつも馬鹿ばっかりやってる総とは思えない台詞。あ、やだ。総が大きく見える。   で、ぼうっと総の顔見てるわけ。   突然、あたし、ある事に気づいた。   「ねぇ、総。雲の上に帰してやるのはわかったけど、どうやってあそこまで連れて  行くの?」   「考えてない」   「え?」   「考えてない」   あっさり「考えてない」って言われても、あたし、困っちゃう。   でも、本当に早く雲の上に連れて行かないと、解剖か見せ物だもの。   あたし、そんなの絶対に嫌。   それで結局、その日は二人ともいい考えが浮かばなくって、とりあえず、家にかえ  る。もちろん、竜くんはあたしが連れて帰る事にした。   そう、竜って本当に何でも食べるのね。あたし驚いちゃった。その日の残り物を食  べさせておけばいいみたい。でも、体が大きくなっちゃったら、残り物を食べさせて  おくなんて出来ないと思う。だって、絶対量が違うでしょ。残る量と、竜くんの食べ  る量と。   で、今あたし、早く竜くんを空の城に帰してあげたいなぁ、なんて思ってるわけ。   ううん。別に食料がどうのっていうんじゃないのよ。本当のお母さんの所へ帰して  あげたいの。やっぱり、この竜くん捜してるだろうなって思うし。   それで、夕方の空見ながら、空の城がもう一度現われないかなって思ってるわけ。   竜くん、あたしの足にじゃれついてる。火、吹いちゃだめよ。   あたし、何か感じて空を見る。遠くの方に白くて細長い雲。その上に黒い点が見え  る。   え? 何か安易な感じもするけど、空の城がやってきた見たい。あたし、竜くん抱  いて空の城を見てた。   だんだん大きくなるお城。あたし、必死で念じてる。”あたしをもう一度、雲の上  に連れていって下さい”って。   気がつくと、例によって畳がなかった。お城がどんどんと大きくなっているのがよ  くわかる。   うーん。やっぱりダメ。気分が悪くなってきた。   目の前、真っ暗。   「やあ、お嬢さん、お久しぶり。名前は… そう、シオリだったね」   あ、前に来た時案内してくれた美形さん!   「今度は一人でこれたね」   え?   あたしが、一人でここに来たんですって? まさか。でも、そう考えないとつじつ  まが合わない。   「この空の城は、自分が来たいと念じれば来る事が出来るんだよ。最初に来るとき  は、僕たちが手伝わないといけないんだけどね」   あ、そういえばあの時、ここに来てみたいなぁって思った。   あつぅ! 竜くん、何を思ったのか、ライター。   「あれ? 地上の人の君が、どうしてドラゴンの子供なんか連れてるんだい?」   あたし、今までの経緯をはなす。   「ふむ、なるほど。   とすると、このドラゴンの子供はジュルリアルの子供なわけか」   ジュルリアルって、母竜の名前? いい名前!   「それでね。ジュルリアル呼んで、竜くんを返してあげたの。とぉっても喜んでた  わよ」   「何で竜が喜んでるってわかるんだよ」   あはっ! 総ったら、自分が行けなかったもんだから、すねてる。かわいいっ!   「ま、いいか。無事に空の城に帰ったんなら…………… なんだよ。おれの顔に何  かついてるか?」   「ううん、何も。ただ、総ってとっても素敵だなって」   「な、何だよ。急に変な事言うなよ」   総、あわてて耳まで真っ赤にしてコーヒー飲んでる。      だからあたし、総ってとっても好きなの。                                  END。