「 肩 」                               準 星   左の肩が異様にだるく、重い。   特に腕を使った作業もしていない。それに、肩にしこりがあるような気もする。   動かすにはまったく気にはならないのだが、ときどき力が抜ける事がある。   ここ数日、肩がおかしい・・・・・・   「あら、これなぁに?」   暁子が肩を見て言った。そこには毛のようなものが1センチほど生えていた。し  かし、色は肌色をしていたし、毛ほど細くなかった。ちょうど凧糸くらいの太さだ  ろうか。   「ああ、これか。この前から生えちゃって、引っ張っても取れないんだ」   「へへっ。じゃぁ、あたしが取ってあげる」   そういうと暁子は変な毛をひっぱった。   「いたい、いたい。よせよ。こら。そんなことすると、こうだぞ」   そう言って、また暁子の脇をくすぐり始めた。   「あ、いやだ。きゃはは。もぅ、いやだったら・・・・・・ ああん」   脇にいた手は、いつの間にか場所を変えて暁子の胸の上にいた。ついさっき終わ  ったばかりなのに、二人とももうその気になっていた。   変な毛に気がついたのは、一週間前の事だった。風呂に入って体を洗っている時  に気がついた。   ちょうど、左の肩と脇の下の中間くらいに、細長いものがひょろっと出ている。   最初は「変な毛だなぁ」くらいにしか思わなかったのだが、良く見ると色も違う  し、毛よりも少し太かった。   引っ張ると当然痛かった。   それに良くみると、生え際には毛穴がない。   皮膚自体が盛り上がってそのまま伸びている。   改めてひっぱってみると、皮膚は毛をひっぱったときのように円錐状にはならず  に、明らかに皮膚の延長として存在していた。   爪を立てると痛かった。神経も通っている。やはり、皮膚の一部なのだ。   風呂上がりにみると、爪を立てたところが充血して赤くなっていた。   気にはなったが、別に実害があるわけでもなく、変な毛くらいで病院に行く気に  もならなかった。   しかし、暁子に指摘されてよけい気になりはじめた。最初見たときより太くなっ  た気がしたからだ。   暁子と別れて家に帰ってから、服を脱いでまじまじと見る。   成長していた。   ほんの少しだが太くなったような気がした。ひっぱるとやはり前と同じように痛  かった。が、思ったよりも痛みは少なかった。大きくなった分だけ感覚が鈍くなっ  たのだろうか。   はさみで切ってみようかとも思ったが、とりあえず思いとどまる事にした。   電話が鳴った。   「はい・・・・・」   「もしもし、暁子です。明日の待ち合わせなんだけど、もうちょっと遅くなんな   いかしら。やっぱり、起きれそうにないって言ったらおこる?」   「ん・・・・ いいよ。俺も起きれないかもしれない。最近、なんだか、体がだ  るくて・・・・・・」   「どうしたの? 仕事のしすぎ?」   暁子の心配そうな声が聞こえる。なんだか、疲れが取れるような優しい声だ。   「いや、大丈夫だよ。明日、暁子に会ったらきっと治るよ」   そうは言ったものの、自信はなかった。   「じゃ、11時に映画館の前で」   そう言って電話を切った後、急に脱力感が襲ってきて電話を切ったままの状態で  しばらく動けなくなってしまった。   ここまでひどくなったとは思わなかった。ベッドからここまで歩いただけで、こ  れほどになるとは。   やはり、切ってしまおう。   そういえば、2週間くらい前、肩が異様にだるい日があった事を思い出した。   あれからだ。疲れやすくなったのはモノがある、あるこの左肩だ。   重い体を引きずりながら机の引き出しに向かう。近づくほどに体がいうことをき  かなくなるような気がする。のろのろと右腕を伸ばす。引き出しに手が届こうとし  たとき、左肩に鈍い痛みが走った。まるで、肩の中に重いものが入り込んだような  痛みだった。そこだけが重力が2倍になったような感じだ。   必死の思いで引き出しを開け、はさみを取り出す。   すでに、反乱を開始した左腕に感覚はなく義手のようにだらんと垂れ下がったま  まだった。   はさみを持ち、モノをにらんだ。   明らかに大きくなっていた。   驚きで一瞬動きが止まった。   まじまじと見てみると根っこの方は自分の鼓動とに合わせて脈を打っている。   脈を打つ毎に少しづつ大きくなっているような気すらした。   ぞっとした。   早くこんなモノとは別れたかった。   いや、確かに少しづづ大きくなっている。   早く切らなければ、乗っ取られてしまう。   意を決してはさみを近づけた。モノにあったった瞬間、急に大きくなり、人差し  指ぐらいになった。   恐怖が先行し、一気に切りとった。   激痛が走った。   切りとられたモノが床でうねうねとうごめいている。切りとられたトカゲのしっ  ぽのような派手さはないが、苦しむように動いていた。   左肩を見た。切りとった痕は思ったよりも大きな穴が開き、そこから血が流れ出  していた。というより、まるで、むせながら血を吐き出しているように見える。   右手でハンカチを肩にあて、横たわった。ひどくなければ、そんな時間かからず  に血は止まるだろう。体力が戻ってきているような気がした。止まらなければ病院  に行けばいい。遠くないところに外科がある。   ほっと一息ついた。明日の約束には包帯を巻いて行かなければならないが、なん  とかなるだろう。ほうっておいたら間違いなく動けなくなっていたろだろう。   明日は無理だな。と、暁子のやわらかな体を思い出した。こんな時でも考えるこ  とはいつもと変わらないなと、苦笑した。   が、突然右手に激痛を感じた。   嫌な予感がして左肩を見た。どす黒い血でねっとりと汚れた無数の牙が右手に食  い込んでいた。   言葉にならない悲鳴をあげ手をはなした。食い込んだ牙の主が体の中からずるず  ると引きずり出された。自分の体が萎んで行くのを感じた。   こいつが、体の中で成長していたのだ。体力や栄養はこいつが全部吸い取ってい  たのだ。いや、すでに、内臓すらこいつに取って変わられていたのかもしれない。   しかし、どうやって・・・・・・。   もう、考える気力はなかった。   体には内臓らしいものは残ってなかった。 END・・・・・・・・・・・・?