『 か ま ぼ こ 』                                 準 星   「かけソバ。ネギたっぷりね」   電車をおりると、食券を買うのももどかしくJRの駅ソバに駆け込んだ。   自慢ではないが、俺は『駅ソバ』には目がない(まったく自慢にならない)。出  張先や旅行先では必ずといっていいほど駅ソバを食べる。そこら辺の商店街にある  ような『蕎麦屋』ではダメだ。   大抵の場合、少し大きな駅になると必ずと言っていいほど駅ソバがある。いかに  いいダシを使っていようが、いい蕎麦粉を使っていようが問題ではない。『駅ソバ』  であることが大事なのだ。俺にとって『駅ソバ』は食生活になくてはならないもの  なのだ。そしてそれになくてはならないもの。それは『かまぼこ』だ。   「かまぼこの入っていないソバは、ソバじゃねぇ!」と声を大にして言いたい。   しかし、最近は『てんぷらソバ』、『月見ソバ』など、入っていない事がある。   しかも、まずい。薄っぺらい、片栗粉をこねて作っただけような味気ない『かま  ぼこ』が入っていたりする。『駅ソバ』であって、『ソバ屋』のソバではないのだ  から、そこまで、追求してはいけない。あるとき、そう勝手に納得して自分好みの  かまぼこを持ち歩くようになった。   おれは、おもむろにアタッシュケースから、真空パックを取りだした。中身はも  ちろん『かまぼこ』。ケースの中には20枚のかまぼこが常備してある。一つのパ  ックには2枚づつ入っていて(もちろん、ソバに「2枚の」かまぼこはなくてはな  らない)、それが10は必ず入れてある。もちろん、旅行に行くときには日程によ  っては100枚入れて行く時もある。   こんなに入れておくと、夏などは腐ってしまうのではないかと思うかもしれない  が、心配ご無用。この、アタッシュケースは電池駆動の簡易冷蔵庫になっている。  単1の乾電池が10本必要だが、それだけで12時間は保つ。12時間もあれば大  体の移動は十分だ。   「へい、お待ちどう」   景気のいい声が聞こえて、どんぶりが目の前にさしだされた。   ここで初めてかまぼこの封を切る。でなければ風味が損なわれてしまう。ただで  さえ一枚づつに切ってあるために鮮度が落ちやすいのに、どんぶりに入れる前に出  して待っていたのでは、何のための真空パック、何のための電池式冷蔵庫!   しかし、どんぶりの中を見た俺は、期待したものと違う事に気がついた。   「おい、なんだこれは!」   おれは、調理人を睨みつけた。   「へ?」   調理人はなんのことだかわからずきょとんとしている。   「ああ?ああ・・・。どんぶりに指が入ってるって?」   「そしたら、言うんだろ『大丈夫、熱くないですから』」   「おっ!?、お客さん、言いますねぇ。いやぁ、さすがだねぇ。やっぱり、どこ  か違うと思ってましたよ」   「そ、そぉかぁ?いやぁ、照れるなぁ。ぽぉりぽぉり」   俺は、下を向いて後頭部をカリカリかいた。白いふけがひらひら落ちる。   いや待て、こいつのペースに乗せられてはいけない。それが、こいつの手口に違  いない。   「違うっ!このソバの中に入っているものはなんだと言ってるんだ」   「ああ?ああ・・・。どんぶりに指が入ってるって?」   「そしたら、言うんだろ『大丈夫、・・・・・ってちがぁぁぁう!!」   俺は調理人の首を掴んでどんぶりのそばまで引き寄せた。そして、今にもどんぶ  りの中に頭を叩き込みそうな勢いで顔を近づけた。   「お前にはこれが見えねぇってぇのかぁ」   これでは、まるで遠山の金さんだ。   「ひぃぃぃっ!」   調理人の目の先には園山シュンジの描くところの太陽があった。   「な、ナルトがなにか・・・・?」   「ソバにはかまぼこと決まってるんでい!」   白地にほの赤い部分が、まるで色白の女性がつけた口紅のように色気を漂わせて、   「あたしをたべて・・・・」   と、言わんばかりに食べる人を恥ずかしげにじっと見上げている。   それが、かまぼこのそこはかとない愛らしさだ。   ところが、ところがだ。ナルトにはそんなものはかけらもない。   「てやんでぇ、べらぼうめぇ。喰いたいんなら、さっさと喰っちまいな」   的な、刺々しささえ感じる。それはそうだ。ナルトは円柱状のモノのまわりにス  トローが巻き付けてあるために、ストロー同士の隙間でぎざぎざが出来る。それを  輪切りにするとラーメン屋でよくみるナルトになる。だいたい、ストローなんても  のはは俺は小学生時代以来一度も使用していない。大人になってまでストローを使  ってちゅうちゅう吸いたくもない。   そして、そのぎざぎざの中には食べる者を愚弄するかのような渦巻が描いてある。  しかも、回したからといって目が回るわけでもないという、中途半端でいい加減。  俺には許せない。   「んなものは、ラーメン程度に入ってるだけで十分でぃ!」   俺は、そのまま、調理人をどんぶりの中に突っ込もうとした。が、その頭に尋常  ならざる抵抗を感じた。   「お客さん。ラーメンを侮辱しましたね」   どんぶりにこもった、陰気な声が聞こえた。   「ラーメンを侮辱しましたねぇぇぇぇぇぇ」   がばっ!と起きあがった調理人の目が血走っている。   「ちょ、ちょっと待った。話せばわかる」   犬飼元首相と同じ様な事を行ってみたが、結果も同じ様になりそうだ。   調理人にはもう何を言っても通じそうになかった。   「ラーメンを侮辱したなぁぁぁぁぁぁ」   気がつくと両手に包丁を握りしめ、頭に巻いたはちまきの両側にはろうそくが立  ててある。   「や、やめてくれぇぇぇぇぇぇ」   俺は次の瞬間叫んでいた。   「頼む。封を開けたかまぼこを食べる間だけは待ってくれ」   俺の台詞は巨大なナルトのような「吹き出し」に書かれていた。