病院の廃屋にて・・・・・・                            ミズモリ ショウ                             準 星  「もっと下よ」  ヨウコちゃんが言う。  「どこ?見えないからわかんないよ」  口をとんがらしてズボンのゴムを引っ張りながら覗き込んだぼくにヨウコちゃんは  「見ちゃダメ」  と、言った・・・・・。  ぼくとヨウコちゃんは、仲良しだった。と言ってもヨウコちゃんの方が五つ年上だっ たと思う。  小学校にあがって初めての集団登校の時に手を引いてもらった覚えがある。大抵それ は、5年生か6年生のお姉さんの役割だったからだ。  それ以来、「ヨウコちゃん、ヨウコちゃん」となつくようになった。が、それも一年 生の間だけで、ヨウコちゃんが中学生になると近寄りがたくなってしまった。声をかけ ても、にこりともしてくれなくなってしまったようこちゃんに、子供ながら「ああ、別 の世界の人になったんだなぁ」と、理解していたのかもしれない。  そんなある日、ヨウコちゃんの方から声をかけてきた。  「ねぇ、病院に行ってみない?」  この病院はぼくが生まれたときから閉鎖されていて、子どもたちの間では幽霊屋敷と 言われていた。窓から中を覗くと、残されたベッドなどに血がついているとか、夜にな るとここで亡くなった患者の亡霊が廊下を歩き回るといった、他愛のないうわさ話だっ た。こんなことを言われると凄惨なものを感じるかもしれないが、みんなそこまでは本 気にしてはいなかったと思う。というのも、学校帰りなどはこの病院の庭は近道になる し、夏は昆虫採集、秋は栗拾いに集まって来た。薄暗くない程度に繁る木々の間をふら ふら散歩するのも楽しかった。  そんなところだから、別に行くのはいやなわけではなかったのだが、なんだか急に誘 われて妙な気持ちだった。  「ね、行こう」  先に立ってヨウコちゃんは歩き出した。  「うん。でも、なにして遊ぶの?」  「いいもの触らせたげる」  そう言って、ふふふと笑うとさっさと歩き出した。  そして、病院の建物の周りを一回りした後  「やっぱり開いてないわねぇ」  と言った。  ヨウコちゃんは建物の中に入りたいらしいのだけれど、ぼくは入りたくなかった。  幽霊の話は嘘だと分かっていても、病院の庭は入り込んでも、中に入るのはやっぱり 恐かった。  「中に・・・・、入るの?」  おそるおそる聞いたぼくに  「うん」  と屈託なげな返事だった。  「恐いの?」  笑いながら聞くヨウコちゃんにぼくは返事が出来なかった。  「ま、いいかぁ。窓、壊すのいやだし・・・・・」  どうしようかと迷っていると、朝からどんより曇っていた空から雨がぽつりぽつりと 降り始めた。  くるっとこっちを向いたヨウコちゃんはいたずらっ子のように笑っていた。  「向こうの隅っこに壊れかけたお風呂場があったよね。早くしないと濡れるよ」  そう言うと、ぼくの手をひっぱって連れていった。  そこは、外から湯船が見えるほど壊れてしまっている風呂場だった。洗い場には誰が 置いたのかボロボロになった布団が一、二枚置いてある。  その布団の上に服が汚れるのも気にならないのか、体を投げ出して横になった。引っ 張られたままのぼくも一緒に倒れ込んだ。  「ねぇ、ズボンの中に手を入れてみて」  ヨウコちゃんは今日は少し大きめの赤いトレパンのようなズボンで、兄弟からのお下 がりだろうか、お腹のゴムはお腹がまるまる隠れるぐらい上まであった。  その頃は何も知らなかったぼくは、  「何かいいものがあるの?」  と聞いた。ヨウコちゃんは心ここにあらずで「うん」と小さく頷いた。  ぼくはこわごわと、でも、そこにあるものに好奇心を抱きながらそろりそろりとズボ ンの中に手を入れていった。  この時ぼくは何を期待していたのか、今はもう忘れてしまったが、今、女の子のパン ツの中にあるものに期待するようなものではなかったのだけははっきり覚えている。  すべすべとしたヨウコちゃんの肌の上をぼくの手がゆっくり滑っていく。  小さな丸いへこみが手に当たる。  「あ、おへそ」  いたずらごころを起こして、くすぐってみる。  「もっと下よ」  いらいらしながらヨウコちゃんが言う。  「どこ?見えないからわかんないよ」  口をとんがらしてズボンのゴムを引っ張りながら覗き込んだぼくにヨウコちゃんは  「見ちゃダメ」  と、優しいけれど、きっぱりした口調で言った。  この頃になると、もうぼくは自分が期待したものはそこにないことをうすうす感じ 始めた。  「つまんない。やめようよ」  手を抜きかけたぼくに、  「もう少し下」  ヨウコちゃんは命令口調だった。  ぼくはしぶしぶと手をさらに奥へとのばした。  パンツのゴムをくぐって先へとのばす。  かなり奥へ行ったところでぬるっとした感触が指先に触れた。  「なにこれ」  初めての感触だった。  なんだかわからないけれど、きれいなものでないような気がした。  自分の手が今ある位置は汚いものが出てくる位置だ。そこから、何か出ている。  「汚いよ」  「もっと触って」  ヨウコちゃんの声がうわずっている。  「いやっ、汚い」  ぼくはズボンから手を引っぱり出して駆け出した。  汚いものを触らせられた。そういういやな気持ちでいっぱいだった。  ヨウコちゃんの顔も見たくなかった。  後に残されたヨウコちゃんのことも考えていなかった。  小降りだった雨が、急に強く降り始めた・・・・・。