キッチンから一定のリズムで包丁の音が聞こえてくる
 
 一人の女性(少女)の専任コックによる朝食の準備
 
 毎朝やっているため、その手つきは洗練されているモノがある。
 
 そのコックの世話になっている女性(少女)が目覚めてくるまでにはまだ30分は時間がある。
 
 
 この生活は、大人の醜い争いの全てが終わった後でも、なんだかんだ言いながら変わることはなかった。
 
 
 
 創さんのほめぱげ 開設二周年記念(遅くなってごめんなさい)
 
 ある休日のヒトコマ
 作:緒方紳一
 
 
 僕の朝は早い。
 少なくとも同居人の少女よりは起きるのが一時間以上早い。
 
 ミサトさんがいなくなってしまい、『一人で暮らすのかな?』と思っていたら、アスカが僕の部屋に転がり込んできた。
 ミサトさんは加持さんと結婚してしまい、僕らを置いて今は別の地区に建てた一戸建てに住んでいる。
 
 アスカは、あれだけ僕を嫌っていたのに、平気で『アタシの面倒をアンタ以外に誰が見るのよ?』と言った彼女には『騙された』気がした。
 それでも僕はアスカのことを嫌いって訳じゃなかった。だから『アスカがいいなら、いいよ』って了承したんだけど、それは間違いだった。
 
 
 今じゃまるで「奴隷」だ。
 
 
 朝はアスカより一時間以上早く起きて、お風呂を沸かして朝ご飯の用意をしなくちゃならないんだよ。まぁ、前もそうだったんだけど。
 ただ、その注文量が半端じゃないんだ。
 あのときは学校が再開されていたのが唯一の救いだったよ。
 もし学校が始まってなかったら、その間何をすればいいのか分からないからね。
 アスカはあまり僕とは口をきいてくれないし、休日に家にいることも少ない。
 
 まぁ、休日はチェロを弾いたり部屋の掃除をしたり、夕食に趣向を凝らしてみたり、本を読んでいたりすればいいんだけど。
 
 生活費用は結局政府が持ってくれることになったんだ。まぁ、25歳までって制限付きだけど。副指令が全部交渉に当たってくれたんだ。ただ、その額が普通じゃなかったけど。
 多分、一生遊んで暮らせるだろうな・・・・・。
 
 もう既に3月、あと少しで3年生だ。
 昔の暦では春って季節だったらしいけど、今でも変わらず暑いんだ。
 桜の花も咲くことはないし
 
 今日もアスカは出かけて家にはいない。
 僕は洗濯物を干してしまい、一段落すると部屋に戻った。
 
 部屋には買ったばかりのエレキギターがスタンドに立てかけてある
 ちょっと高かったけど、ためていた貯金でなんとか買えたんだ
 前からギターにも興味があったし、暇な時間が多かったから
 アスカには内緒で買ったけど、バレてもなんてことないだろうな
 ホントの理由はトウジとケンスケに誘われたところからなんだけど
 
 せっかくだからバンドを組もうって事になったんだ。
 3人しかいない、ギター、ベース、ドラムだけのバンド
 他の二人は勿論トウジとケンスケだ。
 彼らも疎開先ではやることが無く、音楽室にあった楽器を触りだしてからハマッたらしい 。ドラムはトウジ、ベースはケンスケだ。
 
 
 ガス栓、水道を確認すると部屋を出た。
 もう部屋の中には誰もいない。アスカもどっかに出かけてるからね。
 
 カードキーを確認すると、僕はマンションを出た。
 
 
 最近の休みはケンスケの家に行っていつも練習してるんだ。
 1990年代の後半に流行ったHi Standardってバンドの曲が中心だけど、結構やりやすいからそれで練習してるんだ。バンドの人数も3人で丁度同じだし。
 
 ケンスケの家は凄い広いし防音設備も整っている。それにトウジの家から結構近い。
 だからケンスケの家がスタジオ代わりみたいなものなんだ。
 機材も下手なスタジオより揃ってるかもしれない。
 実際、一度見に来てくれた青葉さんが目を丸くしていたほどだ。
 
 ただ、僕の家からはちょっと遠いんだ。
 ギターを背負って歩いていく気にはなれないんで、バスに乗った。
 
 
 
 ケンスケの家の玄関の前まで来て、一息つく。そして、呼び鈴を押す。
 
 『ハーイ、どちらさまでしょうか?』
 
 カメラがあるから分かってるのに・・・・
 そう思いながら答える。
 
 「シンジだよ。」
 
 『あぁ、シンジか。ちょっと待ってくれよ。今、鍵開けるからさ。』
 
 少しして、『ガチャッ』と鍵の開く音が聞こえた。
 
 『いつものように入ってきてくれ。場所、分かるだろ?』
 
 「うん。」
 
 家に上がると、その広さにいつも驚いてしまう。
 まだ建てられたばかりで、新築独特の匂いがする。
 
 ケンスケの部屋に行くと、もう準備は整っていた。
 
 
 「なんやセンセー、遅かったやないか。」
 トウジが僕に声をかけた。
 
 「ちょっと・・・・」
 
 「またアスカか・・・・・」
 ケンスケがいつものことと表情に表しながら笑っていた。
 
 「まぁ・・・・」
 
 洗濯物をため込んでいたアスカのせいで遅れたのは事実だった。
 
 「ま、ええわ。始めよか?」
 
 「そうだな、シンジ、いいか?」
 
 「うん。」
 
 
 
 
 その後、二時間ぐらいいつも通り練習に入る。
 練習は「あくまでも楽しくやろう」というスローガンは何処に行ったかは誰も知らず、僕らは結構真剣にやっている。
 時には口論にもなっちゃうけど。
 
 
 午後三時、休憩中にケンスケが一枚のディスクを持ってきた。
 
 「今日のメインイベントはこれだよ」
 そう言ってこちらを向くとケンスケはニヤリと笑った。
 
 「なんやねん、まさか?」
 トウジもにやける、いや、顔はもう締まりがなくなっている。
 
 「なんなのそれ・・・・」
 僕は大体想像がついた。
 
 「ま、見てみりゃ分かるさ。」
 ケンスケはそういって『再生』を押した。
 
 突如、大音量のギターサウンドが頭の中を駆けめぐった。
 頭の中はパニックになる。
 
 そして聞こえる歌声
 
 「もしかして・・・・これが?」
 
 「そうだシンジ、遂に発見したのだよ。ハイスタのビデオをっ!」
 ケンスケはしてやったりといった感じである。
 
 トウジはケンスケに喰い付くかと思ったが、真剣な目でモニタを見ている。
 
 その後、ずっとビデオの内容について話し合った。
 
 
 
 気がついたら既に午後6時
 
 「あっ、遅くなっちゃった・・・・。」
 
 「やばいでセンセは、赤鬼に殺されてまうかもしれん。」
 
 「そうだな、シンジはもう帰った方がいいな。命のためにも・・・・」
 
 「そ・そうだよね・・・・・」
 ちょっと残念だけど、早く帰らないと命はないかもしれない。
 そう考えてケンスケの家を出た。
 
 
 30分後、マンションに着いた。
 『アスカ、怒ってるだろうな・・・・』
 
 そう思いながら、エレベーターから降りる
 部屋の方を向くと、ドアの前になにかうずくまってるヒトがいた。
 髪は・・・・・金色っ!
 
 背筋が寒くなってきた
 このまま逃げることができたらどんなに楽だろうか。
 
 だが、逃げられない
 
 ゆっくりと玄関のドアへ近づいて行く
 
 
 金色の髪の毛が動いた
 
 思わずビクッとする
 
 そして少女は立ち上がった
 
 「何やってたのよ・・・・・」
 
 「・・・・・」
 恐怖のあまり口が動かない
 
 「随分遅いお帰りじゃないの・・・・」
 
 アスカの顔が上がった
 
 もう僕は固まってしまった。
 動けない
 きっと首を絞められて・・・・・・
 気がついたら母さんが目の前で『もういいのよ』なんて・・・・
 
 
 だが、違った。
 
 ふと胸元に重みを感じた。
 
 シャツを掴んで・・・泣いてる?
 アスカが?
 
 何かの間違いじゃないの?
 
 
 しばしの間、思考は止まったが、
 
 
 「遅いじゃないの、このバカシンジっ!」
 
 それとともに右の頬の所にものすごい衝撃を受けた
 
 倒れはしなかったが、ものすごく痛い
 頭がフラフラしてきた・・・・・
 
 何かの漫画で読んだな・・・顎の部分を強く殴ると脳震盪が起きるって・・・
 
 もうろうとする意識の中、僕はそんなことを考えた。
 
 
 
 目が覚めるとアスカの脅えた顔が映った
 
 まだ視界はぼやけたままだけど、なんとかなるかな
 そう思って立ち上がる
 
 「とにかく部屋に入ろう・・・・」
 
 「うん」
 かなり疲れた感じのする声
 
 確かに悪かったけど、グーで殴ることはないと思うんだけど・・・言っても無駄だよね
 
 
 「ねぇ、それなに?」
 
 アスカがギターケースを指さしていった。そういえば知らなかったんだよな。
 
 「エレキギターだよ・・・最近始めたんだ。」
 
 「似合わな〜い♪」
 そういいながら笑っていた。
 
 「いいじゃない、僕が何やったって。」
 しまった
 
 「でも、このアタシを待たせていいなんてことは無いわよ」
 そういってニヤリと笑った。でも、疑問が浮かんだ
 
 「アスカ、カードキーはどうしたの?」
 
 「あ、あれは財布の中にいれといて、財布と一緒にどっかに落としちゃった。」
 
 あっけらかんと言う彼女に僕は呆れた。
 「それじゃぁアスカが悪いんじゃないかぁ。」
 
 勝った、一瞬だけそう思ったけど
 
 「五月蠅いわねー、バカシンジなんだからいいのよ」
 
 「どういう理屈だよ、それ?」
 
 「いいからいいから、部屋に入った入った。」
 
 「分かったよ・・・・」
 負けた。上手く切り抜けられた感じだ。
 
 
 「ねぇアスカ」
 
 「なによ、バカシンジ?」
 
 「何か物音がしない?」
 
 「嘘・・・・・。」
 
 嫌な予感がした。
 もしアスカの財布が拾われていて、その中のカードキーが使われて・・・・
 とりあえず明かりを付けて様子をうかがう
 
 居間の方から「プシュッ」と音がした
 
 まさか・・・・・
 居間の方は明かりは点いていた。
 
 ってことは誰かいるはずだ。
 
 意をけっして、ギターケースを抱えると居間のドアノブに手をかけた。
 
 「誰だぁっ!!」
 
 思いっきり叫んだ
 だが、相手はものすごく親しい知り合いだった。
 
 
 その相手は加持さんだった。
 
 
 「よ、シンジ君。遅かったじゃないか。」
 
 全く悪びれた様子もない
 
 「アスカの財布拾ったから来たんだけど・・・・どうしたんだい」
 
 何か、してやられた気がした。
 
 「大事な物が沢山入ってるんだから気を付けなきゃな。アスカに渡しておいてくれ。それじゃ、ビールご馳走さん。」
 
 そう言って、立ち上がると笑って言った
 
 「なんだ、アスカいたのか。随分仲がいいな。」
 
 そう言って笑いながら出ていった。
 
 そのアスカは、腰を抜かしてシンジの足にしがみついていた・・・・
 
 
 アスカは、シンジの方を向いて言った。
 
 
 「早く晩ご飯作ってよ。」
 
 「えー、まだ食べてないの?」
 
 「当然でしょ、お金がもったいないじゃない。」
 以外とケチくさい
 
 「分かったよ。じゃぁ、ちょっと待っててよ」
 
 「ねぇ」
 
 「なに、アスカ」
 
 「立てない。だからおんぶして」
 
 「へっ?」
 
 「いいから早く!」
 
 「はいはい。」
 
 もうしょうがないよな。我が儘なアスカには逆らえない。
 でも、加持さんはなんで鍵をかけていたんだろう?
 
 そう思いながらギターケースを壁に立ててアスカを背負う。
 
 「軽いんだね」
 
 「失礼ねー、あたりまえでしょ!」
 
 ちょっと怒ったかな
 でも、本当に軽い。ちゃんとご飯食べて・・・・るよな?確か。
 
 背中に何かが当たる感触がちょっと恥ずかしい。
 そう思いながらアスカを椅子まで運ぶ。
 
 
 簡単な物をさっと作ってしまい、さっさと片づけてしまう。
 
 
 部屋に籠もって、後はいつも通りだと思っていたが今日は珍しく違った。
 
 アスカが『たまには話をしよう』というんだ
 
 でも、想像は付いた。
 アスカがマシンガンの様に喋って僕は聞き手。
 
 でも、前みたいに何も話さないよりはいいかな、と思う。
 いや、こっちの方が楽しいかな?
 
 そんなとき、アスカが僕に訊いた。
 
 「何でギターなんて始めたの?」
 


終局




後書き

緒方です。
ものすごく遅れました。約一ヶ月です(極刑
今更ですがあらためまして開設二周年おめでとうございます。

ほのぼのモノを書いてみようと思ったのですが、難しいです。
馴れてないってのもあるのですが、あかんです。
これが今の私の精一杯の「ほのぼの」です。(断言

それでは。


創さんからのお礼

緒方さんから2周年記念のおひわひを頂きました。ありがとうございました!!

先日緒方さんから打診があったので、『ほのぼの』したやつをリクエストしていたのですが、シンちゃんバンド物でくるとは思いませんでした。3人ユニットというのは、ロックバンドの最もベーシックな形なんですよね。この3人ユニットでしっかり演奏出来るかどうかが本物とニセモノの違いでしょう>にせものってなんだ?

ところで、今回のお話は二人が高校2年生という設定のようですね。シンちゃんがギターを始めたきっかけ、わたしも気になります(笑)。ちなみに創さんがギターを始めたのは高校1年生の時。フォークギターをエレキギターに変えたのは高校2年の時でした。以来20年以上ハードロッカーやってます。シンちゃんのギターはレスポールか、ストラトか、はたまた変形ギターか、いや意外にセミアコとか・・・。

普段はシリアス物の緒方さんですが、今回は初挑戦のほのぼの物でした。みなさんも緒方さんに感想を送りましょう!


緒方さんへのメールはこちら

緒方さんのHP「KEEP on RIDING」

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