短大の夏休みも終わり、そろそろ前期の試験が近づいてきた。

 学生達もやっとこさ夏休みボケから抜け始めた頃には、教授陣も手ぐすねひいて待ち構

えている。

 しかし同時に2年生たちの就職戦線も佳境にと入っていく。

 ここの研究室もやはりそういう状況になっていた。一般の企業と違い、福祉関係の施設

などは夏休み中の実習経験が大きく作用することもあり、レイは学生から提出された実習

レポートの整理におおわらわだった。もっともそのせいで、彼女の上司は試験問題の作成

に集中することができるのだが…。

 そんな初秋のある日のことだった。

 秋とはいえ、まだまだ残暑も厳しく、きょうの日中の気温は軽く30度を超えていた。

しかしさすがに夕方になると、日の陰りも夏場よりは早く訪れるようになった。

 

 やっとこさレポート整理の目処が立ったレイは、おもわず椅子に体を大きく預けると、

 

「ふわぁぁぁぁ……」

 

 めずらしくおおきな『伸び』をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(新)第九話

小夜曲あるいはムーンライトセレナーデ

すぺしゃるさんくす とぅ はんちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ……。ふふふ……」

 

ぐわたぁ!

 

 いきなり後ろから聞こえて来た笑い声に、レイは慌てて姿勢を正したため、椅子が大き

な音を立ててしまった。

 

「あ、あの、す、すみませんっ!つい……。」

「いいのよ、気にしなくても。きょうも暑かったものね。」

 

 そういいながら教授は自分の席を立つと、レイの席の後ろに回った。そして、

 

「さすがの綾波さんも、そろそろ夏バテがでてきたのかな?」

 

 言いながらそっとレイの両肩に手を置き、そのままゆっくりと揉み始めた。

 

「あ……」

「いいからそのままじっとしていなさい…。」

「……はい…。」

 

 先ほどまでは研究室の外では学生達のワイワイ騒ぐ声も聞こえていたようだが、いつし

かそれも聞こえなくなっていた。

 久保田先生はゆっくりとレイの肩を揉み解していく。初めは緊張と驚きで逆にがちがち

にこわばってしまっていたレイだったが、いつしかそれも心地良い感覚へと変っていった。

下手をすればこのまま眠ってしまいそうなほどだ。

 

「若いうちはね……」

「え?」

「少々の無理は大丈夫だけれど、本当の夏バテっていうのはむしろ秋口になってからのほ

うがなり易いの。特にこれからは気候が変わり易いから気をつけなくてはだめよ。」

 

 それはまるで母親が娘に言って聞かせているようでもある。

 レイは静かに耳を傾けた。

 

「あなたたちが子供の頃は、まだセカンドインパクトの影響で一年中が夏だったけれど、

いまはもう日本にも季節が戻ってきているわ。だからこういう時は四季を知っているおば

さんの言うことを聞きなさい。」

 

 しばらくのあいだ、レイはそのまま身を任せていた。すると、

 

「ところで綾波さん。こんどの土曜日は時間があるかしら?」

 

 その声で我に返ったレイは、振り返って上司の顔を見た。

 なぜか先生の顔はいたずらっぽく笑っている。

 

「大丈夫。休日出勤なんかじゃないわ。わたしのうちに遊びに来ない?」

「え?先生のおうちにですか?」

「そう。ちょっとしたイベントがあるの。ただ、そのイベントは夜遅くなるから泊りがけ

になるんだけどね。」

 

 さらに先生の顔はいたずらっぽさを増して来た(とレイは思った)。

 

「……はい。だいじょうぶですが……」

「あ、いーのいーの。どうせその日は主人もいないのよ。だからせっかくのイベントをわ

たし一人で迎えるのももったいないしね。よかったらあなたのお友達も誘っていらっしゃ

い。」

 

 

****************************************

 

 そして迎えた土曜日。

 すでに日はかなり西に傾いている。

 宇部新都市から北へ向かう一台のワゴンに彼らは乗っていた。運転手はもちろん碇シン

ジ君だ。

 

「ねえレイ。ほんとにあたしたちがお邪魔してもいいの?」

 

 助手席のアスカが振り返りながらレイにたずねる。ここまできて「いいの?」も何も無

いと思うんだけど……とはシンジの心のツッコミだ。

 

「うん…。先生もぜひにとおっしゃっているから……。」

 

 すると、

 

「そういえば綾波のところの先生って、ぼくもアスカもいままで会ったこと無かったんだ

よな。」

「そーなのよ。相田の奴でさえこのまえ会ってるのにね。」

「ほんとうならもっと早くに挨拶しておかなくちゃいけなかったね。申し訳ないな……。」

 

 などといった会話をしながら、彼らを乗せたダークシルバーのレガシー・ネオグランツ

ーリスモは都市部から住宅街を抜け、やがて田園地帯へと入っていった。

 余談だが、車のなんたるかを深く考えるほうでは無い(あくまでもミサトに比べると)

シンジがこの車を選んだのはちょっとした理由がある。それはちょうどミサトと加持が結

婚したばかりの頃だ。加持がそれまで乗っていたロータスエランから、突然ワゴンに乗り

換えた。

 

「ま、ミサトの車があれだからな。どうせなら1台はこういった車があってもいいだろう。

それにこのての車なら、畑で採れた野菜を運ぶのにももってこいってもんだ。」

 

 そういいながら、かつてドイツのネルフにいた加持が選んだのはBMWのワゴンだった。

それの影響と言うわけでもないが、加持のことを慕っていたシンジは、まよわずこのレガ

シーを選んだ。もともと実用主義のシンジらしく、ターボ車ではなくノーマルアスピレー

ションのモデルだ。結構低速のトルクがあるため実用上の問題は何も無い。ほんとうは、

シンジはボルボのエステートが欲しかったらしいのだが、彼の財布の中身は、全会一致で

国産車を推奨していた(泣)。

 

 マンションを出てから、かれこれ30分以上は走っている。

 車の外では一面の稲穂が、ときおり渡る風に波を作っていく。収穫されるのはもう少し

先になるだろうが、今年もどうやら豊作が期待できそうだ。

 

 

「綾波、先生の家ってけっこう遠いんだね。」

「……そうなの。ちょうどとなりの町との境界あたりなの。」

 

 車の後席でほけっと窓の外の風景を見ていたレイは、シンジの言葉にちょっとびっくり。

 ふとナビシートに目をやると、アスカが小さな寝息を立てている。

 

「アスカ、眠っているわね。」

「うん。今日のためにさ、研究室の仕事を必死になってかたずけたんだって。結構ハード

スケジュールだったみたいだよ。」

「………ごめんなさい。無理に誘ってしまったみたいね。」

「なに言ってんだよ。誘ったのは綾波かもしれないけど、行くのを決めたのはアスカ本人

さ。だから彼女は自分の仕事をかたずけただけさ。もしそれが出来そうに無かったら、ア

スカははっきりと『きょうは行けない』って言ってるよ。」

「そうね…。やっぱり碇君、アスカのことはちゃんとわかってるのね。」

「ほめたって、何も出ないよ。」

「ふふ……。」

 

 レイはそっと微笑んだ。

 

 

 

****************************************

「ほらアスカ、そろそろ着くよ。」

「……ん?な〜に〜、しんじぃ〜……」

 

 右手でごしごしと目をこすりながら、アスカが目覚めたのはそれからしばらく後のこと

だ。あわてて助手席のバニティミラーで身だしなみを整え始めた。

 

「やばっ!眠りこけちゃったっ!」

 

すると突然、

 

「さすがの惣流アスカ・ラングレーさんも夏バテがでてきたみたいね。若いうちはいいけ

ど、気をつけないとだめよ。」

 

 にやり…と笑ったレイが後ろの席からアスカの右肩越しに顔を出す。

 

「へ?なによーレイ、『若いうち』だなんてオバンくさいセリフね。そんなことより、あ

んたの先生ん家、場所ちゃんと知ってるんでしょうね?」

「問題ないわ。一度だけ行ったことあるもの。」

「一度だけって………あんたねえ……」

 

 と、さらにツッコもうとしたアスカだが、

 

「あ、碇君。その先の道を左に折れて。」

「ん、わかった。」

「………むう…」

 

 あっさりと切り替えされてしまった。

 

 道を曲がってしばらく行った時、目の前におおきな日本家屋があらわれた。海岸線から

は遠く離れたこのあたりは、セカンドインパクトによる津波からは逃れたのだろう。20

世紀の建築物だ。

 かつての日本を代表するような、大きな農家だ。家の横にある納屋も、なかなか雰囲気

を出している。まわりは白壁に囲まれて、正面にはおおきな造りの門がでーんと構えてい

た。

 

「ちょっと……。すごい家じゃない。」

「……うん。ぼくもこんな家は本ぐらいでしか見たこと無いよ。」

 

 ドイツ生まれのアスカはともかく、シンジも口をあんぐり開けている。実のところ、自

分達のまわりで日本家屋といえばトウジの家くらいだし、その家にしても建築は今世紀に

なってからだ。もっとも第3新東京市自体が新しい街なので、やむを得ないのだが……。

 ゆっくりと門をくぐったレガシー・ネオグランツーリスモが、庭先の駐車スペースに停

車した時、母屋の方からエプロン姿の女性が小走りにやってきた。

 

「あ!先生!」

 

 おもわず後席のレイが、声を上げて車外へと出た。シンジとアスカもドアを開けてレイ

に続く。

 

「いらっしゃい!」

 

 にっこりと笑ったその女性は、どこから見ても農家のおばさんだ。エプロンの下にはピ

ンク色のTシャツ。真っ白のジャージにサンダル履き。レイから久保田教授についていろ

いろな話を聞いていたシンジとアスカだが、あまりにも自分達の想像とはギャップが大き

かったのか鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。非常に失礼なこととは思うのだが、

どうみても大学の先生というイメージは浮かんでこない。もっともそれが、この先生のい

いところなのだ。

 

「こちらがわたしのお世話になっている、短大の久保田教授よ。」

 

 レイは、何事も無かったようにシンジたちに自分の上司を紹介する。

 

「お初にお目にかかります。碇シンジと申します。いままでごあいさつが遅れて大変失礼

いたしました。」

「惣流アスカ・ラングレーです。本日はわたしたちまでお招きいただき、ありがとうござ

います。」

 

 それでもなんとかこの家の主人に挨拶をするシンジとアスカ。今日のシンジは麻地のサ

マージャケットにコットンのスラックス。一方のアスカは薄い黄色のワンピースだ。すっ

かり大人の女性になったとはいえ、10年前にオーバーザレインボーに乗って弐号機とと

もにドイツからやって来た時の面影がどことなく残っている。対してレイは白いブラウス

に紺色のスカート。ホームパーティに合わせた、華美にならない程度のいでたちだ。

 先生はしばしアスカとシンジの顔を見つめていたが、やがて、

 

「お二人のことは綾波さんからよく聞いていますよ。わたしが久保田です。さあ、どうぞ

中へ入ってください。」

 

 と先頭に立って3人を招き入れようとしたが、ふと振り返って

 

「3人とも家出セットは持ってきてるわね?」

 

 するとシンジのワゴンのゲートが開き、3人分の家出セットが姿を現した。

 

 

 

****************************************

「暑かったでしょう。夕飯までは少し時間があるから、冷たいものでも飲んでください

な。」

 

 3人が通されたのは、二間続きの大きな日本間だ。もちろん畳のサイズも正式な日本間

だから、通常のマンションやアパートよりも大きな物だ。床の間にはもちろんプロ野球チ

ームの旗などは飾ってなく、良くは分からないが、なんだか立派そうな水墨画の掛け軸が

かかっている。アスカなどは物珍しさと生来の旺盛な好奇心から、玄関からこっち、きょ

ろきょろしっぱなしだ。

 

「ふふ…。惣流さんはこういう古い家は初めてかしら?」

 

 先生はグラスに注いだ冷たいアイスティーをアスカに差し出した。

 

「あ、はい。日本に来てからもう10年になりますけれど、本式の日本家屋は初めてなん

です。」

「そう…。主人の先祖は代々このあたりの庄屋でね。先々代までは農業もやっていたんだ

けど、いまでは日曜園芸で裏の畑を夫婦でやってるだけなの。」

 

「そうなんですか…。」

 

 と、相づちを打ったアスカだが、

 

『ねえシンジ。ショーヤってなに?』

 

 と、シンジに小声で救援依頼。

 

『庄屋っていうのはね、むかしの日本でいう農家の大地主のことだよ。』

『ふうん…。わかった。』

 

 そんな二人を見てくすりと笑った先生は、すっと立ち上がると部屋の障子を開け放した。

 

「わたしがね、少々古くてもこの家が大好きなのはこの風景があるからなの。」

 

 開け放たれた障子の向こうには、縁側があって裏手の庭に面している。その先の白壁を

超えて向こうに広がるのは一面の水田。黄金色の波の上を渡ってこのうちへ入ってくる風

は、決して都市部では感じられないものだ。そしてそれは、この国の人々が2000年近

く感じてきた風でもある。

 

 いつのまにかシンジ、アスカ、そしてレイの3人は縁側に出てきて並んで立っていた。

じっと目を閉じて全身でその風を受け止める。まわりには喧騒も無く、ときおり近くの山

の雑木を風が揺らす音だけが聞こえてくる。そんな彼らに先生は後ろからそっと声をかけ

た。

 

「気持ちのいい風でしょう……」

「はい…。」

「やっぱり街中の風とは一味違うわね…」

「知らなかったな。この街にもこんなゆっくりとした場所があったなんて……。」

 

 やがて日が西の山肌に隠れようとするまで、彼らは縁側でずっと風を感じていた。

 

 

****************************************

 

 

すでにあたりには夕闇が迫ってきていた。夕ご飯を済ませた和室のテーブルの上は、三

人がお風呂をいただいているあいだに奇麗に片づけられていた。アスカとレイは、先生の

娘さんが結婚前に着ていた浴衣を着せてもらっている。どうやら今夜のメインイベントに

は浴衣が欠かせないらしい。シンジは特に浴衣を着ているわけでもなく、自分の持ってき

た家出セットの中に入れていたトレーナーと、前にトウジが送り付けてきた黒のジャージ

を身につけていた。

 まえに二人の浴衣姿を見たのはいつだったろう。たしか高校生ぐらいの時に、久しぶり

に再開された第3新東京市の夏祭に、いつもの6人組で行った時だったろうか。女性陣の

浴衣姿に3バカトリオが照れまくり、ミサトたちにひやかされたことが走馬灯のように思

い出されてきた。いまシンジの目の前にいる二人は、少女時代の浴衣姿とは違い、大人の

女性の美しさにつつまれている。

 アスカの着ている浴衣は、赤というよりもこげ茶に近い感じのおちついた色を基調にし

た生地に、小さな花柄の模様がちりばめられたもの。帯は黄色の無地のものだ。

 対してレイのほうは、深い藍色の生地に白抜きの水仙の花模様。空色の帯が蒼銀の髪の

毛によく似合う。

 シンジが声も無くぼーっと見とれる中、ふすまが開いて、先生が顔をのぞかせた。メイ

ンイベントにかかせないものを持ってきてテーブルの上に並べている。銘柄にはこだわり

があるのだそうだ。どうやらこの先生も、第3新東京市在住の某国際公務員の女性と同じ

ようにエビチュ教の熱心な信者らしい。

 

「う〜ん…。改めて見るとホントに二人ともきれいよねー。うちの娘もせめてこの半分く

らいは……。あ、わたしの娘だからそれは無理ね。」

 

 ひとりでボケて自分でツッコミをいれる先生。アスカはきれいと言われることはともか

く、こういう場合どうリアクションを返したら良いのか解らない。その点レイはにこにこ

しながらコクコクと相づちを打っている。

 

 はあ…。レイの奴、毎日この調子で先生の相手してるのかしら……。でもきっと楽しい

職場なんだろうな…。

 

 別にアスカの職場が殺伐としているというわけではないが、それでもこの二人の様子に

はちょっぴりうらやましさを感じてしまった。

 そして一通り漫才が終わった時だ。

 

 

「みなさん、お風呂いかがでした?」

「ええ。良いお湯でした。桧作りのお風呂なんて初めてです。」

 

 湯上がりにほんのりと桜色に染まった顔のアスカはしごく御満悦の様子だ。

 

「ふふ。そう?まあ古い家だからね。」

「ええ…。なんか古き良き時代っていうのが解ったような気がします。」

「そうね……。ここのあたりはさすがにセカンドインパクトの直接的な被害は少なかった

みたいだから…。」

「……そうなんですか…。」

 

 ―――――セカンドインパクト―――――

 

 西暦2000年、20世紀最後の年に起きた大厄災。

 それまで繁栄の道をひた走ってきた人類に対する大鉄槌であり、チルドレンたちの人生

に大きく関わることになった出来事。いまはその復興も成ったとは言え、発展途上国では

依然として大きな爪痕は消えないでいる。使徒襲来と人類補完計画を乗り切ったネルフの

使命はまさにそのことにあった。

 

 不意に先生が話し出した。

 

「わたしが冬月先生に出会ったのは、セカンドインパクトの次の年だったわ。当時わたし

は京都で看護学を学んでいたんだけれど、ボランティアで被災した人々のお世話をしてい

たの。あるときお世話をしていたおじいちゃんが『お医者さんに行く』っていうから、付

き添いでついていったんだけど、そこにいらしたのが冬月先生だったのよ。聞いてみたら

京都大学の先生でおまけに医者の免許は無いっておっしゃるじゃない?………もっとも、

そのころは正規の医師も不足していたから背に腹は替えられなかったんだけれどもね。そ

れがきっかけになって、その後もちょくちょく先生のところにお邪魔するようになった

の。」

 

 初めて聞いた久保田先生と冬月コウゾウのなれそめに、三人は神妙な顔で聞き入ってい

る。

 

「初めはなんだか気難しそうなとっつきにくい人だと思ったけど、話してみると意外に気

さくな人なのよねぇ。」

「あ、そうですね。ぼくも出会ったばかりのころはそう思っていました。……でも、第3

新東京市での一連の事件が終わって、いろいろと話をするようになって…、ぼくの母親の

恩師であることを聞いたら、『ああ…。この人もぼくの知らない母さんを知ってる人なん

だ』って思うと…。いまじゃ「良いお爺さん」ってカンジで…。おっと、こんなこと言っ

たら冬月さんに怒られるなあ。はは…。」

 

 すると、

 

「碇……ユイさんね。」

「!!」

 

 シンジは目を大きく見開いて先生の顔を見つめる。この街に来て、母親の名前を聞くと

は思わなかったからだ。

 

「………もしかして、母をご存知なんですか…?」

 

 しかしシンジの意に反して先生はゆっくりとかぶりを振った。

 

「残念ながらお会いしたことはないの。でも冬月先生はいつもおっしゃっていたわ。『自

分の研究を昇華させてくれるのは、碇ユイ博士とドイツの惣流キョウコ・ツェッペリン博

士の二人だ』って。」

「わたしのママのことも!?。」

「……ええ。でもお二人は若くして亡くなり、あとに残されたあなたたちがずいぶんつら

い目に遭ったこと……。そのことに大きく関わった者として冬月先生もずっと心を痛めて

おられたと思うの。だからあなたたち3人がこの街にやってくることを先生から聞いて、

わたしもなにかお手伝いをしたくなったの。」

「そうだったんですか……。」

 

 思わぬところで母親の名前を聞き、ふたりは胸を熱くした。

 先ほどまでのにぎやかさが一瞬とまり、ちょっとした静寂間が部屋を包む。

 かといって、重苦しい雰囲気というわけでもない。

 シンジとアスカは高校生のころから、いずれは第3新東京市を離れて生活することを望

んでいた。ひとつには、ミサトと加持の結婚が決まり、いつまでも居候するわけにはいか

なくなったこと。それともうひとつはただ流されるだけの生活だった子供時代との決別を

つけるため。結果的にはレイもくっついて3人一緒にこの街へと来ることになったが、レ

イも多かれ少なかれシンジ達と同じ気持ちを持っていた。

 もちろんそのことに気づかない碇ゲンドウではなかった。

 

 どうせ父さんも一枚かんでいたんだろうな…。

 シナリオどおりだとかなんとか言って…。

 

と、シンジがサングラスの奥でにやりと笑う父親の姿を想像したときだ。

 

「さあ、それじゃあ本日のメインイベントといきましょうか?すまないけど碇さん、ちょ

っと手伝ってもらえるかしら?」

「あ、はい。」

 

 そして先生は部屋の中にアスカとレイを残し、シンジを連れて隣の部屋へと入っていっ

た。なにやら奥の方ではガサゴソとやっているらしい。

 ほどなくして二人が戻ってきた。シンジの手には直径30センチほどもある植木鉢が抱

えられている。そこには高さ1メートル足らずの植物が植えてあった。

 わりと大き目の葉の先には、長さ10センチほどのつぼみがついている。花が咲いた時

には20センチほどにもなるだろうか。かなり大きな花が咲きそうだ。

 

「じゃあここに置いてもらおうかしら。」

「はい。よっと…。」

 

 先生がシンジに指示をしたのは、さきほどみんなで外の景色を眺めた縁側だ。先生はし

きりに鉢の向きをあっちこっちいじくっていたが、どうやら位置も決まったらしく、ぱん

ぱんと手をはたくとアスカたちのほうにくるりと向き直った。

 

「はい、この花の名前、知ってる人?」

 

 いきなりそう聞かれた3人は、あわててお互いの顔を見合わせた。

 

『シンジ、あんた知ってる?』

『…いや、わかんない。』

『レイは?』

『…知らない…。でもあまり日本の花っぽくないような気がする……。』

『そうなの?』

『さあ…。そう思っただけ。』

『なにそれ?』

 

「なんだ、結局3人とも知らないのね……。」

 

 ふう…とため息を吐いた先生は、

 

「この花はね、『月下美人』っていうの。『QUEEN OF THE NIGHT』とも

いうのよ。」

 

そう言いながら立ち上がった先生は、縁側の窓のカーテンをさあっと開け放なち、からり

とサッシを開いた。

 

「「「わあ…………」」」

 

 その向こうに見えたのは、秋の夜空に輝く大きな満月。シンジたちはごく自然に縁側へ

と出てきた。明るい部屋の中でははっきりとわからなかったが、こうして窓際から眺める

と、月は遠くの山の頂にすこしだけかかってはいるが、その光は田んぼの稲穂に反射して、

昼間は黄金色の波だったものが、いまはまるで銀の絨毯のように輝いている。

 昼間同じ場所から見た風景のはずなのに、いま自分たちの目の前の景色はイメージのま

ったく違う別世界の風景だった。

 

「さあ、みんなこちらにいらっしゃい。のどを潤しながら待ちましょう。」

 

 一足先にテーブルに戻った先生は、エビチュを一本手に取ると、しゅぽん!と栓を抜い

た。

 

「この月下美人の花はね、1年に一度、十五夜の日の夜だけ咲くのよ。」

 

 シンジの手の中のグラスに、ビールを注ぎながら先生が話し出した。

 

「まあ、実際のところは、必ずしもそうとは限らないんだけど、うちの花はほぼ間違いな

く十五夜の夜に咲くわ。実はこれ、うちの家族の毎年のイベントでね。娘が結婚してこの

家を出てからはわたしと主人の二人で迎えてたんだけど、今年は残念なことに主人の学会

が重なっちゃって…。それに1年に一度なんですもの。一人で迎えるものもったいないで

しょう?」

 

 余談だが、この先生は血液型がB型装備だ。元来B型人間のお祭りずきは周知の事実で

ある。

 

「それでね、この花はなんとサボテンの仲間なのよ。」

「ええっ?!そうなんですか?」

「ほら、葉っぱのさきにつぼみがついているでしょう。それは実は葉っぱじゃなくて茎な

のよ。」

「あ、なるほど…。」

「原産は中南米でね。日本へは東南アジアのほうから100年くらい前にわたってきたら

しいの。」

「というと、20世紀の初めですね…。」

 

 性格的なこともあるのだろう。先生の説明に積極的に反応するのはどちらかと言うとア

スカだ。好奇心旺盛な彼女は、この外国産の珍しい花が気に入ってしまったらしい。それ

をきっかけにして、アスカと先生の会話はだんだんと熱が入ってきた。ひとつには、たと

え名前だけとはいえ、この街のこんな身近なところに自分の母親のことを認識している人

がいたということも影響していたのは間違いない。

 

「へえ…。惣流さんはそんな難しい研究をしてるの?」

「難しいというか…。いまはまだ実験を繰り返してデータを集めている最中なんです。」

「知らなかったわねえ…。こんな田舎町でそんな先進的な研究が行われていたなんて。」

「この研究はまだ基礎的なものでしかありません。実際に日の目を見るにはまだ何年もか

かるでしょう。それにわたしがこのプロジェクトに参加するのは、いまのフェイズまでで

すから。」

「そうなの…。でも、関わったものとしては最後まで見届けたいとは思わない?」

「ええ。でもわたしにはもう一つ大きな目標があるんです。」

「まあ。どんな目標なのかしら?」

「それは…。そのぉ…、え〜っと…。」

 

 ここまではテンポ良く先生とお話をしていたアスカだが、なんだか急に話の歯切れが悪

くなってきた。よくよく見ると、顔がほんのり赤くなっているのは、エビチュだけのせい

じゃないのかもしれない。

 

「アスカの目標ってなに?」

 

 レイも興味を持ったのか、先生の隣で小首をかしげる。

 

「わたしの目標は…。」

 

 そこで一端言葉をとぎったアスカは、これから自分の言おうとしていることをかみ締め

るかのように小さくうなずく。

 

「すみません…。今はまだちょっと……」

「まあ、内緒なの……?」

「はい。でも、それを決心できるようになるには、ずいぶん時間がかかりました…。」

 

 さきほど語ったように、先生はアスカの過去も少しは知っている。ずいぶん時間がかか

ったと彼女が言ったのは、それはすなわちアスカが過去と向き合い、それを乗り越えるた

めの時間だったということは察知した。

 街中とはまるで流れる速さが違うかのように、ゆったりと時間が過ぎていった。

 

「惣流さんと碇さんは、ずっと一緒に暮らしていたんでしょう?」

「え?あ、はあ…。まあ、成り行き上は…そうです。」

「で、いまは恋人同士と……。」

「……(ちょっとテレ気味)。」

「そう…。碇さん。」

「はい?」

「惣流さんには、大きな目標があるんですって。」

「……はい。」

 

 小さく、しかしはっきりと答えたシンジの目は、やさしくアスカに向けられていた。

 すると、

 

「問題はね、うちの娘のことなのよ。」

「先生の娘さん…ですか???」

「ふふ、名前はね、綾波レイっていうの。」

 

 思わぬところで話を振られたレイは、注ぎかけのビール瓶をもったまま固まってしまっ

た。対して先生は、顔はにこやかだがその眼差しは真剣だ。レイは静かに瓶をテーブルの

上に置いた。

 

「ああ…綾波のことですか…。」

「…彼女のことを冬月先生からお預かりしたときに、綾波さんの生い立ちについてはわた

しも聞かされたわ…。でも彼女はりっぱにわたしの娘よ。少なくともわたしはそのつもり。

綾波さんとのつながりは確かに職場の中だけだけれど、わたしはそのことだけで綾波さん

と付き合うつもりはないの。まあ、おせっかいかもしれないけどね。」

 

 シンジはふとミサトやアスカと同居していた頃のことを思い描いた。不器用な三人が家

族・上司と部下といった相反する関係の中で傷つけ合い、慰め合い、一時は崩壊しかけた

こともある。保護者というにはミサトはあまりにも経験が少なかった。しかしミサトは自

分の責任をきちんと認識し、シンジとアスカも長い時間をかけてお互いを認め合い、それ

ができたからこそ、三人は歯を食いしばって努力して、その結果本当の家族以上に家族に

なれた。

 

 あの日のことは忘れられない。

 だが、この先生ならば、そういった苦しみとは無縁だろう。そのことは綾波がいつも聞

かせてくれる先生の話や、きょう初めて会ったとはいえ、先生の様子を見ていれば確信が

持てる。

 

 そこまで考えていたら、あることに気がついた。

 

 もしかしたら、綾波のことで自分とアスカを交えてなにか話があるのではないだろう

か?それがなにかはわからないが、これからのレイの人生にとって、いや、もしかしたら

自分たち三人のこれからのことになにか関係があるのかもしれない。

 

 先生は、静かにレイに問い掛けた。

 

「ところで、綾波さんは、将来の目標はどうなの?」

「……わたしの、将来の目標……。」

 

 そんなに難しいことを考えなくてもいいのよ。と先生は前置きをした。

 

「あなたがうちの短大に来て、3年になるかしらねえ…。サークル活動も一生懸命だし、

いつも夜遅くまで仕事をしてくれている。わたしがこんな調子だから、ほんとに綾波さん

には感謝してるのよ。あなたとはいつまでも一緒に仕事をしたいと思ってるの。」

「そういう気持ちがあると同時にね、あなたにはもっと可能性があるとわたしは思う。」

「可能性…?」

「そう、可能性。うちの短大がいま4年制への昇格に向けて準備しているのは知ってるわ

ね?っていうか、その仕事の一部は、わたしがあなたに押しつけているんだけどね。あは

は…。」

 

 『こりゃ失敗』な表情で、からからと笑う先生。どうやら筋金入りのB型装備だ。

 

「当然そうなれば、うちの学部も大幅にカリキュラムが変わるわ。それにあわせてわたし、

ちょっとした野望があるの。」

 

 といいながら、テーブルに肘をついて顔の前でゆっくりと両手を組んだ。これにサング

ラスをかけさせれば、だれかさんそっくりだ。

 

「なんだか物騒なはなしですね…。」

 

 少々アルコールの回ってきたアスカも思わず身を乗り出した。顔も不敵に笑っている。

 先生はゆっくりと三人の顔を見渡した。

 

「わたしは大学の中に、専門の研究機関を作りたいの。」

「専門の研究機関…。」

 

 シンジもグラスをテーブルの上に置いた。

 

「そう。たとえば、教育学部に付属の学校、医学部に付属病院というように、福祉学部に

もそういった付属の研究機関があってもいいと思わない?

 いまうちの短大では、介護技術の訓練室などはあるけれど、実際の実習はいろいろな外

部の施設にお願いしているわ。それはそれで必要なことなんだけど、実際に実習に行って

も、付属の研究機関できっちりと技術を身につけて実習に行くのと、実習に行ってやっと

技術の何たるかを勉強するのとでは大きな開きがあるわ。まあ、そのくらいのことまでな

らすでに実施している大学もあるけど、わたしは一歩進んで、その研究施設をひとつの確

個たる福祉施設として運営していこうと思っているの。」

「ということは、福祉サービスの必要な人たちを、その学内の研究施設に実際に招き入れ

るということですか?」

「最終的にはそういうことよ。ただし、いくらそういうことを勉強中とはいえ、ズブの素

人同然の学生にサービスの提供をさせるわけにはいかないから、専門の優秀なプロスタッ

フが必要ね。そのプロの技術を学生の研究にフィードバックさせながら、より質の高い福

祉サービスを探求していけるといいなあ、って思うでしょ?」

「ええ…。しかしそうすると、教育省と社会保障省との調整が必要になってきますね。」

「どういうことなの?シンジ。」

「つまり大学の最終的な管轄権は教育省なんだけど、福祉施設は社会保障省なわけだろ?

その研究施設の設立認可や設立後の監督なんかが問題になってくると思うんだ。」

「どうして?大学病院なんかはまさに同じ例じゃないの?」

「そんなに簡単な問題じゃないんだ。特にこの国はそういった新しいことを始めようとす

ると、行政の認可がややこしいんだよ。」

「ばっかみたい。…シンジの仕事を悪く言ってるんじゃないのよ。でもそれって行政の怠

慢以外の何物でもないじゃない。」

「……まあね。……そういわれたらミもフタも無いんだけどね。」

「……まあまあ惣流さん。とにもかくにも、行政との折衝のまえにまだまだ解決しないと

いけない問題は山ほどあるわ。なんといっても、実際にその施設を利用する人たちのこと

を一番に考えないとね。」

 

 それもそうだと思ったアスカは、話題を変えた。

 

「先生はその施設にどのようなイメージをお持ちなんですか?」

「そうね…。わたしは別に楽園とかユートピアを造るつもりはないの。普通の人たちがご

く当たり前な生活をおくるための拠点というか、コアになってくれればいいなと思ってい

るの。この国に限らず昔は大家族といって、一つ屋根の下におじいさんとおばあさん、お

とうさんとおかあさん、そして子供たちという風に大勢の家族で暮らしていたの。そのな

かではごく自然に生活の知恵とか、子供のしつけとか、そういったいろんなことを歳を取

った人から若い人へと受け継いでいくことができた。今の生活様式の中では、それも難し

いでしょう?でもこの施設では例えば、うちの付属幼稚園と連携を取れば子供たちに昔の

遊びを教えたりできるし、家政学部となら郷土料理の研修とかいったことも、ややこしい

手続きや面倒な準備をすること無くいつでも簡単にできるじゃない。出産や育児、子育て

のことで不安な時でも、ここに来ればいろいろな情報が手に入るって具合にね。そのため

にもオープンな感じのいわば『世代を超えた、たまり場』にしたいのよ。」

「『世代を超えた、たまり場』ですか……。」

「そうよ。せっかく造るんですもの。自分が楽しめる施設にしなくちゃね。」

 

 先生の頭の中には、年老いた自分が楽しく過ごす姿が描かれているのだろう。にこにこ

しながらエビチュをキューっと喉に流し込んだ。

 ふぅ〜っと息を吐いたあと、そこでさっきの話に戻るんだけど、と先生が切り替えした。

 

「綾波さんには、ぜひそこのスタッフになって欲しいの。」

「え!?わたしが……ですか?」

「そうよ。」

 

 いきなり「そうよ」と言われても、レイには晴天のヘキレキ、寝耳に水だ。第一そんな

に難しく考えなくてもいいはずではなかったのか?

 

「でも、わたし、専門的なことはなにも知りません…。」

 

 研究室で先生と一緒に仕事をしている以上、それなりの知識はある。しかしそれは、あ

くまでも研究室の中という限られた空間の中でだけ得られた知識で、言い方を変えれば『門

前の小僧、習わぬ経を読む』ことに等しい。だいたいレイの本職は、短大の教務職員だ。

 しかし、

 

「施設に必要なのは技術者だけじゃないわ。運営に携わるスタッフも要るのよ。あなたの

能力なら十分に勤まるわ。」

「……。」

「確かにそのために身につけないといけない知識はたくさんあるわ。もし綾波さんにその

気があるなら、いくらでもわたしがバックアップしてあげる。外国に留学したってかまわ

ないわよ。」

「りゅ、留学って……。」

 

 なんだか話がだんだん大きくなって、どんどん進んでしまいそうな雰囲気だ。

 

 でも…、とレイは思う。

 

 この先生は決して大言壮語をいう人ではない。施設の話も将来必ず実現してしまうだろ

う。それだけのバイタリティを持った人だ。レイのことも酒の席での上っ面な話じゃない。

そういうのは大嫌いなのがこの先生だ。

 

『先生は本気でわたしに話している』

 

 そこまで期待されていることに、なんとも言えない充足を感じる。同時に沸き上がる不

安。『将来』という名の未知の世界。

 しかし、それならば自分がエヴァと関係を絶った後の世界はなにか?それこそ未知の連

続だったではないか。あれほどドラスティックな変化は、この先めったに起きることはな

いだろう。ならば、

 

相手にとって不足無し!!byレイ@がんばる娘

 

 しかしいまここで即答するのは少々気が引ける。第3新東京市には、相談しなければな

らない人も要る。おそらく「ふ、問題ない…。」とか言うだろうが、それでも耳に入れて

おかなければならない。

 

「ありがとうございます。わたしもじっくり考えて、きちんとご返事いたします。」

「うん。…一緒にやりましょうね。」

 

 でもね…?

 

「もし綾波さんが、だれか好きな人と結婚することになって、『わたし、退職して専業主

婦になりますっ!』っていっても、それはそれで応援しちゃうわよ。」

 

「えええっ!?」

 

ぶはあ!ごほっ!ごほっ!ごほっ!ごほっ!!!

 

「わっ!ちょっとシンジ!なにむせてんのよ!!」

「だ、だっていきなり…ごほっ!ごほっ!………」

「もーしっかりしなさいよー」

 

 間が悪かったのだ、シンジの場合。先生の話に感動し、目の前にあったグラスを手にと

って冷たいエビチュを口にした途端、いきなり先生の爆弾発言。

 

「あらららら、碇さん大丈夫?」

 

 責任者は自分の発言は棚に上げて、押っ取り刀で傍らにおいてあったタオルを手に取っ

た。が、それより早くアスカはハンカチを取り出すと、シンジの口を拭ってやった。手つ

きは荒いが、片方の手ではしっかりとシンジの背中をさすっているのは彼女なりの優しさ

だ。きっと…。

 

『う〜ん。惣流さん、ナイス介助ね…。』

 

 あくまでマイペースな先生だった。

 

 

 それはさておき、つらつら述べたようなエピソードが続いた中、気がつかないうちに結

構時間は流れていた。やっとシンジも落ち着いて、先生の爆弾発言にフリーズ状態だった

レイが解凍された頃、ふいに部屋の中が、強い芳香に包まれた。

 

「あ、咲き始めたわよ!」

 

 見れば縁側においてあった月下美人の花が、そのつぼみを半分ほど開花させている。

 集う人たちは一言も喋ることなく、その自然の神秘を見つめるのみ。

 やがてこの異国の花は、その芳香を振りまきながら、大輪の花を咲かせる。

 この花たちの先祖はただ一つの株。

 100年前にこの国に渡って以来、たくさんの兄弟達は何を見てきたのだろうか。

 さまざまな出会いと幾多の別れ…。

 

「この花の花言葉は、『一度だけの恋』なの…。」

 

「いまこの時しか経験できないこともあるのよ…。」

 

 

 どうやら先ほどの爆弾発言も、まったく脈絡の無いことではないらしい。その真意は神

のみぞ知る…。いや、いま中天に浮かぶ満月も知っているのかもしれない。

 

QUEEN OF THE NIGHT

月下美人

 

 シンジはこの花に、自分の古くから知る二人の女性の姿を見たような気がした。

 

つづく

 

 

 


西暦2000年 建国記念の日

 

ひさびさのエヴァ手話本編です。実に1年と4ヶ月ぶりの公開となりました。これから

は、また新たな展開となります。更新のスピードは、はっきり言ってどえりゃあ遅くな

りますが、どうか最後までお付き合いください。

 

 

 

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