エヴァ手話学園パラレル編

Wishing well

胎動編

 


「は〜い、3−Aの諸君!おっはよ〜。」

 

 ぼくたち3−Aの担任:葛城美里先生は、今年もハイテンションだ。長い髪を風も無い

のに颯爽となびかせながら教室に入ってきた。きっと次にくる反応はこうだ。

 

「うお〜!また美里センセと一緒とは!わいの中学生活はばら色や〜!」

 

 やっぱりね…。この鈴原統治は一中葛城美里非公開ファンクラブ会長だ。去年ぼくたち

のいた2−Aのクラス担任だった美里先生は、この第一中学男子生徒の憧れの的だ。なん

ていっても美人だ。大人の魅力ってやつだね。明日香も確かに美人だけど、う〜ん…。な

んかやっぱり違う。

 でもこの先生が人気があるのは、自分の容姿を鼻にかけない気さくな性格にあるんだよ

ね。えーっと、あねご肌っていうのかな?それも大きな理由だ。

 

「わたしが今年一年間みなさんといっしょにこの3−Aでやっていく、担任の葛城美里で

す。去年2−Aだった人たちは、またまたよろしくね!初めての人もよろしくぅ!」

 

 先生は最後にVサインとウインクであいさつを締めくくった。ぼくらはいいかげんなれ

てたけど(除:鈴原統治)、初めて見た男子連中は完全に舞い上がっていた。あれ?まだ

何かあるのかな?

 

「それと、もう一つみんなにお知らせがあります。きょうから新しくこのクラスに転校生

がくるの。みんなも仲良くしてあげてほしいんだけど…。」

 

 こんこん

 

 先生がここまで言ったとき、教室の入り口がノックされた。

 

 がらっ

 

 ドアが開いて教頭の時田先生に案内されてやってきた男の子は、紺色のブレザーにグレ

ーのズボン、白いカッターシャツにエンジ色のネクタイ。すこし長めの黒髪は、両方の耳

を隠すくらいだ。

 そして驚かされたのは、今朝、職員室の前で明日香がぶつかりそうになった、あの男の

子だったということだ。あのときは明日香もすぐに居なくなっちゃったし、ぼくも慌てて

いたから一方的にただ謝っただけだけど…。明日香はどうしてるのかな…。

 

 

 

 

 

あっちゃ〜

なんであいつがこのクラスに転校してくんのよ〜!

 あたしのいままでの一生の中でも、今日という日はまるで13日の金曜日と仏滅と三隣

亡とセカンドインパクトがいっぺんに来たような……セカンドインパクトってなんだっけ

 とにかくあたしは思いっきり頭を抱え込んだ。

 

「きょうからみんなと一緒にこの3−Aの仲間になる、難波浩一郎くんです。」

 

ふ〜ん…。難波ってんだ、こいつの名前。

 

「難波君は耳が不自由なの。」

 

へ?

 

「彼は今年の3月まで、ろう学校に通っていたの。」

 

ちょ、ちょっと待ってよ!!

耳が不自由ってどういうこと?!

 

そっか…

それであのとき避けなかったんだ…。

あたしが大声で叫んだことに気がつかなかったんだ…。

 

「だからみんな、彼の力になってあげてね。」

 

 だったらあたし、謝らなくっちゃ!

 美里先生がここまで言ったとき、あたしは思わず立ち上がっていた。

 

「あ…、あの…!」

「ん?どうしたの明日香?」

 

 先生もびっくりしているみたいだけど、それどころじゃないわ!

 

「え、えっと、あの……」

 

 な、なんでなんでなんで?!あたし何してんだろ?!

 立ち上がったのはいいけれど、結局あたしは何も言えないまま立ち尽くしてしまってい

た。体中の血液が顔にドバっと集まってきてるのがリアルタイムでわかる。きっと真っ赤

になってるわ。まわりからはクスクス笑っている声が聞こえてきた。あーっ!もうっ!あ

たしのバカ!!

 

「先生っ!」

 

 ふいに慎二の声が聞こえた。はっとして顔を上げたら、慎二も立ち上がっていた。

 

「なに?こんどは慎二君?」

「あの…、力になってあげてって言われても、具体的にどうすればいいんですか?」

 

 ぼくもびっくりした。あの時は難波君が耳が不自由だってわからなかったから。もっと

落ち着いて謝っていればよかったんだけど、すぐに明日香を追いかけたしね…。それにし

てもまさか同じクラスになるなんて思ってもみなかったよ。

 

「そうね。慎二君の言うとおりね。まあ、とにかく二人とも席につきなさい。」

 

 美里先生は立ったままの慎二とあたしを椅子に座らせると、いちど教室の生徒全員を見

渡した。そしてルーズリーフを一枚破ってなにかサラサラと書き始めたの。それが筆談だ

ということはすぐに解った。

 いままでそんな光景は、ドラマかなにかでしか見たことが無い。いきなりの非日常。

 そしてそれは、難波君は耳が不自由なのだということをあたしに認識させるには、かな

りリアルな光景だった。あたしは、次に何が起こるのか息をのんで待っていた。彼が先生

の書いた紙を読んだ後、なんだか一瞬のためらいがあったように見えたのは気のせいかし

ら。すると彼は後ろを向いて黒板のチョークを手にしたの。

 

かっかっ…かっかっかっ…かっかっかっかっ…

 

『難波浩一郎といいます。よろしくおねがいします。』

 

 黒板に書かれたのは、それだけだった。

 そして先生は、難波君を一番前の席に座らせるとゆっくりと語り出した。

 

「難波君はね…、生まれたときから耳が不自由なわけじゃないの…。3年くらい前からす

こしづつ耳が聞こえなくなって、それまで通っていた小学校からろう学校に転校して、し

ばらくの間は聴力の検査や訓練をしていたの。そして中学2年生まではそのろう学校で勉

強していたんだけど、高校へは普通の学校に進学することが難波君の希望なのよ。それで

その準備というわけではないんだけど、3年生からこの第一中学に通うことになったって

わけ。わたしも含めて、これから1年間いっしょに勉強して、いっしょに遊ぶ仲間になる

わけだから、みんなも彼のことをよろしくね。………………じゃ、そういうわけで、まず

はクラス委員からきめちゃいましょう。だれか推薦したい人がいる〜?立候補してもぜん

ぜんOKよん!」

 

 結局そのままHRへとなだれ込んでしまい、あたしは難波君に謝るタイミングを外して

しまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の午後のこと。第一中学校から少し離れたところにある商店街の一角に、ちょっ

とシャレた感じの喫茶店がある。今時珍しいアンティーク調の構えのその店の名は「喫茶

Fly me to the Moon」。ここの自称看板娘は、この4月から第一中学

校の3年生になった。ドアを開けて店の中に入っていくと、この店の主人のこだわりが見

えてくる。決して過度ではなく、さりとて物足りないということもない調度品。お客を温

かく迎えてくれる木の香りは、遷都計画中の第3新東京市のなかのオアシスなのかもしれ

ない…、というのは、持ち上げ過ぎだろうか。  

 それでもこのお店は結構人気があるらしい。この店のマスターがブレンドしたコーヒー

(配分は企業秘密とのこと)は絶品の誉れも高く、人あたりの良いこの店のマスターとと

もに、このあたりに生活している人々にとって、このお店はたしかにオアシスになってい

るようだ。コーヒーについては一家言もっている第一中学の理科教師、赤木律子先生もこ

の店のコーヒーのファンなんだそうだ。よく保健の伊吹先生と一緒に来ているのが目撃さ

れている。

 

 現在時刻は、午後2時にもうすぐなろうかという頃。

 

 からんからん…。

 

 ドアベルの音とともに店の中に入ってきたのは、おさげ髪の少女。

 彼女は店の中に入ると声をかけた。

 

「こんにちは。洞木ですけど、麗いますか?」

「やあいらっしゃい。」

 

 カウンターの中から応えたのはこの店のマスターだ。

 

「光ちゃん達また3人いっしょなんだってね。」

「ええ。そうなんです。」

 

 光はカウンターのなかでコーヒーをたてていた、マスターのところまでやってきた。

 

「とうとう3年連続で麗が迷惑かけることになったねぇ。すまないなあ…。」

「だいじょうぶです、おじさん。もう慣れましたから。ふふ。」

 

 この店のマスターにして綾波麗の父親、綾波勉氏はサイフォンの中のコーヒー豆を軽く

混ぜると娘の同級生に笑いかけた。そしてコーヒーの香りに鼻孔をくすぐられた光が、そ

のままカウンターに座ろうとしたその時、

 

「ちょっとお父さん!」

 

 突然奥のボックス席から、麗がダッシュしてカウンターまで飛んできた。

 

「それが愛娘を前にした父親のセリフぅ?!」

「なんだ麗。聞こえてたのか?」

「あったりまえじゃない!」

「ほらほら、麗もそんなにふくれてないで。看板娘が台無しよ。ねえ、おじさん。」

「ああ、光ちゃんの言うとおりだぞ麗。」

 

 光と勉が笑いあう中、麗がほっぺたをブゥ!とふくらませたとき、再びドアベルが鳴り

響いた。こんど入ってきたのは、二人組みの少年だ。

 

「こんちゃーっす。」

「綾波のおっちゃん、こんちわっす。」

「よう、鈴原君に相田君。いらっしゃい。」

 

 ふたりは勉に軽く会釈をしたとき、カウンターに腰掛けていた光を発見した。

 

「なんや、イインチョー。もう来とったんかい?」

「ううん。わたしも今来たばかりよ。」

「慎二たちは?まだ来てないの?」

 

 きょろきょろと店内を見渡した健介の後ろから、ぴょこんと麗が顔をのぞかせた。

 

「そのうち来るんじゃない?二人仲良くさぁ。」

「とは思うんだけど、なんかきょうの明日香、朝から様子がおかしかったから…。」

 

 少々心配顔の光の言葉を受けて、健介も朝の様子を振り返った。

 

「……そういえば惣流のやつ、きょうはおとなしかったな。」

「そうかあ?わいは気がつかんかったけどなぁ…。」

 

 と、これは「ごーいんぐまいうえい」な関西少年。

 しばらくはワイワイとやっていた彼らだが、『どうせあの二人が待ち合わせに遅刻する

のは今に始まったことじゃない』との統一見解が出た頃、三たびドアベルが鳴った。

 

「ほら明日香、早くしなよ。もうすぐみんな来ちゃうよ。」

「わかってるわよ!もう!」

 

 ぶつくさ言いながら店の中に入ってきた慎二と明日香を出迎えたのは、思いっきりジト

目の看板娘だった。

 

「あのねえ、『みんな来る時間』じゃなくて、

『すでにみんなは集まっている時間』なの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この店の奥に「第一中の円卓」と呼ばれる(命名:惣流明日香)丸いテーブルがある。   

 1年生のときからずっと同じクラスだった彼らにとって、いつのまにか麗の家の喫茶店

は、格好の溜まり場になっていた。そしてその丸いテーブルは、みんなが勉強会をしたり

、遊びの相談をしたりする時の『指定席』なのだが、きょう彼らがここに集まったのは、

いつもとは少し違う理由によるものだった。

 

 話は少しさかのぼる。

 

 昨年同様、洞木光がクラス委員に選ばれ、新学期のスタートを切った3−Aだが、HR

がおわり終礼の号令を光がかけたすぐ後だった。

 

「ちょっち悪いんだけど、いまから名前を言う人はすこし残ってもらえるかしら。碇慎二

君、惣流明日香さん、綾波麗さん、鈴原統治君、相田健介君、それと委員長の洞木光さん

、以上6名ね。その他のみんなは帰っていいわよん。」

 

 の一言で、いきなり居残りとなった彼らに、真剣な顔の美里が告げたのは、意外なこと

だった。

 

「実はあなたたち6人に、難波君のこの学校での最初の友達になってあげてほしいの。」

 

 おもわず顔を見合わせた慎二たち。

 美里は言葉を続ける。

 

「みんなは去年もわたしのクラスだったから、気心も知れている。だからあなたちにお願

いしたいの。」

 

 

 

 

 

 それは思いもよらない申し出だった。そして彼らはそのことを話し合うために、いった

ん帰宅した後、麗の家に集まったのである。

 

 はじめに切り出したのは健介だ。

 

「お友達って言っても……、なあ…」

「…うん…」

 

 ボソッと返事をした慎二の横で腕を組んだまま統治が応える。

 

「そやけど、美里センセの頼みやぞ。何とかせな。」

「…統治はお気楽でいいよなぁ。」

「あほか健介!マジで言うてんねんど、わいは!!」

「だけどどーやって友達になるんだよ。あいつ、耳聞こえないんだぜ。」

「相田君、良くないよそういう言い方。」

「うん、わかってるよ委員長。でも現実だぜ。さっきだって先生も紙に書いてたじゃんか

よ。」

「……そうよねぇ……。ねえ明日香、どうしよっか?」

 

 思わず健介の言葉に反応した光だが、彼女とて名案があったわけではない。自然と親友

に話を振ったのも無理からぬことだ。しかし明日香は先ほどから頬杖をついたまま、心こ

こに有らずといった感じだ。

 

「え?あ…うん………」

 

 一瞬我に返った明日香だが、あいまいな返事をした後は再び頬杖をついて小さくため息

を吐いた。そんな明日香にこんどは麗がシビレをきらした。

 

「ねー明日香、なんか今朝から変だよ。光ちゃんも心配してるよ。なにかあったの?」

 

 しかし明日香の様子に変わりはない。しばらくその状態が続くのかと思われたとき、お

もむろに慎二が口を開いた。そのまえに明日香の方にちらっと視線を投げたのは、誰も気

がつかなかったが……。

 

「…………あのさ……」

「…じつはぼく、今朝、職員室の前で難波君と出会ってるんだ。」

「今朝って、もしかして始業式よりも前か?」

 

 丸眼鏡の眉間の部分を右手の中指でクイッと押し上げながら健介は慎二に問い掛ける。

 それに対して慎二はただコクンと肯いた。

 

「なんや〜。それやったらそうと早う言わんかいな。」

 

 そんならそれで解決やんけ、とでも言い出しそうな統治の言い様だが、

 

「いや、でも話をしたわけじゃないし、耳が不自由だっていうのも美里先生が言うまで知

らなかったんだ!ホントだって!」

 

 慎二は思わず必死になって、両手を振りながら返事をした。

 ところで「前門の虎、後門の狼」という言葉がある。慎二の後ろにいたのはシルバーブ

ロンドの女の子だった。

 

「でもさあ、それだったら碇君がこのなかで最も難波君に近いってことじゃない?」

 

 麗の『ニヤリ』攻撃に思わず慎二は狼狽する。

 

「ああああ綾波ぃ!もしかしてぼくに全部押し付けようってんじゃないだろーな?!」

「そうじゃないってば!!ただ彼とのファーストコンタクトを経験している碇君が、取っ

掛かりになるには最適だってことよ!」

「そや!慎二!この際、行ってこい!骨はわいが拾うたる!」

「大丈夫、碇君。あなたは死なないわ!わたしが護るもの!!」

 

「ちょ、ちょっと統治!綾波!なにわけわかんないこと言ってんだ!!!」

 

 もちろん慎二は本当のファーストコンタクトが誰によって成されたかを知っている。し

かしいま、それを口に出すことがいかなる事態を呼ぶことになるかは、幼い頃からの経験

が遺伝子レベルにまで記憶されている。当然そこには自己防衛本能が働くことになる。

 

「はあ〜〜〜。」

(ちぇっ…。だいたいなんでぼくの名前が出でくるんだよ。いちばん最初に出会ったのは

明日香じゃないか。って言うわけにもいかないしなぁ…。それに明日香も随分気にしてい

るみたいだし…。だからってこのままじゃあ統治と綾波に押し切られそうだし…。どーし

ろってんだよ…。)

 

 いきなりぶつぶつとぼやきはじめた慎二だが、朝方少年と出会ったことを自分で言い出

したのだから、言わば墓穴を掘ったようなものだ。だからといって、『明日香が廊下を全

力疾走した挙げ句、立っていた耳の不自由な少年を避けそこなってハデに尻餅をついた』

などとは口が裂けても言えず、無限ループへと陥ってしまった。

 ただ、本人が気がついてないとはいえ、結果的には明日香を庇っているのだから、それ

はそれで認めてやってもいいだろう。

 慎二は無意識のうちに頬杖をついて、ため息を吐いていた。それは実は明日香とまった

く同じポーズだったのだが、知らぬが仏の慎二と明日香。友人達は心の中で『いや〜んな

カンジ!』をユニゾンしていた。

 

 しかしテーブルでは沈黙が続き、空気もなんとなく重くなってきた。

 話題が煮詰まってきて、彼らの顔に疲労の色が浮かびはじめたとき、

 

「おーい、れーい。ココアができたから持っていってくれー。」

 

 カウンターの向こうからお呼びがかかった。

 

「あ、はーい。」

「わたしも手伝うわ。」

 

 麗に続いて光も席を立とうとしたが、

 

「あ、いいよ光ちゃん。相田君、手伝って。」

 

 光を制した麗は、健介を引っ張り出した。

 

「え?おれ?」

「そーよっ!たまにはいいじゃん!」

「……へーへー。」

 

 テーブルから離れた麗は健介に囁いた。

 

「光ちゃんは、いまは明日香の側にいた方がいいと思うんだ。」

「あ…、なるほどね。」

 

 お気に入りのブルーのスカートを翻すと、麗は健介の手を引っ張ってトコトコとカウン

ターへと向かった。

 

 

 

 一方こちらはテーブルの4人。

 

「慎二よ。まじめなハナシ、どないする?」

 

それは先ほどから幾度となく繰り返された言葉。

 

「う〜ん……」

 

 これも何度も繰り返された返事。しかし慎二の悩みは『今朝の明日香の事をみんなに話

して切り抜ける』か、『このまま明日香のことは黙っている』か、この一点に尽きるとい

ってもいい。前者を選べば、おそらくこの雰囲気だと明日香が慎二に替わって祭り上げら

れるだろう。そうした場合、確かに慎二本人は楽園を享受できるかもしれないが、その後

のことを考えると得策とはいえない。

 なにより気になるのは、明日香の落ち込みようだ。きょうの明日香はいつもの明日香で

はない。幼なじみとして10年近く一緒にいるが、こんな明日香は初めてだ。普段ならみ

んなが明日香をからかったとしても、彼女が一発爆発すれば、あとはあっけらかんとした

ものだ(もっともその爆発のエネルギーは、その理由のいかんに問わず、8割がたは慎二

に向けられる)。しかしそのさっぱりした気性が、明日香がみんなから好かれる理由の一

つでもある。誰よりもそのことを知っているのは慎二だ。

 では、翻って後者はどうか?結果は明白だ。いわゆる『♪どなどなど〜な〜ど〜な♪』

状態だ。ただ統治や麗たちの名誉のために言っておくが、彼らも「全部慎二に任せりゃ、

あとはおっけ〜(はあと)」などとは決して思っていない。ただきっかけをどうやって作

ればいいのか、その方法がわからないだけである。

 明日香は相変わらず頬杖をついて、窓の外の景色を眺めていた…。

 窓の外には、行き交う自動車と歩道を歩く人たちしかいない。

 

「なあ、惣流よー。おまえ、さっきからずっと黙っとるけど、なんぞええ考えあらへん

のか?慎二かて無い知恵振り絞りながら考えてんねんど。」

 

統治は今度は明日香に話を持っていった。

すると明日香は視線を窓の外から、傍らに座る少女へと移した。

 

 

 洞木光。明日香の小学校時代からの親友だ。彼女がもっとも得意としているのは料理を

作ることをはじめとして、裁縫などといった女性に求められること全般である。別に明日

香がそういったことが苦手というわけではないのだが、それらのことを子供の頃から器用

にこなしていくこの少女は、ある意味、明日香の憧れでもあった。明日香が彼女と一緒に

いる時間は、明日香のこれまでの人生のなかでもかなりの時間といえる。

 

「ねえ、明日香。明日香はどうしたら良いと思う?明日香も碇君が難波君に話し掛けるの

が良いと思う?」

「……あのね、光…」

 

 と、明日香が言いかけたとき、

 

「はあい、お待たせぇ〜。当店ご自慢のココアだよ〜。」

「運んでいるのは、おれだけどな。」

 

 トレーに人数分のココアを載せた健介と、チョコチップクッキーやポテチを大きなお皿

に満載した麗がテーブルへと戻ってきた。健介はみんなの前にココアを配っていく。

 

「綾波のおやじさんからのおごりだそうだ。みんなありがたく頂戴しろよ。」

「おじさん、いつもすみません。」

 

 カウンターの方を振り返った光が、みんなを代表して礼を言うと、慎二たちも立ち上が

ってぺこりとお辞儀をした。勉もカウンター越しに手を振っている。

 すると麗は左手を腰に当てて、右手をひらひらさせながら、

 

「まー、そんなに気を遣わなくてもいーからいーから。」

「別に綾波には気なぞ遣こうとらんわい。」

「む〜!!そんなこと言うなら、鈴原君にはお菓子あげない!!」

「へいへい。綾波さんにも感謝しとります。おーきに。」

「わかればよろしい。」

 

 健介と麗はそれぞれテーブルに品物をならべ終えると再び席についた。

 

「とりあえずお茶にしよーよ。」

 

 そう言って麗が手にしたカップは、みんなのものとは違う麗専用のマグカップだ。へん

てこなペンギンの絵も描いてある。

 

「麗、まだそのカップ使ってるの?」

「え?……うん。」

 

 

 光は麗のカップを見つめ、感慨深げにつぶやいた。

 反応した麗も、同じようにカップを手にしたまま、じっとそれを見つめる。

 

「おれたちの一年生のバス旅行の時だったよな…。」

「せやったなぁ…。」

 

 つられて健介と統治も麗の手にあるカップを見つめた。

 

「明日香、覚えてる?」

「わすれるわけないじゃない…」

 

 慎二の言葉に、明日香は自分の記憶をひも解いた。

 

 

 

おととしの春………

 

 

 

「それじゃあ、今から班を作ります。各自6人グループを作ってください。」

 

「えーっと、おれと統治と慎二な。あとは…………。」

「なにしてんの?ばか慎二はこっちにきなさいよ。」

「お!なんや、おのれは!!女のくせにいきなりばかとはどういうこっちゃい!」

「うっさいわね!慎二はこっちに来るって決まってんの!」

「かぁ〜!!おい慎二、なんやあいつは?!」

「明日香っていうんだ。幼なじみだよ。明日香こそこっちにきなよ。洞木さんも一緒なん

だろ?」

「明日香ぁ…。どうしようか?(あのジャージの人、恐い…)」

「なんだか入学以来、慎二と意気投合してんのよね〜、あのジャージと眼鏡。しかたない

わ。光、あたしたちもいこ。だいじょうぶだって、あたしがついてるんだから。それに慎

二とも仲良さそうだからそんなに悪い奴じゃないわよ。」

「そ、そうかな…。」

 

「ふん!しかたないから来てやったわ。あたし惣流明日香、こっちは洞木光。」

「へん!わいは鈴原統治や!」

「おれは相田健介。」

「じゃあ慎二と三人で3バカトリオね。」

「なんやとぉ?!」

「統治も明日香もいいかげんにしろって。ごめんね、洞木さん。毎度のことだけど。」

「いいのよ碇君。今に始まったことじゃないし…。それよりあとひとりどうしよう。」

「そうだなぁ…。あ、あの空色の髪の女の子は?」

「だれよ慎二。なに?転校してきた子?」

「うん。あの子誘おうよ。君、こっちに来ないか?」

「………わたし?……」

「そーよ。あんたしかいないじゃん。あたし惣流明日香、こいつは碇慎二。」

「………綾波…麗……。」

 

 

 

「慎二、おみやげ買ってかえろ。」

「え〜〜〜。さっきもおみやげ屋さんにいったじゃないか〜。」

「う〜〜〜。とにかく行くの!!」

「はいはい…。」

「おれたちも付合わされんの?」

「…なんでやねん…」

 

 

 

「なに?麗。カップでも買うの?」

「あ、これなんか綾波に似合ってそうだね。」

「なによ〜。このへんなペンギン。」

「わたし、これが良い…」

「へえ〜。綾波の家って喫茶店なんだ。」

「ねえねえ、こんど遊びに行ってもいい?」

 

 

 

 

 

 そして、

 

「結局おれたちも惣流の買い物に付き合わされちゃってさ。統治と二人でずいぶん怨んだ

よ。なあ統治。」

「せや。ほんまあのときは参ったで。でもあれがきっかけになって、そのままこのグルー

プが続いとるわけやからな。わからんもんや。」

 

 統治と健介が思い出に浸る中、麗は別の意味で感慨にふけっていた。

 

「あの時に買ったこのカップ…。もし、碇君がみんなの中にわたしを誘ってくれなかった

ら、わたしはバス旅行でどうなってたかわからない…。だからみんなの選んでくれたこの

カップはわたしとみんなとの絆なの。…宝物なの…。

 

 わたしね、小学生のとき養護学校にいたじゃない?だから中学生になって普通の学校で

やっていくのが不安だったの。でも、みんなと一緒でほんとに良かったと思ってる。明日

香や光ちゃんや、碇君や鈴原君や相田君と友達になれてほんとに良かったって…心からそ

う言えるの。」

 

 麗はそういうとペンギンのカップを両手でぎゅっと握り締めた。

 暖かいココアのぬくもりがカップを通して手のひらに伝わってくる。

 それは今、この場所にいるみんなの温かさなのだと麗は思った。

 

 

「な〜んてね、ちょっとおセンチ。てへ…。」

 

 麗は恥ずかしさを隠すようにカップを口に持っていった。

 明日香はそんな麗をじっと見つめている。

 

(麗もおなじなんだ………)

 

 そして逡巡と決意

 

ダンッ!

 

「あたし…!」

 

 突然明日香はテーブルを叩いた。

 そして大きく深呼吸をすると

 ゆっくり明日香は語り出す。

 

「あのね、みんなに話があるの。今朝、難波君に出会ったのは慎二だけじゃないの。あた

し、廊下を走っていたらちょうど職員室の前に難波君が立っていた。あたしは大声でどい

てって叫んだんだけど、彼は気がつかなかった。当然よね、耳が不自由なんだもん。でも

その時はそんなことぜんぜんわからなかった。美里先生に彼の耳のことを聞いたとき、び

っくりした。謝らなくちゃいけないって思った。でも…でも…どうやって謝ったらいいの

かわかんない。だから…だからあたし………」

 

 明日香は唇をきゅっと噛むと、そのまま俯いた。

 光も麗もかける言葉が見つからない。

 統治と健介は腕を組んだまま黙っている。

 が、

 

「…しょうがないな〜…。」

 

 突然慎二が頭をかきながら口を開いた。

 みんなもいっせいに顔を上げて慎二の方に振り向く。

 

「謝らなきゃいけないのは明日香だけじゃないよ。ぼくだって難波君の耳が聞こえないこ

とは先生にいわれるまで気がつかなかったわけだし、明日香が走ったのだって、ぼくが追

いかけたからだもんな。その意味じゃぼくも明日香と同じだよ。」

 

 驚いた明日香は慎二を凝視する。しかし慎二はそんな明日香のことなどまるで眼中に無

いのか、ひとりで話を進めていく。

 

「さっきは明日香のことが気になって黙ってたけど、明日香がその気持ちならぼくも迷う

のは止める。あした難波君に謝るよ。謝るって言っても、たぶん紙に書いて渡すしかない

んだろうけどね。先生もそうしてたみたいだし…。」

 

「まってよ慎二。慎二は関係ないわ。これはあたしの問題なのよ。」

「明日香は勘違いしているよ。」

「なんでよ?!」

「明日香が責任感の強い女の子だってことは、ぼくがいちばん知ってる。だけど今度のこ

とは明日香だけの問題じゃないんだ。もちろんぼくと明日香二人の問題でもない。」

「じゃあ…なんなの?」

「もう忘れたのか?きょう先生に呼ばれたのは、ぼくたち6人だったじゃないか。」

「そんなことわかってるわ。だったらなんであした慎二が一人で謝るなんて言うのよ。」

「一人で謝るなんて言ってないよ。」

「へ?」

「言ったろう?このことに関しては、ぼくも明日香も同じだって。」

「じ、じゃあ…」

「うん。一緒に行こう。」

「慎二……。」

「だけど二人一緒なのは謝るときだけだ。あとはぼくたちみんなの問題だからね。」

 

 もともと押しの強い慎二ではないのだが、きょうの慎二はいつもと違い、いつのまにか

明日香をリードしていた。

 明日香の中に不思議な感覚が湧き起こってきた。

 別に違和感があるというわけではない。でも、なにか違う。

 それは明日香が最近ずっと抱いている疑問だった。その疑問が何なのかは、いまだ明日

香でさえわからなかった。ふたりとも、それが『成長』であるということに。

 ただ、今はなんとなく素直になれそうな気がした。

 

「うん…。慎二の言うとおりにする…。」

 

明日香はいつのまにか慎二の言うことに従っていた。

 

 

 

 

 

「もしもーし、お二人さーん。もーいーかい?」

 

 麗の突然の声に、明日香と慎二は弾かれたように我にかえった。気がつくと周りを取り

囲むのは若干複雑な表情の4人の顔だった。

 

「まあなんにせよ、これで第一段階はクリアっちゅうわけや。」

「甚だ不本意だけどな…。」

 

 統治と健介は(それやったら最初からそう言わんかい、いや〜んなカンジ…)などと思

っていることはとりあえず置いといて、事態が一歩進んだことにほっとした。

 

「ま、これで取っ掛かりはできたってことよねぇ…」

「そゆことそゆこと」

 

 麗と光はポテチをくわえていた。





つづく


多分次の更新は、新年になってからだと思います。




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