週刊サワネ
1998年8月第1号 通算第19号こどもとロシアに行って来ました。
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8月9日から16日までロシアに行ってました。場所はナホトカから東に来るまで40分ばかり走ったボストーチンとところです。7歳の娘と一緒に、一般の家庭に泊めていただいてました。ちょっと、そのことを書いてみます。
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今年4月ロシアに行くということを決めてから、ロシアというのは、私にとってはとても妙な国だということに気が付きました。小学校の地理で、ウラル山脈より西はヨーロッパ、東はアジア、ふたつあわせて、ユーラシアと言うんだ。こういう風に習いました。行き先はナホトカ、アジアです。でも、そこに住んでいる人を頭の中に浮かべてみれば、それはアジア人ではありません。白人であるロシア人です。アジアだけど住んでいるのは白人であるロシア人なのです。ナホトカは、ヨーロッパなのでしょうか、アジアなのでしょうか?そんな風な奇妙な疑問にとらわれました。
それから、隣国としてのロシアは、国境として千島や樺太が頭に浮かびます。もちろん、私だけかもしれませんが、ウラジオストックとかナホトカとか言われても、ロシアとしてのイメージとかが涌いてきません。どんな人が住んでいるのか。どんな、生活をしているのか。ぜんぜん分からないのです。そのことに驚きました。
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宿泊させていただいたところは、マンションと言うか、アパートというか、5階建ての集合住宅の1区画でした。広さは30坪以上あったろうと思います。子供部屋が2つ、居間1、台所、夫婦の部屋、風呂1、トイレ付き風呂1,トイレ1、ガラスで外気と遮断されたベランダ。きれいで、かたづいていて、感心しました。でも、外の住民との付き合いは感じられませんでした。また同じアパートの中で、生活の格差も結構あるように思いました。
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アパートが何十棟かある中に、20m×100mくらいのバザールがありました。露店です。トラックがいっぱい、多分店の数とほぼ同じだけ並んでいて、その荷台とか、荷台の前に店を出しています。ここで、日常の買い物をするのです。物はいっぱいあるようにみえました。物が不足しているか、十分なのかを、目で見て判断するのは容易ではないでしょう。でも、私は、足りているように思いました。まず、目で見て、物がいっぱいある。そして、列ができてない。根拠はこの二つです。
交通
道は、広い。でも、補修ができていません。だから、道は広くても、車の走れるところは狭い。道幅10mくらいの道路でも対向するのに困るような場所もあります。道路というのは、作っても、その後の補修というのが、やっぱり必要なんだと今更ながら思いました。地面を這っている道路なら、でこぼこを右左によけていくだけでよいのですが、例えば、日本の高速道路の高架などは、どうなるのでしょうか。 補修がなければ使えなくなるのでしょうか。つい、日本が貧乏になった時のことを考えてしまいました。
車は、多分98%以上が日本の中古車です。4WDがたくさん走ってます。道路のせいでしょう。商用車の中古も、看板を書いたままで走ってます。ヤクルト、葬儀屋、仏壇店なんでもありです。アパートの窓から下を見ていると、日本語を書いた自動車ばかりが走っていますから、なんだか妙な気分になります。
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泊まった家は、夫婦と、娘二人の家庭でした。ご主人は、トラックの運転手、奥様は、その会社の会計主任です。宿泊は最後の1泊をのぞいてすべてここです。朝から晩までずっと一緒にいました。言葉はロシア語だけです。英語は全然喋りませんでした。彼らが英語を喋れるのか喋れないのかは、わかりません。聞いてないですから。私のロシア語は、4月にスタートしたもので、なんとか、言いたいことは喋れるような感じですが、向こうの喋っていることは、聞き取れないこと、分からないことが多いです。そんな、言葉の環境の中で、海に遊びに行き、菜園付きの別荘行ってバーキューを食べ、友達の家のロシア式サウナに入りに行きました。
その体験は、圧倒的なもので、帰ってきてからすでに2週間過ぎるのに、感動がさめません。なぜなのか?
違うからだと、思うのです。日常の生活と違うことばかりです。言葉が通じない。食べ物が違う。朝から3食肉とかハムとかが出ます。酒の飲み方が違います。車は右側を走ります。違うことが多い中で、もっとも影響が多いのは、言葉が違うということだと思います。日本にいるのと同じような、意識ではお話ができません。私の使う言葉は、いわゆる片言で、小学生以下の構成だと思います。そんな粗末な言葉を使うためには、自意識を少し、というか、大分おとしてやらないと、使うことができない。また、使っているうちに、自分が、大人から、子供になり、幼児になるのだと思います。7歳の娘がよく、私に通訳しろといってきました。ほとんど全部通訳できます。とりあえず、7歳レベルなら話せるかな。でも、7歳の子供に大人が話し掛ける内容は、わからないことも多い。家にボスという犬がいました。大きな犬で、7歳の娘よりずっと重量感がある。お手をすると、こちらの手が下に沈み込みます。この犬にご主人が話し掛ける言葉はすべて、わかる。つまり、私が犬だとすれば、その程度のロシア語は完璧なわけです。
わたしの、言葉のレベルは、犬と人間の7歳の間ということになります。人間の知的レベルを言葉ではかるとすると、やはり、このレベルです。まわりが違う環境でも、びっくりするのに、自分の知的レベルが変わってしまう。ご主人、奥様も私より年齢はしたでしたが、パパチカ、ママチカととうちゃん、かあちゃんと呼ばせてもらってました。言語レベルに合わせていたのです。
こういう、違う環境の中、家庭という人間関係の濃い密度の中でずっとすごすのですから、受け取るものも、多いと思うのです。頭の働きも違っていたのでしょう。
ロシアはこういう国で、見たところ経済レベルはこうだった。とか、人々の暮らしは、思ったよりずっと豊かだ。とか、日露の友好はこうだ。とかの、一般的なことよりも、わたしの頭の中は、個別の具体的な実際におこったことでいっぱいになっています。その感動がのこっているのでしょう。みなさまも、いい年をしての、ホームステイいかがでしょうか。
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