子供、手をかける、手をかけない 990529

  昨日長女(小3)とピアノ教室に行っていた時のことです。まず長女がレッスンを終え、私の番になりました。長女は、先に家に帰ってテレビを見たいため、母親に電話をして迎えにきてもらう事になってました。

長女「電話をするから50円ちょうだい」

私「10円しかないから,10円で電話しなさい」(教室の電話はテレフォンカードが使えない)

長女は、わかったと言って、電話の方に行きましたが、すぐもどって来ました。

長女「とうちゃん!  10円では絶対電話かけられん。電話かけたら、お話をする前に10円ががちゃっと落ちてしまう」

私「いや、大丈夫だ。10円でできる。要件だけを言えばちゃんとできる」

けっこうふたりでごたごたやっていたのですが、長女が電話をしにいった後で、ピアノの先生が言いました。

「澤根家ではいったいどういう教育方針なんですか?」

「手をかけることです」

先生はちょっと怪訝な表情をしました。

「たとえば、ぼくが、電話すれば簡単です。すぐすみます。10円でじゅうぶんです。わけはありません。でも、自分でしないで、めんどうでも子供にさせる。これが手をかけるということです。」

もちろん、こんなに理路整然と、硬い言い方をしたわけではありませんが、おおむねこんなことを言いました。

思わず出てしまったことばですが、ちょっと前にも同じようなことがありました。

二女の保育園の親子遠足について行った時のことです。そこには子供向けのフィールドアスレチックがあり、食後子供たちはそこで遊んでいました。

こんな遊具をご存知でしょうか?

高さ3mばかりの柱が20mほどの間隔を置いて向かい合い、その柱の上を結んでロープが一本かけられています。そのロープから滑車を通して2mほどの長さのロープがぶら下がり、その一番下には50センチほどの直直径のボールがくっついている。それは、柱から柱まで移動できるようになっています。子供は片方の柱に作られた高さ50センチほどの台に乗り、そのボールのついたロープにぶら下がって、ターザンのようにもう一方の柱に向って滑っていくのです。

これが、けっこう子供には人気で、10人ばかりが並んで滑る順番をまっていました。私は、そばのベンチに座って見ていました。

台からロープにつかまって大声を上げてすべっていき、もう一方の柱につき、またもどってくるのですが、出発した台までは戻って来られません。ロープは2本の柱の真ん中が一番低く、当たり前ですが、真ん中を少し過ぎあたりで止まってしまうのです。そこからはロープの上り坂ですから、ボールを押して、台まで持って来なければなりません。これが、小さい子供にはなかなかの重労働のようで、一所懸命になんとか、台で待っている友達に渡しているのです。真ん中あたりでぶらんぶらんするボールにつかまったままでなかなか、台にボールを返さない子供もいました。そんな時は、台で待っている子供から「早くしろ!」と大声がとびます。

ボールをなんとか渡したあと、台に上るのもまた、小さい子供にとっては一仕事でした。台は一辺が2メートルもないと思うのですが、その上で何人も待っているのは、ぎゅうぎゅうづめのようでした。見ているのもあぶなっかしいようすでした。順番通りにしない子もいて、言い合いの声も聞こえて来ました。でも、なんとか、子供たちだけでうまくやっている。すばらしいことだと、思って見ていたのでした。

 

そこに、大人が二人来ました。ボールを重そうに押している子供からボールを受け取り、台まで持っていき、そこで待っている子供に渡します。なかなか、ロープを手放さず順番を代ろうとしない子供には注意します。台でふざけている子供たちにはふざけないよう注意し、台に上がろうとする小さい子供を手助けしてあげてます。

私は、自分の楽しみを奪われたような気持ちになりました。せっかく、子供たちの世界を見ていたのに、子供たちが自分達で遊んでいたのに放っておけばいいじゃないかという気持ちもありました。よけいなおせっかいだと思えたのです。でも、子供達の世話をしている人たちに私はどう見えたでしょうか。子供たちが悪戦苦闘し、危険と闘っているのを、黙って何もしないで見ていた、と思っていたとしも不思議はありません。私は見ていただけですし、彼はは身体を使っていたのですから。

この遠足のとき、二女にどんな弁当を食べたいか、どんなのを持って行きたいか聞きました。

二女はおねえちゃんの時のようなのがいいと言いました。おねえちゃんの時は、お花に切ったゆで卵、マッシュポテト、おにぎりなどですが、子供たちが作ったのです。それが楽しかったのでしょう。子供に、いろいろなことをさせるのは大変です。時間がかかる。おしえるのがむつかしい。忍耐がいる。親がしたほうが、簡単で安全ですぐすみ、時間もかかりません。でも、子供は自分達でしたい、した方が楽しい。ようです。

手をかけた子育てをしたい。かけるのは自分の手ではなく、子供の手。かけるのは、自分の時間、忍耐。

自分(親)がしたほうが早いのは当たり前ですが、自分(親)でするということは、子供がしないということです。しないことは上達しない。と思っています。

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