同情は人を癒す 990427

  次女が泣いています.手の指にとげがささってなかなか抜けない.母親がとげ抜きを使って抜こうとするのですが,うまくいかない。.それで,痛くて泣いています.さっきから,長女が次女のそばにいて,なにやかやと言っています.抜いておかないと手が腐るとか、もっと痛くなるぞとか,です.次女は,どんどん泣いています.痛いのはわかるがうるさい。そのうち,長女も泣き出してしまいました.ぼくは,長女が嘘泣きして次女をからかっているんだろうと思ったのです.あんまりやかましくて腹が立ったのでおころうとしました。それで,ふと振返って長女の顔を覗いてやると,本当に泣いているのです.びっくりしました.次女のそばにすわって,とげと戦っている次女を見ているうちにすっかり感情が同化してしまったのでしょう.同情なんだ.これが同情というものなのだと思いました.

  そうこうしているうちに,なんとかとげも抜けて,次女も泣きやみました.ぼくは、次女に言いました.「いっしょに泣いてくれるねえちゃんがいてよかったな」次女はうなずきました.

  同情とか,同情するとかいうことばは,なんかでれでれしてて,今まではあまり好きじゃなかったんですけど,子供たちを見て認識が変りました.同情,というのは,痛みをやわらげるものなのかもしれないと分かったのです.また,ほんとうに泣いてしまうまでの同情とうのも,実際にはじめて自分の目で見て感動しました.これだけの感情の同化,同情というものを自分はしたことがないと思うのです.だからこそ次女への「いっしょに泣いてくれるねえちゃんがいてよかったな」という話し掛けに繋がったのです

  真の同情が心地好いものだとしたら,同情する振りだけでも心地好いのではないかと思います.思いを進めて行けば,じゃあ,同情じゃなくて反発は,心地の悪いものだろうなあ,という,ごくあたりまえのことに思い至ります.反発はあるいは否定と置き換えてもいいのかもしれません.

  相手を心地よくさせるためには同情し,気分を悪くさせるためには否定する。同情が人を心地よくするものでで、否定は人の気分を害するものである。なんだ、当たり前のことじゃないか。でも、人の言うことをはいはいと聞いているだけでは、だめなことも多い。じゃあ、そういうときは、いきなり否定しちゃいけない。いきなり否定しては、反発を買い、こちらの言うことなど聞いてもらえない。とりあえず、その人の気持ちになって、いったん同情して、それから、自分の考えを、ゆっくりと述べればいいのだと思うのです。

  とは、いうものの、なかなか、むつかしい。つい、子供にはどなってしまうし、、ま、気が付いただけでも良いことにしましょう。

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