澤根哲郎税理士事務所のホームページに戻ります
著者 三好万季 P214 1143円+税
和歌山市で起こった毒入りカレー事件を題材にした本ですが、読みすすんでいてびっくりしました。なんとこの本、中学3年生が夏休みの宿題で書いたものだったのです。正確に言えば、その宿題を基にして、中学3年生が書きあげたものだったのです。
カレー事件を調べようとしたきっかけは、事件翌日の新聞記事です。カレーによる食中毒ということでした。しかし、著者は疑問に思うのです。はたして、カレーで食中毒が起こるのか、食中毒で、それも短時間で、手が痺れたり、不整脈が出るなどということがあるのだろうか?
カレーで食中毒、私は疑いもなく記事を受け入れていました。なんの、疑問も持たなかったように思います。
しかも、著者は疑問をそのままで終わらせないで、インターネット、専門書などで調べ、謎を解いていきます。現地にも取材に行きます。林原生物化学研究所の林原健社長に問い合わせの手紙も書きます。マスコミのいうことを鵜呑みにしないで自分で調べたのです。
えらい人がいて、その人の言うことを皆が「はいはい」と聞いていた。そんな情景はすでに昔のことになってしまったようです。昔、えらい人がえらかったのは、その人が、なんらかの理由で情報をたくさんもっていた。たくさん持っているように見えたから、というのが大きな理由のひとつだと思います。情報を集め蓄積し、整理するのに、多大な費用と時間がかかった。だから普通の人は、えらい人を通してしか情報にさわることができなかった。でも、今は、情報はどこにでもある。本はいろんな物がいっぱい出ている。本は幾分高くて、見つけるのが難しいかもしれないが、インターネットには、無数の情報が入っています。たとえば、カレー事件にしても、インターネットでBMLというホームページ(http://mach.bml.co.jp/diagnosis/)にアクセスして報道された症状を入力すると、砒素中毒の確率が高いという答が出てくるといいます。病気の相談ができるホームページもいっぱいあります。
えらい人というのは、やはりえらい人のままかもしれませんが、そのえらさは、確実に下がって来ているようです。たとえば、ある病院で手術する必要ありと言われた患者が、そこを逃げ出し、自分で医者を探す。診療を受けに行って、そこで用意しておいた質問を医師に投げかけ、その回答を自分で評価する。そうやって自分で手術の必要があるかどうか決め、執刀医も決める。(「やっと名医をつかまえた」脳外科手術までの77日 著者 下田治美 新潮社)
こんなことは、ちょっと前まで考えられなかったことです。
今や情報がたくさんあって誰にでも利用できるわけです。そうであれば、情報を使う人と使わない人とで差が出てくるはずです。もちろん、情報だけでは、役にたちません。それを現実の世界に結びつけてやらなければ役にたたない。砒素がからだの中に入ると死ぬ。という情報を持っていても、砒素を食べてしまっては、その情報は役に立ってないのです。
情報を現実に結び付ける、イメージを持つ、そのイメージの持ち方で、生活、仕事が変わってくると思います
東海村の臨界事故では日本のマスコミのヘリは現場のすぐ上空を飛んでいました。350メートル以内立ち入り禁止の中、高度350メートル以下で、中性子の中を飛んでいた。が、CNNの取材は遅かった。日本のマスコミは中性子に対するイメージを持っていなかったのではないか。CNNは中性子のイメージをしっかりもっていたから、危険を回避して報道が遅れたのではないか。(田口ランディ「原子力世代の危機管理」http://journal.jp.msn.com/worldreport.asp?id=991004randy&vf=1)
こうなってくると、命懸けです。
トップに戻る
最近やっと2000年問題が言及されることが多くなったような気がします。
コンピュータ関連のある会社から通知が来ました。「以前調査した時点で、2000年問題は完全にクリアしたと報告しましたが、実は、不具合が出る可能性があることがわかりました。その対処方法は...です」
という内容のものでした。2000年問題の最大の問題は、何が起こるかわからないことであると言います。原発の問題なども恐ろしいものです。オーストリアが、欧州連合(EU)加盟を目指すチェコなど近隣諸国に「原発稼働中にEU加盟はない」と言っているのも原発の危険性のゆえだと思うとさらにおそろしい。
私が密かにおそれるのは、年末に近づくにつれ、Y2Kの問題が重要視され、新聞雑誌テレビでどんどん取り上げられる。そうすると、とりあえず、買いだめしておこうという人が増えるのではないかということです。物が買いにくくなるかもしれない。物が無くなるかもしれない。会社用でも家庭用でも同じようなことになりはしないかとおそれています。そうなるともう早い者勝ちで...となると、今からでも、買っておいた方がよいのかもしれない。もちろん、用意の良い人は、そのあたりの対策はすっかり済まされています。
トップに戻る友人とお茶を飲む機会がありました。「兄は、都銀に勤めている。弟は準公務員だ。母が言っていたが、おまえだけわけのわからない仕事(コンピュータのソフト開発)をしている。いったいおまえはどうなるんだろうかと、ずっと心配していたが、今になってみれば、都銀がいちばんわけのわからないことになってしまった。まったく何があってもおかしくない世の中だ。母はそう言っていた。今はひとりひとりが、食える武器を持ってないといけない。」そう言ってました。
共同通信ニュース速報(9/21)で次の記事を見つけました。「関西生産性本部は21日、関西地区の企業などを対象にした雇用環境についての調査結果をまとめた。「専門知識のない中高年ホワイトカラーの雇用維持は困難になると思う人は89.3%に上った」
専門知識というのは、要するにその人の売り物、特長ということでしょう。「中高年ホワイトカラー」という言葉を「会社」に、「雇用」を「経営」に置き換えてみましょう。他人事だった問題が自分の問題になってしまいます。当事務所の特長はなんでしょうか。御社の特長はなんでしょうか。
トップに戻る
税務調査を歓迎する人はあまりいません。あまり気持ちのいいものではないからでしょう。なぜ、気持ちが良くないのか。ひとつには、疑われるというのが嫌なのでしょう。疑われて調べられる。こちらが話すことを信じてくれない。考えるだけでぞっとします。
調査官は、言うかもしれません。決して疑っているわけではない。一応チェックをしておくだけだ。それでも、やはり疑っているわけです。
疑われるとなぜ嫌なのでしょうか。
人間は長い間、知っている人の間だけで生活してきました。生まれたときから、死ぬときまで良く知っている村社会の中で生活してきたのです。今でも、基本的にはあまりかわらないと思います。
だから、疑われるというのも、知っている人が自分について疑いを持つということだったのです。日頃から、自分について良く知っている人から彼ならやりそうだと疑われる。それは、自分の全人格、全人間性について疑われる。自分の日常の行為、ことば、行いが疑いを呼んでいる、そういうことだったと思うのです。
そして、そういう習慣がついている。人が自分の何かについて疑うのは、日常の自分の言動から判断して、自分の人間性を疑っているのだ。だから、疑われるのはいやだし、悲しいし、腹が立つ。意識しないまでも、税務調査をされると、自分の人間性が疑われているようなそんな感じになると思うのです。
でも、調査官は、納税者の日常行動とはまったく関係なしに、すべて調査の対象となった納税者を疑ってかかっているわけです。納税者の人格とは、まったく関係無しにです。
だから、疑われても気にする必要はないのです。疑うのが調査官の任務だし、疑われるはこちらの人間性とは関係ないのですから。
でも、あまりにも腹が立つときもあるでしょうが、それはそれで仕方のないことです。腹が立つときは立ててください。税理士が立ち会うのはそんな時のためというのもあります。ご利用ください。