00/1/19

文学 6

高陽の一酒徒

私は墨滴会の国川喜祥先生が書かれた掛軸を持っており、春になると床の間に掛けて楽しんでいます。これは1987年に上海と大阪で行われた日中友好展に出された作品で、 長いお付き合いのせいで先生より頂戴したものです。詩は唐の高適(コウセキ)の五言絶句で、田家の春望」と題されています。

 出門何所見     門を出れば何の見る所ぞ

 春色満平蕪     春色平蕪に満つ

 可歎無知己     歎くべし知己無きを

 高陽一酒徒     高陽の一酒徒

やっと字は読めましたが、「高陽の一酒徒」の意味がわかりません。こうなると、詮索しつくすのが私の悪癖です。唐詩や中国史を調べ廻って、遂に次のことを突き止めました。

姓は[麗卩](レキ)名は食其(イキ)という男が高陽に住み、能力はあるのに誰からも認められなくて毎日飲んだくれていました。その頃項羽と天下を争っていた劉邦が町にやって来たので、面会を求めて自分を売り込みました。このとき「お前は何者だ」と訊ねられて「高陽の一酒徒(高陽の一人の飲んだくれ)」と答えます。いろいろのやり取りの後、「面白い奴だ」ということで参謀の一人に加えて貰いました。そして作戦はうまいし弁舌も爽やかで、斉王を説得して降伏させるという大功を挙げました。その後も数々の功績を挙げて劉邦の信任を得ましたが、残念なことには、敵城に単身で乗り込んで降伏を勧めているときに手違いで殺されましたので、劉邦が天下を取って漢の高祖となるのを見ることはできませんでした。

この調べで、漸く詩の意味がわかりました。これは高適が都を追われて田舎で不遇をかこっている時に、自分をレキイキにたとえて作った詩であったのです。

(意味)門を出ても田舎のこととて何の見る所も無い。ただ春の光が平らな荒地に満ち満ちているだけである。嘆かわしいことには、自分を理解して呉れる人がいない。高陽のレキイキが、劉邦に会う前に毎日飲んだくれていたときと同様に飲むしかないーーー

 

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