会長スローガン
「直向きに 真っ直ぐ! We Serve」



2009年〜2010年度
会長 大谷  治

 私、今では笑えますが、人生はわかりません。実は昨年のお正月は、結核病棟に隔離されていました。その前の年の年末12月中旬、奥さんと一緒にPET健診を受けに岡山の人間ドックに入り、健康診断を受けたのであります。
 所見の先生から「ご主人様はちょっと」と呼ばれ肺に悪性の腫瘍の疑いがあり、原発性の小細胞癌の可能性大との事を告げられました。ネットで検索すれば余命半年とでていました。当時56歳でした。その後咳が出るので抗生物質を気休めに頂きました。がん細胞採取のため死ぬ ほどつらい気管支鏡検査が行われ、再度CTを受けてみると、癌の陰が半分消えていました。「この形の陰は癌ではなく結核の疑い大です」岡山の健康作り財団付属病院結核病棟に急遽隔離され細胞DNA検査を受けました。世の中はクリスマスでした。検査結果 は正月休暇をはさみ、結局越年隔離、当然外出禁止。年越しそばを一人ですする事になりました。検査結果 は軽い肺炎でした。程なく無罪放免職場復帰となりました。
 入院当時、岡山の健康作り財団付属病院結核病棟の隣りに、知的障害者の学校である、県立岡山西養護学校がありました。そのグランドが落葉したポプラの枝越しに、4階の病室からよく見えていました。毎朝登校してきた子供達は元気にグランドを走っていました。その中で太目の小学校高学年生の男の子A君が気になっていました。特に元気がよく俗に言うガキ大将です。毎日決まって、A君は奇声を上げながら、ブランコが空中に一周廻るくらいまで恐ろしく漕ぐ。何回も何回も。私の目もブランコのようにA君を追いかけていました。A君にはずいぶん勇気づけられました。
 ある日、朝になっても子供達は登校してきません。学校は、冬休みになっていました。A君が物凄く漕ぐブランコの音も聞こえず、空虚な時間が校庭を埋め尽くし、なんとも寂しい日々を過ごさなければなりませんでした。
 「こんな体でも何かA君達の役にたてれば良いのに」と思う入院生活でした。
 今、その気持ちは新開のネオンの光に霞みつつありますが、この星には、何時のどんな時代でも、助けを必要としている人々が生きている。と思うのであります。ブランコを元気よく漕ぐだけで、人の助けになることもあります。
 今年度はよろしくお願い致します。
 WE SERVE 直向にまっすぐ。

 

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