高退教会報バックナンバー
151 201710(抄)
 


          目  次

――みんなで21世紀の未来をひらく――教育のつどいIn岡山       
教育フォーラム7 現地青年企画 朗読劇「その時10歳のわたしは」を振り返って 
                              ――――――――――――――岡山支部 居郷毅
第5分科会 理科教育 本物に接する体験を子どもたちに!右翼の妨害行動を許すな! 
                                      ―――――――――岡山支部 小川澄雄
第16分科会「思春期・青年期の進路と教育」 退職後もがんばる姿に感銘 ――――岡山支部 美甘晃
第17分科会 ジェンダー平等と教育 久しぶりに学習意欲が沸いてきた   ――――岡山支部 和田知恵子
第18分科会「子どもの人権と学校・地域・家庭」 岡山開催を改めて実感した――――岡山支部 岸本幹雄
第23分科会 文化活動・図書館 「遊びは子どもの主食です」に共感      ―――岡山支部 山本和弘
特設分科会「特別の教科道徳」を考える 重い気分の一方で、勇気づけられた一日  
                                               ――――備西支部 清水親義
「よく続く旅のはなし」              ――――――――――――――備南支部 武田昭一(埼玉在住)
無謀な世界一人旅(第1回)           ――――――――――――――備南支部 正保宏文
休憩室 ジャガイモ栽培法                ―――――――――――備西支部 清水親義
2017.3.11に少し考えたこと。(第2回)     ―――――――――――――岡山支部 佐藤静雄

-みんなで21世紀の未来をひらく-

教育のつどい(教研全国集会)

成功のため、高退教も奮

「憲法と子どもの権利条約がいきて輝く教育と社会を確立しよう」をテーマに、全国の教職員、保護者、研究者、市民らが岡山に集まり、8月18()から3日間の日程で「みんなで21世紀の未来をひらく教育のつどい-教育研究全国集会2017」が開かれました。

岡山高退教も、現地実行委員会の一員として、「つどい」成功のために奮闘しました。

初日は岡山シンフォニーホールで開会の全体集会と7つのフォーラム。23日目は30の分科会に分かれて、一人ひとりの子ども達が生き生きと成長できる教育めざして語り合いました。

毎回のことながら、集会を妨害しようと、右翼団体の騒がしい威嚇街頭宣伝が繰り返され、これへの取り締まりを名目に、警察による物々しい警戒体制が敷かれる中での「つどい」でした。

酷暑の中、全国の仲間を迎えてひらかれた「教育のつどい」。警備、会場係などの要員や分科会参加者として、それぞれの事情や条件に合わせて、つどいの成功に貢献された会員の皆さん。たいへんお疲れ様でした。                         

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教育フォーラム7 現地青年企画

朗読劇「その時10歳のわたしは」を振り返って        岡山支部 居郷 毅

教育フォーラム7「世代を超えて語り継ぐ人権・平和~戦後70年の岡山~」の第2部で上演した朗読劇『その時10歳のわたしは』は、終戦時に10歳だった方々の手記を舞台化したもの。

昨年6月市民文化ホールで初演した舞台をもう一度、ダイジェスト版でもいいから「全国教育のつどい」で上演できないか。高教組の有馬副委員長からの打診を受け、手記の編集者であり昨年の舞台の総監督でもあった高垣章二さんに相談してから5ヶ月余り。当日の上演にこぎ着けるまでには、さまざまな障害を乗り越えなければならなかった。

当初は、高教組青年部が前面に出て、われわれは裏で支えるという形を構想していたが、上演台本の作・構成・演出をお願いした森脇、家野の両氏をはじめ、結果的には高退教を含む中・高年層のメンバーが主導することになった。

人集めは困難を極めた。担当の松本書記長の気苦労はいかばかりだったか。打ち合わせ、練習時間の確保もままならず、全員揃ってのリハーサルはついにできずじまい、ぶっつけ本番だった。

それでも、舞台を観てくださった方からは次のようなうれしい感想をいただいた。                              

「時代背景を盛り込みながら、手記をもとにした体験の重さを伝える工夫に満ちた演出でした。あの時代を生きた人々の情感がピシッと結晶化され、今の私たちをとりまく世界の動きについて考えざるを得ませんでした。」 

脚本・構成、演出、音響・映像の各スタッフは60代~40代。キャストは60代から10代の高校生、小2女児まで。「その時10歳」だった方々の戦争の記録と記憶を、文字どおり4世代にわたって受け継いでゆく取り組みだった。今振り返って改めて、そこに参加できたことを感謝するとともに、第2世代としての責任を痛感している。 

 

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第5分科会 理科教育

本物に接する体験を子どもたちに!

右翼の妨害行動を許すな!

        岡山支部 小川 澄雄

 818日(金)~20日(日)の三日間岡山市で開催された教育のつどい(全国教研)に要員として参加した。初日の全体集会では丸善からシンフォニーホールに抜けるエスカレーター横の警備係りとして、また、二日目・三日目は私自身は社会科教員でありながら、理科教育分科会の分科会責任者をまかされた。

 理科教育では、なんとなく生物や物理・化学の分野が中心なのだろうと思っていたが、今回の「教育のつどい」では、地学・天文の分野がレポートの数でも分科会運営の時間配分としても大きな位置を占めていた。これは、大雨による広島市のがけ崩れをとりあげたレポートに象徴されるように、気候変動がもたらす災害の多発が影響しているのかもしれない。「磁石 小学校3年の実践から」「川と地形(小5プランと実践)」「雲と天気の変化(5年)」「高校地学基礎 地震と火山をどう教えたか」「地学基礎における授業実践 科学の視点で自然をみる目を身につけよう」「8.20広島豪雨災害に学ぶ―高校2年地学基礎での防災教育」などなど・・・

また、太陽の大きさ・地球と月の距離を実感させるために、距離を測りつつ校庭・道路に生徒を並ばせていったというレポート「太陽と地球・月の大きさと距離を感動的に理解する」もあった。この分科会では、教室での教科書解説的な授業より、子どもたちに本物を体験させる(教室の外に出る)ことを大切にしていたことも特徴の一つだったように思う。レポート報告の一つひとつから真剣に学ぼうとする参加者の姿勢が感じられ、素敵な分科会だったと思う。ただ、要員はいたものの、岡山からのこの分科会参加者がいなかったのが残念だった。

教育にたずさわる教師たちが、教育に関心を持つ父母・市民団体の人たち・国民とともに、より良い教育を探っていこうとしている姿に接することができ、幸せな時間を共有できてありがたかった。「教育のつどい」で刺激を受け、本屋で見つけた『地学のツボ―地球と宇宙の不思議をさぐる』(鎌田浩毅著、ちくまプリマ―新書)を面白く読んだことも、要員参加の副産物となった。

今回感じたことをもう一点指摘したい。

 いつの間にか「全国教研に右翼の妨害はつきもの」という感覚を持たされていて、街宣車が大音量でがなり立てても、正直な所その時は「いつものこと」と私自身が受け止めていた。後で冷静に考えると、妨害活動を当然とする感覚は明らかにおかしい。許してはならない行為だ。右翼の行動を当たり前のことと受け止めている自分自身の存在に、ある意味ショックを受けている。正当な集会を妨害する右翼の行動については、民主主義への敵対行為として厳しく糾弾する姿勢をどんな時も忘れてはならないと思う。

 


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16分科会「思春期・青年期の進路と教育」 

退職後もがんばる姿に感

岡山支部 美甘 晃

16分科会「思春期・青年期の進路と教育」の分科会責任者として、今回の教育のつどいに参加した。

事前のさまざまな準備と打ち合わせののち本番となったのだが、会場が実行委員会事務局のある西河原プラザ別館であったこともあり、全教本部の書記さんが多くの業務を手際よく主導してくださって、スイスイと事がすすんでしまった。

お陰で分科会論議をじっくり聞くことができたが、部分参加のみで岡山の通し参加者がいなかったこともあり、最後の最後に県内の定時制統廃合の現状の説明を求められて、しどろもどろで答えるという羽目にも陥ったが…。

 分科会参加者の多くは、ベテラン・各都道府県の論客といったところで、熱い議論が続いた。他の分科会もそうだと聞いたが、定年後再任用の参加者も多く、日ごろの活躍ぶりを明るく報告いただいた。まだまだ引退は許されないと伝えられた感が大きい。

 若い人では、東京の中学新採用2年目の女性のクラスでの奮闘ぶりや、大阪のひきこもり・若者支援にとりくんでいる一般男性2名(自らもひきこもりを克服)の報告が印象的であった。
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第17分科会 ジェンダー平等と教育 

久しぶりに学習意欲が沸いてきた

岡山支部 和田 知恵子


私にとっての組合活動とは教研だった。ずいぶん組合には勉強させてもらった。少しはお返しを、と思い要員として参加した。受付と分科会現地責任者という役割だったが、またしても学ぶことの方が多かった。
分科会は「ジェンダー問題を考える」に参加した。この分科会は私にとって初参加の分科会だが、「こどもの権利条約」NGOレポーとして国連に提出する「性的マイノリティの子どもたち」の報告があるので、その応援にという気持ちが強かった。
この報告は岡山市の子どもへのアンケートをもとに、性の違和感に悩んでいる子どもが少なからずいるということ、そしてこんな悩みを持っているということを知ってほしい、というものだ。また、どの子がどうか、とか、好奇心を持って探るなどしないで、不用意な言葉は発しない教師であってほしい、という願いが報告された。
授業としては、国語、社会、家庭、性教育などで取り組まれていた。家庭科の男女共修が男女差別解消に影響を与えているように、ジェンダー問題も体系的に取り組めたらもっと住みやすい社会になるのにと考えさせられた。ジェンダーの問題は社会変革につながる問題だ、という認識は持てた。男女別名簿、夫婦別姓、育児休暇取得、などなどのジェンダー問題は、民主的人格の形成と大きく関連していると思えた。
久しぶりに学習意欲が沸いてきた。
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18分科会「子どもの人権と学校・地域・家庭」 

岡山開催を改めて実感し

     岡山支部 岸本 幹雄

 初日の818()は要員をしなくてもよかったので、朝早めに岡山に出て、岡山駅からシンフォニーまでを歩いていく。警察官が随所に立っていて、右翼の街宣車は市街地には入って来なかったし、がなり立てるような場面はなかった。シンフォニービルの前でソフトな口調で、「教員が政治活動ばかりしているので、不登校やいじめが増加している」とマイクで話しているくらいだった。会場までは南口から入場したが、知り合いの先生があちこちに要員として立っていて、岡山開催を改めて実感した。

 19()20()は第18分科会「子どもの人権と学校・地域・家庭」の要員として参加。役割は分科会責任者だったが、初日のレポートなどの荷物の運び出し・会場設営に少し時間がかかったくらいで、あとは一人の参加者として、分科会に参加して何回か発言もできた。

2日とも参加者は25人くらいであった。レポートは「中学生・いじめ自殺事件」「DVにさらされた子どもにかかわって」「生徒指導規程の破綻と新しい学校づくり」「働くルールの学習2016バージョン」「帰国・外国人の児童生徒とかかわって」「地域教育懇談会と子どもが主役の取り組み」の6本と、かなり多岐にわたっていたが、「人権」というキーワードでそれぞれがつながっていると思った。また、現在の日本で様々な問題が新たに起こっていることを知ることができた。その中で「生徒指導規程の破綻と新しい学校づくり」は福山からの報告で以前からいくらか耳に入っていた「ゼロトレランス」とか生徒指導のマニュアル化が広がっている様子が報告されたが、こんな学校があるのかとビックリした。岡山開催ということで、岡山にいながら、全国の様々なことが聞けたことが今回の収穫であった。また、退職後も地域とのかかわりを持ちながら一市民として活動を続けている方がいることもわかり今後の参考になった。
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第23分科会 文化活動・図書館

「遊びは子どもの主食です」に共感            岡山支部 山本 和弘

運営の必要に応じて、たまたま「割り当て」られたのは、「文化活動・図書館」という分科会でした。でも、その内容は、期せずして長年の問題意識と響き合うものでした。

あくまでも、会場係として、縁の下で支える裏方に徹するつもりでいましたが、レポート発表や議論が興味深く、ついつい聴き入ってしまいました。

この分科会の共同研究者のお一人、増山均先生が、「遊びは子どもの主食です」という印象的なフレーズを、キーワードとして紹介してくださいました。昔から「よく学び、よく学べ」と言われるように、「遊び」は「学び」の添え物ではなく、子ども人間として育つための、なくてはならない主食なのでした。

この分科会で重視された「子どもの権利条約31条」。これまで意識してきませんでしたが、その重要性を改めて痛感させられました。「休み、遊ぶ権利」は、確かに子どもの根源的権利!と思い至った次第です。

 

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特設分科会「特別の教科 道徳」を考える

重い気分の一方で、勇気づけられた一日

 備西支部 清水 親義

岡山高教組の応援として、8月19日に「教育のつどい 2017 in 岡山」に参加してきました。かつては日教組との共催で全国教研として開かれていたものです。もちろん参加とはいっても、討論などへの参加ではなく、会場スタッフとしての参加です。

実際の仕事としてはマイク係で、発言者の前までマイクを運ぶ仕事です。私より若い先生の挙手を受けて、おそらく会場で最高齢の私が、マイクを持って走る姿は少々 滑稽であったかもしれませんが、結構充実感の感じられる数時間でした。

いよいよ「教科としての道徳」が始まるという事で会場はちょっとした緊張感に包まれていました。世間一般の理解としては道徳は必要なもの、反対する必要のないもの、と受け取られるものですから、これが「教科」として扱われることの危険性を父母に理解してもらうことの困難さは、想像に難くないところです。

当面は真の狙いは覆い隠されるでしょうが、やがては戦前の「修身」を目指すであろう兆候が既にあちこちで見られるという発言が目立ちました。

こんな笑えない話の紹介もありました。 現在行われている道徳教育の正体が垣間見える話です。

ある県の道徳教育の指導的立場にあった管理職が、いわゆる発達障害を抱えた生徒がいるクラスで特別に道徳の授業を行い、その授業の中で、黙ることができない 生徒の状態に腹を立てて、その授業のねらいから考えても、言ってはならないような内容の罵声を浴びせたというのです。人権を尊重できないような教師が、その県では 指導的な立場にあったというわけです。

この分科会で問われていたことは、「あるべき道徳は、国家主義の道徳なのか、国民主権の道徳なのか、そもそも教科として『道徳』が存在していいのか?」ということだった ように思います。

いろいろな報告を聞くうち、重い気分になる一方で、国家主義の道徳と正面から戦おうと実践を続けている全国各地の教師の姿を見て、勇気づけられた一日でもありました。
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「よく続く旅のはなし

備南支部 武田 昭一(埼玉在住)

珍しい事ですね」、とみんな驚いたようにいいます。確かに珍しいことですね。毎年8月1日から3日間、30年以上前の、児島高校のある時期の、国語科のメンバー(当時、50代のベテランから新採の若者まで)がほとんどそのままの顔ぶれで旅行を続けてきたのです。毎年のカレンダーに真っ先に書き込んでもいい不動の日程で、ことしも紀伊半島半周の旅(十津川温泉、白浜温泉)を楽しんできました。

旅行の淵源を尋ねれば、1980年代初頭の、当時の国語科の親睦旅行に到りますが、これは当時でも他教科から「よく行くなあ、仲がいいんだなあ」羨ましがられるようなあんばいで、旅行が続いていました。時移り、世は変わり、あの頃のメンバーは、人事異動により、また年の上のものから順次退職し、すっかり別れ別れなりましたが、やはり何かの吸引力が残っていて、21世紀に至り、旅行は勃然として復活して今にいたっています。

常連メンバー6~7人、毎日学校で顔をあわせていた1970年代後半から80年代前半にかけて、どんな日々だったか、脈絡があいまいになってしまいましたが、いろいろ思い出します。「民主教育」をめぐって激しい動きがありました。高生研が活発で、集団作り、学級作りなどの議論や実践があり、教育を語る会が地域で持たれたりもしていました。主任手当反対闘争などもこのころだったでしょうか?「職場の民主化」で校長につめ寄った時期。「実力行使」の時代は過ぎていましたが、総じて議論の盛んな時代でした。旅のメンバーはその中で、温度差はともかく、それぞれのスタンスで支えあっていて、何よりも真摯な高教組の組合員でした。キャラクターとしての相性というのも大きいでしょうが、それらが混ざり合った結果として、まさになん十年にわたって「珍しいこと」が続いてきたのだ、という気がしています。幸い有能な(かつ永久の)幹事長F氏(いつのまにか高退教事務局長になっている)がいて、また、懐が深い太陽のような長老F氏がいて、我らが旅は終わりを知らない、と強気で言いたいけれど、「お互い体大事にしような」と言いあって年ごとに来年を期しているような昨今となりました。しかし、とにかく楽しい。

思えばいろいろなところへ行きました。岡山から2泊で車で行くのが基本のパターンなので、超遠距離は行けませんが、その範囲で行かないところは先ずなくなりました。でも、2度目もまた楽しい。ハプニングは一回ごとに違うし、名所旧跡掘り出せばいくらでもある。昔見たものでも思い出のエピソ-ドが加われば新鮮だ。なんと言ってもいい宿と料理と酒が待っていればすべてOKなわけですが。

話題は山ほどあるけれど、旧職業がら教育の話が多くなるのは成り行きで、結論から言えば「昔はよかった」だけれど、今と何処が違うかの分析にはいると、やはりプロらしくなってきて、現代を切りまくる。高教組運動を含めて「あの頃」をいまごろ「総括」することになりますが、年をとってきて、みんな頭が良くなってきたようです。これはほんとですね。年をとるのも悪くない、といわれるのはウソではありません。

昔教えた生徒たちの話、教材になった古典・現代の文学の話、地元児島の情報、病気と薬の話(これは避けて通れない)、退職後始めた農業のワザをめぐる話題、ネット情報との付き合い方、特攻隊に行きそびれた長老F氏の戦争体験などなど――。話は脈絡なくどんどん流れていくのですが、絶えず笑いが起こるのは、みんなが「お笑いタレント」に「一時的」になっているんでしょう。面白いことは、素早く言わないと、どんどん行ってしまいます。かくいう私は埼玉県の方ほうに来てしまって、参加にかなりのハンデがあるので(でも、旅行参加は皆勤賞です)、あるとき、岡山までの道のりを節約して、現地参加しました。そうしたらこうなりました。私が取って置きの面白い話を持ち出したら、「その話はさっき済んだよな」。別の話を出したら「それももう済んだよな」――という具合になって、何かおいしい部分を大きく取り逃がしたような感じだったので、それ以後、必ず出発点から一緒に行くようにしました。

 

なにはともあれ、不滅の人間関係、よく続いています。来年は旅行発足当時、新採用だった最後の現役メンバーが定年です。これで全員定年後。記念じゃないけど次回は久しぶりに新幹線を使って長躯長崎を企画(と幹事長のF氏は言っている)。楽しみです。

参考までに、21世紀に入ってからの旅を一覧すると次のようです。


2002年 長野県岩崎ちひろ美術館・妻龍・馬龍など  

2005年 島根県三瓶・石見銀山・松江

2006年 愛媛県内子町・大洲・天狗高原・土佐和紙会館など

2007年 能登半島一周

2008年 大分県国東半島・大宰府など

2009年 佐賀県唐津・吉野ヶ里遺跡など

2010年 滋賀県彦根城・京都丹後半島など 

2011年 三重県伊勢・熊野三山

2012年 島根県隠岐の島  

2013年 高知県足摺岬・愛媛県宇和島・別子銅山跡など

2014年 三重県斎宮歴史博物館・伊賀上野・奈良県吉野・室生寺など

2015年 島根県しまね海洋館アクアス・石見銀山跡・奥出雲『砂の器』の舞台など

2016年 山口県萩・金子みすず記念館など 

2017年 奈良県十津川村・和歌山県白浜温泉と南方熊楠記念館など
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