高退教会報バックナンバー
146 20168(抄)


 目次

今問われているもの・・・「正義」観  「教え子を戦場に送るな」は悪?          
                    岡山高退教会長  萱 栄次
「一本の鉛筆」から始まった  7月3日(日)、第37回定期総会開く     
                                        居郷毅
午後の学習と交流 いま、教育現場は??  18歳選挙権と教職員評価制度  
                                        山本和弘
注目を浴びた絣織物ー糸繰りから織り、仕立てまで
                     第18回作品展をふりかえる 小川澄雄
第18回作品展出品一覧
教育の機会均等の保障を今こそ                  正保 宏文

「とりくみをすすめながら新しいスローガンを」―全退教第26回総会に参加して―
                                      小川 澄雄
平素の行いは「極めて良好」?
高退教自然歴史探訪 鳥取県智頭町への旅          清水親義


今問われているもの・・・「正義」観
「教え子を戦場に送るな」は悪?

岡山高退教会長  萱 栄次
先日、遅ればせながら、現在に至るまで気がつかなかったことを発見しました。それは、最近起こった事件からです。
福祉施設での元従業員の犯した空前の殺人事件です。その犯行の理由が今までの常識では、およそ考えもつかないものでした。「その人や家族のため、さらには社会や国のため・・」と行為の正当性を主張したのです。マスコミは「歪んだ正義」観と大きくとりあげました。
「歪んだ正義」。なぜか私には、この言葉が強く心に残り、結果として、新しいものの見方を教わることとなりました。これまで別々にしか見えなかったものの同一性が見えてきたのです。
 秘密保護法。「戦争法」原発再稼働、テロ問題など、それぞれの問題を、今までは、平和で安心して暮らせる私たちの生活を破壊するものとしての共通性でとらえ、とりくみをすすめてきました。
ところが、それらはそれぞれの問題(共通性)ではなく、「歪んだ正義」として同一のものではないかと気がついたのです。どの問題も推進者は「人々のため、社会のため、国のため」と主張しているのです。
教育に関しては、こんな事態も発生しています。自民党のホームページで、「教え子を戦場に送るな」は偏向教育として、そんな教師を、生徒や保護者から報告させることを求めていることが明らかになりました。このようなホームページの作成者こそ、まさに「歪んだ正義」観の所有者ではないでしょうか。
 一日も早く、真の正義観で統治される社会の実現をめざして、高退教も頑張っていきたいと思っています。


「一本の鉛筆」から始まった
7月3日(日)、第37回定期総会開く

 第37回定期総会は、岡山生涯学習センター(ミーティングルーム)で7月3日(日)開催。梅雨のさなかにもかかわらず晴天と真夏日が続き、当日は、今年最初の猛暑日でした。
 オープニングは、恒例の濱越唯利さんのアコーディオン伴奏による歌声。今年の一曲は「一本の鉛筆」。手作りの楽譜には手製の資料も添えられていました。「一本の鉛筆があれば/戦争はいやだと私は書く」という歌詞を持つこの曲は、1974年第1回広島平和音楽祭で美空ひばりのために書き下ろされたもの。生涯歌った曲の中からひばり自身が選んだ好きな歌10曲の中の一つに「一本の鉛筆」を挙げたというエピソードなどが紹介されました。
議長には、岡田憲朗(旭東)井上俊清(岡山、備北支部山本浩さんの代行)の両氏が選出され、萱高退教会長挨拶、三上高教組委員長の来賓挨拶につづき、総会の議事は始まりました。
 18才選挙権の実施、参院選投票日目前という情勢を踏まえて、活動計画の中には、「安倍自公政権の暴走を止め、安全保障関連法制(戦争法案)の廃止と立憲主義の回復、個人の尊厳を目指す政治勢力の結集をすすめる運動にとりくみます。」の一項が新たに加えられました。
 また、会員の高齢化が進む中、より身近な細やかな要望に即した「陽だまり」になる高退教をめざし、親睦と交流活動の充実をはかること。近年360人前後で推移している会員数(総会時点359人、新入会10名)を400人に増やすことを目標に「会員増やし」の取り組みを強めながら、高退教の組織と運動の新しい発展を目指すことを再確認しました。
 各分野で活躍されている参加者からの発言も相次ぎました。「教育文化センター」の活動と今後の課題について、事務局長の岩佐仁志さんから、「子育て教育相談ネットワーク」「AALA」などの活動に関わる正保宏文さんは、生活苦にあえぐ高校生が少なくない実態と岡山高教組修学援助会の取り組みの必要性に言及。武田芳紀さんからは「自然歴史探訪」の備西地区の取り組みが報告され、「作品展」も含めて現職(高教組)にも参加を呼びかけてはという提案もありました。また、高垣章二さんから「記憶遺産」とりわけ戦争の記憶を次世代に継承していく取り組みとして、会報の原稿を依頼してはどうかという貴重なご意見もいただきました。 
   最後に、新年度役員は全員留任(旭東支部の1名は未定のまま)を承認して、総会の議事は終了しました。
   
午後の学習と交流
いま、教育現場は??
  18歳選挙権と教職員評価制度
午後は、村田秀石氏(倉敷工業高校教諭)を講師に迎え、「18歳選挙権と教職員評価制度の現状と課題」について学習と交流を深めました。
 総会で決定された2016年度活動計画に「多忙化と健康不安、教員評価・賃金リンク、子どもの発達と教育をめぐる諸課題の深刻化、などのもとで、悩み、困憊して、心身の不調に苦しんだり早期退職を余儀なくされる現職も少なくない状況を打開する上で、退職者の経験に基づく知恵や力を、つながりや条件を生かして発揮していくとりくみもますます重要です。」とあります。これを踏まえ、現在の学校現場と現役教職員の生の姿を、まず知ることが必要との問題意識から設定されたテーマでした。期待通り、私たち退職教職員が思いも及ばない、いまの現場の実態を生々しく知ることができました。
 講演の第1の柱は、「18歳選挙権」。
 村田氏は、総務省・文部科学省発行の「私たちが拓く日本の未来 有権者として求められる力を身に付けるために」と題されたパンフレットや、文部科学省の「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」(昨年10月29日)といという通知文書、また教科書出版社が発行している学習教材(「Work Sheet 18歳選挙権に向けて」 清水書院)などを題材に、ご自身の実践例や悩みも交えて、現場でどのような有権者教育が求められているか、その課題や問題点とともに、新たな可能性について提示されました。
文部科学省は、1970年代以来頑なに禁止し続けてきた高校生の校外での政治活動を、このたび、18才選挙権導入に伴って認めました。その一方で、今年1月の教育現場向けの「Q&A」で事前届け出制も容認しています。事前届け出義務づけに固執する愛媛県などの突出した動きも報道されていますが、岡山県教委は「学校の判断にゆだねる、ただし届け出制にする場合は県教委と相談する」という態度だそうです。
 権力や行政による不当な干渉や統制をはねのけながら、子どもたちとともに生き生きと政治が語れる真の有権者教育=主権者教育の発展に向けて、現職の皆さんの奮闘を応援したいものです。
    講演の第2の柱は、「教職員評価制度」。
 高教組や父母・県民の憂慮・反対の声を押し切って、「教職員の育成・評価システム」が導入され、評価に基づく「賃金リンク」も現実に適用され始めています。村田氏は、県教委による「実施要項」を示しながら制度の概要をわかりやすく説明してくださいました。
 また、ご自身の「自己目標シート」や、校長による「勤務評価シート」の現物コピーも紹介しながら、生々しい現場の様子を語られました。
総会に出席されていた皆さんにとっては、「さぞや現場は窮屈な事態がすすんでいるのだろう」と、うすうす想像しておられた以上の、別次元、別世界のような現場状況で、改めて大きな衝撃を覚えられた方も、少なくはなかったようです。かくいう私自身も、例外ではありませんでした。
 質疑・討論では、「主幹教諭・指導教諭」などという新たな職が置かれているそうだが、具体的には? 」とか、「もし私がタイムスリップして今の学校につとめるようになったとしたら、とても続くまい。今の若者は、どうやって耐えながら状況に対応しているのか?」等の率直な疑問への応答があり、職場のなまなましい状況がいっそう明らかにされました。

 県は、あくまでも「教職員の育成」をめざすシステムだと称しており、毎年続けて特定の人物に高い査定(また低い査定)が固定することは、「育成」の趣旨に反すると認めている旨、村田氏は指摘されました。これも突破口の一つとしながら、教職員間の分断や、職場の協力体制の破壊、上意下達の管理体制の強化、等など、賃金リンクの害悪を除去する具体的なとりくみを応援したいと思います。
 それだけに、子ども・生徒の健やかな成長・発達をめざすという目標を明確にしながら、職場の同僚性をより大切にし、お互いの教育力量を育てあって、日常の教育活動の質を高めていくこと、その基礎となる職場の仲間づくりをますます重視してとりくむことなどが、今こそ重要と感じました。
 競争と統制の強化がすすむなかで、ともすればバラバラに分断・孤立させられている現職教職員の皆さんが、もっと元気と安心感をもって目の前の教育課題に立ち向かえるように、一市民として、教職経験者として、できる限りの支援・協力を寄せていきたいものです。また、そのあり方を探っていくことが求められているのでは、と考えさせられました。

注目を浴びた絣織物ー糸繰りから織り、仕立てまで
第18回作品展をふりかえる

6月29日(水)~7月3日(日)、例年と同様岡山県生涯学習センターを会場に岡山高退教の第18回作品展を開催しました。6月28日(火)が作品搬入でしたが、当日会場に宅配便で作品(申込用紙同封)が届いたり、作品展のことをすっかり忘れて友人からの連絡を受けて作品を届ける会員がいたりで、いかにも「高退教らしい」搬入となりました。
「高齢のため新しく作品が作れなくなった」と出品を断念する会員もあり、出品者の人数はやや減少しましたが、会場一杯に展示された作品は力作ぞろいで、充実した作品展となりました。
今回の作品展で見学者の注目を浴びたのは、糸繰りからはじめ、織、仕立てまでを完成させた大人用、子供用の絣着物の作品群でした。女性たちの「スゴイ」「スゴーイ」の声が印象的でした。また、「会員・支部の活動紹介コーナー」を設置したことも注目を集めていました。
今回、作品展の案内はがきを用意し出品者に配布しました。「はがきをもらって見に来たよ」という人も何人かあり、はがきの効果を一定感じましたが、鑑賞者の爆発的増加にはつながりませんでした。鑑賞者を増やすいっそうの工夫が求められます。
なお、出品作品の一覧は次ページのとおりです。

  
教育の機会均等の保障を今こそ             正保 宏文
 高教組が教育署名に取り組みだして28年目になるが、私自身ずっとこの運動にかかわってきた。運の悪いことに、授業料の無償化が実現した年に、四男が大学へ入学したために、その恩恵を私自身が受けることはなかった。教育費の父母負担の軽減をというのは、経済格差が広がる中で大変切実となっている。ところが、民主党政権から安倍政権に代わると910万円で線引きが行われた。その結果、生徒は家庭の所得証明等の書類を学校へ提出しなければならなくなった。市役所へ行って書類をもらうためには、親は仕事を休む必要がある。会社によっては、1か月休まなければ、皆勤賞がもらえるところがある。そんなことから、面倒な手続きをして授業料の無償化を選ぶよりも皆勤賞を選ぶ親がいるのも事実である。煩雑な手続きをすることができず、授業料を払っているのである。
 私は、高教組が中心となって立ち上げた高教組修学援助会にもかかわってきた。修学援助会ができて、⒏年目を迎えている。これまでに3万円を支給した生徒は、110数名に上る。昨年の選考会では、家が全焼した生徒が申請していた。その書類を見たときに、「この生徒には支給してやらなければ」と内心思ったのだが、もっと悲惨な生活を余儀なくされている生徒がたくさんおり、結果的には、全焼の生徒の家には何らかの火災保険が入るのではないかということで、支給しないことになった。家族全体の収入が、100万円にも満たない家庭がいくつもあったのである。それに加えて、家族に病人がいたり、働くことのできない障害者がいたり、親のリストラ、会社の倒産など目を覆いたくなるような厳しい現実の中で暮らしている生徒が、幾人もいたのである。この子にも、この子にも3万円を支給してあげたいと思っても、高退教の先生方や、現役の先生方が寄付してくれる浄財は、限られている。何とかしてあげたいという思いはあっても、10数人の生徒に支給するのが精いっぱいである。断腸の思いで、毎年支給するかどうかの線引きをしてきた。政治は本来、弱者のためにある。ところが今の政治は、弱者のところに“幸せ”が行くのではなく、“しわ寄せ”が行っているのである。
 今、教育費をめぐる世界の大きな流れは、子どもの権利条約に象徴されるように、大学まで教育の無償化というのが、当たり前になってきつつある。日本のように、大学を卒業したら、奨学金という名の“教育ローン”が重くのしかかるような国には、明るい未来はない。経済的に恵まれない子どもたちを救うためにも、給付制の奨学金制度の創設が、急務となっている。そして、子どもたちが、安心して学べるよう日本国憲法が謳う“教育の機会均等”が保障される社会を実現していかなければと思う。

「とりくみをすすめながら新しいスローガンを」
―全退教第26回総会に参加して―
                     小川 澄雄

6月1日~2日東京全労連会館で開催された全退教第26回定期総会に参加しました。岡山からは、全退教幹事の小林軍治先生と私・小川の二人が出席しました。全国各地の退教組織の代表がそれぞれのとりくみを意気高く報告。私自身は全退教総会へは初めての参加で、大いに刺激を受けて帰ってきました。
2日間の総会全体の報告は「全退教ニュース」第73号に譲り、私は1日目全体会討論での私自身の発言内容を中心に報告します。
発言項目として当初考えていたのは、➀パンフ「おめでとう18歳選挙権 未来に生きるあなたに」の作成と配布・活用のとりくみ、②カンパによって運営している高教組の奨学金制度と高退教の協力、③岡山における戦争法廃止を求め立憲主義をとりもどす運動、④役員の世代継承と会員ふやし、⑤議案書に出てくるいくつかの言葉に対する違和感、などでした。ところが、いざ発言をしてみると、➀・②の項目を話していると、発言時間あと1分を示すリンが鳴ってしまいました。しかたなく③と④はカットして、一番話したかった⑤を大急ぎで発言しました。
一つ目、議案書のあちこちに「憲法を守る」という表現が出てくるけれど、「憲法を守る」責任があるのは我々国民ではなく権力の側であることを指摘。我々国民としては、「憲法を活用し」「憲法を生活にいかす」意識が重要なのではないかと話しました。
二つ目、「有事に退職教職員は青年になった」との表現。比喩的表現なのはわかるが、運動(とりくみ)を活発にするのは“若者”という思い込みが意識の奥底にあるからこういう表現が生まれたのではないか。“若さこそ善”という意識がありはしないか。むしろ、我々は自分が年寄りであることを素直に認める必要がある。そのうえで、老いも若きも手を携えて安倍暴走をストップする運動に総がかりでとりくんでいく、その意識こそが自然なありようだと思うと話しました。
三つ目、「教え子を再び戦場に送らない」の誓い。
教師なりたてのころ、この言葉を胸震える思いで聞いたし、涙が出るほど感動した。そして、この言葉に導かれて平和教育にとりくんできた。この言葉は、私の教師生活の道しるべであった。
しかし、昨年から今年にかけての運動では、正直この言葉が色あせてみえた。戦争法廃止を求める運動高揚の中、とりくみを励ますスローガンが色々生み出された。ママの会の「どの子も殺させない」、この言葉には参った。正直負けたと思った。
朝鮮戦争、警察予備隊・保安隊・そして自衛隊結成・増強に対するたたかいでは、「教え子を再び戦場に送るな」のことばが最高の励ましになったことは間違いない。しかし、いまママの会の「どの子も殺させない」の言葉と比べるとき、教師のセクト主義・狭さを感じてしまう。その意味で私たち退職教職員は、2014年・15年・16年・・・とつづくたたかいに相応しいスローガンをまだ生み出せていないのではないか、と思わざるを得ない。とりくみを進めながら新たなスローガンも生み出し、立憲主義をとりもどしていきましょう。 と、発言を結びました。
ある意味、みんなの気持ちを削ぐような発言をしてしまいましたが、それでも参加者は他の人々の討論と同様、私の発言へも拍手をしてくれました。感謝です。


平素の行いは「極めて良好」?
高退教自然歴史探訪 鳥取県智頭町への旅

 今回の歴史探訪は、参加者の平素の行いの善し悪しが問われるような展開でした。もし「善し」ならば雨にたたられずに済むだろうし、そうでなければ、雨の中の行進も覚悟しなければならない、空はそんな雲行きでした。
 スタートで思わぬアクシデントに見舞われました。事故のせいで、瀬戸大橋線が止まったのです。これによって、参加を諦めなければならなくなった人、奥様の車のお陰で岡山駅まで辿り着けた人と明暗が分かれてしまいました。
 バスは岡山駅を出発。参加者が途中乗車する道の駅「くめなん」を目指します。空は曇ったままで、先行きの不安はぬぐえません。
 やがて鳥取県に入り、伝統的建造物群保存地区の上板井原集落を目指す行程に差し掛かります。対向車が来たら一発アウトの細い道が続きます。「対向車に会いませんように…」と祈り続けていましたが、なんと前方に対向車が現れ、「アッ!」と思って体を前に乗り出したところ、そこはやや道幅の広いところであることに気づいて、ホッと胸をなでおろします。
 上板井原集落では、水車で精米し、かまどで炊いたご飯のいただける食事処「火間土(かまど)」を目指して徒歩移動したのですが、先行隊が「火間土」の入り口前を通り過ぎて、人家のほとんどない地点まで進んで、そこから引き返すという小さなアクシデントもありました。
 「火間土」はまさに古民家、歴史を刻んだ座敷に我々一行23名がドーンと陣取り、他のお客様にはやや肩身の狭い思いをさせているのではと案じながら、何が運ばれるかと期待しながら待っていると、ドッと歓声が。目の前に現れたのは「お焦げのご飯」でした。忘れかけた昔の記憶が呼び起こされたのでしょう。
 出てくるご馳走は無論平素は口にできないものばかりで、一品一品に感心しながら山菜料理を堪能しました。
 石谷家住宅では、外観もさることながら、吹き抜けの土間に一歩足を踏み入れるや、頭上に架かる巨木の圧倒的な存在感に、思わず息を呑みました。日本各地に往時の栄華を偲ばせる名家は多々ありますが、これほどの巨木を使った建築物は珍しいのではないでしょうか。敷地面積は約10000平方メートルだそうで、中心には池泉回遊式日本庭園があり、それを取り巻く部屋数が40、土蔵が7という考えられないほどの巨大な邸宅でした。
 智頭宿の散策は、思い思いに別れての行動でした。公開されてはいませんが、智頭のもう一つの名家である米原家(米原昶氏生家)を目指し、その付近を散策された方もいました。映画「絶唱」を二度も監督した西口克己監督を記念する西口克己映画記念館を訪れた方もおられたでしょう。
 最初に書いた、「参加者の平素の行いはどうだったか」について最後に書いておきます。これについては、「極めて良好」と言えるのではないでしょうか。途中でパラパラに見舞われることもありましたが、それでも潤す程度だったのです。
 ところが、帰りのバスに乗ってからは、豪雨を思わせるほどの激しさ。もしこれが見学の途中だったらと思うとゾッとするばかりでした。
 会を終えてから、喉を潤しに向かった面々もいたようです。「探訪の後は一杯!」という付録があるのも魅力的だとは思いませんか。( 清水親義 )
「自然と共に生きた山里と繁栄を偲ぶ宿場町に日本人の原風景を訪ねる旅」
◆主な探訪先 <鳥取県智頭町>
〇上板井原集落(県指定伝統的建造物群保存地区)
〇智頭宿 山陰と山陽をつなぐ交通の要衝であった智頭宿。
〇石谷家住宅(国指定重要文化財)