おじさんの青春日記・目次

日本の活力の中心となって働いてきた、おじさん。
複雑な思いをそっと胸にしまって、きょうもガンバルおじさん。
みなさん!おじさんにもっと拍手を送ってください。
会社では窓際といわれ、家庭では存在さえアヤフヤな、中年のおじさんのさまざまな人生の切れ端を、オムニバス風のショートストーリーにします。
題して「おじさんの青春日記」。

書き手  里吉 賢司

 

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発刊日

号数

作品タイトル


2011年
1月1日
発刊

その15

※印刷の際はA4用紙サイズにてご覧いただけます。

新春のご挨拶・全作品一括(790KB)

再会(209KB)

本誌創刊15周年の今年は、筆者の父親の満五十年忌の年にもあたります。
亡父を回想しつつ、すべての読者に「父と子」のありようを問いかけます。
あなたのお父さんは、あなたにとってどんなお父さん?  どんな存在ですか?
                      *
 筆者が小学四年生の夏、父親の命令で寄宿させられた歴史学者であり大学教授・田井庄之助先生宅でのひと夏の日々を語る。
 『……先生の話のあいだじゅう、私はお寺の小僧のように何度も正座をくずし、また座り直して耳を傾けます。……先生はしばしば中国の古典を私に講じることがありました。和綴じされた書籍を前に置いて、孔子の論語や老子の言葉を朗々と読んで聞かせたのち、その意味を解説します。……真夏の朝の陽が差し込む洋館の一室。高くもなく低くもない、田井先生の細い喉が中国古典の一節を響かせました。私はまるで古歌でも聴いているように考えることもなくその音だけを聴いていました。』
 それから50年の後、大分大学から一通のメールが届いた。
『それは正月酒に酔ったあげくの、夢のなかで起こった出来事のように思えました。なかばあきらめていた、田井庄之助先生との再会がかなう……』


道標(抜粋)(161KB)

筆者が17歳で出版した父親への追悼録『道標』を再掲し、誌上をもって故 里吉寅一五十年忌の追善とする。
                      *
 「……火葬場での様子を目を食い入るように見つめている私に、父は放心したようにこう言った。『賢くん、あのカマドのなかに入ったら、もう何もかも終りで。人間、一生のうち必ずあのなかに入らにゃならんのじゃが……』
 私はこの時ほど生の危うさにおびえたことはない。生は死の影をはらんだまま浮動し、死は生に仮の宿を貸しているに過ぎないのだ、と。今となって考えれば、私はこの初めて直感的に生の認識に触れたように思う。……後年、父と二人で死者を見送ったと同じ場所で、今度は私ひとりぽっちで父のなきがらをそのなかに見送ったのだ。』


地上五十センチの碧い瞳で(54KB)

筆者の五番目の息子、カウが地上五十センチの視点から父について語る。そして、「おじさんの青春日記」の読者のみなさまへの感謝の言葉を。
                      *
「……ボクの眼は絵具にもなる貴石、ラビスラズリのような青い色をしている。眼だけは自信がある。『お前の深くて青い眼はフェルメールの絵のようじゃ』と父ちゃんはいつも褒めてくれる。思わずぼくは鼻をフガフガ鳴らしてしまう。
……ものを書くということは苦しい修行のように見えるけど、組み立てや言葉探しと闘いながら自分の世界を創りあげていく、父ちゃんの一番楽しいひとときなんだと思う。……『おじさんの青春日記』は一年がかりの父ちゃんのロングドリームなんだ。……人の七倍の速さでボクらは日本の四季を生きている。地べたに鼻を近づけて歩くボクらは、人間よりも誰よりも敏感に自然の移りを感じることができる。草の色の少しの変わりで、季節が夏から秋に移ったことがわかる。ちかごろ、道ゆく人はなんだか元気がない。うつむいてしまって、地面の五○センチから人間を見上げるボクと、いつも目が合ってしまう。こんなにも美しい、潔い国に住んでいて、すごい力をもった人たちばかりなのに、どうしてみんなしっかり前を向いて歩かないんだろう。真正面をむいて、笑顔で、胸を張って歩いてほしい。……」

2010年
1月1日
発刊

その14

※印刷の際はA4用紙サイズにてご覧いただけます。

新年のご挨拶・全作品一括(474KB)

アントレプレナー(126KB)

起業をめざすアントレプレナー(起業家)の助言者であり伴走者・インキュベーション・マネージャーとして、成功を共に夢見て支援活動をする「SOHO国泰寺倶楽部」福田稔さんの奮闘記。ついにはみずからも大企業を辞職し、"社会起業家"としての自立をめざす福田さん。「……かれらの潔い生き方に共感し、私なりの独立を果たしていきたいと思っているんです。収益事業を起こすというよりも、社会起業という感じかもしれません」。福田稔氏の著書『起業家は社会の宝だ』の一部を紹介しながら、「起業」について語る。


《新春特別付録》

「新・国語辞典」シリーズ バージョン3 (61KB)

大好評第三弾。おじさん、おばさん必読。
2009年の政権交代で、当局の指示によって従来の日本語や
時事用語の意味、解釈が大幅に変更されました。
読者のみなさん、本文を読破して、時代に取り残されないよう
脳みそをリニューアルしましょう!! 18歳未満お断り。


2009年
2月1日
発刊

その13

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新年のご挨拶・全作品一括(601KB)

さくら(304KB)

東京・皇居の濠端、千鳥ヶ淵のそばにひっそりとたたずむ、当時「桜のホテル」と呼ばれた老舗、フェアモントホテルを回想しつつ、2008年秋以来、世界中をおおう金融恐慌を語る。
1936年(昭和11年)、千鳥ヶ淵の至近で発生した日本陸軍将校によるクーデター未遂事件、2・26事件と、当時の経済・金融情勢の背景。
アメリカ生まれの日本人女子大学生Reinaは、日本の現代史や今の世情をどう感じとっているか、著者との往復書簡のなかで我々に問いかける。

「・・・・・その朝、礒部(大尉)は処刑に立会する刑務所長に一つの願いを申し出ている。銃殺の刑を受ける際、妻、登美子の黒髪をその手に所持する許しを請うたのである。蝉しぐれのなか、複数の銃声が代々木練兵場に響いた・・・・
 辞世  
国民よ国をおもひて狂となり痴となるほどに国を愛せよ」 (本文より)

「・・・・でも私の体には日本人の血が流れているものの、アメリカに生まれ、アメリカに育った私は、求められればアメリカ国家と合衆国市民のために戦う気持ちは出来ています。なぜなら、自ら信じる行動によって愛するものを守りたい、と思うから。」 (本文より)

2008年
1月1日
発刊

その12

※印刷の際はA4用紙サイズにてご覧いただけます。

新年のご挨拶・全作品一括(381KB)

黄砂吹く国から(92KB)

舞台は黄河の砂と海霧の舞う国、中華人民共和国山東省青島(チンタオ)。急速な経済発展を遂げる経済開発特区内の工場で、お好み焼製造プラント建設に日中合作で取り組む技術者たちの奮闘。農産・海産豊かな青島で働き、日々暮らす中国の人々。

「社会主義国であろうと、資本主義国であろうと、やはりそれは『人物』、その人柄がなせることなのだと思いました」。「中日両国は世界中にも数少ない長い歴史を持っている国であり、賞賛に値される時代もあるし、教訓を吸収する苦痛な歴史の追憶もあります‥‥ですから、『歴史を鏡にして未来に向かう』という指導者らの指摘は大きな知恵であり、何よりの発展方向だと思われます。中国人の私はその通りと感じております。‥‥‥」(本文より)

ともに生あるうちに(146KB)

著者と三十年余の交友のある脱サラ起業家、土井道治さん。1941年12月8日、日本軍による米国・真珠湾攻撃のその日に生まれた土井さんの波乱の半生を描く。「‥‥会社組織から離れて一匹狼となって以来、一人きりの彷徨(ほうこう)のなかで、右か左か、行くか退くか、の苦渋の決断を迫られ続けた彼の体験に由来するものに他なりません」(本文より)。「ローマ人とはつくづく『リストラ』に長けた民族であったという事実です。(中略)本来の意味のリストラクチャリング、すなわち再編成なり再構築に何度も成功したからこそ、ローマは千年にも及ぶ長い歴史を持つことが出来た【塩野七生著「ローマから日本が見える」より文中に引用】

『おじさんの青春日記』全12巻は本年、国立国会図書館へ納本されることに。

「土井さん。私たちの時代に生きた、庶民のささやかな記録が国法によって半永久に保存され、ひょっとしたら何世紀もの後、物好きな学者か誰かがそのデータベースのなかから、私たちや仲間達の名前を見出すことがあるかもしれませんよ。なんと痛快なことだとは思いませんか」(本文より)

2007年
1月1日
発刊

その11

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新年のご挨拶(184KB)

新年句会(311KB)

江戸時代から続く句会様式に17人の現代の素人俳人が挑む。
そのなかから三世代の三句を紹介して、作者の来し方と明日から
ふたたび始まる旅を綴る。素晴らしき旅人たちへの敬意をこめて。

「ふり絞るように生み出された俳句の一句一句に、旅人の背負う
荷物や彼らが残してきた足跡が垣間見える。生きるものの常と
して、ただ一人として同じ旅程をたどるものはいない・・・・・・・」

2006年
1月1日
発刊

その10

※印刷の際はA4用紙サイズにてご覧いただけます。

新年のご挨拶(49KB)

「おじさんの青春日記 その10 十周年記念号」を、故 岡賢治さん、
故 團伊玖磨さん、吉田祐子さんに捧呈する。 著者

とよひら農業小学校(161KB)

激動する時代のなかで電気バリカン製造業、機器の開発・製造業から
「食」の世界へと大きく転換していく著者の事業観と歴史。
「広島流お好み焼」との出会いが食品製造事業、食品自動製造機械の開発に
つながっていく。
農業指導者・吉原徹氏の提唱により青空のもとで開校した
広島県豊平町の「とよひら農業小学校」を紹介し、
日本の危機的な農村の実状と食糧事情を問いかける。

じゃけん、「広島流お好み焼」が好きなんよ(161KB)

広島流お好み焼製造のマイスター、「味感工房」伊藤敦通さんが語る
「広島流お好み焼」の真髄。
日本が生き生きと輝いた昭和三十年代の時代を背景に、
蒸気機関車、事務機の保守業からお好み焼製造の世界へ転身した
一人の人物の半生。

「・・・鉄板の上のいろんな材料から、うわぁ〜っとたち昇る蒸気が
意外と大切なんよ。
・・・人間、これでええ、思うたらおしまいじゃけぇ。
なんでもベストを尽くすことが大事じゃ。わしゃそう思うとる。」

飢饉(161KB)

江戸時代・享保の時代、日本を襲ったすさまじい「飢饉」。
歴史街道、広島市佐伯区石内地区と博多・中洲に今も残る庶民の「飢え」の悲劇。
飢人地蔵尊(博多区中洲)の由来書に曰く

『・・・享保の大飢饉は徳川十五代の幕政中〔享保の改革〕とて
良政を謳われた米将軍、即ち八代将軍徳川吉宗の治世中に勃発した。
開闢以来と言われた、筑前の大凶変であった・・・』。

「・・・代々、組合を結成して今日まで伝えて慰霊と祈願の対象とし、
さらに未来に伝えようとする博多人の心意気・・・」

長州四人組(161KB)

山口県の伝統野菜「田屋なす(萩たまげなす)」の復活と振興に奔走する
四人の熱血公務員の奮闘記。

「‥‥それは病弱な母親が命がけで産んだ赤子が揺籠のなかで、
太く、たくましく育っている情景を連想させるものでした‥‥
大人の二の腕ほどもある巨大な茄子は、
外見からは想像も出来ないほど緻密で豊潤な果肉をもち、
生のまま口に含むと津軽の林檎のように瑞々しく甘露……」

日本経済の「空白の十年」をたくましく支えた農業と園芸の深いふところ。


北越雪譜(161KB)

「この雪の下に高田あり」。
雪に埋もれる北国の地でたくましく育つ小麦や大麦たち。
その生育メカニズムを農業科学者・湯川智行さんが
自身の研究史をふりかえりつつ平明に語りかける。

「それぞれ七十歳を越えた私の父母は、
来年の三月には五十年続けた理髪店を閉じることを決断したようです。
‥‥親というもの‥‥そのありがたさ。なんだか涙が出てきまして‥‥
私の両親が仕事場でいつも使っていた電気バリカンなのでしょうか、
私の子供の頃の記憶のなかには、うっすらとですが、御社の商標である、
あのヒコーキ印があるのですよ。」

2005年
1月1日
発刊

その9

※印刷の際はA4用紙サイズにてご覧いただけます。

新年のご挨拶(49KB)

聖徳太子立像(161KB)

日本から旧満州国、そしてまた日本へと、男たちのもとをめぐり歩いた
一体の聖徳太子像。
太平洋戦争開戦時の大蔵大臣、賀屋興宣氏の人となりにふれながら、
戦前・戦後の男たちのロマンを語る。

「・・・・戦いに疲れた孤独な男たちは神々しく合掌されるあの小さな像に、
いったい何を祈ったのでしょうね」。


《新春特別付録》

珍説「おじさん、おばさんの新・国語辞典 バージョン2 『四文字熟語の巻』」(82KB)

大好評を得た「死語の巻」に続く第二弾。おじさん、おばさん必読。
辞典の常識をくつがえす、文部科学省お役人激怒の書。
18歳未満の方、固くおことわり。

2004年
1月1日
発刊

その8

新年のご挨拶(27KB)

舞姫(835KB)

2003年4月俳壇頂点への登竜門「第六回 朝日俳句新人賞」を受賞した会社員、
佳川清資さん。
青春の頃、レオナルド・ダ・ビンチに憧れ、
4年間を過ごしたイタリアでのカロルとの恋。

「このままリド・アドリアーノの街で一緒に住むことができたら
どんなに素晴らしいことかしら・・・・・・・
自分の思いに忠実に生きることって、とても大切なことだと思うわ・・・・・・」。

森鴎外の短編小説「舞姫」と交錯する、イタリア、スイスを舞台のラヴストーリー。

舞姫のなごりの湖や夏の果て   佳川清資

2003年
1月1日
発刊

その7

新年のご挨拶(97K)

かえりなんいざ(290K) 

人間の無常と歓びの交差する著者の青春時代。
親友、道原がたどったニューヨークへの道。
30年の渡米生活で遭遇した道原の波乱の青春軌跡をたどる。

2002年
1月1日
発刊

その6

まえがき・全収録作品一括(316K)

世界一の国旗掲揚台を建てた日本人『追録 ハリータケオモミタ』(108K)

アメリカ・カリフォルニア州の小さな町、カリパトリアに日本からの
移民日系人が建てた世界一高い国旗掲揚台がある。
彼はなぜこの国旗掲揚台を建てたのか?
太平洋戦争前後の日系移民の足跡をミステリアスにたどる・・・・・・。

『起て! 萬國の日本人』(投稿:勅使裕子さん)(76K)

「おじさんの青春日記」在イタリアファンクラブ・勅使裕子さんが描く、
痛快イタリア奮闘記。
イタリアの地で、異人相手にヤマトナデシコ、かく戦えり。

2001年
1月1日
発刊

その5

まえがき・全収録作品一括(592K)

 『プロフェッショナル』

第一章『回想 大和古寺風物誌』(88K)

文芸評論家、亀井勝一郎を通して、大和との触れ合いを語る著者の半生記。

「亀井勝一郎をガンで失ってのち、私は何度も一人で奈良の路を歩いた。
京都のざわめく華やかさに比べ、奈良はあふれる観光客のなかにいても
盆地を囲む穏やかな山々や丘が喧騒を吸収してしまう。
町はずれに行くと、先々に古代の静謐が漂っていた‥‥」

第二章『プロフェッショナル』(72K)

奈良・飛鳥のタクシードライバーとの触れ合いのなかで、
飛鳥の歴史と当時を生きた庶民を語る。

「‥‥‥ある人は飛鳥を『想像の古跡』と呼ぶ。
その土地に触れ、人に触れることで万葉の当時を想像する他にないのである。
しばしの時であれ、たまたま彼のタクシーに乗りあわせたことで、
どれだけの人が飛鳥をなおさらに忘れがたいものにしたことだろう‥‥‥」

第三章『国宝 七支刀(ななつさやのたち)』(240K)

著者が電気バリカン製造事業のなかから感得した驚異的な古代鉄加工技術。
国宝・七支刀にまつわる古代の製刀技術と現代の産業技術の水準にふれる。

「わが百済の国と極めて親密な間柄にあり、
大恩ある倭国の王に一振りの刀を献呈することとなった。
ついては百済国の面目にかけて、伝来技術の粋を結集して
技と権威の象徴ともなるべき名刀を造れ‥‥‥」


《特別付録》
おじさん、おばさん必読!『おじさんの新・国語辞典』(88K)

名著『現代用語の基礎知識』をしのぐ抱腹絶倒の新説・現代語解説書。
今回は「死語の部」全三六語を網羅。金田一春彦氏絶賛!?

2000年
1月1日
発刊

その4

まえがき・全収録作品一括(284K)

『オペラ 夕鶴』(84K)

作曲家、團伊玖磨氏が明かした「赤い布きれ」の秘密。
芸術院会員と一人の無名の伴奏ピアニスト。
日本屈指のオペラ『夕鶴』がつなぐ音楽の糸。

「‥‥そのインド人に会ってからというもの、私はほらこの通り、
赤い布切れをいつもポケットに忍ばせているんです‥‥」

『阪神淡路大震災 神戸市本山第三小学校にて−−−ふるさと』(116K)

阪神大震災直後の神戸で交差したさまざまな人々。
華僑ソプラノ歌手、李浩麗と教会教師、家子新太郎はどのような軌跡をたどって
廃墟の町に立ったのか。

「‥‥‥私たち華僑は浮葉のごとく定まるところがないと私は思います。
私たちの世界には『落葉帰根』という言葉があります。
国境を超えて生きる私たち。一体自分のお墓はどこへ作ればいいの?
日本の方には理解しにくいことかも知れませんが、
このことは私たちにとってはとても重要なことなのです‥‥‥」

1999年
1月1日
発刊

その3

まえがき・全収録作品一括(256K)

『まえがきにかえて 清職』(56K)

バブル崩壊後の日本。赫々とした経歴も持たないけれど、
職業に誇りをもって働く日本の男たち。

‥‥虚勢を張らず、権威に迎合することもない。
淡々と自分の歩みを刻々大切に生きようとする人たち。
その人たちの仕事ぶりを『清職』と呼びたい‥‥。

『岡ちゃんに捧げる詩 II』(44K)

人生の総括期を前に癌に倒れた企業戦士、岡ちゃん。
国内外の海の男たちに愛された一営業マンへの鎮魂の詩。

『人よりほんの少しの努力をしよう。人間のもつ能力の差は小さい。
しかし、社会での努力の差は大きい‥‥』

『岡ちゃんに捧げる詩』(48K)

追悼をこめてふたたび掲げる。貧困のなかから生まれた不撓の精神。
仕事への愛着と情熱。彼を支えた周囲の人たち。彼はどう生きたのか。

お好み焼 『風月』(72K)

北海道のお好み焼きチェーン店「風月」社主、二神敏郎氏の
創業から今日までを綴るお好み焼き青春記。

「蛍の光 窓の雪 卒業生の皆さん
毎年このように書き続けて三十年
‥‥‥‥『基を忘れず』の言葉どおり、今日まで育てていただいた、
そして今もご愛顧いただいている学生さんには、
ただただ感謝の言葉しかありません。‥‥‥
念ずれば花ひらく、いつまでも青春でいてください。  店主 」

1998年
1月1日
発刊

その2

まえがき・全収録作品一括(264K)

『合衆国陸軍軍曹 マスダカズオ(1)<イタリアヘ>』(108K)

太平洋戦争当時、在米日系人で組織された442部隊の兵士、マスダカズオが
たどった運命の軌跡。彼の戦死が戦後日系人の合衆国政府による名誉回復、
補償に大きく貢献することになった。
1918年米国カリフォルニア州生まれ。
1944年8月フィレンツェ・アルノ川河畔にて戦死。

『合衆国陸軍軍曹 マスダカズオ(2)<アンツィオ上陸博物館>』(88K)

マスダカズオがたどった足跡をイタリアに追う著者。
マスダカズオが上陸したイタリア南部の港町、アンツィオにある壮麗な
博物館との出会い。

「‥‥社会人として人生の過半を終えた人々が、ゆったりと、
この博物館を生きがいに残りの半生を送ろうとされていることが、
私にはひしひしと伝わってきました。
老いにむかう人間のひとつのありようを教えてもらったような気持ちでした‥‥」

『恩師 佐藤はじめ先生』(72K)

コピーライター塾での恩師、佐藤はじめ先生に捧げる著者からの献詩。
敗戦直後の日本を煌々と照らした歌人、吉野秀雄と作家、山口瞳の交流。
吉野秀雄の秀歌18撰も紹介。

「学校よりもどりきし子がなにもせず おしだまれるはゆうげ待つなり 吉野秀雄」

1997年
1月1日
発刊

その1

まえがき・全収録作品一括(100K)

『スーパースター』(28K)

ロック歌手、矢沢永吉さんと幼なじみ、ゴンちゃんとのホロ苦い青春グラフィティー。
広島の河畔に揺れ咲く夾竹桃の花。

「‥‥あいつとはなんでか知らんけどウマがおうて、いつも二人一緒じゃった。
あいつが喧嘩でやられたらワシが助けに行く。
ワシがいじめられたらあいつがワシの盾になってくれる‥‥」

『岡ちゃんに捧げる詩』(40K)

三菱重工クレーン営業マン、岡ちゃんの汗と涙の半生記。
彼の愛したカラオケ「北国の春」の背景に漂う戦争の影。

「『困ったときは会議をせず、まずお客さんの所へ行く』ことが
岡ちゃんのモットーなのです。
もとより、上司の顔色をうかがって出世してやろうなどという気は、
岡ちゃんにはこれっぽっちもありません‥‥」

『ものを造るということ』(36K)

長崎から送られてきた一つの電気バリカン。著者のもの造り回想記。
ビートルズがもたらした意外な波紋。

「‥‥製品に打刻してある製造番号を見て驚きました。
昭和二一年製の製品です。
私が生まれるよりも前、日本敗戦の翌年に造られた製品です‥‥
五十年の長きにわたって私どもの製品をご愛用いただき心よりお礼申し上げます」

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