インフルエンザへの対応や
アマンタジン治療についての私見


 A型インフルエンザの治療薬として平成10年11月末よりアマンタジンが認可されたにも関わらず、今年11年もA型インフルエンザによる高齢者の死亡例の報告が相次いでいます。
 特に特別養護老人ホームや老人保健施設などの高齢者の収容施設での報告がおおく、詳細は不明ですが、報道によるとこれらの死亡例はインフルエンザワクチンの接種もなく、治療としてアマンタジンを使用していたとの報告も聞きません。
 折角新しい治療手段が認可されたのに、一般に十分に認知されていないことは残念でなりません。
 例年1-2月は「超過死亡」と言われる、「インフルエンザが直接の死因ではないが、インフルエンザの感染を引き金に肺炎などの合併症で死亡する例」が増えることは知られており、今年だけの問題ではないのです。
 そこで、インフルエンザへの厚生省・マスコミ・施設・医師などの対応について、少し個人的な意見を述べてみたいと思います。「インフルエンザと関連づけないでもいいだろう」とも思いますが、「医療制度改悪反対キャンペーン」の癖が付いてしまい、こんな文章を書いてしまいました。
 まあ、こんな考えもある位に読み過ごして下さい。

 特別養護老人ホームや老人保健施設の対応の遅れや疾患への対策は、これらの施設の制度上の問題も大きく関わっていることですが、せめて素早い対応がとれたなら、1施設で多くの重症例や死亡者を出さずに済んだのではないかとも考えます。
 制度上の問題とは、一般には、特別養護老人ホームや老人保健施設は医療施設の延長と考えられていますが、これらの施設はもともと医療施設ではないのです。
 介護保険制度の受け皿づくりに、国はこの施設をたくさん作ってゆく方針ですが、これらの施設でインフルエンザのような急性疾患が流行し重症化すれば、素早い対応はできない施設なのです。対応が遅れた施設ばかりが責められていますが、この制度の認識も必要なのです。
 特別養護老人ホームには嘱託医がいますが、施設に常駐してはおらず、通常は週1-2回施設に行くだけで、急変時の対応は難しいことがあります。治療行為は嘱託医が行うわけですが、これは医療保険は適応され、治療は可能です。また老人保健施設は施設に常勤医が1名義務づけられていますがほとんどが高齢医であり、当直医は必要ありません。医療行為は入所費用にすべて含まれているためと、保険医療機関ではないため必要最小限にとどめられていることが多いと思います。
 もちろん、その施設、施設の対応は異なりますし、十分な感染症対策がとられている施設も知っています。すぐに連携できる転送医療機関があるかないかでも違います。
 しかし、これらの施設で医者も看護婦もいるからすぐにちゃんとした医療を行ってもらえると考えるのは間違いです。もともと長期入院の高齢者を介護する施設なのですから、急性疾患の集団発生時の対応はあまり考えられてはいません。そして、これらの施設で大流行したとき、受け入れてくれる急性期病院もほとんどがベットが空いていないのが現実で、転院もスムースに行かないことがあります。
 先日、三重県の精神科病院でインフルエンザによる多数の死亡例が報道されました。病院の対応のまずさは否定できませんが、その時のマスコミの記者が「どうして急性期病院に転送しなかったのか」と言う質問をしていました。その病院医師の答えは「こんなにたくさん、それも隔離が必要な精神科の患者さんをどこが入院させてくれるのか」と言うものでした。テレビを見ていて、この医師はもっと謙虚な対応が取れないか、とは思いましたが、現実はその通りなのです。

 さて、インフルエンザがマスコミでも大きく取り上げられるようになったのは、昨年の大流行と、それによる幼児・高齢者の死亡が増えたこと、死亡率の高い新型インフルエンザが注目されたことにあると思います。
 今年は、1月中旬より関東地方を中心にインフルエンザの流行が始まりました。昨年に比べると今のところ数として1/3程度の流行だとの統計です。
 ただ今年はまだ、アマンタジンが認可されたこともご存じない医師もおおく特別養護老人ホーム・老人保健施設で亡くなっている方は、先に述べたようにアマンタジンを使っておられない患者さんのように思います。
 どうして認可されたのに使われなかったのでしょうか。先に述べた制度上の問題以外にも原因はあります。
 テレビや新聞の報道では、特別養護老人ホームや老人保健施設での「感染症の対策の不備やワクチン接種をしていなかった」事が中心に報道され、最後にインフルエンザ予防として「手洗い・うがい・安静」などの一般的な指導に終始しています。流行時の現実の対応が示されていません。
 果たして、これでインフルエンザによる重症化や死亡が減るのでしょうか。
 感染し発病されてからの、素早い対応で重症化はある程度防げると考えています。
 それが現在では「アマンタジン」だと思っています。

 当地では昨年秋より県内の医学会や医師会研修会で、繰り返しアマンタジンの治療経験を講演していましたので内科医以外にも多くの医師が使っており、良い結果を報告してくれています。また、インターネットを利用し昨年2月末より、アマンタジンの臨床経験を掲載し、日本臨床内科医会誌にも投稿しており、これを読んだ多くの方よりメールや手紙もいただきました。

 今シーズンは少しピークを過ぎた感はありますが、きちんとした報道をしてくれれば来年にも繋がると思います。
 続けて、少し個人的な、勝手な解釈をつけさせていただきます。
 マスコミもインフルエンザによる死亡は報道しますがアマンタジンについての報道はあまりありませんでした。
 今回の「週刊文春 2月18日号」が初めてではないでしょうか。
 マスコミが取り上げなかった事は、厚生省にも問題があると考えています。
 厚生省もアマンタジンを認可はしたけれど、発症時の具体的な指導は行っておりませんし、予防接種にしても、インフルエンザの迅速診断キットにしても厚生省の対応のまずさを実感しています。
 厚生省は昨年のアマンタジン認可は、最初は昨年問題になった新型インフルエンザ(H5N1)にターゲットをおいたようで、「新型インフルエンザ(H5N1)が国内で流行したら大変だ」と考えて、あわててアマンタジンの認可を急いだようです。
 結果的には一般的なA型インフルエンザにも適応が拡大され、認可された訳ですから良かったのですが、一部の感染症専門家の「副作用や薬剤耐性の問題がある」との意見で、認可はしたけれど、O-157のように治療対策までは大々的には知らせなかったのだと思っています。せめて「老人収容施設にはアマンタジンを使ってみなさい」位の指導が必要だったのではないでしょうか。その前にワクチン接種の指導も必要ですが、これも昨年は改善されていませんでした。
 そのため、何度も言いますが、使っていたら特別養護老人ホームや老人保健施設でも、これほどの死亡者は出なかっただろうと思っています。


 また、私は感染症には全くの素人ですが、インフルエンザを含め感染症の専門家のあやふやな態度にも問題があると思います。
 アマンタジン認可の経緯や、ワクチン接種への対応などです。
 特にワクチン接種は94年に任意接種となり急激に減りましたが、この時に専門家として厚生省の研究班にいたと考えられる人たちが、当時は一部マスコミの報道や市民団体の意見に踊らされワクチン接種の副作用の問題や有効率が少ないなどで、ワクチン接種を否定しておきながら、今、「やはりワクチンが必要であり、予防はワクチンしかない」などとマスコミの取材をうけておられます。この手のひらを返したような対応は何だったのでしょうか。
 我々医師も、また国民も「副作用もあるし、接種してもあまり効果はない」と言われればやめたのも当然ですが、先進国でインフルエンザワクチン接種が減少しているのは日本だけと聞きます。94年以降の接種量は極端に減っています。世界の動向を把握できなかった反省をすべきです。
 最近の発言も問題です。ワクチン接種は基本的に2回接種が必要とされていましたが、流行している今になって、「高齢者では1回でも効果があるから、いまからでも接種すべき」などの発言もありました。何を今さら、ワクチンも底をつき、無いと解っていながら・・、何でもっと以前から指導してくれなかったのかとも思います。
 日本の予防接種率は当時から低く、とくに高齢者では「超過死亡」の多い事実は、わかっていたと思いますし、なぜ昨年秋に公的な場で啓蒙してくれなかったのでしょうか。
 ワクチンはすぐに作れるものではなく、医療機関では昨年の秋に購入したワクチンがなくなれば、現在は在庫はなく使いたくても使えません。現場を混乱させるだけの発言ではないでしょうか。

 アマンタジン認可の経緯についても、一昨年から一部パソコン通信などで話題となつていましたが当時は専門家も「治療には使うべきでない」という意見が大半でした。
 私は、昨年の大流行時に、現場での対応に苦慮し敢えて使ってみた訳ですが、あまりに良い結果でしたので、もっと多くの人に知っていただきたくインターネットを利用しホームページで報告した訳です。
 その時国内の文献を探してみたら60-70年代の文献以外、全く国内では臨床報告がなく、唖然としました。専門家も使っていなかったのか、使っていても公表しなかったのか解りませんが、70年当時に有効であると言われて、認可寸前になっていたアマンタジンが、そのまま「没」になった経緯も解りませんでした。
 かぜやインフルエンザを現場で診療する機会は、開業医の方が圧倒的におおく、大学病院や大病院の専門家の方たちは、診る機会は少ないのではないでしょうか。そのため現場を知らない、インフルエンザの解説者にしかなれないのだろうと思います。
 もっと現場の医師が発言すべきだと思います。

 最後に、アマンタジンの使用についての逆の問題点も考えられます。
 A型インフルエンザに認可されたのですが、この時期の風邪症状を訴える患者さんに外来で「何でもかんでも」アマンタジンを処方されている医師もあるようです。
 A型インフルエンザの診断がすぐには出来ないので、仕方ないかも知れませんが、今年のように、A型、B型や普通感冒などが混在している年には、A型インフルエンザを迅速に正しく診断する必要があります。せめて臨床症状を十分に把握してA型インフルエンザ様の患者さんにのみ処方していただきたいと考えます。
 本邦でもやっと1月20日に迅速診断キットが発売となりましたが、結局保険適応は見送られてしまいました。せめて来年には保険適応を認めて欲しいと思います。
 外来の現場で診断が不確実のまま、多くの患者さんに使われることは、やはり私も問題だと思います。アマンタジンの臨床効果の判定、副作用、耐性などが正しく理解されないと思います。この薬の今後の問題は「薬剤耐性だ」と言う認識を使用者が頭にいれて乱用処方することは控えたいと思います。

 現時点のアマンタジンの使用として、インフルエンザの流行が確認出来た地域や施設で、ハイリスクの高齢者には出来るだけ発症早期に積極的に投与していいと考えます。
 成人ではやはり基礎疾患を持っており合併症が怖い患者さん、2-3日後に受験を控えている受験生などではないかと思います。
 ただ外来での使用を考えた時に、発病後出来るだけ早く、迅速な対応が出来るかどうかはわかりません。一般的に2-3日熱がでて下がらないから受診したとか、市販薬や置き薬を内服していて改善しないから受診したとか、急性期に受診されるケースの方がむしろ少なく、インフルエンザの治療では、出来るだけ早く受診されるように患者さんの指導も必要かも知れません。また、熱が下がれば来院されませんので、せめて1回はその効果判定と副作用チェックに来院していただくことも必要でしょう。
 小児・乳幼児への対策はまだ確立されていないと思います。しかし、高齢者以上に小児や乳幼児の重症例はごく短期間に急変を起こしており、脳症での死亡例もあり、乳幼児期のワクチン接種も含め、専門家の検討が求められます。

 今後の対応として、外国で治験が進んでいる「ザナミビル」は、「ウイルス細胞の表面にある酵素に接着することでウイルスの遊離を遮断し、他の細胞への増殖を防ぎ、ウイルスのライフサイクルを阻害するもので、A 型、B型の別なくインフルエンザに特異的に働く」と言われ「耐性ウイルスの発現なし」とも言われています。
 これが事実なら、これこそ本当のインフルエンザ特効薬が出現することになります。
 本邦での認可が待たれます。
 それなら、ザナミビルが認可されるまでのアマンタジン使用は高齢者へは、むしろ積極的に使って、重症化を防ぐべきではないでしょうか。
 せめて、今年の秋までには
「施設入所の高齢者へのワクチン接種を勧奨し、補助金で安く接種できるようにする」
「迅速診断キットの保険適応認可」
「アマンタジンの使用法の指導と臨床効果・副作用の検討」
「小児・幼児の治療法やワクチン接種の検討」
を行って貰いたいものです。

            平成11年2月13日  玖珂中央病院  吉岡春紀


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