インフルエンザの予防ワクチンと治療薬
   使う? 使わない?

      月刊 エキスパート・ナース 5月号(1999年)  照林社・小学館 
                          玖珂中央病院 吉岡春紀


"命のともしびを消す"病気

 今年(1999年)もインフルエンザによる高齢者や小児の死亡例が相次いで報道され、人々の不安をかき立てたのは記憶に新しいところです。 インフルエンザは毎年必ず流行し、乳幼児から高齢者に至るすべての年齢層に様々な健康被害をもたらしています。例年1-2月は「超過死亡」と言われる、「インフルエンザが直接の死因ではないが、インフルエンザの感染を引き金に肺炎や心不全などの合併症で死亡する例」が増えることは知られており、今年だけの問題ではないのです。実際には毎年数千人の死亡と数万人規模の入院患者が発生しているとも言われ、社会経済的活動にも多くの損害を与えています。1,2,3)。特に健康弱者には牙をむく、危険な疾病であり、欧米では“命のともしびを消す”病気として恐れられています。日本のように“学童の風邪の一種”というような安易な捉え方をされていません。

 昨年11月より末A型インフルエンザの治療薬としてアマンタジンが認可されましたが、今年も高齢者の収容施設や精神科病院で多くの死亡者があり、報道によるとこれらの死亡例はインフルエンザワクチンの接種もなく、治療としてアマンタジンを使用していたとの報告も聞きません。せっかく新しい治療手段が認可されたのに、医療関係者にも一般にも十分に認知されていないことは残念でなりません。

 本稿ではインフルエンザの予防と治療の中で「予防ワクチン接種の問題」と「アマンタジン治療」について臨床現場での経験を中心に私見を述べたいと思います。幼児・小児の経験は少ないため高齢者への対策を中心に述べます。

予防ワクチン接種を「するか、しないか」

 インフルエンザに対して科学的な予防方法として世界的に認められているものは、インフルエンザワクチン(以下ワクチン)です。 我が国では、WHO からの情報および全国の衛生研究所からの情報を国立感染症研究所が収集し、これに基づいてワクチン製造株が毎年選定されています。今年の流行と罹患しやすい年齢層は、昨年夏には予測されており、その通りの流行となったようです。
 では、なぜワクチン接種が行われなくなったのでしょうか。行政にも医療関係者にもマスコミにもその責任があると思います。
 我が国ではワクチン接種は、1976年の予防接種法の改正により、学童を対象として集団で接種が行なわれるようになりました。しかし、その後ワクチン接種の有効性や集団で接種することが適切であるかなどの問題点が論議され、学童の集団接種は地域内の流行を抑制する効果はないとの否定的な報告もあり、相まって一部のマスコミによりワクチン被害に対する反対キャンペーンが行われ、その後は保護者の接種意向を重視するという経過措置を経て、1994年の予防接種法改正で「学童および高齢者を対象とする任意接種にする」と改められました。
 このためワクチン接種率が激減しました。
 しかし、欧米では多くの国でワクチン接種の有効性が認められ4)、特に高齢者にはワクチンの無料接種を行い積極的に接種を奨めています。 にも関わらず、ワクチンの有効性について有効だ・無効だといまだに議論しているのはわが国くらいだと言われています。
 このように日本ではワクチンの評価が低く、そのためワクチンの製造・流通・接種、すべてのシステムが壊滅的な状態となっています。
 この数年日本でもやっとワクチン接種の必要性が再認識され、特別養護老人ホームでのワクチン接種の有効性も確かめられています5)。
 国は早急にワクチンを予防接種法に再認定し、万一の接種事故に対する補償制度の確立と高齢者へのワクチンの無料化を行うべきだとおもいます。このためには医師や高齢者が安心して接種できるように添付文書(能書)の改訂3)や接種費用の統一も必要でしょう。
 その上で壊滅したワクチンの生産能力と接種システムの再構築をはかることが急務と考えます。
 また高齢者の収容施設では、院内での初感染は見舞いの家族や医療関係者・介護者からの感染も考えられ、むしろ医療従事者や介護者が率先してワクチン接種を行うことが必要ではないかと考えます。

ワクチンは1回接種でよいのか

 高齢者のワクチン接種1回でも効果はあると言われています1,6)。それは「高齢者は、過去にインフルエンザに何回も罹った経験があるので、抗体ができやすく、1回の接種でも効果はある」と考えられています。欧米では高齢者への接種は1回接種で施行されているとの事です。 ワクチン接種率の向上と経済効果をみたとき1回ですめばこれに越したことはありません。しかし、我が国ではすべての高齢者にワクチンの1回接種でよいかどうかはまだ確立されていません。この問題もはっきりした指針が示されるべきです。それまでは1回接種は緊急避難的な方法として、現在は秋に2回接種を基本とした方がよいのではないかと考えますが、高齢者の収容施設などでは1回でも行えれば良いと思います。

治療薬"アマンタジン"を使うか、使わないか

 ではインフルエンザに罹ってしまったときはどうするかが問題ですが、前述したように昨年11月末からアマンタジンが保険で使用できるようになりました。
 アマンタジンは我が国では発売後20年以上たち、パーキンソン病や脳梗塞の治療に使用されていますが一般には馴染みの薄い薬でした。
 1964年に抗ウイルス剤として開発された7)アマンタジンは、A型インフルエンザに対する予防・治療薬として欧米では広く使用されており8)、投与量・投与方法などもガイドライン9,10)で定められています。我が国でも70年代にアマンタジンの治験報告があり有効性が確認されています11,12)が、追試報告は少なく昨年まで保険適応は認められていませんでした。 

当院でのアマンタジン治療経験から

 1998年1月末より我々の地域でもインフルエンザの流行が始まり救急入院される患者さんも増え、高熱の持続により全身状態の悪化や重症化、一部に肺炎の合併もみられていました。補液・抗生剤・感冒薬などで対処しましたが看護にも難渋し、対症療法での限界を感じ、院内感染対策委員会で検討し治療薬としてアマンタジンの投与を開始しました。
 対象者は突然の発熱、頭痛、咳嗽などインフルエンザ様症状を認めた患者(13人)で、「表-1」高齢者が主体であるため、ガイドラインの成人量の半分とし、発症後出来るだけ早くアマンタジン50mgを1錠投与し、その後は1日100mg(朝・夕50mg)を4日間投与する事としました。
 それまでの対症療法を行った群(21人)と明らかに差が見られたのは発熱期間と治療期間で、アマンタジン投与後ほぼ全例で翌日には解熱し、対症治療群と比べ明らかな効果を認めました。短期間に解熱できたことで看護もしやすく、我々関係者もびっくりするような効果でした。その他、治療期間の短縮・薬剤費の削減も顕著でした「図-1」。明らかな副作用はなく、結論としてアマンタジンはハイリスクの高齢者ではインフルエンザ感染者には使用すべき薬剤と考えました。この結果は日本臨床内科学会誌13)に投稿するとともに、インターネットを通じてアマンタジンの保険適応を求めて公表していました。 

 今年も1月中旬よりインフルエンザによる外来患者の増加や肺炎合併、呼吸不全などの救急入院もありましたが、昨年の経験を元に、療養型病棟では昨秋にワクチン接種を奨め、約110人の長期入院の患者のうち了解の得られた91人に接種しました。また病棟の医療従事者にもワクチン接種を行いました。その結果、接種者にも数人の熱発者はありましたが明らかなA型インフルエンザの発症はなく、非接種者では2人にA型インフルエンザの発症が認められましたが、この2人はアマンタジンで治療しました。

アマンタジンの問題点

 アマンタジンは中枢性の副作用を主にいろいろ問題にされていますが、インフルエンザへの一般的な投与量と投与期間(100mg・4日間)では大きな副作用はないと考えています。むしろアマンタジンは薬剤耐性の問題が指摘されています。アマンタジンは治療目的に使用すると短期間に、かつ高率に耐性のウイルスが出現することが指摘され、健康小児・健康成人での治療目的の使用は出来るだけ避けるべきだと言われています3)。またA型インフルエンザには有効ですがB型には無効です。そのため外来の現場で診断が不確実のまま、多くの患者さんに使われることは、やはり問題だと思います。
 現時点のアマンタジンの使用として、ハイリスクの高齢者には出来るだけ発病後早期に積極的に投与していいと考えます。感染し発病されてからの、素早い対応で重症化はある程度防げると考えています。

インフルエンザの新薬と今後の問題

 新薬「ザナミビル・zanamivir」がインフルエンザのA型とB型に有効という臨床試験結果が、英医学誌に発表されました14)。 これはノイラミニダーゼ阻害剤という種類の抗ウイルス薬で、A型とB型のインフルエンザウイルスに有効であると言われ、欧米などでは承認申請が出されています。我が国でも申請に向け臨床試験を行っています。「ザナミビル」は耐性ウイルスが出にくく、副作用も少ないなどの特色があり、新しい治療薬として期待できると考えられています。

 これが事実なら、これこそ本当のインフルエンザ特効薬が出現することになります。我が国での認可も早まる期待はありますが、今年の冬なのか、1-2年後なのかは分かりません。これも早急な対応が求められます。 その他インフルエンザの診断法についても解決しなければならない問題は残っています。

まとめ
 インフルエンザ・ハイリスク高齢者に対しての現実的な対応として

 1.インフルエンザ予防にはワクチン接種を行う。
  特に医療関係者が率先して行うべきだと思います。
  基本は秋に2回接種だと思います。
  公費助成を推進することも我々医療関係者の努めだと思います

 2.A型インフルエンザ感染が確認されたなら、早期にアマンタジンを内服して
  症状の軽快をはかることが必要でしょう。



 参考にした著書・文献

1)加地正郎編:インフルエンザとかぜ症候群、南山堂、P109-111, 1997
2)河谷 道、他:臨床とウイルス、8:53,1980
3)菅谷憲夫:日本醫事新報、No3900,37~43,1999.
4)廣田良夫: 日公衛誌、43:946-953.1996
5)稲松孝思: 日本医師会雑誌、120:1044〜1047.1998.
6)堀江正知、他:感染症誌、72:482,1998
7) Davies,W.L. et al.: Science,144:862〜863.1964.
8) Arden,N.H. et al.:Arch.Int.Med. 148:865.1988.
9)Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices:Prevention and Control of Influenza.MMWR,44,RR-3,1995. 
10)Recommendations of the Immunization Practices Advisory Committee:MMWR,35,p.325 Table 2 ,1986.
11) 北本 治、他:日本醫事新報、No2393,9〜15,1968.
12) 北本 治、他:日本醫事新報、No2396,15〜20,1970.
13)吉岡春紀、他:日本臨床内科医会誌、30:206〜211,1998
14) Hyden FG,et al: N Engl J Med 1997; 337:874〜880


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