週刊文春 2月18日号
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  インフルエンザ特効薬
       「アマンタジン」をなぜ使わない



 40度近い高熱に激しい症状が続く。
 死亡する患者さえ出るという今年のインフルエンザが流行のピークを迎えている。
 その苦しみをすぐに和らげてくれる薬がある。
 すがりつきたくなるような情報がインターネットをにぎわせた。
 特効薬「アマンタジン」を大追跡


「40度近い高熱が4-5日も続いて、死ぬほどつらい。熱が下がっても、セキが2-3週間も止まらない…」きわめてタチの悪いインフルエンザが、日本中で荒れ狂っている。厚生省の発表では、インフルエンザ患者は1月末から十数倍に急増して、園児、小中学生だけでも11万人を突破。2月の第2週、まさに今週が流行のピークと予想されている。
 しかし、インフルエンザで重大な被害が出るのは、子供より抵抗力が少ない高齢者の方だ。痛ましい記事が新開各紙を飾る。
〈宮城県白石市の老人保健施設で7人死亡 インフルエンザ?〉(1月23日)
〈新潟の特別養護老人ホームで5人死亡 インフルエンザ禍〉(同27日)
〈栃木県粟野町の特別養護老人ホームで5人死亡〉(同29日)  --。
 マスコミ各社の報道によれば、2月7日現在、全国で約130人が亡くなっているという。実に、その8割以上が65歳以上のお年寄りだった。
 「カゼ博士」として知られる加地正郎・久留米大学名誉教授は、こう忠告する。
「インフルエンザを、単なる風邪と甘く見てはいけません。インフルエンザは風邪の一種ですが、急な高熟や全身に激しい症状をともなうのが特微。お年寄りや幼い子供にとっては"急死に至る恐ろしい病"なんです」
 国立感染症研究所の根路銘国昭・呼吸器系ウイルス研究室長も、統計に表れないインフルエンザの被害者が多いという。
 「肺炎などの合併症を起こしたり、持病を悪化させて、平均して毎年一万人がインフルエンザが原因で亡くなっています。とくに、65五歳以上のお年寄りが危ない。今シーズンは、高年齢者層を中心に流行しているので注意が必要です」
 流行しているインフルエンザから、患者、とくにお年寄りを守るのは急務である。はたして、インフルエンザ特効薬はないものか。実は、あった。

 医療ジャーナリストがいう。
「アマンタジン(商品名は『シンメトレル』)という経口薬が、昨年11月27日、厚生省で認可されました。欧米では30年以上も前から予防・治療薬として、すでに効果は証明済みです」
 ただし、「インフルエンザ・ワクチンが第一選択で、アマンタジンは二番目」と、医者の誰もが口をそろえる。
 しかし、第一選択のワクチンには"欠点"がある。前出の医療ジャーナリストが続ける。「ワクチンを接種してから、体内に抗体ができるまでに最短でも二、三週間かかります。インフルエンザは、初期症状が出てから数日で容体が急変することがあるので、かかってから接種したのでは間に合わない。あらかじめ予防接種をしておけばベストですが、地域での集団的な接種は行われなくなった。
 平成6年、予防接種法の"改悪"によって、小学校でのワクチン接種も行われなくなった。インフルエンザにかかった子供が、おじいさんやおばあさんに感染させる危険性が高くなりました」
 そこで、ますますアマンタジンが必要になるわけだ。
 ただしこの薬は、インフルエンザの中でも、A型ウイルスにしか効かない。なぜなら、「アマンタジンは、A型インフルエンザ・ウイルスだけが持っている、増殖するのに必要な"鍵穴"をふさぐ働きをするからです」(福島県立医科大学微生物学講座の茂田士郎教授)
 だからといって、インフルエンザに効果がないというのは早計である。前出の根路銘室長はいう。「今シーズン、庄倒的に流行しているインフルエンザ・ウイルスは、A香港型です。そのA香港型が、インフルエンザの中でも症状が重くて長引くので、一番危険なんです。B型も検出されていますが、こちらの流行はまだ小さいようです」

平均治療期間が2.4日短縮
 1918年、全世界で死者2500万人を出したスペインかぜ、1957年のアジアかぜ、1986年の香港かぜなど、世界的な大流行は、いずれもA型ウイルスが原因。
「そのほかの型については、B型の流行は不定期で、大規模な流行はありません。C型は症状が軽いうえに子供の頃にほとんどの人がかかっていて、大人には免疫がある」(加地名誉教授)
 ということは、A型を防ぐことができれば、大規模な被害は防ぐことができることになる。
 取材を進めるうちに、アマンタジンが昨年認可される以前から、インフルエンザの治療に使っている医師がいることが判明した。
 山口県玖珂町にある玖珂中央病院(150床)の吉岡春紀院長である。
「療養型病棟に百人ほどのお年寄りが入院されています。昨年2月、この近辺でA香港型が流行していた時、入院患者も発症しました。最初は、感冒薬、消炎剤、点滴、抗生物質などの対症療法を続けていました。が、患者の中には、全身状態の悪化や脱水症状、一部には肺炎の合併症を起こす人も出てきたので、対症療法の限界を感じるようになったんです」
 吉岡院長は、パソコン通信の医療サークルを通じて、はやくからアマンタジンの情報を入手していた。
 「当時流行していたインブルエンザが、アマンタジンが効くA型かどうかを確認したかったのですが、抗体を調べるのに二、三週間もかかっては手遅れになりかねません。そのため、院内感染対策委員会で検討し、本人や家族に『保険適用外の薬を使う』同意を得て、感冒薬と併用してアマンタジンの投与を始めました。
 参考にしたのはアメリカの論文。
 38度を越えた患者さんに限り、量はアメリカ人の半分(1日100mg)を、4日間を目安に投与しました。それが、ビックリするぐらいよく効いたんです」
 対象になった患者は、59歳から94歳の男女13人(平均年齢82歳)。中には40度の高熱が出た患者もいたが、アマンタジンを投与すると、平均有熱期間はわずか1.4日(!)、平均治療期間は4.3日。まさに、〃特効薬〃ともいえる即効性があった。
「朝、薬を飲ませると、タ方には熱が下がった患者さんもいたんです」(吉岡院長)
 同薬を使用する以前に、対症療法で治療した患者20人(平均年齢78歳)と比較すると、なんと平均有熱期間は2.8日、平均治療期間は2.4日も短縮されたのである。しかも薬代は、実費でも、一日あたり90円弱と安上がりだったという。
 「治療効果は、ほぼ100パーセント。しかも、副作用はありませんでした。その後、250人に投与した福岡県の開業医にも尋ねましたが、そこでも副作用はなかったそうです」(吉岡院長)
 前出の加地名誉教授も、「ワクチンで抗体ができるまでに内服すると、ワクチンと同じぐらいの予防効果があります。老人施設に入っている人、老人施設の関係者、病院関係者、老人がいる家族、それに受験生には効果的です」と、太鼓判を押す。
 もし、この"特効薬"が、すでに死亡者を出した老人施設で使われていたら…。

 吉岡院長は、玖珂中央病院のホームページに、これらの臨床例を掲載。昨年2月末から、インターネットでアマンタジンの"啓蒙"に努めている。
 神津内科クリニック(世田谷区)の神津仁院長も、2年前からアマンタジンをインフルエンザの治療に使ってきた。「神経内科の専門医なので、パーキンソン病などの患者さんに使い慣れた薬だった」と言う。
 実は、アマンタジンは、パーキンソン病や脳梗塞などの脳の治療薬として、日本でも24年前から使われていたのだ。

在庫はいつでも供給可能な態勢
 神津院長は、A香港型にかかった家族を、この薬で治療した時の臨床例を、電子メールや「メーリングリスト」というインターネットの"回覧板"で医療関係者に送った。
<発症して48時間以内に使いはじめると、大変効果があります。私は、麻黄湯(漢方薬)を一緒に使うと、症状が軽減するという結果を得ています>
 神津院長は次々に詳細なメールを発信。そのたびにメールは、メーリングリストから別のメーリングリストに"感染"して、全国の医療関係者に広まったという。
「アマンタジンの効果は、ホームページや電子メールなどのインターネットを使って広まりつつあります。それも、現場の開業医が個人的に勧めているのが特徴的です」(前出の医療ジャーナリスト)
 神津院長は、振り返っていう。
「インターネットというと、青酸カリを送るための通信手段にしたり、女性を誹謗中傷するための道具にしたりと、最近は何かと評判が悪かった。今回、インフルエンザ対策で活用すると、『インターネットも、いい使い方ができるんですね』などと、感心する医師もいました(笑)」
 これほどの効果があれば、アマンタジンは相当数の開業医で使われているに違いない。
 ところが、意外や意外、インフルエンザにかかっている人を見かけるたびに調査しても、治療薬としてほとんど使われていないのだ。
 そのためか、「貴重な特効薬なので、国会議員や高級官僚の患者に限って使われている」などと、良からぬ噂も流れる始末。
 確認のために、製造販売元のノバルティス・ファーマ社の広報担当者に尋ねた。
「かなりの在庫を持っているので、いつでも供給できる態勢にあります。出し惜しみ?100パーセントありません」
 厚生省も同様に、「アマンタジンは、少しずつ広まっていると思いますよ。全国8万ヶ所の診療所で、20万人の医師が利用できるはずです」(保健医療局結核感染症課担当者)
 ところが、製薬会社や厚生省の期待とはうらはらに、いまだに現場の医師たちの多くは、冷やかな反応だ。
「アマンタジンという薬があるのは知っているが、使ったことはない」(開業医)
「24時間診られる入院患者ならともかく、認可されたばかりの薬は、副作用が心配で外来患者には処方しにくい」(大学病院の医師)
 などなど、新薬を"人見知り"しているのが、使われない理由のひとつらしい。
 それだけではない。東京都老人医療センターの稲松孝思・感染症科部長は、医師へのこんな影響を指摘する。
「日本では、新薬の開発や新しい治療法が普及するのが大変遅い。新薬が出ても、医師がすぐには使いづらい状況が続いています。そうなった原因は、一部のマスコミによる治験(新薬の臨床試験)叩きです。
 ワクチンがいい例ですよ。
 世界的に効果は認められているのに、一部マスコミが『使わない方がいい』という偏った人々の意見を取り上げてキャンペーンを張った。その結果、日本のインブルエンザ・ワクチン戦略を崩壊させたんです」
 アマンタジンに続いて、A型とB型の両方に効く"特効薬"がアメリカで開発済みで、日本でも使われるのは、それはど遠い将来ではない。
[良薬は口に逃がし]たりすると、それこそ致命傷になりかねない。


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