あひるさん、ありがとう


遊園地で出会った着ぐるみ姿の神様


 二度の脳梗塞で重度の障害が残った夫は、狭心症発作を繰り返しながら、

自宅療養を続けている。 人との接触を求めて、時折外出する。

 冬の一日、急に思い立って遊園地へ行った。 広場の隅に車椅子を止め、

私は傍らに立って元気に走り回る子どもたちを見ていた。 思ったより寒く、

早く帰らねばと思った。

 その時広場に歓声があがった。ドナルドダックの着ぐるみを着た人が現れ、

子どもたちがどっと駆け寄ったのだ。

 ところがそのあひるさんは、子どもたちをかき分けてどんどん駆けて、

こちらへ近づいて来る。 広場の隅にいる私たちの方へ・・・・・・。

 車椅子に乗った夫の前へ来ると、大きく一礼して大きな手で夫の背中を

撫でてくれる。二度、三度、突然の出来事に私達も周りの人も驚いた。

 夫の背中を大きく撫でて、今度は私の腕をさすり、両手で包みこんでくれる。

大きな白い温かい手で・・・・・・。

やさしさが老二人を包み、その温かさが周りに広がり、見ていた人達の間から

拍手が起こった。

 夫の顔を見ると、涙がほろほろ頬を伝っている。

風の冷たさを忘れた。

「やさしさをありがとう」と言うのが精一杯の感謝の言葉。

あひるさんはウンウンと頷いてもう一度夫の背中を撫でて、子ども達の方へ

駆けていった。

 思いがけない出来事だった。 

着ぐるみだからお顔は見えない、お声も聞けなかった。

けれど、やさしさと励ましのお心はしっかりといただいた。

病む夫にも、介護の私にも元気をくださったあひるさん、ありがとう。






 



読売新聞(H16年11月25日)に紹介されていた楢崎好江さんの文章です。
日本郵政公社総裁賞を受賞された楢崎さんは、

「受賞は思いがけないことですが、顔も見えず声も聞こえなかった
『あひるさん』と共に喜び合いたい。表彰式に連れて行く予定の
孫たちに、親切とは何かを知ってほしいと思います。」


 







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