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岩国ってどこ

岩国市(観光振興室)ホームページ公開

 岩国には、もちろん錦帯橋があります。この錦帯橋、日本3奇橋などと呼ばれますが、この橋は 単に風変わりな奇橋ではないのです。  この橋は実に、今から350年もの昔(1673)・・アメリカの独立戦争の100年前・・・に、岩国藩3代目藩主吉川広嘉公の発案で、16年の歳月をかけて完成した、世界に類を見ない木造建造物なのです。それまでも、激流の錦川に架けられた橋は、幾度となく流されてきました。
 人材育成から始まる長期にわたる架橋の歴史は、現在のアポロの月着陸にも匹敵する、小藩岩国藩にとっては、まさに科学的大事業だったのです。
 生まれた橋は、皆さんがご存じの、頑丈な石組みによる橋台と橋脚を持たないアーチによる橋" 錦帯橋"ですが、その木造アーチ橋の構造はもちろん、橋の弱点である橋台が流されないための数々の工夫は、情報の収集、実物大模型と失敗、そのたびの流失の原因の徹底的な科学的分析によって生まれました。(流線型の橋台、川底がえぐられるのを防止するための川底の舗装、水圧をかけないための内部を水が通過する構造、石の間の鉛のくさび、渇水期のわずかな期間に架橋するための工法・・・等々。)
 そして、極めつけは人柱を願う声に、藩主の「人柱で流されないのなら、苦労するか」の一言。
 キジヤ台風の際、ダムの放流のタイミングが悪く、橋体まで水に浸かり、見守る多くの市民の前で 橋は300年目にして流失してしまいますが、このときもその時の橋台は流されませんでした。

 今、この岩国は、地方都市には他にはない科学センターと言う物を持っています。37年前、理科 教育の重要性に岩国市は「科学センター」を設立しました。

 岩国の誇り、それは、錦帯橋以来、連綿と続く「科学的風土」なのです。これこそ、岩国の文化であり、そして、未来へ引き継ぐ市民の貴重な財産なのです。


夏/ライティングされた錦帯橋

写真は岩国観光パンフレットより

 雪景色の錦帯橋わが町、岩国の紹介のページです。なかなか手が回らなくて完成は最後の最後になりそうです。今しばらくお待ち下さい。

  岩国と言う地名の由来として、どのような由来があるのか、地元の人も知る人はとても少ないですね。20年ほど前にふとしたきっかけで、江戸時代の文献を目にする機会があり訪ねてみました。いちど、岩国お住まいの方は、地名の由来として伝えられる石を訪ねてみてはいかがですか?

 特に、米カメ岩から、亀石、瑞亀尾根、岩国山へ至る山道はハイキングコースとしても適当なコースとなっています。詳しくは堅石ここをクリックして下さい。

 

 なお、徴古館のページOPENしていますので、よろしかったらどうぞ

 岩国徴古館は、吉川家より伝わる古文書・古美術品を保管し管理している建物です。

 徴古館ここをクリックすると徴古館の説明があります。

 吉香公園内のダイオウマツここをクリックすると大きな画像に変わります。


錦帯橋

 錦帯橋は創建300年の名橋です。錦帯橋がすばらしいのは、その姿、周囲の風景もさることながら、江戸時代初期〜中期の木造構造物とは思えない、精巧な作りと、流失しない橋へのきわめて合理的な諸々の配慮です。200mもの長さの巨大な橋が、流量の多い錦川に架って、それが300年の風雪に耐えたことこそ驚異でしょう。

 詳細は