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古館のホームページもありますので、
そ
ちらで確認するか、徴古館(0827-41-0452)にお問い合わせください。もうこのページは用は無いかも・・・
暴末の激動期に藩政改革に決起した必死組の盟主として流刑され、許されて後、明治に私整を開き、郷土の多くの人林を育成した東沢潟の伝記。
明末の帰化僧独立性易と三代岩国藩主吉川広嘉の略伝。独立と広嘉の交流ので錦帯橋創建のヒントがえられたという。
廃藩による混乱と変革の時代に、士族の救済と殖産興業のために義済堂を創設し、営業していったことを中心に、連城と成愁の人物と業績をまとめ たもの。
岩国の生んだ最も著名な儒学者である宇都宮遯庵の作品を中心にとりあげ、その人となりなどを述べたもの。
年中行事の一つとして、岩国では元禄3年(690)に連歌始の合が始まった。この連歌会で詠まれた連歌を集めたもの。
岩因藩の海岸部の干拓事業に関する史料集集。
岩国藩の財政全般にわたって詳述した桂芳樹氏の研究論文。
享保年間(1726年頃)の岩国藩内の村々の現況を藩が把握しし、編集した地誌。この本の後部に収録してある古村記(寛文6年-1666-頃 の現況を記したもの)を享保年間に増補したものとしてこの名がつけられた。ともに郷土史研究の第一級史料料である。
市政50周年記念事業の一環として行なわれた、重慶の画家の村の画家、譯小勇を中心に両親の作品による展覧会の図録。
錦帯橋以前の橋から、錦帯橋の創建、架替に関する史料を集めたもので、明治の末まで収録。
岩国藩の農民に対する在方箇条の中の寛永16年1639)より享保五年(1720)までのものを収緑。
上記の続きで明和6年(1769)までのものを収録。
上記の続きで明治3年までのものを(1870)までのものを収録。
藤田葆が明治に、編纂した「岩国沿革志」の中に収められている「岩邑怪談録」を活字化したもの。
上記の中の実事談や変死に類するものを他の資料から集めたもの。
熊谷秋両が種痘医として柳井へ行った時の日記と江戸幕府の命で飯田道周が編纂した岩国藩内の産物目録。
岩国藩庁に対する家臣のした建言などを集めたもの。
香川正矩(1613〜1660)が著した戦国時代の中国地方の戦記物である「陰徳記」の中の、弘治元年(1555)の厳島戦争前後の部分から 抄録したもの。
今田純一(1848〜1905)の著わした岩国錦見地域の地誌。
三浦義臣が書き写し、書き継いだ編年体の岩国地方の詳細な歴史年表。慶長5年から元禄4年(1600)から元禄4年(1691)までの分を所 収。
上記の本の続きで、享保20年(1735)まで所収。
上記の本の続きで宝暦10年(1760)まで所収。
上記の本の続きで寛政12年(1800)まで所収。
岩国あるいは岩国に関孫ある金石文を鐘や華表や墓誌、石碑、歌碑、句碑などから集めたもの。
幕末維新の動乱期に、兵力の不足を補うために庶民を調練して軍隊を編成した。この農兵隊に結集した河内組・藤谷組・坂上組・由宇組・玖珂組・ 柳井組の庶民の名簿・記録。
上記の本の一連のもので、由宇組の諸村を抄録したもの。
上記の本の一連のもので、御仕成状の文言を載せたもの。
上記の本の一連のもので、藤谷村、当町、今津町、河内組、坂上組の諸村を所収。
上記の本の一連のもので、玖珂組と柳井組の諸村を所収。
重慶の画家の村の版画家徐匡の木刻版画を中心に行なった展覧会の図録。
江戸時代の岩国の和歌
吉川家より寄贈されてた図書類の目録
吉川家より寄贈された藩政資料の目録
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