広島市職労機関紙

<しぶき>

 主な記事 


1309号  2014年  4月  24日

家族みんなでまつりを満喫

第11回ひろしま給食まつり

給食を通した市民とのふれあい

  4月20日、タカノ橋商店街(中区大手町)で、第11回ひろしま給食まつりが開催されました。今年は朝から小雨が降り肌寒いなかでの開催となりましたが、心配された来場者数も、開会前から列ができるほどの盛況ぶりで、約3000名の人出でにぎわいました。
用意した給食試食券はすぐになくなる
 オープニングは、毎回恒例となった「ぽんぽこ座」による威勢のいい和太鼓。途中からは獅子舞も練り歩き、ちびっこからは歓声があがりました。
 用意した500枚の給食試食券はすぐになくなりました。間に合わず残念がる来場者の姿がありました。400個の揚げパンも長蛇の列ですぐに完売となりました。給食の試食も揚げパンも来年は、もっとたくさん用意してほしいとリクエストが寄せられています。
 市職労の各支部協議会は、風船のサービス(食肉市場支部)、木工体験(業務員協議会)、ヨーヨー釣り(環境局支部)などにとりくみ、今回初参加の青年部による綿菓子も好評でした。
 環境コーナーのパッカー車体験、ごますり体験、回転釜を混ぜる体験、箱の中の野菜を触って当てるコーナー、豆つかみゲームなど、全部のコーナーを回りスタンプラリーを制覇すると、給食レシピ集とふりかけのお土産があり、くじびきで当選するとサンフレッチェの入場券やユニフォーム、カープグッズがプレゼントされました。
市内各所からの多数の来場者でにぎわう
 来場者は市内中心部だけでなく、安佐南区、安佐北区、佐伯区からも多数あり、ひろしま給食まつりは少しずつ市民に定着してきています。事前の新聞取材やラジオ出演、当日のテレビ取材などマスコミも高い関心を示しています。
 来場者からは「子どもだけでなく家族でまつりを満喫している」「毎年楽しみにしている」との感想が聞かれました。また、タカノ橋商店街からも「来年もヨロシク」と開催を期待する声があがりました。ひろしま給食まつりは地域との協力・共同のとりくみとして、ますます進化発展してきています。市職労は引き続き、ひろしま給食まつり実行委員会に結集してとりくみを強めます。


障害児の給食費助成廃止
何のための事務事業見直しか

  「障害者と家族のくらしと権利を守る広島連絡会」「ひろしまの子どもを守る実行委員会」「広島の障害児療育・教育を充実させる会」(3団体)はこの間、「広島市事務事業見直し・発達支援センターの給食費への市負担廃止」に反対し撤回を求めて運動を続けてきました。
 市の健康福祉局障害自立支援課との交渉をはじめ、「食費負担の助成廃止撤回を求める署名」活動などをおこなってきました。1月24日の障害自立支援課との交渉には療育センターの保護者や市職労などを中心として150名が結集しました。
市議会、食費負担の助成廃止を可決
 2月13日には、約1か月で集めた請願署名10325筆を市議会に提出しました。市議会のなかでは、紹介議員が、療育の一環である給食の大切さや、食べることが大変な子どもたちへの支援と一般の子どもたちの食事の食材費のみをみて「平等性」を論じる矛盾を訴えていきましたが、4月以降の利用者については、市の助成を廃止することが可決されました。
当事者の声に耳をかさない市の姿勢に憤り
 当事者の声に耳をかさず、国の方針に従う市の姿勢に大きな憤りを感じます。3団体は引き続き、障害児にとっての給食の大切さを訴え続けていきます。


労働組合に結集して職場要求を実現
市職労安佐南区役所市民課分会

 市職労安佐南区役所市民課分会は、平成24年11月5日に結成されました。
業務の複雑化、8区中最多の人口を抱える安佐南区
 市民課業務は、個人情報保護の強化や情報化が進み、本人確認や戸籍のコンピュ
ータ化、住基システムの変更など一つひとつの事務が複雑化するとともに、市民個人のニーズも多様化し、高いコミュニケーション能力や専門知識を求められる状況へと変化してきています。また、安佐南区は、8区のなかで最も人口の多い区であるにもかかわらず、職員配置は他区と比較しても少なく、逆にこの間事務推進員の定数が減員されてしまいました。
事務推進員の処遇は放置されたまま
 10年以上働いている事務推進員の労働条件は、報酬は他の嘱託職員と比較しても著しく低く、経験加算、一時金、病気休暇もなく、互助会にも入れないなど処遇改善は放置されたままでした。
要求書を提出、粘り強い分会のとりくみ
 「この現状を何とか改善したい」そんな思いから分会の活動が始まりました。
平成25年5月22日に要求書を提出し、市職労交渉など機会あるごとに職場の実情を訴え、その実現のために粘り強く奮闘してきました。
 その結果、@事務推進員の減員された定数の復活(9名→10名)、A事務推進員の病気休暇の創設、B正規職員の増員(戸籍係1名)の要求が実現しました。
要求の正当性を確信に、団結して人事当局と交渉
 この結果は、労働組合が人事当局と対等な交渉のなかで、その要求の正当性を主張し実現したものです。職員削減など職員にとって厳しい流れが続くなかで、画期的なものと言えるでしょう。労働組合の役割は、労働者が団結してみんなの要求を実現することです。今回、人事当局に職場の声を粘り強く届けていくことで、人員問題や休暇制度で大きく前進しました。労働組合に団結して勝ち取ったこの成果は困難な局面打開の展望を示しました。
身近に役立つ組織―労働組合
 職場のどんなささやかな願いであってもその実現のために奮闘できるのは、労働者で組織している労働組合しかありません。
 市職労安佐南区役所市民課分会は、労働組合が身近で役に立つ組織として実感できるよう、引き続き要求実現のために奮闘します。


消費生活センター相談員懇談会
職場状況出し合い要求項目を確認

 市嘱託労組は4月16日、消費生活センターの相談員懇談会をおこないました。相談員は全員、嘱託雇用の職員です。
欠員、時間外勤務のまん延
 今年度は4月から1名欠員でスタートしています。市当局は、質の高い市民サ
ービスが提供できているとしながら、相談員の時間外勤務や、年休取得率低下、多忙な入力事務に対して、相談員の工夫に頼るばかりです。
健康で働ける職場環境を
 心身ともに健康で働けるよう早急に職場環境を整備してほしいと、◇欠員の相談員の補充、◇時間外勤務の原因である「相談カード」入力時間の確保、◇相談員の待遇及び報酬の職務に見合ったものへの改善について、要求書を提出することにしました。


1日8時間労働制のはじまりとメーデー
はじめての労働組合ミニ講座A

 5月1日はメーデーです。労働者の国際的な記念日で、毎年世界各地で集会やデモンストレーションがおこなわれます。その始まりは128年前にさかのぼります。
アメリカのストライキから
 1886年5月1日。舞台はアメリカです。当時、1日10数時間の長時間労働に苦しめられていたアメリカの労働者は、1日8時間労働制を求めてキャンペーンをしていました。5月1日、シカゴ・ニューヨーク・ボストンなど1万1500を超える工場の労働者約35万人がいっせいにストライキに立ち上がり、20万人の労働者に対して8時間労働制が実現しました。
 8時間労働制が広がることを恐れた資本家は激しい弾圧を加え、いったん約束された8時間労働制が次々と破られていきました。それでもアメリカの労働者は労働組合を建て直し、1890年にふたたび8時間労働制を要求してストライキを構えました。
世界各国でいっせいに行動
 その頃、世界の労働組合の代表が集い、国際労働者集会が開かれていました。そこで、ストライキを構えるアメリカの労働者に連帯して、世界各国で、いっせいに集会やデモをすることが決定されました。
 1890年5月1日、アメリカの労働者が8時間労働制の要求を掲げてストライキをするのに呼応して、ヨーロッパ、オーストラリア、ラテンアメリカなど世界の各地で労働者が集会やデモをおこないました。これ以降、毎年5月1日に世界各国でメーデーが開催されるようになりました。
8時間労働も広がる
 メーデーとともに、8時間労働制も国際的な要求として広がり、1917年に誕生したソビエト連邦がはじめて国の法律として8時間労働制を確立。1919年のILO(国際労働機関)第1回総会で「1日8時間・週48時間」労働制を第1号条約に定め、国際的労働基準として確立するに至りました。
日本のメーデー
 日本では、1920年に第1回メーデーがおこなわれ、今年は85回目となります。国民の権利と自由が厳しく制限された戦争の時代、1936〜1945年の10年間は労働運動も弾圧され、メーデーは開催できませんでした。
 ふたたびメーデーの歴史が途切れることのないよう、いまある権利や自由を守るために、一人ひとりの行動が問われる時代ではないでしょうか。