「主病」とは何だろう

レセプト記載要領改正については
診療報酬請求書等の記載要領等の一部改定についてで通達内容を示していますが、こんな重要な事項を周知期間もなく実施させる事に、疑問を感じざるを得ません。

 この改定を行うの真の目的は何なのか、具体的な記載法など、十分に周知徹底してからの実施でないと現場では大混乱します。そして各都道府県での対応もまちまちであり、混乱したまま実施する事は出来ないと思います。

 改定通達の内容をまとめますと
 1.傷病名については、原則として、「厚生労働大臣が定める規格及び方式」に規定する傷病名を用いること
 2.主傷病、副傷病の順に記載すること。
 3.主傷病については、原則として1つ、副傷病については主なものについて記載すること
 4.主傷病が複数ある場合は、主傷病と副傷病の間を線で区切るなど、主傷病と副傷病とが区別できるようにすること。

 さて、今回の通達で目に付くのが「主傷病・副傷病」という言葉です。混乱の原因の一つはこの言葉の解釈ですが、これまで保険診療で、「主傷病・副傷病」という言葉の概念や定義は明確にされていません。またレセプトの記載方法も、病名の記載は発生順に時系列で記載するのが基本だと思います。
 それを「主傷病、副傷病の順に記載すること」に変更してしまうと言うのです。
 保険診療で病名の記載を簡略化して、いわゆる「保険病名」をなくす為の措置ならば、今後現場の意見も入れて具体的に検討し、その改定案に協力することはやぶさかではありませんが、いまの審査会の審査のままでこんな記載法に変更すれば、むしろ混乱だけとなってしまうと思います。

 やはり今回は「撤回・破棄」として、十分な議論・周知徹底の後に実施して貰いたいものです。

 そこで、少し主病とは何か、定義はあるのかを調べてみました。
 ここで言う「主病」と今回の通達の「主傷病」や保険制度での「主病名」とは厚労省の考えは違うのかも知れませんが。一つの考え方と言う程度でお読み下さい。

 「主病」の定義
 慢性疾患の外来診療での
特定疾患療養指導料(老人では老人慢性疾患生活指導料)算定の留意事項に「主病」という言葉が出てきます。

 


 特定疾患療養指導料算定に際しての留意事項

 ☆特定疾患療養指導料は、別に厚生大臣が定める疾患(表-1参照)を主病とする者に対し算定でき、実際に主病を中心とした療養上必要な指導が行われていない場合又は実態的に主病に対する治療が当該保険医療機関では行われていない場合には算定できない。

 ☆主病とは、当該患者の全身的な医学管理の中心となっている特定疾患をいうものであり、対診又は依頼により検査のみを行っている保険医療機関にあっては算定できない。

 ☆同一保険医療機関において、2以上の診療科にわたり受診している場合においては、主病と認められる特定疾患の治療に当たっている診療科においてのみ算定する。

 レセプト上主傷病が複数記載されている場合であっても、ある疾患を主病とする場合に限り算定できる点数を2種類以上算定することは認められない。


 これでは「主病」とは、「全身的な医学管理の中心となっている特定疾患をいう」とされており、下記に示します「別に厚生大臣が定める疾患=特定疾患」をもつ、慢性疾患と言う定義になります。そしてその「主病」にだけ指導料が算定できるという決まりです。
 と言うことは、この定義では急性期疾患は含まれないことになります。それで良いのかどうか分かりませんし、レセプト記載の為の今回の通達の目的とは、少し定義が異なるようにも思えます。お役人は色んな言葉を使いすぎます。
 そして副病の定義は見あたりません。

 もし、この定義に従って「主病」に印を付けるとしたら、特に多くの慢性疾患を合併した場合など主病の判断で迷うことがありますし、これを1つだけ印を付けることは出来ない場合もありますし、別に厚生大臣が定める疾患以外の疾患を「主病」としたとき、「副病」に別に厚生大臣が定める疾患があったとしても、特定疾患療養指導料は留意事項の違反として返戻・減点されてしまう危険もあります。

 我々が臨床の場で慢性疾患として考えている疾患も別に厚生大臣が定める疾患(表-1参照)では対象から外されていたりしますので、これも注意が必要となります。

 例えば慢性関節リウマチで痛みや腫張・変形で定期的に通院され、鎮痛剤やステロイド等を内服されている患者さんの場合、慢性胃炎の病名を付けて胃薬の投薬・胃潰瘍の予防・注意や指導なども行っている方であれば(時には胃潰瘍の病名で強力な胃潰瘍の予防治療を行うときなど)、当然「主病」は慢性関節リウマチになると思いますが、そうすれば特定疾患療養指導料は算定できない事となります。しかしこれまでは慢性胃炎や胃潰瘍の病名が併記されておれば特定疾患療養指導料の減点はありませんが、今後原則として「主病」は一つという規定では慢性胃炎を「主病」にするしかないのでしょうか。慢性関節リウマチも慢性胃炎も2つとも「主病」でも良いのでしょうか。

 また、肥大型心筋症でβブロッカーやCa拮抗剤などを投与している患者さんは、肥大型心筋症は特定疾患療養指導料の対象疾患ではないためこのままでは療養指導料は算定できません。治療行為のない検査だけの経過観察の場合は再診料と検査だけの算定です。
 しかし治療で投薬をする場合、例えばβブロッカーやCa拮抗剤はを処方してもこれらの薬は肥大型心筋症には適応が無いため、このままでは審査で減点査定されてしまいます。(異議申し立てで復活しましたが実際に私も最初減点されました) 投薬するためにはその薬に適応のある高血圧症などの「保険病名」を追加せざるを得ないことがあります。この場合「主病」を肥大型心筋症にすれば、療養指導料は認められず場合によっては薬も減点される事があり、しかし高血圧症の病名を追加し、これを「主病」にすれば保険上特定疾患療養指導料も算定できることになりますし、薬の減点もあり得ません。こんな矛盾をどう理解しろと言うのでしょう。

 この様に「主病」に印を付けることは、レセプトの記載を簡略化する方向とは別に、逆にあとで意味のない査定をされる事も考えられます。

 「主病」の議論とは外れてしまいますが、特定疾患療養指導料算定の際の「別に厚生大臣が定める疾患=特定疾患」の決め方も誰が決めたのか理解できない不可解な決まりです。我々はこの決まりに縛られながら診療しているのです。一例を挙げますと

 呼吸器疾患で肺気腫は認められますが、珪肺や肺線維症は算定できません。
 脳血管障害の脳出血・脳梗塞は認められますが、アルツハイマー痴呆やパーキンソンはだめです。
 慢性胃炎は可で、逆流性食道炎や慢性腸炎は不可です。
 C型慢性肝炎は可、原発性胆汁性肝硬変 胆石症不可です。

 その他
  鉄欠乏性貧血 悪性貧血などの血液疾患 
  慢性糸球体腎炎 腎炎 腎不全などの腎疾患
  骨粗鬆症、変形性脊椎症、腰痛症 慢性関節リウマチ 悪性リウマチの骨・関節疾患
  前立腺肥大

 も算定対象から外されています。これらの疾患を「主病」として、特定疾患指導管理料を算定していれば査定されると言うことです。こんな矛盾は幾らでも考えられます。

 下記に特定疾患療養指導料の算定対象疾患と算定できない疾患を抜き出してみました。全ての疾患ではありませんが参考程度にしてください。

 以上私見を述べてみましたが、結局「主病」「副病」の定義については未だ理解できませんでした。またこの問題だけで今回の通達も片づく事でもありませんが、「主病」の一つの考え方という位で理解してください。最後にもう一度、この通達は「廃止」すべきです。

                 平成14年4月24日 吉岡春紀

 


特定疾患療養指導料 算定対象疾患「別に厚生大臣が定める疾患=特定疾患」 
 主な疾患 表-1

 1.感染症および寄生虫
   結核
   ウイルス肝炎 慢性ウイルス肝炎

 2.新生物
   各部の悪性新生物
   ホジキン病、リンパ性白血病、骨髄性白血病 など

 3.内分泌、栄養および代謝疾患
   甲状腺障害
   糖尿病
   代謝障害 高コレステロール血症、高脂(質)血症

 4.神経系の疾患
   一過性脳虚血発作および関連症候群

 5.循環器系の疾患
   高血圧性疾患
    高血圧性心疾患、高血圧性腎疾患、二次性高血圧など
   虚血性心疾患
    狭心症・心筋梗塞、その他の続発合併症
   その他の型の心疾患
    不整脈・心不全 
   脳血管疾患
    くも膜下出血、脳内出血、外傷性頭蓋内出血、脳梗塞

 6.呼吸器系の疾患
   慢性下気道疾患
    慢性気管支炎、肺気腫、その他の慢性閉塞性肺疾患、
    気管支喘息、気管支拡張症

 7.消化器系の疾患
   胃および十二指腸の疾患
    胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃炎および十二指腸炎

   肝疾患(経過が慢性のものに限る)
    アルコール性肝疾患、慢性肝炎、肝硬変、肝不全

   膵の障害 アルコール性慢性膵炎 

 


算定対象外の慢性疾患 

  3.内分泌、栄養および代謝疾患
   周期性四肢麻痺 クッシング症候群

  5.循環器系の疾患
   肥大型心筋症・うっ血型心筋症 心臓弁膜症 解離性大動脈瘤など
   脳血管障害 脊髄小脳変性症 アルツハイマー痴呆 てんかん 顔面神経麻痺 パーキンソン病

  6.呼吸器系の疾患
    気胸 珪肺 肺化膿症 肺水腫 肺性心 肺線維症 胸膜炎 膿胸

  7.消化器系の疾患
    原発性胆汁性肝硬変 胆石症 胆嚢炎 胆管炎
    食道・腸疾患
     過敏性腸症候群 潰瘍性大腸炎 胃切除ダンピング症候群 
     麻痺性イレウス 慢性腸炎、便秘症
     食道炎、アカラジア、食道潰瘍、逆流性食道炎

 


その他の算定不可疾患

  血液疾患
   低色素性貧血・鉄欠乏性貧血 悪性貧血 多血症 血友病

  腎疾患
   慢性糸球体腎炎 腎炎 腎不全 腎盂炎 尿毒症、ネフローゼ症候群 電解質異常 低カリウムなど

  骨・関節疾患
   骨粗鬆症、変形性脊椎症、腰痛症 慢性関節リウマチ 悪性リウマチ

  前立腺肥大
  更年期障害 片頭痛 末梢神経障害 末梢神経炎
  高尿酸血症 痛風
  痔疾、痔瘻
  アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎
  精神神経疾患 うつ状態・不安神経症など

 などの慢性疾患は算定できない

参考資料

 吉岡春紀 : 慢性疾患生活指導の保険点数算定の条件 : 治療 2001,Vol.83,No11 南山堂

 


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