介護保険制度後の社会的入院について考える

 社会的入院の問題については過去にも医療制度関連のホームページに私の考えを述べてきましたが、最近また介護保険制度絡みでマスコミに取り上げられています。
 しかしこのデータは介護保険制度発足前のデータを発表したもので、それをそのまま鵜呑みにしてしまうと大きな間違いをしてしまいます。そこで改めて介護保険制度と社会的入院について個人的な考えを述べてみます。

 3月13日の朝日新聞の報道では、
--退院後の受け皿なく、2割が「社会的入院」 厚労省調査--のタイトルで
「入院患者のうち5人に1人は、受け入れ先などの条件が整えば退院が可能だと医師が判断していることが、厚生労働省が12日に発表した「患者調査の概況」で分かった。入院治療の必要がないのに受け入れ先がなくて退院できない、こういった「社会的入院」は、27万5000人にのぼると推計している。75歳以上になると4人に1人、精神病院だと5人に1人が「社会的入院」とみられる 」
 
記事のまま引用しますが、この様に、再び「社会的入院」をこの時期に持ちだした真意は不明です。
 厚労省の発表は平成11年10月の「患者調査の概況」であったものを、朝日新聞が独自に(勝手に)「社会的入院」調査として分析したものであると思います。
 それ厚労省の報告の一部の入院患者の重症度の調査部分をピックアップしたものです。
 従ってこの「患者調査の概況」から「社会的入院」云々という問題は厚労省の意図するところとは違うのかも知れません。しかしその後の中医協診療報酬基本問題小委員会で、社会的入院の有無をめぐって、健保連と日医が対立したとの報道もあり、その際にこの資料が使われており新聞社独自の判断であったのかどうか疑問です。
 多分厚労省の予測通りに医療費抑制が進まないこと・介護保険制度も医療費抑制の効果が少ない事、すなわち一般病床の削減と療養型病床群転換が進まないこと、そしてその療養型病床群のうち介護保険制度での介護型療養施設への申請が少ない事、在宅の介護環境がととなわない事などで、厚労省も危機感を持ち平成11年の「患者調査の概況」データを「社会的入院」中心に発表したのだと思います。

 元々この調査の目的は「病院及び診療所(以下「医療施設」という。)を利用する患者について、その傷病状況等の実態を明らかにし、医療行政の基礎資料を得ることを目的とする。 」とされています。そのため本来は「社会的入院」を調査したものではありませんし、ここで取り上げられている社会的入院の定義も曖昧です。このデータより社会的入院とされているのは「受け入れ先などの条件が整えば退院が可能だと医師が判断していること」しかありません。一般的にはこの条件と入院期間に長期入院が条件とされると思います。

 こんな定義はここではさておき、介護保険制度導入前の調査結果を、介護保険制度導入後1年を過ぎて、対比もなく発表すること、またマスコミもそのまま報道してしまうことに、びっくりしましたし不信の念を抱かざるを得ません。
 もし介護保険制度導入後の最近のデータとの対比で、予想外に介護施設転入が進まず「高齢者の社会的入院」が減らなかったという介護保険制度前後の比較であったり、制度による医療費と介護費の変化の比較なら意味はあると思います。
 しかし今回の発表は違います。この様に新しい制度が始まっているのに、過去の制度の調査結果を公表してどんな意味があるのだろうか、改めて疑問です。

 この調査の結果は厚労省のホームページでも公開されていますので、ご覧下さい。

 対象は平成11年10月の「調査日に、全国の医療施設(病院、一般診療所及び歯科診療所)で受療した、 入院148万3千人、外来683万6千人である。」とされていますが、ここでの疑問は各種の統計で都合の良い分類がされていることで、社会的入院の項目では入院の148万人は全ての入院施設を含んでおり、いわゆる一般病院も、精神病床、結核病床、感染症病床、老人病床、療養型病床群も一緒にしての統計です。社会的入院と言う限り、元々一般病院や病棟に長期間入院している事で問題化したのに、この集計では長期療養のために新設された療養型病床群も社会的入院に含んでいることは、何かおかしな統計と言わざるを得ません。

 入院患者重症度の状況を病床の種類別にみると、ここでは病院を分類しています。病院ではその他の一般病床80万6千人、精神病床 32万9千人、療養型病床群15万4千人の順となっており、一般診療所ではその他の病床 7万人、療養型病床群1万1千人となっています。
 本来ならその他の一般病床80万6千人のうちの長期入院者を分析するのが社会的入院の本当の検討だと思います。(注:「その他の一般病床」とは、精神病床、結核病床、感染症病床、老人病床、療養型病床群以外の病床をいう。 )

 そして平均在院日数と言う指標で見ますとその他の一般病床の在院日数は全国平均25.2日であり30日を切っていますし、また全病床でも41.8日であり、特に一般病床では社会的入院と言われる入院は特殊の疾患例しかなく、ほぼ「ない」と言うのが現実であり、今年の医療法改定で高齢者の3ヶ月以上の一般病院入院はほぼ出来ませんので、現在は一般病院には「高齢者の社会的入院はない」と言って良いのではないかと思います。
 またこの調査では、疾患別に統計すると入院患者で一番多いのは「精神及び行動の障害」33万4千人(入院患者の22.5%)となっており、高齢者以外の長期入院に精神神経科の長期入院の存在があり、特に精神科入院についての入院も「社会的入院」として算定されていることも問題です。また感染症も少数ですが高齢者以外の長期入院がありますし、今話題になっている「ハンセン病」などは政策的に「社会的入院」させられた方々だと言うこともできます。
 以前から「社会的入院」といえば、すぐに高齢患者を連想してしまうのですが(このようにし向けられた点もあるのですが)、このデータから、その27万5000人を年齢階層別に分けて計算すると、65歳以上は18万2000人(66.2%)であり、35〜64歳が7万8000人(28.5%)をも占めていることがわかり、これは、予想外に大きい数字であると思います。
 このことはすでに別のページで紹介したように二木先生がすでに「社会的入院」の数字のトリックとして暴いていますが、今回公表された数字でも、はっきりしている事実だと思います。

 そして今、長期療養病棟をどう算定するのかが問題です。先に述べたように一般病床に「受け入れ条件が整えば退院可能」な長期入院患者が増え、医療費を圧迫し始めたため、包括化の特例許可老人病院制度や老人保健施設を作って医療費の削減と受け皿づくりを始め、その後介護保険制度を前に療養型病床群と言う制度を新設し、一般病床の削減を条件に入院料を上げ施設変換を誘導し、この一部を介護保険制度での介護療養施設に振り分け、見かけ上の医療費を削減しようとしているのが今の介護保険制度です。

 ここで今回の報道の長期療養型病棟の入院患者も「社会的入院」とするならば、介護保険制度でこの病棟の名前が変わっただけの「介護型療養施設」にも「社会的入院」という概念を導入するのか、すなわち介護保険制度では施設の「社会的入所」を認めるのか、認めないのかをきちんと説明する事が必要です。

 また厚労省のデータはいつも年齢による階層分類で恣意的に分類階層が変化します。今回は35-65歳と65歳以上などの分類ですが、一般に医療保険でいう高齢者は70歳以上です。と言うことはこの統計で70歳以上と言う分類が何故出来ないのかも疑問になりますが、ここでは介護保険の2号保険者の年齢と一致させたのでしょうか。
いずれにしろ統計では同じ階層分類をして貰いたいと思います。

 そして、この統計が介護保険制度前だとして、65歳以上の長期入院患者いわゆる「社会的入院」は18万2000人だとすれば、介護保険制度後、介護型療養施設に申請した全国の病床数がもし、厚生省の予測通り19万床が実現していたなら、ほぼ解消されたことになったのではないでしょうか。でも現実は少し違い介護型の療養施設の認可はまだ12万床程度のようです。特に都市部での申請が遅れています。と言うことは単純計算では6万数千人が、介護施設に転院出来なかったと言うことではないでしょうか。いずれにしても制度発足後の統計資料でないとなにも結論は出ないと思いますが、この報道資料は本当に正しいのか疑問にもなります。

 昭和50年代の老人病院には無意味な投薬や点滴などひどい所もあったのは事実だと思いますが、在宅に帰れない、または帰ってもすぐに悪化してしまう老人を今で言う「社会的入院」として容認せざるを得なかったのは、日本にはそれを受け入れる施設が全くなく、老人病院にそれをまかせてしまった医療制度の問題だと思っています。
 しかし当時は医療もバブルと言って良い状況で、保険も黒字であちこちに保養所なども建設し、何でも有りで誰も社会的入院などと言う言葉は使っていませんでした。

 しかしその後、医療制度の見直しや高齢化を迎え、老人医療費の割合が増してきて、老人の長期入院が注目され、60年代になりあわてて老人保健施設と言う中間施設や特別養護老人ホームの増設が始まり受け皿づくりがやっと始まったわけですが、この老人保健施設という制度が全く中途半端で、当初病院入院と在宅までの中間施設と言うことでしたが、保険医療機関ではなくまともな医療継続もできず問題が多い施設でした。従ってこんな経過を無視して全てが社会的入院や病院が悪いという発想にはならないと思います。これを黙認した反省は医療関係者も患者・家族も行政も全てが行う必要はあります。

 要するに社会的入院という言葉は制度の改変時に厚生省の都合の良いように出てきた言葉であり、よく本質を考えねば言葉の遊びにしかならないと思います。
 医療・福祉の総額は医療費を使った入院費であろうと、これらを福祉から出していた措置費であろうと総額は一緒であり措置費なら良いが、医療費ならおかしいとも言えないと思います。

 今後はこれらは介護保険施設として医療保険から離してしまい、一見「社会的入院」の費用や患者数は減って行くと思いますが、これらは介護施設に流れただけで、もともと欧米のように急性期医療後の受け皿があったなら日本でも社会的入院と言う言葉はこれほど問題にならなかったと思います。今後はむしろ介護保険制度でも「社会的入所の是非」と言うべき問題が出てくるかもしれませんし、単に要介護度が低いと言うだけで要介護度の低い人たちは施設退所を勧められるかも知れません。

 そして、これらの社会的入院と言われている医療も、過去には入院医療費としては低医療費で賄われており、厚労省の言う社会的入院費は月50万円などとはほど遠い、いまの介護施設以下の医療費だったわけで、この社会的入院が医療費は少し押し上げたかも知れませんが、国の医療・福祉費全体を押し上げたのではありません。この当時の厚生省の社会的入院の単価の間違いが、その善悪は問わねば現在の医療費や介護費用を逆にアップさせたといっても良いと思います。

 今後、今まで社会的入院とされた人たちが介護保険にシフトしても医療費・介護費の総枠は減ることはないのがその事実だと思います。

 今回の社会的入院報道は、医療費削減の目的で導入された介護保険制度、そして医療費削減には「社会的入院の削減」が第1の目的でした。しかし介護保険制度が始まって1年を過ぎても余りよい結果がでず、あわてて過去のデータを公表し、「社会的入院」と言う言葉を再確認させるために発表したのではないかと思います。

 そして今後「社会的入院」と言う言葉で議論を進めるうえで大事なことは、「社会的入院」の言葉の定義はきちんと定めて議論しないと、議論が空回りになるおそれがあること、もう一つは介護施設に入れば「社会的入院」ではなくなり、この問題は終わるのかと言うことです。

 「社会的入院」「社会的入所」には家庭環境、中でも家庭の看護・介護環境や住居環境は大きな要因となります。また地域の在宅医療や介護環境の整備も大事な要素です。今はこれらの改善がないので家庭に帰れないのが現状なのです。
 また介護保険制度ではその基本となる要介護認定にこれらの看護・介護の家庭環境条件は勘案できないのです。とするならば「社会的入院」「社会的入所」はすぐに解決できる問題ではありません。
 医療からも介護からも見捨てられそうな「社会的入院」を救う方策はあるのでしょうか。

                  玖珂中央病院   吉岡春紀    平成13年5月28日


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