療養病棟の入院基本料の見直しについて
社会的入院と医療区分

 

 療養病棟の入院基本料の見直しについて、特に医療区分の設定については、いろんなメーリングリストで、話題になっていますが療養病床の関係者が少ないためか、あまり大きな関心がないようです。
 しかし、18年7月から今回制定された医療区分を適用することになると、療養病床の診療報酬がおよそ20%以上の減収になることで療養病床をもつ医療機関では生死にかかわる問題なのですが、発言力が弱いのか、はたまた老人病院のイメージで療養病床は潰して構わないと思われているのか、あまりマスコミにも関心もたれていません。


 しかし、これは療養病床をもつ医療機関だけの問題ではなく、日本の入院制度や介護保険制度にも直接大きな影響がある問題で、医療費削減だけですむ問題ではないのです。

 ますます高齢化・独居化・老老化が進む日本で長期療養可能な施設として計画され・今後もっと必要になる「長期療養病床」が、半数以上も削減される計画なのです。


 そこに使われるのが「社会的入院」という言葉ですし、マスコミも多くの国民も、医療関係者も医療の必要がなくなったのに療養病床に入院する必要はない「社会的入院者」は医療費削減のため在宅や介護施設に返すべきだという運動になっています。(後述する社会的入院反対の要望書をごらんください)


 もちろん軽介護になっても家庭の事情で退院できないケースや、病状が安定していても合併症で介護施設に入所できないケースはありますし、この方たちはいわゆる「社会的入院」だと思います。
 しかし、今回の医療区分の設定において、医療区分1と設定されたのは厚労省の考える「社会的入院」の人たちだと思いますが、その設定に当たって、まず今の療養病床入院の半数が「医療区分1」に当たるように仕組まれて計画されたため、重度の障害を残した肢体不自由や意識障害をもち、日常生活全介助の人たちまで、「医療区分1」すなわち「社会的入院」と判定される仕組みになってしまったのです。
 そして、こんなに社会的入院が多いなら、療養病床は半分で良い、少しは介護施設に転換させればよいという発想になった(仕組まれた)のだと思います。

 社会的入院の受け皿作りに老人保健施設への転換や老人ホームへの転換を進められていますが、たとえば老人保健施設に特例で転換するにしても元々医療療養病床(病院)と老人保健施設(介護施設)の一人当たり病床スペースが異なるので、特例の期間が過ぎれは、再び大きな改造の必要があり、どの施設もまだ今の療養病棟の改造・新築の支払いもすまないうちに、新たな改造など気が重いのが現実だと思います。
 それよりも、その場その場でくるくる変わる厚生行政についてゆけないのが現実です。特に勝手に「廊下を広げろ」や「病室を広げろ」など言われても施設設計の基準は簡単に変えようはないのです。

 またこの特例転換でも国は、公費を使った施設を新たにつくる考えはなくすべて民間で運営する施設だけを認めようとしています。国は金を出さず、民間に造らせて、その費用が増えればまた制度改定で減らせばいいと思っているのでしょう。


 そしてこの改定で一番困るのは、重度の障害を持った患者さんや家族だと思います。今でも急性期病院から、病状の不安定なままでも療養病床に転院させられ、障害のため介護施設への入所も断られ行き場のない患者がたくさんおられるのに、医療区分1の療養費が介護施設以下となれば、療養病床への継続入院も渋られ、退院を迫られるようになるわけで、介護施設や老人ホームへ施設転換したらすむ問題ではないのです。また急性期病院もその受け皿となっている療養病床の引き受けができなくなれば、急性期病院の在院日数も維持も危うくなります。

 今回の医療区分設定には、こんな問題を含んでいることをできるだけ多くの皆さんにわかって欲しいと思っています。

 そして、7月からの実施となると時間はないのです。

 日医や病院協会だけでなく多くの人に関心を持ってもらいたいと思います。

 その後、すこし資料や通達がありましたので検討してみました。

4月13日に厚労省で行われた療養病床に関する説明会に配付された資料では、療養病床の医療区分や診療報酬について下記のように書かれていました。


『1  療養病床に係る診療報酬設定について
○ 医療療養と介護療養の役割分担の明確化に資する報酬設定
 患者分類を用いた療養病棟入院基本料に係る点数については、患者一人一日 当たりの算定実績を算出した結果を基本としつつ、医師、看護師等の職種別ケア時間と職種別人件費等により、評価に傾斜を付けながら設定したものであり、設定に当たっては、介護療養病床における介護保険からの給付水準等も参考とした。』

 とされており、医療の診療内容の実績や医療費の実費の計算ではなく、介護保険の介護療養病床のケアタイムによる評価を行ったことが書かれています。
早晩廃止が計画されている介護療養病床の給付水準を基準にして決められているのも理解できない決定です。

また、医療区分の診療報酬設定について、
『[具体的な設定に係る考え方]
○ 医療区分3
 出来高分を加えて、改訂前の特殊疾患療養病棟入院料1 の給付水準 (1980点) とほぼ同等になるように、1740点に設定

○ 医療区分2
 療養病棟入院基本料の患者一人一日当たりの算定実績を基本として、A D L 区分1 で1220 点、A D L 区分2・3 で1344 点に設定

○ 医療区分1
 介護療養病床における要介護度1 ・2 の給付水準(*介護報酬) とほぼ同等になるように、A D L 区分1 ・2で764点、A D L 区分3 で885点に設定 *多床室の場合、要介護度1 で782単位、要介護度2 で892単位』

 このように、医療区分1では、老人保健施設の要介護1.2の水準に合わせた設定と記載されていますが、彼らが社会的入院と考えている医療区分1が、介護保険の要介護1.2レベルという発想が全く現場を知らない連中によって考えられた想定であることがわかります。


 脳卒中後で麻痺があり、意識障害があり、寝たきりで生活全介助・嚥下障害で経管栄養の患者さんは、要介護認定では通常「要介護5」と判定されるはずです。今回の医療区分の設定が元々違っています、もし老人保健施設と同じ介護度で報酬設定したとしても、要介護4なら1231単位、要介護5なら1322単位ですので、それを782点・885点とするのはどう考えても合点ゆきません。医療施設より、職員数や人件費の少ない老人保健施設の方が診療報酬高いこと も理解しがたい設定です。


 医療区分1で想定された疾患(社会的入院)のイメージとは異なることが、このまま施行されると、脳卒中後の麻痺があり、意識障害があり、寝たきりで経管栄養の患者さんなども社会的入院と判断され、誤った社会的通念になる危険があります。
 この厚労省の通達には、別紙として日本経済団体連合会・日本労働組合総連合会・自治体の会などから、厚労省大臣宛に、現在国が進めている療養病床再編についての積極的な応援の要請文が添付されており、明らかに厚労省の思惑通りに国民も認知しているスタンスを示そうとしているのが見てとれます。
日本経済団体連合会の要請文を紹介します。
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                  2006年2月6日
厚生労働大臣
川崎 二郎 殿
           (社)日本経済団体連合会
              会長 奥田  碩

 療養病床再編について緊急要請

わが国では、急速な少子高齢化が進行しており、医療の高度化を推進しつつ安心で持続可能な医療制度を構築するには、「政策目標」を設定し、医療費適正化を推進することが不可欠であります。
とりわけ「社会的入院」「社会的入所」を解消し、在宅での療養や介護に転換していくべきであると考えます。これらについて目標と期限を設定しない改革は、長期にわたり懸案となってきた本間題の解決を先送りすることになります。
政府・厚生労働省が提案している、長期の入院患者や入所者が多い療養病床の再編については、目標と期限を明示し、具体的なプロセスを示して改革を進めることが重要であります。
保険料は保険給付に充当することが基本であり、病床転換助成金に充当することは問題であると考えますが、今次の医療制度改革の中で、療養病床の再編に明確な道筋をつける必要性を認識し、下記について強く要請いたします。
なお、患者・入所者やその家族に対する配慮が不可欠なことは言うまでもありません。
是非とも、貴殿のより一層のご尽力により、政府・与党が一体となって医療制度改革を断行することを期待いたします。

        記
1.医療の必要性に応じて療養病床は再編成し、介護型療養病床については、2011年度未までに廃止すること
2・再編後、社会的入院や社会的入所が再発しないような措置をあわせて実行すること
 以上
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 この文章では「社会的入院」だけでなく「社会的入所」という言葉が公式に初めてでており、これからは長期間の介護施設の入所も「社会的入所」として締め出しを考えていることがわかります。「患者・入所者やその家族に対する配慮が 不可欠なことは言うまでもありません。」という言葉がむなしく見えます。

 早急に、療養病床の入院基本料の医療区分分類の見直し撤廃と、社会的入院の定義を示し、急性期病院と療養型病院の役割や、施設の定義・報酬の見直し、これからの高齢化・過疎化に合わせた全国的な療養病床数確保・介護施設の確保も検討することが必要ではないかと思います。この会の医療費削減だけで進められている医療制度改革に反対します。


追伸
 本日24日公開された厚労省の「療養病床に係る診療報酬・介護報酬の見直しについ て(厚労省)」では
 療養病床に係る診療報酬・介護報酬の見直しについて(厚労省)PDF資料

特殊疾患療養病棟入院料等の見直しに伴う措置について、
「○ 現行の重度心身障害児(者)施設及び指定医療機関、肢体不自由児 (者)施設及び指定医療機関並びに進行性筋萎縮症者に係る指定医療機関(平成18年10月以降は障害者自立支援法に定める療養介護事業を実施する指定事業者を含む)の有する療養病棟であって、平成18年6月30日時点において特殊疾患療養病棟入院料1・2又は特殊疾患入院施設管理加算を算定する病棟について は、当該病棟に入院する重度の肢体不自由児(者)又は知的障害者であって医療区分1に該当する者については、医療区分2に該当するものとみなすことを検討しています。」
と示されており、療養病棟の中でも人員配置の行われている病棟では、「当該病棟に入院する重度の肢体不自由児(者)又は知的障害者であって医療区分 1に該当する者については、医療区分2に該当するものとみなすことを検討しています。」とあり、激変の緩和措置がとられるのではないかと期待します。

 しかし、よく読むと一般の療養病床の特殊疾患療養病床ではなく、児童福祉施設に併設された指定医療機関の療養病床だと言うようにとれます。こんな療養病床が全国でどれだけあるのでしょう。あまり意味のない通達の可能性もあります。せめて療養病床のうちでも、看護職員の人員配置を整えた特殊疾患入院施設管理加算のとれる病床では、重度の肢体不自由だけでなく、医療処置の必要な患者さんには医療区分2の設定が必要だと思います。
 ただこれも2年間程度の緩和措置であり、療養病棟の削減の問題や医療区分の定義・社会的入院の定義については何も解決できる措置ではありません。

 療養病床の医療費・必要病床数・介護施設への転換などは、もう少し議論を深め、現場の意見も聞きながら検討すべきだと思います。

 拙速になんの了解もなく進めてしまえば、日本の医療制度そのものがたちまち崩壊してしまいます。

  平成18年4月25日 玖珂中央病院 吉岡春紀

       一部改定 5月7日