長寿世界一は困ったもんや


落語医者の介護保険あまから問答 その壱
    北畑英樹氏 メディカル・クオーレ NO.31 1997より

定義を変えれば老人は減る
「ご隠居さん。なんでも日本は世界一の長寿国だそうですね」
「子の還暦親も祝うや長寿国、という川柳があるくらいでな。女で82.97歳、男で76.57歳、どちらも世界一」
「へー。それは誠におめでたいことで」
「ところが、そう単純に喜んでもおれんでな。どう考えても年奇りは病気になりやすいし、寝たきり老人、痴呆老人も増えてくる。そこで老人医療費がどんどん増える。これが頭の痛いことで」
「そんなら、老人というのを70歳以上に変えたら老人医療費は減るでしょ。これだけ長寿になつても、昔のまま一65歳以上が老人と決めておくのが、そもそも間違いと違いますか」
「それはそうかも知れんな。熊さんのいうのと同じことを、厚生省の『心豊かで活力ある長寿社会づくりに関する懇談会』とかいう会でも、老人福祉法では65歳以上、老人保健法は70歳以上が給付対象、年金の支給開始が60歳とまちまちなのだから、高齢者の定義を70歳以上にしたら、高齢杜会に対する国民のイメージを変えられると提案している」
「やっばり、素人の考えも拾てたもんじゃない。それより、老人医療費を減らしたいのなら、老人を作らないように健康診断なんかやめて、早く死んでもらうこと考えたらいいのに。長生きさせるようにしておいて、長生きしたら医療費がかさむとブツブツいわれたらかないませんな」
「熊さん、そりやムチヤな話や。憲法違反や、やっぱり国民全員が健康で長生きしてもらわんと。だけど老人医療費が増えて、全体の医療費がかかるもんやから、厚生省は医療費削減策をはじめたんや」
「本当に日本の医療費は高いんですか」
「いい質問や。医療費が高い、高いというけれど、世界的にみたら低いんですよ。医療費のGDP比でみたら、アメリカがトップで14.3%、続いてカナダ、オーストリア、日本はなんと6.9%で22位。国民1人当たりの医療賞は、これもアメリカが3516ドルで第1位、次いでスイス、カナダ、日本は1472ドルで14位。とても高いとはいえないのに、こんな統計はほとんど発表せずに消費税率の5%は世界的にみたら低いとかいう数字はシッカリ発表するのは国もズルイよね。とにかく、この数字からみれば、日本は医療費が低いにもかかわらず世界一の長寿国なのだから、日本の医療のシステムや技術、それに医者の働きは大したものだといえるんじゃないかな」
「へえー。それは知りませんでした」
「ところが平均寿命が世界一だけならいいのに、高齢化のスピードも世界一。ここが問題でな、難しい話をすれば、人口の7%が65歳以上になると高齢化社会、それが14%を超えると高齢者社会、20%を超えると超高齢者社会といわれているが、その7%から14%になるのにフランスは130年もかかってるし、スウエーデンでは85年、イギリス、西ドイツで45年、それが日本では1970年に7%で1995年には14%に、わずか25年で高齢者社会になってしまった、超高齢者社会になるのも目の前なんじゃ」
「それは子どもの数が減ったことも一つの原因ですよね」
「そこに気がつくのは偉い。かりに老人の数が同じでも、子どもの数が減れば高齢化は進むからな。熊さんは一・二・四現象って知ってるかい。これは一人っ子の両親から一人っ子が生まれると、子どもの世代が一人、親の世代が二人、その親の親、つまりジイさんとバアさんがそれぞれ二人ずつで四人、すなわち一・二・四現象。こんな家族が増えてきて、面倒みる側の人数がみられる側より少なくなりそうな雲行きなんじや。老人というのは病気でなかっても普通の生活するのにも自分一人で不自由なことが多いもんや。そこで医療だけではなくて介護の必要も出てくる。今までは介護施設やらサービスが少なすぎたから、どうしても病院に入院してしまう。これを社会的入院というんや」
「それで医療費が増える」
「そういうことや。そこで、さっきの社会的入院を減らすためにも、福祉と在宅サービスに力を入れて、老人にかかる医療費を安く、効率的に運用しようとして、国は、今までは年金と医療と福祉の割合が5:4:1だったのを5:3:2に変えるようにしようとしてるんや」

老人の医療はやめて福祉に回す
「医療費から福祉への金の流れを変えると、全体の費用が減るんですね」
「それで、国は昭和57年に老人保健法を制定して、昭和58年より特例許可老人病院というのを作った。これは老人がたくさん入院している病院では、医者の数を減らして、その変わり介護者の導入を義務づけて、付添婦を廃止して、どちらかといえば医療より介護に力を入れる病院として、医療費のほとんどを定額化したんや」
「その結果はどうでした」
「はっきりいえば、成功や。一部には希薄医療といわれることもあったけど、全体的には、いわゆるクスリ漬けや検査漬けが減って、かえって老人が出未高払いの時より元気で明るくなったらしいんや。しかし、これは考えると、医療を福祉化する第一歩でもあったんや。定額割というのは福祉の措置費と同じことになるから」 「これが5:3:2にする道筋というわけですか」
「どうも、そのレールを敷かれたようだ。それに地域医療計画というのがあるから、病院の新規開業は規制されていて、病床数は増えない、つまり一方ではチヤンと総量規制もしてるからな。しかも、そのあとできた老人保健施設、いわゆる中間施設といわれるもの、これは病院から家庭へ帰る中間にあってリハピリを中心にして3カ月を基準にして入所する施設なんやが、これを建てるのは医療法人でも社会福祉法人でもいいということにした。ここでも医療と福祉の垣根を取り除きたいという厚生省の意図がハッキリしてるんじや」
「早い話、老人の医療はやめて福祉に回すということですな」
「そうや。そこで国は、昭和61年6月に『長寿社会対策大綱』を閣議決定していたのを発展させて、平成元年の国会で『長寿・福祉社会を実現するための施策の基本的考え方と、目標について』(福祉ビジョン)を示し、これに具体的な整備目標などを加えてできたのが『高齢者保健福祉推進十か年戦略』というものなのや」
「えらいことですなあ。日本は戦争放棄してる国でしょ。それが戦略やなんて、ゆるされませんで」
「これが、いわゆるゴールドプランといわれるものや」
「ひよっとして、あの岡光なんとかさんが作った」
「そうや。あの岡光さんが考えたんや」
「あれは自分にとってのゴールドプランやという話やないですか」
「うん。あれはひどいヤツや。許されんヤツや。平成8年12月の国会で介護保険の審議の時も問題になったんやけど、橋本総理は、事件に関与した官僚が作成したからといって、計画そのものが悪いわけではないので、どうにかして実現させなければならないと答弁してるのや」
「それで、そのゴールドプランってなんですの」
「それは、つまり・・・説明は次回ということにして、一服しよう」


その二にご期待下さい。 介護保険制度のページに戻ります。