本当に老人医療費は高いのでしょうか
老人の国民一人あたり医療費は5-6倍のなぞ

 医療制度改革が叫ばれ、また自己負担だけを増やす改革が行われようとしています。そしてその一番の理由が老人医療費に向けられています。老人医療費の膨張を総枠で抑制する手法を新たに設け、超過分は医療機関が負担するなど訳の分からない改革案が発表されています。

 この改革案や立て続けに発表された医療制度案やマスコミ報道に、国民の側も果たしてなにが正しいのか、何を信じて良いのか分からなくなっていると思います。今回の自己負担が増える改革案で「痛み」は我慢したとしても、医療制度の抜本改革ではなく、またすぐに変更される案ですし、すぐにピントこないのも事実です。現在通院中や入院の患者さんや・家族には今回の負担が直接増える事への実感があると思いますが、年に数回風邪くらいで医療機関を受診する普通の人達(この方が大半だと思いますが)には医療制度の危機や負担増も現実感がないのではないでしょうか。

 医療費抑制の議論の時いつでも出てくるのが「老人医療費は高い」です。
 
老人医療費は一般の人の5倍とも6倍とも報道され、その理由として老人医療は濃厚・過剰診療などの無駄な医療を行い医療費を増高させているとも言われています。果たしてこの数字は本物でしょうか。日常診療をしている私たちは、一般も老人も診療自体にそんな差を付けているとは思えませんし、高齢者に5倍も濃厚な治療や検査を行っているとは到底思えません。ここにも数字のトリックが隠されており、以前から「そのトリックに騙されないように訴えている小熊医師のページもあります。

 そこで「老人の国民一人あたりの医療費は一般の5-6倍」について最近のデータで再検証してみました。

 最近発表された厚生労働省大臣官房統計情報部の「平成11年度国民医療費の概況」でも「国民一人当たりの医療費をみると、65 歳未満は 14 万6500 円、65 歳以上は 73 万 700 円である。」と公表しています。これで計算しますと65歳以上の国民一人当たりの医療費は65歳未満の人たちに比べて5.03倍も高いと言えます。老人医療は普通70歳以上ですので、この資料の中から70 歳以上の国民一人当たりの医療費を調べますとは85.0万円となりました。これで比較すれば老人の一人あたりの医療費は6.17倍と言うこともできます。

 国民医療費には入院や外来の診療費である一般診療医療費とともに歯科診療医療費、薬局調剤医療費、入院時食事医療費、訪問看護医療費などが含まれており、この国民医療費の中の医療行為だけの一般診療医療費の「一人当たり医療費」でみると、65 歳未満は 11 万2600 円であり、65 歳以上は 57 万2800 円となり、これもおよそ5倍で、70 歳以上を老人として比較すると 66.5万円となり5.8倍となりました

 と言うことは平成11年度は国民一人当たりの老人医療費は、一般の人の5-6倍であるという数字は正しいことになります。ところがこの「国民一人当たりの医療費」とはを、一般では65歳以下の総医療費を65歳以下の人口でわり算したものだし、老人分は老人医療費の総額をを老人の人口で割り算して、「一人当り医療費」とした数字なのです。
 ここにトリックがあるのです。
 一人の病人が使った医療費という意味ではありません。元々元気な若者の有病率や受診率と高齢者の有病率や受診率は無視した医療費の比較なのです。この方法なら元気な人の多い年齢層では一人あたり医療費は低いに決まっていますし、逆に多くの人が受診する年齢層では高いに決まっています。老人医療費は高いと納得させるために作為的に作られた数字だとも言えます。

 では本当に老人医療費は高いのでしょうか。

 そこで、毎月の診療報酬や統計から月々の医療費や1件あたりの医療費を比較して再検証してみたいと思います。

 日本では国民皆保険で、いつでも・どこでも・誰でも・何度でも医療を受けることが出来ます。そのために受診率は高くなりますが、と言っても何も症状もないのに受診はしないはずです。そこでまず、どれくらいの方が医療保険を使って医療を受けているかを知ることも必要です。
 しかし、こんなデータは公表されていませんので、いろいろなホームページでの推計です。

「診療報酬枚数に見る診療行為の比較」 

全国民の年間レセプト数予測
現在の医療費審査システム
全国で審査するレセプト枚数は年間7億5,000万件にのぼる。全国約20万の保険医療機関等と、約1万3,000の保険者等との間で直接契約する・・」

老人の年間レセプト数予測
健保連10年度・老人レセ点検状況
「厚生省はこのほど、平成10年度の全国市町村(3,255市町村)における老人医療のレセプト点検および老人医療費通知の実施状況をまとめた。10年度中に市町村に送付された老人レセプトは、総枚数2億9,398万枚、請求金額は9兆9,826億円・・」

 この2つの報告から全国では年間7億5000万件位のレセプトが提出審査され、その内老人関係はおよそ2億9400万件だといえます。

これらから月々のレセプト枚数を予測してみます。
レセプトというのは毎月の診療報酬ですので年間のレセプト数を月平均にして考えることにします。
 全国民  7億5000万/12=6250万枚
 老人以外 4億5600万/12=3800万枚
 老人    2億9400万/12=2450万枚
となり、月に約6250万件となります。

そこで日本の人口を調べると 
 総人口       12,560万人
 70歳未満人口   11,080万人
 70歳以上人口    1,480万人

月のレセプトをこの人数で割り、一人当たりの月のレセプト枚数を計算しますと 
 全国民  6250/12560=0.497
 老人以外 3800/11080=0.342
 老人   2450/1480=1.655
となり、整理すると表のようになります。

レセプト枚数

月の枚数

人口

月の受診割合

万枚

万枚

万人

%

全体

75,000

6,250

12,560

49.7

一般

45,620

3,800

11,080

34.2

老人

29,398

2,450

1,480

165.5

結果
 全国民を対象とすると月の受診割合は49.7%で約半数が月に1回程度保険医療を行っている。
 70歳未満の老人以外では人口の34%程度が保険診療を行っている。3人に1人程度である。
 一方老人については人口の1.6倍の数のレセプトがある。
ことになります。

 しかし現実に全国民の半分がその月に医療機関にかかっているとは考えにくく現実にはもっと少ないと思います。その原因はレセブトというのはその診療月には、一つの医療機関に一人について1枚発行されるものですが、人によっては月に数枚発行される場合もあります。
 特に老人では、例えば内科・眼科・整形外科など3つの診療所にかかっていればその月のレセプトは各々の診療所から提出され計3枚と言うことになります。また診療所で診察を受け病院に紹介され、同じ月に病院も受診すれば計2枚のレセプトが発行されることになり、レセプト枚数だけでは診療の実際は把握できない事も分かります。

 しかし今回の結果で老人のレセブト枚数が老人人口より遙かに多いと言うことは、老人は多くの疾患をもっており色んな医療機関を受診している事を表しています。その反面、医療費から見るとこの老人の多科受診が老人医療費を押し上げている原因であるとも言えます。正確なレセプト数のデータに乏しく、あまり国民の受診の現状は把握できませんでしたがおおよその参考にはなると思います。 

 続いて、一般の医療費と老人の医療費を「入院・外来別」に「1日当たりの医療費・1件あたりの医療費・受診率」に比べてみました。

 これには国保連合会で公開している「国保医療費の動向 平成13年7月診療分」の資料から「平成12年度の国保診療の平均」を参考資料としました。
 資料の中から必要な部分だけ抜き出して表にしています。

1日当たり医療費(平成12年度平均)

国保

組合

一般

入院

19,000

27,721

外来

6,502

6,052

老人

入院

21,113

22,446

外来

6,801

7,267

全体

入院

20,816

25,614

外来

6,625

6,305


 1日あたりの医療費は、国保では一般入院19,000円、老人入院は21,113円で少し老人の入院費が高めですが、組合保険では逆に一番入院27,721円、老人入院22,446円と、老人より一般の方が入院の1日費用は高くなっています。
 外来では国保の一般6,502円、老人6,801円とこれもわずかに老人が高いだけです。

 最新の厚労省の平成12年度統計資料では少し数字は違いますが

 入院は1日当たり医療費は、一般医療20.944円、老人医療19,485円
 外来は1日当たり医療費は、一般医療6,025円、老人医療6,594円
 と報告され国保の集計と比べ入院の1日当たりの医療費は老人の方が少しやすくなっています。

1件あたり医療費(平成12年度平均)

国保

組合

一般

入院

358,283

361,127

外来

13,103

11,442

老人

入院

407,536

424,835

外来

18,129

18,748

全体

入院

393,855

381,133

外来

15,528

12,624


 続いて1件あたりの医療費を比べてみます。
 国保一般の入院では35.8万円、老人入院40.7万円、外来では一般13,103円、老人18,129円で、これも老人がやや高くなっています。

 一方これも最新の厚労省の平成12年度統計資料では

 入院における1件当たり医療費は、一般医療302,088円、老人医療377,998円
 外来における1件当たり医療費は、一般医療11,649円、老人医療17,861円で国保市町村集計とは全体的に低い数字となっているが、傾向はかわらない。

 この様に統計の数字は公表されているものでも、少しづつ異なっておりどれが正しいのか、一般には分からない仕組みである。ただ傾向は同じであり、老人医療費について言えばどの資料でも一般医療の5-6倍はない。

受診率の比較

 その資料の中に受診率が比較してありました。先に紹介したレセプト枚数から予測した月の受診割合と同じ様な意味づけが出来る資料だと思います。
 図右の入院受診率・100人当た受診件数はその月に対象者の何%が受診したかを表します。
 人口100人当たり、その月に一般では1.7人、老人では6.7人の入院があることになり、老人の入院比率は高いことがわかります。一方左の入院外受診率では一般46.5人、老人130.7人であり、一般の人の47%、およそ半分がその月に外来受診したことになりますし、老人では100%を超しており多科受診がここでも確認できます。

 この様に数字を検証しますと、1日当たり.1件あたりの医療費は一般・老人で大きな差はなく老人医療費は一般の医療費の5-6倍もかかっているという報道は、医療費増加の危機を煽る作為的な数字であることがわかります。

 一方1件あたりの医療費は大きな差はなかったのですが、老人の多科受診傾向は、はっきり示されました。
 高齢に伴い色々な臓器疾患の合併症があり、多くの診療科を受診することはやむを得ないことはありますが、また老人に限らずセカンドオピニオンと言われるように、多くの医師に相談することも受診率は増え、医療費はあがります。
 老人医療費の高騰の抑制で、医療の質を落とさず医療費を削減するには、多科受診の制限を解決する方法しかないのではないかと思いますが、無駄といえるかどうかは難しい判断です。また受診抑制のための自己負担増政策や、診療報酬の削減では解決できない部分だと思います。

 いずれにしても「老人医療費は一般に比べて5-6倍」は作られた数字のトリックです。

            平成13年11月2日  吉岡春紀

 このページ作成後厚労省から平成12年社会医療診療行為別調査の概況(平成12年6月審査分)が
公表されましたので、数字を追加しています。   11月9日


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老人の一人当り医療費は若い人の5倍