医療保険制度改革についての私見


  保険医協会・マスコミ懇談会資料 当日説明の概要
        平成9年1月20日      玖珂中央病院 吉岡春紀

健康弱者やお年寄りの負担増を求める前に
国会での十分な審議と長期展望を持った改革
国民への説明と納得が求められるのではないでしょうか


「治療費のことを心配せずに、誰もが具合の悪いときは医療機関にかかれるように」とつくられたのが、医療保険制度です。この制度は国民すべてが保険で平等な治療が受けられる制度で、諸外国にも誇れる制度だと思います。
 ところが、政府は高齢化社会を迎え毎年の医療費の増加で、医療保険財政の「危機」を強調し、来年度から患者さんの医療費自己負担を平均約3-4倍に引き上げる医療制度の改定を計画しています。  高齢化が進めば疾患を持ったお年寄りが増えるのは当然で、医療費の自然増も医療保険財政の「危機」と考えることに問題があります。また、「薬づけ、検査づけ医療」なる言葉で医療費の増加は医師の側の問題と宣伝されています。
 今回は医療制度の問題点、医療費の推移、医療保険制度改定の概要と患者さんの負担の増加の概算などについて説明します。内容は国会審議の経過で少し変わるかも知れません。

医療保険について
 健康保険(健保) 職場に勤める人を対象、
  「組合健保」  保険料率は標準報酬月額のほぼ8%で労使折半
          大企業を対象の保険
  「政府管掌健保」保険料率は一律に8.4% 
          各々3000万人加入 
 国民健康保険(国保)
   自営業者など勤務先を持たない人を対象
   国保の保険料は年間所得や資産、また家族構成などによって異なる
   その算定方式は地方自治体によってばらばらでかなりの地域差がある
   高齢者の人口比率が高く、老人の入院や受診者が多ければ、その結果
   として医療費が膨らみ、保険料も高くなる。約4000万人加入
 老人保健・公費負担医療

 国民はこの何れかに加入しています。このうち改定時に国会での議決が必要なのは政管健保で、その他の保険制度は、厚生省の省令で決めることが出来るようです。 
  各保険の財政状況
 政府管掌健康保険を例にとれば、平成8年度(1996年度)の赤字幅は約5,500億円、同年度末の資金残高は約3,200億円と見込まれ、このままで推移すれば平成9年度(1997年度)には資金が枯渇し、医療費が払えない状態に陥ることも予想されています。健保組合においても赤字組合数が増加し、その赤字幅も増加しているほか、国民健康保険においては低所得者を多く抱える中で、被保険者の高齢化が進むなど、各保険者の財政とも年々厳しさが増しています。(厚生省)

老人医療費改定の推移
 1972年に老人医療の無料化が国の制度として実施されました。
 ところが、10年も経たず80年代に入り、政府は次々と医療制度の改定を行ってきました。特に老人医療費はここ数年、毎年のように自己負担額が増額されています。一方国の負担は減額されており、これらは十分な国会での審議もなく、国民にもほとんど知らされずに行われています。
 1983年 2月 老人医療の有料化  外来1月400円、入院1日300円
 1984年10月 健康保険法の改正  本人1割負担
 1987年1月 老人外来1月 800円、入院400円
 1992年1月 老人外来1月 900円、入院600円
 1993年4月 老人外来1月1000円、入院700円
 1994年10月 入院給食の有料化 1日600円
 1995年4月 老人外来1月1020円、入院710円
 1997年10月 入院給食の増額 1日760円

薬づけ、検査づけ医療、まるめ(包括診療)、社会的入院とは
 薬づけ、検査づけ医療という言葉が現在マスコミでも良く使われていますが認識を改めて欲しいと思います。
 薬については薬価差益が医療機関の利益となり、これを得るために医療機関が薬を必要以上に出すことが指摘されこれが「薬づけ医療」と呼ばれています。
しかし薬価は2年毎に改定され、薬価差益Rゾーンも、2年毎に縮まり平成10年までに10%となることになっています。納入薬価差とは異なりますが建値制度でこれが縮まり、消費税は病院が負担していますので、平成9年に消費税が5%になると、薬価差益は実質5%になります。これは薬剤管理と人件費を考えると原価切れしてしまいかねない状態です。もはや薬価差益に依存した経営などあり得ない状況下で、薬価差益と言うことを問題視すること事態が、すでに時代錯誤化しています。
 また、昨年より外来での処方は7種類までとされ、これを越えると、全処方の10%カットが決定され、外来では混乱をしています。慢性疾患を多く持った老人患者さんでは、副作用なども考え、多剤少量投与が一般的であり、特に内科系の過疎地の診療所では、専門科に紹介も出来ず、内科以外にも整形、眼科、耳鼻科的な処方も希望され7種類の制限に困っているのが現状です。
 検査づけについても、新しい検査法や検査機器の開発で検査費用が多くなっていることは事実ですが、従来観血的にしかできなかった検査が非観血的に行えるなど患者さんのメリットは多くあります。新しい高点数の検査や医療機器は一般開業医では検査することは少なく、一方、生化学検査など血液検査はすでに検査項目数でまるめがされ、検査項目を多くすることは医療機関にとっては検査費用の赤字となります。
 従って「検査づけ」と言う言葉も一般の医療機関にはこれも当てはまらないと思います。大学病院などの研究機関での医療費は別に考える必要があります。

老人の「社会的入院」医療費について
 老人の「社会的入院」に対する関心が、公的介護保険との関係で再び高まっています。また厚生省高官の中には老人の「社会的入院」の費用が3-5兆円以上掛かっているなどの根拠のない放言もあります。実際に安定期になっても家庭の事情で退院が出来ないお年寄りは増えてきているのは事実ですが、日常生活で全介助を要したり、痴呆が進行したお年寄りの在宅介護は現在の核家族では難しい事も多くあります。
 この方たちの受け入れは、まだ十分でなくこの対策として、老人保健施設、特別養護老人ホームの設置が進行していますが、老人保健施設の位置づけ、内容、継続治療の難しいこと、特別養護老人ホームの汚職などで問題が多いことも事実です。
 万一老人保健施設、特別養護老人ホームが計画通り出来たとして、また老人病院の長期療養型病棟転換も行われたとして、これらが医療保険からはずされ全体の医療費は削減されたとしても、同じ(むしろ高い)療養費は必要なわけであり、介護保険料から支払われるならば、今後は介護保険料の増額しかないように思います。
1.老人の長期入院患者の割合
 6ヶ月以上入院患者の割合は1983-1991年まで50%前後、1年以上の割合も40%弱で一定していた。1992年以降両者は低下し1993年には6ヶ月以上46.7%、1年以上35.2%となっている。
2.長期入院患者の中心は老人ではない
 長期入院患者の大半が老人入院患者であるという一般の「常識」とは逆に、6ヶ月以上の長期入院患者のうち、70歳以上の老人は1993年度で43%、残り57%が69歳未満であることは知られていません。
厚生省の統計では、1年以上入院の72%が65歳以上との資料がありますが、精神科疾患を除いてあり、老人の長期入院患者の実体をより大きく見せることに、あるのだと思います。
3.長期入院患者の年間総医療費
1993年度の老人医療の1年以上入院者の医療費は1日当たり10.923円であり、入院3ヶ月以内の20.450円と比べ約53%にとどまっている。 厚生省は老人の長期入院患者は1月50万円の医療費と考えており、かなりの数字の違いが見られる。
4.老人の長期入院患者の医療費は特別養護老人ホームの費用よりも低い
前述したように老人の長期入院患者の医療費は1ヶ月平均32万7690円であり、一方特別養護老人ホームの措置費は23万6570円-28万1270円とされています。これを見ると特別養護老人ホームの方が安上がりと考えられますが、この措置費には入所者の医療費、資本費用、自治体の負担費用が含まれていないためで、特別養護老人ホーム入所者の医療費2-3万円、その他の負担費用を含めると一人当たり36.7万程度の試算がされ、社会的入院とされている長期入院より施設入所の方が高いことがある。(日本の医療費;二木 立著より)

 また診療面でも「まるめ医療」はどんどん進行中であり、とくに老人医療に関しては、入院の費用、慢性疾患の外来診療、在宅医療などに取り込まれています。
病気の種類、程度、合併症などに関係なく慢性疾患では「一月いくら」と決まっており、その中身は内服薬剤、注射、検査も含まれています。
本来の医療の「出来高払い制度」(薬剤、注射、検査を全て行っただけ請求する方式)では医療機関にマイナスとなるような改定ですので厳しい改定です。当分は医療機関によって選択できるようになっていますが、数年先には全て「まるめ」の診療となり老人医療への国の統制化が進むものと思います。
まるめ診療では医療の質の低下が進んで行くと思います。

医療保険制度の改革案
医療審議会の改革案
1. お年寄りの医療費負担を現在の「定額方式」(通院1か月1020円、入院1日710円)から、1割か2割の「定率負担」にする。
1割負担なら約2.2倍に、2割負担なら約4.3倍に、患者さん負担が増えます。
(ただし、これは平均の値で、実際に在宅医療を行っている患者さんでは訪問診察料 1回820点 訪問看護料 1回530点などもあり、また在宅酸素療法などは9400点と高額で1月の診療費が10000点を越える場合もあり負担は10倍を越すこともありますし、重症入院や手術では大きな負担となります。)
2. サラリーマンの医療費負担を1割から2割に引き上げる。
3. クスリ代については、その3割〜5割を患者さん負担にする。
 特に薬剤費の負担が大きく、負担額は審議会の3-4倍の試算以上になる。
医療保険改革与党案 
 患者負担の見直し
  a.老人は入院1日710円を1000円に
     外来月1020円を受診毎1日500円
   金額は医療費の伸びに応じてスライドさせる
   継続的に通院する患者には月4回を限度とする
 b.被用者本人負担は1割から2割へ引き上げる
  c.薬剤負担 外来薬剤1種類に付き1日15円の自己負担
その他
 保険料率の改定
  政管健保現行8.2%を8.6%に引き上げる
 市販薬類似薬品の取り扱いは別途検討
 食事代は自己負担の適正化
 高額療養費限度額は制限導入後適正化
 薬価基準の合理化
 国立病院などで入院医療費の定額払いを試行する。などもあります

患者さんへの影響
 老人外来
  慢性疾患で通院月3回、薬剤5種類30日分、頓服1種類10日分とすると
   現行1020円
   改定後 外来500円3回=1500円 薬代負担5x15x30=2250円
       頓服15x10=150円 合計3900円
  理学療法などに通院回数の多い患者さんでは
   通院回数が多くなれば月4回を限度で2000円
  薬の種類が多くなれば現行の限度7種類で30日として3150円
   改定後は自己負担5000円を超す場合もある。
  15円以下の投薬や頓用薬の取り扱いをどうするのか、
  1日1薬剤15円の負担の根拠が何もない。その場しのぎの改定。
 老人入院
  入院医療費も1日1000円と食費負担760円=1760円で
  自己負担月52800円となり現行44100円より8700円のアップとなる。

患者負担を増やす前に考えるねばならないこと
1.高齢化による医療費の自然増も減らすべきなのか、
2.医療保険に含まれている介護・福祉的な部分(社会的入院、老人保健施設、訪問看護事業)はそのままで良いのか、
3.在宅医療までも抑制していいのか
4.高額医療や高度医療の普及は制限すべきなのか、
5.大病院への外来集中化はこのままでいいのか、
6.低負担ゆえの重複受診はどう止めるのか、
7.薬価と技術科の配分をどうみるのか、
8.医薬分業は本当に効率的なのか、
9.保険料と窓口負担料をどう引き上げるのか、
10、医療の質は低下して良いのかなど の問題も審議する必要があろう。

患者負担以外の財源はあるのか
 政府,厚生省が、老人医療の1割負担や薬剤費自己負担3割など、患者に負担増を求めることを正当化するために持ち出しているのが、医療保険財政の危機論である。l993年度、政管健保はそれまで黒字を保っていたが、はじめて935億円の赤字となりl997年度は3.l00億円の不足を生じた。
 この根本は政管健保黒字の時代に国庫補助率が16.4%から13%へ引き下げられたこと、大蔵省により黒字分が一般会計に繰り込まれ、その後返済が為されていないことが原因で、これらの返済が行われているならば医療保険財政の危機は、国の予算の危機ほど深刻にはなっていないはずである。(松海論文)
 国家財政の危機は主に過剰な公共投資による負担が大きくなったためであり国の財政政策の失敗で、これを医療保険にも転嫁することには問題がある。 国民医療費に占める国庫負担の割合が83年度の30.6%から93年度には23.7%に落ち込んでいるのを83年水準に戻せば93年レベルで1兆7000億円の財源となり、政管健保、国保の赤字問題はなくなるといってよい。また社会保障全体から見ても国民が受け取る社会保障給付費の対国民所得比は15.3%でスェーデン49%、フランス34.9%、ドイツ29.7%、イギリス24.5%と格段に低く、政府が国民生活に対していかに出し渋っているかが明らかです。
 国民は保険料や窓口の自己負担ですでに負担の義務は行っていると考えられ、国家財政の危機を医療財政の危機に転嫁するのならば十分な審議と、国民の理解、納得が得られなければならないと思います。

薬価の改定
総医療費に占める薬剤費の割合(薬剤費率)を押し上げているのは、日本の高い薬価であると考えられます。 各国の薬剤費率(1993年)は 日本 29.5%、フランス 19.9%、ドイツ 17.1%、イギリス 16.4%、アメリカ 11.3%であり、日本は確かに、他の国から比べると薬剤費率が高く、一見薬剤に依存した医療のように見えます。しかし、それだけで日本の医師がたくさんの薬を使いすぎているとの考えるのは短絡的です。つまり日本の薬価が高すぎる事を忘れてはいけません。
 薬剤の平均価格は、イギリスの2.66倍、フランスの2.65倍、ドイツの1.39倍、アメリカの1.14倍で、先進諸国の中では、断然トップです。外国と比べ平均1.7倍も高いのです。
 そこで総医療費に対する薬剤使用量を計算すると、日本は29.5%で、フランス52.7%、イギリス43.6%よりも低く、さらに平均32.5%よりも下回っており、薬剤使用量は適正な量であることが予想されます。この事実は以外と知られていません。今のこの状態を薬づけとののしることが出来るのか。すなわち、薬剤費率を押し上げているのは医師の処方している薬の量が多いのではなく、薬価が高すぎることが主な原因と言えよう。さらに、新薬の薬価は海外の2-4倍と言われます。(松海論文)
 このような不当な高薬価問題を解決することで安定した財源が得られると考えます。
現在の総医療費の内、7-8兆円が薬剤費であり、単純に全ての薬価を10%カットする改定で7-8000億円の財源が得られます。(薬価差益Rゾーンの10%とは違います)
これが難しければ長期薬価収載品目の一般名収載の方法もあります。

従って医療保険制度の財政危機には医療費を有効に使う事への医師、患者の理解のもとに
 1.国庫補助率を13%から16.4%にもどす。
 2.高薬価の改定。
 3.保険料率の見直し。
で当面の危機は防げるはずであり、今後到来する高齢化、介護保険制度などの負担の問題、消費税の使い道など十分な審議が必要であると思います。

医師として改悪反対を唱える前に
この運動は基本的には医師会が主体の反対運動ではないこと。 主体は患者さんであり、国民・特にお年寄りの理解と盛り上がりがないと成功しない
批判の多い医師の中での自浄運動と医療費の有効利用
ピアーレビュー(相互監視機能)の確立
医療の情報公開
医療制度自体の本当の改革への指針を明確にすること なども必要でしょう

 ここ数十年指摘され続けてきた医療保険制度の本当の改革には、ほとんど実効ある対策がとられていない。厚生省・社会保険庁の官益をはじめ、医師会や製薬業界、経済界、労働界、健康保険組合連合会などの利害が対立して、改革案がまとまらないためた。
 その結果、繰り返されてきたのが、抵抗の少ない患者負担や保険料の引き上げという、その場しのぎの制度改正だった。いままた、「その場しのぎ」が繰り返されようとしているといわざるを得ない。(朝日新聞社説)
以上の資料を中心にお話しし、懇談したいと考えています。
       平成9年1月7日   玖珂中央病院 吉岡春紀


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