全国 小泉フィーバー 
医療改革もこの流れで本当によいのですか
各論反対の声はかき消されてしまいそうですが
国民皆保険制度を潰して良いのでしょうか

 我々日本国民は、病気にかかったとき、保険証1枚で、「誰でも」、「いつでも」、「どこでも」、「必要な時に」、医療機関で診療が受けられますし、「どんな高度の医療も」、「何度でも」、自分の希望で受けることが出来ますし、「同じ病気の診察を別の医師に診察して貰うことも」、嫌なら「医師を替えることも」自由です。これをフリーアクセスと呼び、我々日本国民はこんな医療制度の中で医療を受けているのです。またこの負担は医療の総額から見ると、少ない自己負担で高度な医療を受けていると言うこともできます。

 そして皆さんはこれが普通だと思っているはずです。しかし世界中でこんな便利なシステムがあるかというと、こんな医療システム(国民皆保険制度)をとっている国は多くはありません。

 例えばイギリスでは、患者を最初に診察する一般医と、一般医からの紹介によって患者の診察を行う病院の専門医の機能が明確に分かれています。まず地域で登録した一般医で診察を受け、その紹介がないと病院の受診は出来ないのです。救急患者等をのぞいて、一般医の紹介なしに、患者が直接、病院に行くことはできないのです。一般医で行える診療や検査にも制限があり、高度の検査や医療を受けたくても、病院の診察・検査も予約制です。また病院への入院も直ぐに出来ず入院待機患者が増加し、緊急を要する手術が出来ないことも問題になっています。癌患者の手術が数ヶ月待ちなんて事も珍しくないようです。日本では考えられない事情があります。

 またアメリカでは国営の医療制度はありません。先のクリントン政権で夫人のヒラリーさんが国民皆保険制度を模索しましたが結局実現されませんでした。

 低所得者と高齢者に対する国の補助はあるようですが、一般には民間の保険プラン(HMO)に加入します。しかし、HMOの保険料は高額で加入出来ない人々が数千万人いるのが現状なのです。また,健康に自信がある若い連中で、保険に加入しない人もいます。一般保険に入れた人もHMOは民間の会社ですから、経営のため努力をします。従って治療方法・入院の要否・入院機関など保険会社によって診療制限が激しく、医師の裁量も患者の希望も制限され、医療費削減のための医療が行われており、多くの問題が指摘されています。

 このように世界中で我々日本のような医療システムをとっている国は少ないのです。
 勿論日本よりもっと安心していられる国も多くありますが、それらは北欧型の高福祉高負担の国だと思います。日本は低福祉低負担なのか、中福祉中負担なのかこれは個人の考え方ですが高福祉高負担ではないようです。

 さて、絆余曲折を経て、すべての国民の医療費を保険で賄う「国民皆保険制度」は昭和36年に設定されました。前述しましたように、保険証一枚あれば、必要とされる医療を、いつでもどこでも国民が平等に受けられることを保証しており、患者にとってまさしく理想的な医療といえます。また診療所や病院にとっても、必要な治療費を保険組合が数カ月後には全額保障してくれる理想的なシステムでした。

 しかし、医療費を全額保証する「出来高払い方式」は、医師の裁量で十分な治療ができる反面、医師にも患者にもコスト意識が働かないため医療費の増大をもたらす結果になりました。つまり老人患者が病院の窓口で支払う自己負担額がゼロに近かったので、患者にすれば医療のコストを実感できず、医療はタダという国民的意識をつくってしまったのです。
 そして急激な人口の老齢化、医療の高度化、基盤である日本経済の崩壊によつて、医療費が増大し、国民皆保険に「ひずみ」が生じているのも事実です。

 そこで国家財政や医療保険財政が困窮しているという理由で、国民、特に老人医療を抑制する政策が考えられており、すでにいろいろな医療制限が行われてきました。その一つが、行った治療内容を全て一つずつ請求する「出来高払い」から、どんな薬を使っても、検査しても1日幾らという「包括医療」が採用されるようになり、老人の入院医療や外来診療でも老人の慢性疾患ではどんな治療や検査を行っても同じ診療費の「包括医療」採用されています。極端な例は一般病院に入院した老人は3ヶ月間しかまともな医療は行わせないという仕組みまで作りました。
 しかしこれだけでも思うように医療費の削減はできず、年々国民医療費は増加しており、少しでも医療費を削減出来ればと考えられた介護保険制度も、医療費削減は出来ていないのが現状です。

 なぜ医療費は増加するのでしょう
 マスコミは医者が不正診療したり暴利をむさぼるのが原因だとばかりに医療費の増加は医師の責任であるかのごとく責め立てます。勿論厚労省の発表データにも恣意的なものがあり、医者の悪口を言っておれば胸がすくようです。マスコミの取材も無責任な取材が明らかにされています。

 しかし医療費の増加はこれまた世界共通の問題でイギリスもアメリカも同様なのです。マスコミの言う医師の不正だけが医療費の増加の原因ではないのです。従って医療制度の改革や無駄な医療を制限する事で削減できる事は少なく、こればかりをいじくっても有効な効果はないのが現実なのです。
 医療費や社会保障費の増大の最大の原因は、少子化と人口の高齢化と医療の高度化だからです。高齢人口増加については医療・福祉・対外政策など平和な日本がその原因であり、少なくとも日本はこの50年戦争を知りませんし、若者が戦地で犠牲になったり、国民が大量に戦死する事も無くなりました。今までの日本の歴史上こんな50年は無いはずです。そして予測された高齢化社会に何の手も打たずバブルに浮かれていたのです。むしろこれからは小子化が問題になりますが、当面差し迫った高齢化の対応が求められているのです。
 老人医療費や介護費用は、高齢社会に伴う避けられない社会的コストだと考えられます。まず、国の予算のうち何割を社会保障費に割くのかの議論をすべきだと思います。
 公共事業費に比べて社会保障費は、諸外国に比べまだ少ないのではないか思います。どんな割合にするか、国民的な合意が必要であり、社会保障・医療・福祉に対する国民の負担(痛み)を具体的に公表し理解をえるべきです。
 ところが先に紹介した、小泉政権の経済財政諮問会議の基本方針では、全ての構造改革が叫ばれ反対勢力は「悪」だと言うような国民・マスコミの論調です。医療制度の改革では下記のような点が提案されています。
 勿論医療改革に必要な改革案も含まれてはいますが、全体を見れば過去のアメリカの医療制度を真似た政策であり、10年ばかり前ブームとなった「医療ビッグバン」の政策そのままで、経済学者が経済効率を優先し医療費を削減するためだけに考えた政策としか言えないものもあります。
 そして全体的な社会保障に関しては「「社会保障個人会計」を設け、年金、医療、介護など、ばらばらの制度で行われている社会保障を一元的に管理する。そのために「社会保障番号制度」を導入し、各個人の負担と受益を把握する。医療サービスについては効率化プログラムを策定。老人医療費は、「伸びを抑制するための枠組み」を作り、目標値を超えた場合には医療機関に負担させる。」と言われています。

 そしてこれらを実施すれば日本の優れた国民皆保険制度を崩壊させてしまう事になり、我々医師はこの改革案を全て認めるわけには行かないのです。
 「各論反対」の賛同議員を選挙でも選ぶことも必要です


「医療サービス効率化プログラム(仮称)」の策定
 1.医療サービスの費用対効果の向上
   DRG/PPS等の拡大 医療の裁量権の制限。
   薬価制度の見直し
    DRG/PPSとは疾患名によって薬や手術など医療費を決めてしまう包括化医療制度で、すでに
     今の医療制度でも老人医療にはおおく取り入れられています。
     医療に医師の裁量・患者の希望は聞き入れられない制度です。

 2.患者本位の医療サービスの実現
   インフォームドコンセントの制度化、医療・医療機関に関する情報開示、
   医療情報のデータベース化・ネットワーク化による国民への情報提供の拡充、
   医療関係者相互の評価・チェック体制の充実による適正な診療の確保、
   医療機関の広告規制の緩和

 3.医療提供体制の見直し
   病床数の削減、病院・診療所の機能分化の促進
   高齢者医療の介護サービスへの円滑な移行

 4.医療機関経営の近代化・効率化
   情報の開示・外部評価 
   医療機関の経営に関する情報の開示・外部評価
   高額医療機器の共同利用・稼働率の向上 警察機能の追加
   株式会社方式による経営 医療の市場化
   医療サービスのIT 化の促進

 5.消費者(支払者−患者・保険者)機能の強化
   保険者の権限を強化
   審査員の排除?保険者による直接審査。
   保険者と医療機関との直接契約
   日本版マネジドケア。保険者の権限強化。契約
   レセプト審査、支払事務等の抜本的効率化 電算化、機械審査

 6.公的医療保険の守備範囲の見直し
   混合診療の拡大
   保険によらない診療(自由診療)との併用に関する規制を緩和

 7.負担の適正化
   患者・国民にも、真に必要な医療に対する負担を求める
   適正な患者自己負担の実現・保険料負担の設定を行う

「医療費総額の伸びの抑制」

  特に高齢化の進展に伴って増加する老人医療費については医療費の伸び率を設定し、その伸びを抑制するための新たな枠組みを構築する


 これらは今の医療制度を根本から壊し、国民皆保険制度を崩壊させてしまう事になります。またその他に医療費の伸びの抑制・特に老人医療費の伸びを総枠で規制しようと言う動きなのです。
 医療の必要や不必要に関係なく、経営上の無駄をなくしていくというやり方で必要なものでもカットされてしまう医療制度です。
 いつでも、どこでも、誰もが、必要なとき簡単にかかることができる。こうした、医療のあるべき原則が先進各国で揺るがされており、今日本でも経済的合理性を優先させる「制限診療」「配当診療」が広がりつつあり、これを日本にも当てはめようとしているのです。深く考えることなしに、小泉人気のフィーバーでこうした仕組みを受け入れることは、米国の二の舞への道であり、優れた日本の皆保険制度を破壊する道なのです。経済の構造改革に競争原理や効率化を採り入れることには賛成です。でも、社会保障は効率化や市場競争に最もなじまない分野だと思います。私的保険が多いアメリカのように社会保障も競争原理と自己責任にゆだねていくということなのか。慣れない改革に地域医療の混乱と切り捨てられる人が増える方向には疑問を感じます。

 そしてこれらの基本方針は、すでにアメリカで失敗した制度が大半であり、現場を知らない経済学者の、その場限りの医療費削減策であり、財政だけが中心で国の責任や憲法の国民健康権を放棄したもので、患者・老人の負担に重きを置いた厳しい内容で、これまでの国民皆保険が崩壊し、保険医療と自己負担の混合診療を安易に認める方向で、貧富の差が医療に持ち込まれる恐れが出てきのです。

 果たしてこれで良いのですか。仕方ないので痛みは覚悟しますか。

 高知県医師会の浜脇先生の主張にあるように
「このような医療・社会保障への締めつけだけが、不況に関係なく行われている現状は、国の国民の病気や健康に対する責務を放棄したものとしか考えられません。
 先進国の中でも低い医療費で、世界一の長寿と乳児死亡率・周産期死亡率の低さなど世界に誇る医療を維持している日本の医療費が高いか低いか、官僚の発想だけでなく、国民みんなで考えて行くべきではないでしょうか。
 現在の高齢者・ 患者いじめにも似た政策や不十分な少子化対策などの社会保障全体に対する対策を、国民全てで考えてみてはいかがでしょうか。」

 従って今のブームのような小泉改革・中でも医療制度改革には「各論反対」の声を我々医師のみならず、国民も怒りの声を上げて欲しいと思います。将来ひどい痛みを被るのは国民であり、中でも健康弱者の患者さんなのです。
 坂口厚労大臣は医師で、老人医療費の総額規制については批判的ですし、小泉首相も過去に厚生大臣を経験していますので、経済学者の経済的医療費答申をそのまま受け入れる事はないと思いますが、今のブームに浮かれていてはならないと思います。 

 一度崩壊した医療制度は、簡単に元に戻らないことも外国で実証済みです。
 医療制度の改革は必要です。このままでよいのではありません。人の命の制度ですので、経済学者だけでない国民の話し合いが必要なのです。

                13年7月17日      吉岡春紀


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