「社会的入院はなぜ解消されないのか?」

   けんぽだより No.113 2002年 春


 我が国の老人医療費の増加原因のひとつ「社会的入院」について、医師の立場から日本の医療政策に様々な提言を行う吉岡春紀先生にお話いただいた。

まず「社会的入院」の定義について、お教えください。

●一般には「入院治療が終わっても、家族・地域の福祉施設などの受け入れ先がないため退院できず、入院を続ける」、つまり「一般病院での長期入院」をさします。ですが最近の厚生労働省の発表では、療養型病床群(※1)に入院する高齢者も「社会的入院」に含められています。本来は長期入院の受け皿づくりのために作られた療養型病床群も社会的入院に含めることで、その定義は不明確になっています。

 『※1 急性期治療の終了後も長期療養が必要で、かつ在宅医療や継続看護が難しい人のための施設。一部は介護保険制度の下に介護療養型医療施設として運営されている。』

一般には「社会的人院=高齢者」と連想しがちですが。

●そのイメージで公表されていますので無理からぬところです。しかし昨年12月、「日本における社会的入院の総数=27万5千人」という統計が公表されました(※2)。これを年齢別に計算すると、65歳以上は18万2千人(66.2%)で、「社会的入院=高齢者」でないことがお分かりだと思います。

 実際、退院可能な長期入院患者には精神科疾患・難病・感染症(肺結核など)等も多いのです。しかしこれらの疾患は、むしろ家庭的にも退院の環境が整わず長期入院となっていますし、最近では「ハンセン病」のように政治的判断で長期社会的入院を余儀なくされたケースもあります。

 『※2 厚労省の「平成11年度患者調査の概況・重傷度の状況」中の「受け入れ条件が整えば退院可能→18.6%(27万5千人)」を元にしている。』

「医療保険から介護保険への移行が進まないので老人医療費や社会的入院が減らない」という議論を、どうお考えですか?

●まず前述の「27万5千人」ですが、これは介護保険導入前(平成11年10月)のデータが元ですから、制度導入後の『社会的入院が減らない』証左とはいえません。また移行が遅れている原因のひとつには、療養型病床群が予定通り介護療養型医療施設へ転換できないことで、これは各都道府県での取り組みに大きな格差があります。まず予定通りの転換を政府主導で進めるべきです。ですが、老人医療費問題は介護保険に移行すれば解決というわけにはいきません。医療費が減っても介護保険料が上がれば、被保険者の負担は結局減らないのですから。

「社会的入院を減らす」ための、ご提言をお聞かせください。

●少子・高齢化の流れの中で、介護保険の理想とは逆に高齢者の「在宅治療・介護」は今後難しくなっていくでしょう。現実に目を向けると、治療・介護の継続ができる施設はまだまだ不足ですから、まずは施設の増設が先決だと思います。

 そこで「養護老人ホーム(※3)」の建設を推奨します。現行の入居基準を緩和し、軽介護の高齢者も受け入れれば、施設不足解消や医療費抑制が可能ですし、介護保険の制限もなく自治体が独自に運営できます。なお現在、国は同目的の「ケアハウス」建設を民間に勧めていますが、介護保険の対象施設の増加は地元の介護保険料を上げる可能性があります。さらに、入院のシステムを見直すことも必要です。急性期対応の一般病床はもっと減らしてよいと思いますが、減った分は長期の医療・看護が継続できる施設として療養型病床群を位置づける必要があります。

 ともあれ「高齢者の長期入院患者の受け皿がない」現状を改善しない限り、病院の「はしご受診」や新規入院が増すだけで医療費削減には結びつかず、むしろ上がってしまいます。「社会的入院」を減らすには、もっと具体的で裏付けのある政策が必要なのです。

『※3 65歳以上の、身体・精神・環境及び経済約な理由で在宅での生活が困難な人たちが生活援助を受ける施設。全国で約950カ所・入居者数約6万4千人という。先生は「全国でプラス20万床あれば状況はかなり改善できるでしょう」と指摘する。』


吉岡春紀先生/山口県 玖珂中央病院 「介護保険と医療制度を考える部屋」
http://www.urban.ne.jp/home/haruki3/index.html
にて医師の立場から医療保険・介護保険など医療政策に様々な提言を行う


 前のページに戻ります