今回の医療保険制度改革の問題点


山口県医師会報 1475号 9年6月1日
    編集委員    加藤欣士郎

1.患者の自己負担の増加は受診抑制を招き、医療の荒廃をもたらす危倶があり、絶対に許容できない
 今回の「健康保険法の一部を改正する法律案」について日医と与党・医療保険制度協議会の最終合意が5月6日になされ、そのまま衆院厚生委員会で可決され、同日衆院本会議で与党3党と太陽党の賛成(民主・新進・共産は反対)で可決された。このまま参院に送られ、若干の修正の可能性はあるものの、今国会で成立し、本年9月1日より実施される見通しである。
 その内容は、社保本人2割負担、老人1回500円(最高4回2000円)負担と外来時薬剤の別途負担(1種類0円、2-3種類400円、4-5種類700円、6種類以上1000円、外用1種類80円、頓服1種類10円)、さらに老人入院負担は平成9年度1日1000円、10年度1日1100円、11年度1200円とした患者の自己負担を大幅に強いるものである。これが実施されると社保本人で2.4倍、老人では2.6倍の自己負担増になるとの試算がある。また国保でも負担率は変わらないものの薬剤の別途負担が加わる。とくに多科に受診の必要のある老人では、その負担増の影響は甚大である。
 当初、昨年11月にまとめられた医療保険審議会の最終報告では、老人定率1割、社保本人2割、薬剤3-5割負担としていた。この中で老人と薬剤の定率負担は絶対に許容できないとして日医は反対してきた。年齢階級別医療費(94年)の資料によると、70歳以上の年間医療費は1人当たり約71万円(その内薬剤費は21万円)、45-60歳は約24万円(薬剤費は6万円)である。
 もし定率負担が実施されると、たとえ1割でも老人の負担実額は7万円に増加する。さらに薬剤費の定率負担、仮に3割としても6万円が別途負担として加わる。定率負担は一見平等のようであるが、医療費総額が高く、特に薬剤費率の高い老人には大幅な自己負担を強いることになる。これが日医が老人と薬剤の定率負担に反対してきた理由である。
 この最終報告は国会に上程される政府案として、老人は2000円の定額負担に改められ、薬剤も当初1種15円案が出されたが、日医の1日50円案とのせめぎあいの結果、今回の定額負担に落ちついた。しかし、日医は最後まで老人の薬剤負担は免除すべきと主張してきた。この日医の主張と抵抗をマスコミは「利権を守るための圧力」と批判し椰楡してきた。健保連にいたっては、全国紙に意見広告を掲載して「医療費の増加が医療の供給者の無駄使いにある」と宣伝し、NHKの報道番組の中では、副会長が「目医が患者自己負担に反対するのは、お医者さんがお客さんが減ると困るのだろう」とまで言い放っている。マスコミと健保連の不見識は、もういい加減にしてほしい。
 今日、世界一の長寿と健康大国を築いたのは、誰でもが何時でも何処でも自由に医療機関にアクセスできる国民皆保険として世界に誇るわが国の医療保険制度に依ることは万人が認めるところである。さらにわれわれ医療の供給者もこの制度の維持に骨身をおしまず協力してきた。今回の制度改革では、老人と薬剤の定率負担という最悪の事態はさけられたものの、それでも患者の負担は極めて大きい。これでは受診抑制が招来されることは必至であろう。医療は患者の訴えのみを取り除くことが使命ではない。
 患者の疾病を根治し、余病の併発をも予防することまでも求められている。三大成人病のうち、脳血管障害と心臓病はその予防が重要であることは周知の事である。高血圧には症状は少ない。しかし放置すれぱ脳血管や心臓に悪影響を及ぼすことは明らかである。受診抑制はこのような訴えの少ない患者の病状を潜在的に悪化させていく可能性もある。こうして医療が荒廃していく危倶を感じるのは、医療の現場に身を置くものの宿命であろうか。医保審の報告以降、日医の意見や行動に対してマスコミと健保連は一貫して〃利益団体〃〃圧力団体〃を連呼し敵対してきた。制度改革の過程で国民・患者は一切発言の機会は与えられなかった。日医の求めた事は、医療の本質に依拠したものであり、それは患者の立場をも代弁するものでもある。ここにマスコミと健保連の猛省を促したい。

2.医療保険財政の破綻の危機!は大嘘である。患者自己負担を増やさなくとも、財政再建はできるはずである

 今回の患者自己負担増を中心とした改革を急がせたのは、いまにもパンク寸前のように報じられている医療保険財政であった。国民医療費は24兆円に達し、年々5%づつ増加している。とくに老人医療費の伸びが大きく高齢化が進むにつれて医療費はさらに増加していくことは避けがたいであろう。老人医療實の一部が健保からの拠出金で賄われていることが健保財政を圧迫していることは事実である。政管健保は92年まで黒字であったのが93年から赤字に転じた。組合健保も半数以上が赤字となり、今後赤字組合が増えていくという。しかし、医療費の増加は漸増的であり、老人医療費の占める割合も増加傾向にあるが、これが保険財政を急速に悪化させた要因とするのは早計である。医療保険財政の悪化の最大の原因はその収入の過程にある。また、拠出金をはじめ、その仕組みと運用にある。
 政管健保に例をとると、赤字に転じた92年はバブル経済が崩壊し給与所得が減少し健保の収入も減少していた。景気は後退傾向にあり、健保の収入は増加することは予想できないのであるから、政府は国庫補助を増やすのが本来であるのに、逆に、この年に国庫補助率を16.4%から13%へ引き下げた。さらに赤字になったときは返還すべき国庫補助の繰り延べも93年と94年も続け計7139億円の債務となっている。また73年以前の一般会計からの棚上げ債務2兆1931億円も未払いのままである。この事実は松海信彦先生によってはじめて本会報(平成8年9月21日号)で紹介され、厚生委員会でもとりあげられ審議事項となったが、政府は財政危機を理由に債務の返還と補助率の修正に応じる姿勢はない。また今回の改正で保険料率が8.2%から8.5%に引き上げられることになったが、これとて収入の伸びの減少がはじまるときに即座にするべき対応であった。このように政管健保の赤字を許したのは政府の無策による。さらに言えば、わざと放置し、故意に赤字にしたともとれる。
 健保にしても給与所得の伸び悩みの中で、保険料率は92年8.25%を97年8.34%と微増させてはいるものの、年間給与のかなりの割合を占めるボーナスについては相変わらず低料率をつづけている。支出についても、そのすべてが医療費に振り分けられるのではなく、組合員への還付金や保養所等の福利厚生に多くが拠出されている。これらの健保財政の合理化をすすめることが先決のはずである。
 今回の患者自己負担増を実施すると、97年度7500億円、98年度1兆5000億円の負担増になると政府は試算している。先にのべた国庫補助率を復元すれば5400億円、繰り延べを返済すれば1500億円、保険料率を0.4%引き上げれば約1兆円の収入の確保ができ、今回の自己負担増分をそっくり補完できる。つまり、患者自己負担増をせずとも、財政再建はできるのである。

3.真の医療制度改革は医療費の高コスト構造にメスをいれることから始めるべきである

 医療保険制度そのものの改革、つまり保険の一本化と老人保険の改編については改める必要があることは一致したところである。ここでは医療費の中身の改革が必要なことを強調したい。日本の医療費は欧米に比し決して高くはない。ただ薬剤費は比率・総額ともに突出している。それも薬剤の使用量は平均的である。つまり薬価が高いのである。
 このことは、本会報(平成8年9月1日号)で述べたが、さらに医療機器も世界一高い。薬剤費のみでも総医療費の30%を占める。まずこの高コスト構造を変革することが急務である。経済の低迷する中、全産業の営業利益率は1-5%台で推移しているが、医薬品業界だけが11-16%という高利潤をあげている。長期収載薬の一般名収載をすれば5年間で約1兆円の薬剤費が削減でさるとする試算がある。あるいは参照価格に移行する方法もある。メーカーは必死に抵抗するが、一人突出して儲けているのであるから、ここは潔くその一部を還していただきたい。
                     下関市 加藤欣士郎


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