厚生省事例集「事例21」について
  元気な痴呆・問題行動のある事例の要介護度変更

 先日行われた要介護認定審査会委員研修会では、「二次判定変更の事例集」はほとんど利用されず、この1例だけ、県の担当者から事例の詳細な説明と解説がされました。
 「事例集の事例21」で、「問題行動に対して常時の見守りが必要なため、要介護2を3に変更した事例」と言うタイトルでした。
 身体障害が少ない痴呆・問題行動のある例で、一次判定結果よりも要介護度をあげた事例です。勿論要介護度をあげることに反対する審査会はないだろうと思いますが、はたしてこんな審査で1ランクアップしたことが妥当な認定なのかは疑問でした。事例集に掲載されている資料に加えて対象者の概況調査や議事録等の資料も添付されていましたので、事例集をご存じない方にもご紹介し、この事例の検討をしてみます。
 青文字は事例21の配付資料です
 黒文字は私のコメントです。本ページは玖珂郡医師会のホームページにも掲載しています。

対象者概要が説明されています。
 申請者は82歳の女性、病名は「老人性痴呆症」。現在は在宅で訪問看護を週1回受けている。
 家族の状況等は、養子夫婦と孫一人いるが、住まいは同一敷地内の別棟に一人暮らしである。痴呆がひどく、本人は入浴等自分でできると言い張り、介助を拒否することも多い。尿失禁、便失禁も多い。
痴呆症状に対応するための訪問看護とホームヘルパーの派遣が必要と思われる。
 中間評価項目上は第1群、第2群が自立しているものの、第3群が41.7、第5群が64.3、第6群が35.2であり、第7群は38.8である。介護へ抵抗する患者の対応を検討しなくてはならないケースである。

介護審査会資料

第3群

1.立ち上がり

第7群

ア.被害的

(複雑動作)

2.片足での立位

支え必要

(問題行動)

イ.作話

3.浴槽の出入り

行っていない

ウ.幻視幻聴

ある

4.洗身

行っていない

エ.感情が不安定

第5群

エ.つめ切り

全介助

オ.昼夜逆転

ある

(身の回り)

3.居室の掃除

全介助

カ.暴言暴行

ある

4.薬の内服

全介助

キ.同じ話をする

ある

5.金銭の管理

全介助

ク.大声をだす

ある

6.ひどい物忘れ

ある

ケ.介護に抵抗

ある

7.周囲への無関心

コ.常時の徘徊

ある

第6群

1.視力

1m見える

サ.落ち着きなし

ある

(意志疎通)

2.聴力

やっと聞こえる

シ.外出して戻れない

ある

3.意思の伝達

ほとんど不可

ス.一人で出たがる

ときどき

4.指示への反応

通じない

セ.収集癖

ある

5.ア.毎日の日課理解

できない

ソ.火の不始末

イ.生年月日をいう

できない

タ.物や衣類を壊す

ウ.短期記憶

できない

チ.不潔行為

エ.自分の名前をいう

ツ.異食行動

ある

オ.今の季節を理解

できない

テ.性的迷惑行為

カ.場所の理解

できない

要介護認定

等基準時間

51分
一次判定要介護度2」

問題行動等に関連する項目についての特記事項
 (ア被害的) 「盗られたら困る」と冷蔵庫に履物を隠す。
 (オ昼夜逆転) 夜、荷物をまとめている。
 (カ暴言暴行) ご飯を食べさせないと怒り、暴言をはく。
 (ケ介護に抵抗) 汚染した衣類交換、入浴、清拭等拒否。
 (セ収集癖、ツ異食行動) 渋柿、カラス風、青いみかん等を採り集め、隠している。
   家族は食べているのではないかと話すが確認できていない
 (ソ大の不始末) ガスは外している。
 (チ不潔行為) 片付けようとした便を室内に持ってくることがあった。

概況調査「調査対象者の主訴、家族状況、住居環境、虐待の有無等について特記すべき事項」
 ・養子夫婦、孫一人の家族。本人は同一敷地内の別棟に住み、食事は運んでもらっている。
 ・痴呆3年位前に現れ、現在記銘力障害著明。本人は独居で、一人でなんでも行えると思っており、入浴、掃除、着替え等拒否。失禁あり、室内異臭ある。また盗害妄想あり、物を隠している。
 ・敷地内に居ることが多いが一人で外出すると戻れなくなるため、家人が注意し、入浴と室内掃除等の目的で施設ヘショート入所相談する予定とのこと。
 ・往診月1回。

 この事例にも「調査対象者の主訴、家族状況、住居環境、虐待の有無等について特記すべき事項」を説明する概況調査が添えられています。個人的に何度も訴えていることですが認定審査には「概況調査」は不可欠なもので、この例でも概況調査を見て始めて介護の状況が理解できます。但し現在は申請者の環境要因は判定に勘案できないとされていますので、今後これを「審査に考慮して良い」となるように訴え続けたいと思います。

主治医意見書 特記事項

 痴呆症状強く、介護者は困り果てている。入浴は1年以上していない。尿失禁、便失禁もあり、家の中は尿臭、便臭がいつもする。家人が片付けようとすると暴力をふるうなどあり、家人はいつもひっかき傷が絶えない。近所の家へ夜中に出かけたり、「盗まれた、見張られている」と大騒ぎをしたりして、手におえぬことあり。現在、在宅介護支援センター、訪問看護、訪問診療等にて対応中である。氏名は言える時、言えない時あり。生年月日は言えない。被害妄想あり。風呂場で排便をする。着替えは気が向けばするが、何日も同じものを着ていても平気である。不潔のため、着替えさせようとすると暴力をふるうなどあり。
 
主治医にこれだけ詳しく記載して貰ったら介護の手間のかかり具合が良く理解されます。研修会に参加していた審査委員の精神科の専門医のコメントでも「精神科の領域でもこのように身体障害がなく、介護にも抵抗する事例は一番手が掛かり、最重症の介護が必要になる・私はこの事例は要介護5としたい」とのことでした。


議事録 

 在宅の方で、障害老人自立度が調査員A1、主治医J2、痴呆性老人自立度が調査員IIIb、主治医IVです。最初に認定調査の矛盾点から伺います。
C: 矛盾と言えるかどうかは分かりませんが、特記事項から判断すると、4-5、4-6の排尿後の後始末と排便後の後始末は、なんらかの援助が必要と思われる。
A:一次判定は、要介護2でよろしいですか。
 全員:賛成

Cさんの発言「4-5、4-6の排尿後の後始末と排便後の後始末は、なんらかの援助が必要と思われる。」を取り上げることが必要で、まずこの項目を一次判定ソフトに再入力してから一次判定の確認をすべきではないでしょうか。変化はないかも知れませんし、この事例以外では項目を追加したら逆転することもあるかも知れません。しかし、ここではなにもせずに一次判定の確認を行っていますし、全員賛成?とは理解できません。
 この審査会は厚生省の通達のようにまず一次判定の確認から入っていますが、方法が誤っています。
 でも、一次判定そのものが問題なのですから、今はこの一次判定の確認はする必要はないと思います。個人的意見です。

A: それでは、介護の手間の観点から、特記事項と、主治医の意見書に基づき、二次判定をしたいと思います。
B: 介護の手間からいえば、特記事項と主治医意見書の双方の矛盾なく大変な手間の必要性を訴えているのですから、痴呆患者の介護の大変さにかんがみ、介護度を上げるべきであると思います。
D: 痴呆性老人自立度がそれぞれIIIbとIVの判定であるので、日常生活自立度Aのうち、痴呆III、IVに最も多い要介護3と判定すべきと思います。
A: ただいまのご意見に異論のある方はいらっしゃいますか。
 全員:とくにありません。

「日常生活自立度Aのうち、痴呆III、IVに最も多い要介護3と判定すべきと思います。」
こんな判定基準があったでしょうか。
「A-III 」では要介護1.2.3が各々30%、「A-IV」なら要介護1-20%、要介護2-30%、要介護3-40%の確率がありますが、むしろこの「日常生活自立度の組み合わせによる要介護分布」の利用は、一次判定の確認の前に調査書・主治医意見書で確認し、申請事例がこの範囲にあれば大きな間違いはないであろうとするために利用すべきで、最終判定に使うべきではないと考えます。Dさんの意見に異論ないようですが、これで済むなら一次判定はいりませんし、二次審査は必要ありません。
 厚生省が今の判定方法を変えるために、「日常生活自立度の組み合わせによる要介護分布」を再考する事は否定しません。

A: それでは、要介護度を2から3に変更します。状態像の例の特定をしたいと思います。
B: 痴呆に合致する状態像の例が少なく、なかなか特定が難しいところでありますが、3-5ではいかがでしょうか。
 全員:異議なし

 元々厚生省の状態像には意志疎通ができず、問題行動もこれほど多い例はありませんので、状態像で探すことは無理だと思います。そしてこの事例では要介護度を決めてから、状態像を探しているようですが、本末転倒ではないでしょうか。

A:それでは、3-5と決定します。介護度変更理由としては・調査員の特記事項、主治医意見書、痴呆性老人日常生活自立度のすべてが該当すると思われますが、状態をより明確に記載してあった調査員の特記事項としてよろしいでしょうか。
 全員:異議なし

 結局要介護度は1ランクアップされましたが、この事例とよく似たとされる「状態像3-5」の問題行動と本事例の問題行動を比べてみると、全く違う介護状態だと分かります。
 「状態像3-5」の問題行動は、幻視幻聴、暴言暴行、物や衣類を壊す、不潔行為、異食行動が「時々あり」、同じ話をするが「ある」です。
 一方「事例21」では暴言暴行に加えて、介護に抵抗、常時の徘徊、一人で戻れないなどの行動が「いつも有り」です。「状態像3-5」とは明らかに介護の手間は違うと考えねばなりません。「状態像の亀の甲」で似たものを探すとこんな間違いを起こすことになります。もし「状態像3-5」が似ていると判断したなら、この事例はこれよりもっと介護度は上と考えるべきです。

一次判定を変更した具体的な考え方・根拠

1.認定調査員の特記事項から、第4群の「排尿後の後始末」「排便後の後始末」は、現在満足に行われていないだけで、自立とは到底認めがたい状況にある。
2.主治医意見書のその他記載すべき事項によると、痴呆症状が著しく、「暴言暴行」や、「介護に抵抗」などあるため、常時の見守りが必要と思われる。

 本事例のような身体障害の少ない痴呆例は、精神科医師のコメントにもあるように「入院しても常時の見守り・介護が必要な例であり」、この事例のように在宅での介護を考えるならば、ただ1ランクアップするような要介護度の決定は問題があると思います。
ちなみに本事例を我々の補正基準で補正してみました

 第7群の合計46点、第6群の補正率は5項目で1.5倍であり 46 X 1.5=70 となります。
 この70を一次判定の要介護認定基準時間55分に加えると 70+55=125 となり
 110分以上ですので二次判定は「要介護5」となります。

 一次判定は「要介護2」ですので、事例集のように「要介護3」でも介護度は1ランクアップしたわけですが、もしこの事例を介護するならば「要介護5」でも全く問題ないと思いますし、もし3ランクもアップさせる事が問題だとすれば、審査会の内規で2ランクアップの「要介護4」にしても良いと思います。

 いずれにしろ、介護度を変更させるときの納得できる基準がなければ、状態像もない痴呆例は変更することはできないのではないかと思います。
 本事例もやはり判定にいろいろ問題があります。これを説明事例に取り上げることの意味も分かりません。


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