老人医療費の包括化

 皆さんの中には、医療費は一般も老人も同じだと考えている方もおられるかも知れません。医療費の元になる診療報酬制度では一般の医療費と老人医療費はかなり違っています。また行った治療や検査を全て請求する出来高制度と、1日いくらのまるめの包括制度という点では、すでに老人の医療費の多くは外来も入院も、包括化が進められています。
 今回は老人医療費の包括化について説明します。

●包括化医療費

 医療費の包括化とは、診察料・検査料・薬剤料や入院では入院料など全て含んだ診療報酬制度です。

 アメリカなどで行われているDRG/PPSとは病気の種類による診療費の包括化ですが、日本の場合、病気の種類や合併症、治療の内容などは無視した、老人と言うだけで包括化されてしまう点数制度があるのです。現在一般診療には、包括化は一部の検査項目の包括化以外にはありませんが、老人医療費を削減するために老人医療費の包括化は進んでいます。包括化の是非の論議は別の機会に行うとして、現実に行われている制度を検証してみます。

 医療費の削減の為に行っている包括化が、厚労省の思惑通りに進まず、現実には包括化の政策誘導のため、診療報酬を高く設定したため、むしろ老人医療費は増加している点も指摘されています。それと同時に、厳しい包括化は患者・家族の苦しみを増し、医師と患者の信頼関係をも崩壊させてしまう現実は、医療費を減らすことだけが仕事の厚労省のお役人には理解されていない現実だと思います。

●外来の包括化医療費
老人慢性疾患外来総合診療料(外総診)

 老人の外来診療では、悪性新生物を除く老人慢性疾患生活指導料の対象疾患を主病とする老人外来患者を対象に老人慢性疾患外来総合診療料(外総診)という包括化があります。
 これは、診療所や200床以下の病院の外来診療で主に内科疾患の患者さんに算定されています。大病院にはありません。

 算定点数は、院外処方を発行する場合  1回735点 月2回を限度
       院外処方を発行しない場合 月1回目の場合 1035点
                    月2回目の場合  735点
 となっており、院外処方の有無で点数は分けられています。

 院外処方を行わない場合、検査・投薬・注射・生活指導などは包括化されており、どんな薬を処方されても、どんな検査を受けても点数は変わりません。逆に言えば包括化とは何をしなくても同じ医療費になる矛盾を含んでいます。但し再診料、レントゲン検査などの画像診断、リハビリは包括化されていません。

 外総診が行われているのか、出来高払いなのかは患者さんには分かり難いと思います。一人の患者さんに複数の医療機関で外総診は算定できませんので、複数の医療機関に通院されている場合、おもに内科のかかりつけ医が外総診を選択し、その他の医療機関では出来高払いとなります。

 外総診の対象となる疾患は、老人慢性疾患生活指導料の算定疾患と決められており、ほとんどの内科系疾患は網羅されていますが、血液疾患・腎疾患・骨粗鬆症・リウマチ・うつ病などは対象から外されています。

 また検査の包括化では、画像診断とされるレントゲン検査やCT検査・MRI等は算定できますが、超音波(エコー)検査・内視鏡検査・心電図・ホルター心電図などは包括化され、例えば胃透視は算定でき、胃内視鏡検査は算定できないという事です。どうして画像関係だけが包括化から外れたのか、その理由は明確ではありません。
 またリハビリだけは包括化から外されています。これも多くの重要な処置が包括化されている中でリハビリだけが残ったのか不明です。

 その他在宅医療にも包括化はありますが、一般的な外来の包括化医療制度は外総診が代表です。

●入院の包括化医療費

 入院については老人の人権を無視した包括化が進められています。
 この中で一般病院の3ヶ月の包括化は患者にも家族にも・医療現場にも厳しい規定です。

●一般病棟の老人長期入院患者の取り扱いについて

 「一般病棟に90日を超えて入院している老人患者は「特定患者」として他の患者と区別され、検査・注射・厚生大臣が定める処置を包括した老人特定入院基本料(937点または 794点)を算定する。上記の場合であっても厚生大臣が定める状態の患者については特定患者から除外され、一般病棟入院基本料を算定する。」と定められ、老人患者の場合、病気の種類や合併症、過去の病歴などを問わず、老人と言うだけで包括化されてしまう制度なのです。

 一部、特殊な抗癌剤治療を行ったり、意識障害のひどい状態、人工呼吸器を使用している場合、人工透析を受けている場合などは、この基準から外されますが、「老人患者は一般病院には3ヶ月以上入院できない」、言い換えれば「老人は3ヶ月以上は正当な入院医療を認めない」というシステムなのです。

 入院費用は検査、治療も包括化されており、しかも点数は1日937点ですから、月にして28万円程度、食費などを加えても34万円程度で、介護保険の特別養護老人ホームの報酬程度に設定されているのです。大学病院でも救急病院でも同じなのです。

 当然一般病棟ではそんな安い点数で入院管理はできませんので、主治医やケースワーカーから退院を勧めれることになります。

 また一般病棟では平均在院日数という入院期間の縛りがあり、平均在院日数が超過すればその病院の入院基本料にも影響しますので長期入院が予想される場合、救急病院でも、一般病院でも老人患者は入院後しばらくすれば転院の勧告が主治医から行われるはずです。

 医療費削減の目的だけで考え出されたシステムですが、このことは医師と患者・家族の信頼関係を壊してしまっています。長年主治医として信頼し通院していた患者さんが、病状が悪化し入院しても、その病院では長期の入院治療の継続が出来なくなり、入院が必要なら別の病院に転院しなければならなくなるのです。

 そして、この包括化で、果たして老人医療費が押さえられるかと言えば、私は出来ない制度だと思います。脳血管障害や重症の心不全・呼吸不全など長期入院が必要な状態は、急性期病院から別の病院に転院させられ、その病院では診療は新たな開始となりますので医療費は上がります。別の病院からまた別の病院などの「たらい回し」の現実もありますので、医療費は削減できないと思います。

●老人の療養病棟入院費用

 老人の包括化入院費について、そのほかには療養病棟の入院費用があります。
 一般病棟を転院させられた患者さんが長期入院継続できるただ一つの施設だと言えますが、国は社会的入院の解消と称して、この療養病棟からも老人患者を追い出す政策を考えています。

●長期療養型病床群 療養病棟

 長期療養型病床群という名目で、一般病院の設置基準より一人当たりの病室の広さ・廊下の幅・入浴設備・食堂の設置などができれば、診療費は包括化されていますが、かなり高い入院費となり、この数年政策的誘導で多くの病院が転換しました。

 またこの療養型病床群の一部が介護保険での介護療養型医療施設とし、介護保険対応に転換しました。病床群という聞き慣れない言葉は、この規定は一般には病院全体や病棟単位が基本ですが、一部病室単位でも認可されることがあり病床群という言葉が使われたようです。今では療養病棟と呼ぶのが普通です。

 ここでの入院費用は療養病棟入院基本料として、看護職員比率・看護婦比率・看護補助者比率などで7区分され、1日当たりいくらの定められた点数となります。

 例えば、看護職員比率6:1、看護婦2割以上、看護補助比率4:1という病棟なら、老人入院費は1日1107点となりますので、1ヶ月32万円、そのほか療養病棟療養環境加算の点数も含めれば35万円程度となります。これに食事療養費1日2120円が加算され、月のトータルでは41-43万円くらいの診療報酬請求になります。
 介護保険制度での介護療養型医療施設では、要介護度によって1日の請求額は異なりますが全体としてはほぼ同じ請求額です。
 療養病棟療養環境加算とは1病室の患者4人以下、病室面積1人あたり6.4平米、廊下幅2.7m、機能訓練室、食堂、浴室などが基準にあえば1日最高105点の加算があるものです。この基準にあわせるため多くの病院ではベット数を減らし、改築や新築などの設備投資を行っています。

 またこの入院費には入院30日以内の短期加算1日312点、180日以上の長期減算1日37点もあり、6ヶ月以上の入院では包括化でありながら、入院の月に比べると約10万円も低い設定で厳しい逓減性もとられています。

 これらの入院費用も内服・注射などの治療、検査は包括されています。なぜか画像診断とリハビリは包括されていません。老人の長期入院の原因となっている色んな処置については、酸素療法・経管栄養・褥瘡処置などの処置も包括化されています。在宅での酸素療法が行えず療養型病床で酸素療法を受けても酸素代も請求できませんし、胃瘻や鼻腔からのチューブ栄養も、またチューブの交換も保険請求できません。

 これらの老人医療費包括化は、何度も言いますが「老人である」と言うだけで医療費に差が付けられているのです。

 今、日本でも進められようとしているDRG/PPS (疾患別の分類と定額包括化)、では疾患によって平均的な医療費が設定されていますが、老人医療費の包括化は老人と言うだけで、包括化され、場合によっては必要な医療が受けられないシステムなのです。 

  平成13年12月18日  吉岡春紀


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