入院医療・老人医療の崩壊 間近

 何を言っても無駄なような気がしてしばらく療養病床問題の書き込みはしなかったのですが、今回の診療報酬改定で、療養病床関連の厳しい減額や、後期高齢者医療制度の実施など、国の全く無節操な改悪を進めると、「入院医療・老人医療の崩壊」も現実のものとなりそうなので、少し今の現状を述べてみたいと思います。

 医師不足による小児医療・産科医療の崩壊、麻酔医不足による手術拒否・救急医療の崩壊など医療崩壊が叫ば れています。
 その原因の主因の一つは、厚労省役人による「医療費亡国論」に示された国の過度の医療費抑制政策によるものですが、もう一つの大きな原因は、医師研修医制度の安易な改革で、地域に新人医師がいなくなったことから始まっているのは明らかです。
いずれにしろ医療崩壊の元凶は「厚労省役人の勝手な机上の空論」からなのです。

 田舎の市町村で地域医療を担っている我々にとって、この2年間の医療制度関連法案が実施されるようになってからの変化はすさまじく医師不足・看護師不足は地域でも大混乱し、現場の医療関係者が一番地域医療の崩壊を実感しているのではないでしょうか。また4月からの医療制度と診療報酬改定の内容を見ますと、後期高齢者医療制度と言う制度の発足で高齢者の医療も崩壊が目の前に迫っているようです。
 役人の机上の空論を戒めるのは国会議員しかいないのですがこれも無力です。

 療養病床再編問題について、日本医師会や議員の一部には政府の決定に反対意見もありました。しかし、平成18年の医療制度関連法案は、「附帯決議」を付けたとは言え自民党の圧倒的多数で強行採決されました。
 その時日医や議員からは、「この法律は様々な問題を含んでいますが、与党提出であり確実に成立する法案でした。よって、賛成をしたうえで、附帯決議、政省令に問題を解決するための考え方をできるだけ反映させるための発言権を確保しなければならないと考えたからです」とのことでした。日医や医系議員は参考人・質問者として問題点は指摘しましたが最終的には法案には反対せずに、附帯決議、政省令で解決を図るという戦略をとりました。

 療養病床問題もこんな「附帯決議」が付けられていました。
「10.療養病床の再編成に当たっては、すべての転換を希望する介護療養病床及び医療療養病床が老人保健施設等に確実に転換し得るために、老人保健施設の構造設備基準や経過的な療養病床の類型の人員配置基準につき、適切な対応を図るとともに、今後の推移も踏まえ、介護保険事業支援計画も含め各般にわたる必要な転換支援策を講じること。また、その進捗状況を適切に把握し、利用者や関係者の不安に応え、特別養護老人ホーム、老人保健施設等必要な介護施設及び訪問看護等地域ケア体制の計画的な整備を支援する観点から、地域ケアを整備する指針を策定し、都道府県との連携を図りつつ、療養病床の円滑な転換を含めた地域におけるサービスの整備や退院時の相談・支援の充実などに努めること。さらに、療養病床の患者の医療区分については、速やかな調査・検証を行い、その結果に基づき必要に応じて適切な見直しを行うこと。」

 今後色んな見直しを検討するという政府や議員の言うことを半分信じて、制度発足後に少しは見直しが行われることを期待していましたが、この2年間、附帯決議に述べられていた医療区分の見直しもなく、全て裏切られ、 前回の報酬改定で療養病床は大幅な減収になりました。しかし、それでも国の進める転換の移行が少ないと見て、今回の報酬改定は息の根を止めるようなもっとひどい削減が示され、療養病床は完全に潰れてしまえと言う国(厚労省)の政策の意図が明確になっています。

先日のメディフアクスでも
 療養病棟入院基本料の点数引き下げについては、代理出席の天本宏氏(日医常任理事)が「慢性期分科会の報告書では、エビデンスに沿った値付けが行われなかったことが明記されている。エビデンスに沿った点数に修正すべき」と、医療区分1の点数引き上げを主張した。
 これに対し厚労省保険局の原徳壽医療課長は「医療経済実態調査では、療養病床の多い病院の利益率が高かった。値付けは政策的な誘導も含めていることを了解してほしい」と述べ、点数引き下げに理解を求めた。土田武史委員長は 「社会的入院の解消などの目的から政策的な誘導は必要。ただし、ある程度のエビデンスはいる。もう一度検討したい」
と述べたと書いてあります。
 
 原課長は診療報酬が政策的誘導だとはっきり述べていますが、この診療報酬では療養病床は生き残れない報酬と言うことは解っているので明らかに厚労省による療養病床潰しですし、現場で必至に仕事をしている療養病床関係者にとって、課長がこんな発言することに憤りを感じます。

 またm3.comのインタビューを見ますと、この人にとっては医療費削減と医師不足の解消は、「医師数を急に増やすことは難しいので、「いかに効率的に医師に働いてもらうか」という発想が必要で、そのためには病院病床数を減らして、その余った医師を働かせれば医師不足は無くなる」と言うのです。
 また、今年度から始まる地域医療計画見直しの中で、医療圏で脳卒中の地域連携パスをつくって情報交換を行う計画の中でも、現在は急性期病院の重要な受け皿となっている療養病床を、計画書の作成段階で意図的に外して連係パスをつくるように仕向けており、とにかく療養病床潰しが本人の強い願望になっているようです。
地域連携パスの構想のm3.comのインタビユーでも「今回、脳卒中対策として、「地域連携診療計画」(地域連携クリティカルパス)の対象疾患に、脳卒中を加えました。急性期病院から回復期リハビリを充実させ、療養病床ではなく、自宅あるいは居住系の施設に退院できるようにしてほしいわけです。」と地域連携計画からも療養病床は外していますし、一方急性期病院も現在の90万床を70万床に削減を公言しています。

 この方は自治医大の卒業のようですが、本当にへき地の医療・地域医療に現場で働いた経験があるならば、都会と違う地域の特性や高齢者の生活状態など解るのが当然ですが、この人にはそんなことは全く興味はなく。医療費が自分の時代に削減できる道筋が出来れば後はどうなっても責任もないというのが、厚生官僚の考えのようです。

 さて、小児・産科・救急医療に続き、老人医療の制度崩壊が加われば国民の不満は爆発します。絶対に今の政府は承認されません。このことを議員や政府も解っているのでしょうか。


 医療制度だけでない、年金制度や福祉政策など現在の政府の厚生行政のでたらめさを見ると、国民の支持はもはや得られていません。
 国会議員も党派を超えて医療問題を真剣に議論できる医系議員を増やして、この現状を変えてゆく事はできないのでしょうか。

 せめて附帯決議にあった医療区分の見直しと、医療機関として経営できる診療報酬の見直しは緊急の課題です。
 そして転換型老人保健施設についても、診療報酬や施設内容などまだ解らないで転換計画を調査しても、誰も了解して転換できるわけはありません。もう少し時間をかけて激変緩和で話し合いが出来ることを望みます。
 2年前に書いた当医師会の要望書をもう一度添付します。このどれも見直しはされていません。

 本当にこのままで良いのでしょうか。

  平成20年3月4日



 18年診療報酬改定 慢性期入院医療
  特に療養病床の医療区分について廃止・再検討 要望

 先日厚労省から示された「療養病床の再編と診療報酬改定」については、現場を無視した机上の空論で設定され多くの問題があり、準備期間もなく拙速に 7 月から実施されることになれば、医療費削減という目的だけで慢性期の入院 を担う療養病床が潰されるだけでなく、重度の障害者も社会的入院・社会的入所というレッテルを貼られて医療機関・介護施設から追い出されることになり ます。

 一方急性期病院でも急性期を過ぎた重度の障害者の療養病床への転院紹介も難しくなり、在院日数が増えれば急性期病院の維持にも大きな影響が出てくるものと考えます。
 また今後介護型療養施設の廃止や医療型療養病床の大幅削減も予定されており、医療施設の生き残り策なども検討されています。しかし大事なのは削減を前提とした医療施設の生き残りではなく、重度の障害を持った人たちの「医療難民」を造らないための政策作りでなくてはならないと考えます。

 拙速に決められた今回の療養病床再編案は、もう少し時間をかけて現場の意見も聞きながら再検討し、この国の急性期・慢性期の入院医療供給体制の整備の検討とともに介護施設との整合性をはかり、重度の障害を持った人たちが安心して医療・介護が継続できる政策決定を要望します。

 当面7月実施の下記の項目につき廃止・見直しを要望します。
  
            記
 
 1. 医療区分とその診療報酬の廃止・見直し
  医療型療養病床の診療報酬を、介護施設のケア時間を主体にしたタイムス
  タディを基本に分類した「医療区分」の分類については、正当性・妥当性
  に乏しく廃止または見直しを求めます。
  また「医療区分1」の診療報酬は、病院の入院費としては考えられない低医
  療費の設定であり施設・人員の基準を満たした病院の継続が不能の診療報酬
  であり早急な見直しを求めます。

 2. 医療区分実施の緩和策
  重度の障害を残した肢体不自由や意識障害が「医療区分1」と分類されて
  おり、1.に記載したように現場の看護度や医療の必要度や経費を無視した
  分類でありこれらが医療区分1のままでは、大きな混乱をきたすことは明白
  であり、現行の、重度の肢体不自由児(者)の判定基準である「日常生活
  自立度のランクB以上は医療区分2とする」ような緩和策を要望します。

 3. 重度の障害者への手厚い看護
  療養病床の中でも現行の特殊疾患療養病棟等に入院している難病および障害
  患者は、看護基準・施設基準などをクリアーし手厚い看護が実施されている。
  当面この基準で行われている特殊疾患療養病棟・特殊疾患療養管理加算実施
  の病棟の入院では、「医療区分2」に該当するという約束は守られるべきです。

 4. 重度の内臓疾患患者の医療区分
  重度の肢体不自由や難病だけでなく、身体障害者3級以上か、それに準じる
  重度の心不全・肝不全・腎不全などの内臓疾患、インシュリン治療中の障害
  者などは「医療区分2」とすることを要望します。
  また在宅管理の困難な悪性腫瘍や疼痛療法の必要な症例ではその状態と治療
  法に応じて「医療区分2-3」とすべきです。

 5. 療養病床の位置づけの確立
  創設時の療養病床の目的と今回の見直し後の療養病床との位置づけが明らか
  に相違しており、慢性疾患の長期入院については介護保険との整合性を保て
  るよう、もう少し時間をかけて必要病床数や診療報酬を検討することを望み
  ます。

 6. 療養病棟の急性入院の診療報酬の対応
  急性期病院の少ない地域や、療養病棟でもかかりつけ医として急性疾患の入院
  も必要であることより地域医療を守るためにも、一定期間内の療養病棟の急性
  入院の診療報酬を新たに設定することを要望します。

 以上 早急に医療療養病床の「医療区分」などの再検討を強く要望します。

         平成18年5月15日        玖珂郡医師会
---------------------------------------------------------