療養病床削減断念


「療養病床」削減を断念「25万床維持必要」 厚労省
5月24日 毎日新聞にこんな見出しの記事がありました。
 「長期入院する慢性病の高齢者向け施設である医療型「療養病床」(25万床)を11年度末までに4割減らす計画について、厚生労働省は削減を断念し、現状維持する方針に転換した。都道府県ごとに需要を調査した結果、25万床前後の確保が必要と判断した。厚労省は療養病床削減により医療給付費を3000億円削減する方針だったが、今回の計画断念で高齢者の医療費抑制政策全般にも影響を与えることは必至だ。

今年の初めには
「慢性疾患の高齢者が長期入院する療養病床の削減問題で、厚生労働省は現在約36万床あるベッド数を12年度末に15万床まで減らす当初の計画を大幅に緩和し、5万床上乗せした20万床程度を存続させる方針を固めた。高齢者人口の伸びへの対応と、早期のリハビリテーションを重視する観点から計画修正に踏み切る。」


 という朝日新聞記事もあり、医療療養病床の削減はかなり流動的になっているものと考えていましたが、これだけ短期間に必要数15万床が25万床に復活するとは思えませんでした。
 後期高齢者医療制度の混乱で、制度の見直し・廃止の要望が強くなり、今後療養病床再編問題をこれ以上強引に進めることは難しくなったと言うことだと思います。

 06年2月に強行採決で決まった医療制度改革関連法案には、療養病床を今後大幅に削減して介護施設に転換させていく方針と、療養病床入院患者さんの医療区分による分類という診療報酬の大幅削減の変更が盛り込まれていました。
「入院している人の半分は治療の必要がない」として、当時38万床あった病床のうち介護型療養病床(13万床)を全廃し、医療型療養病床を4割減らして15万床にする方針でした。その達成に向け、入院患者を医療の必要度に応じて3つの区分に分け、「医療の必要度が低い」と判定された「医療区分1」の入院費を大幅に減額し、医療区分1の入院患者を多く抱えていた施設では病院経営が成り立たなくなるようにしました。
 そうした経緯はこれまでこのサイトで何度も述べてきていますが、削減数についても、医療区分についても何ら根拠のない数字で決められていました。また全国的にも各都道府県で医療費適正化委員会が設置され、療養病床削減のための調査が進められていました。

 日本医師会は昨年、「療養病床の再編に関する問題点」と題する見直し案を発表しました。それによると15万床に削減される療養病床について、「高齢者の増加に伴い、2012年度には26万床が必要になる」という見解を示すとともに、この26万床という数値に関しても「超後期高齢者ともいえる人口が増えるので、実際の必要性は(26万床)より高くなる」と推察しています。


 厚労省の言う15万床ではとても今後の高齢化に対応できないとし、厚労省の計画に対して「医学的管理・処置が必要とする医療区分1の患者や75歳以上の後期高齢者の増加数などを勘案した医療療養病床数にすべき」と主張していました。
 そして、先日の新聞報道では「厚労省の削減計画についての各都道府県の調査では、1月10日までに17都道府県が削減の目標値を決めたものの、香川県を除く16都道府県が同省の目標6割削減を下回った。削減率が最高の香川県が65.4%、最低の山形県は13.2%などと、都道府県で大きな差が出ている。目標値は同省の基準に従い算出されたが、行政の姿勢で療養病床が左右されるとも見られ、地域の「医療格差」を助長する恐れも小さくない。このような現状について、医療関連団体などは「国が一つの基準を当てはめて機械的に全国の病床数を数値化しようとしていることが最大の問題」と反発している。」と多くの都道府県が国の方針に反対しているのです。

 一方、自民党の「療養病床問題を考える国会議員の会」でも最近急に病床削減のための安心できる受け皿が整っていないとして、政府方針の抜本転換を求める提言を6月にまとめる方針とのことが報道されています。

 このような政府・自民党の突然の大きな方針転換では、高齢者の医療制度をもう一度根本から見直す必要があると言うことですが、それならなぜ2年前に、多くの現場の反対意見を無視して強引に無茶な療養病床の削減・医療区分を押し通したのか、そして現場でのこの2年間の混乱は何だったのか、腹立たしい毎日ですし、官僚の無策と誰がこの責任をとるのか、今の厚労省では誰も責任ないというのでしょう。
 昨日27日のテレビ「ニュースステーション」で、療養病床問題を取り上げ、その中で元厚労省の担当課長が療養病床再編問題は何の数字的な根拠もなく、医療費削減の大前提があり3000億円の削減のために削減数が一人歩きしたことを証言していました。
 厚労省の役人の無責任な態度にも腹が立ちましたが、やはり2年前に強引に強行採決されたこの医療制度は根本的に間違っており、今回の高齢者医療制度も、診療報酬改定も、やはり全て医療費削減が前提となっていますので全て白紙に戻して検討すべきだと思いました。特に療養病床削減ありきで決められた医療区分と、全く経営できない診療報酬も早急に見直すべきだと考えます。
 
 また各都道府県ででも「医療費適正化計画」という名目で病床数削減が計画されていますが、多くの都道府県では厚労省のこの数字を根拠に計画されていますので、この数字が何の根拠もなかったと言われれば、今計画されている地域の医療計画はそれこそ何だったのでしょうか。
 厚労省の数字に反対して独自の数字を出している都道府県には敬意を表します。

 まだもう少し試行錯誤というか、混乱があると思いますし、介護療養病床の全廃は法律で決まっていますので24年3月には、介護療養病床という施設はなくなります。ただ是非は別にして、この介護療養病床は本来は介護老人保健施設に転換されるものと思っていましたが、現在この期間内には介護老人保健施設だけでなく一般病床へも、医療療養病床にも転換可能になっていますので、医療・介護全体の療養病床が38万から25万に減ることには違いはありません。

 25日の毎日新聞の報道以後、他の大手新聞ではこの問題が報道されていません。スクープなのか、誤報なのか、解りませんが火のないところに煙は立たないと思います。

 この章を公開して後、6月1日付けの二木立氏の「二木立の医療経済・政策学関連ニューズレター(通巻46号)」が届きましたが、その中でも療養病床削減が事実上棚上げされたことが述べられておりますので、毎日新聞の記事も誤報とは言えないのではないでしょうか。


.論文:医療費適正化計画の二本柱は開始時から死に体
     −「基本的な方針」のもう1つの読み方
  (「二木教授の医療時評(その54)」『文化連情報』2008年6月号(363号):22-25頁)

「基本的な方針」をよく読むと、従来の厚生労働省の方針・認識の軌道修正を意味する重要な記述がさらりと挿入されていることに気づきます。主なものは2つあり、
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1つは生活習慣病対策の医療費抑制効果が当面5年間はないことを公式に認めたこと、
もう1つは医療療養病床を15万床に削減する目標を公式に取り下げただけでなく、医療療養病床の削減自体を事実上棚上げしたことです。

2006年に成立した医療制度改革関連法により、介護療養病床の廃止は確定しましたが、医療療養病床の削減は法定化されず、厚生労働省の目標・願望にとどまっていました。しかも、厚生労働省は、昨年4月に発表した
「医療費適正化に関する施策についての基本的な方針(案)」で、削減する医療療養病床から「回復期リハビリテーション病棟を除く」ことを初めて明示しました。さらに、昨年9月に発表された『平成19年版厚生労働白書』の「療養病床の再編成」の項(119頁)では医療療養病床の削減目標自体が消失しました

平成18年度版厚生労働白書

 18年度では、医療保険適応25万床、介護保険適応13万床を、平成24年度には看護・介護を増やして医療保険適応15万床にして、残りを老人保健施設・ケアハウスなど・在宅で23万床と、数字が示されています。

 

平成19年度版厚生労働白書

 平成19年度では、この療養病床の再編成の図では、目標数値は無くなっています。1年前の数字はどこに行ったのでしょう。

 


   平成20年5月28日  7月10日修正 玖珂中央病院 吉岡春紀