痴呆・問題行動例の判定に関する私見
以前、認定審査会の悩み-2-で、少し私見を述べましたが、最近いろんな所で「一次判定で痴呆・問題行動例の判定が低すぎる」との疑問や質問を受けます。
「痴呆は進んでいるが、身体的には元気で、基本的ADLもなんとか自立している。しかし、昼夜逆転、徘徊、行方不明、介護への抵抗、暴言暴行、便いじりなどなど、問題行動はものすごい。こうしたタイプの対象者の方は、介護している家族や施設職員は毎日大変な思いで接していますが、一次判定では自立や要支援しかならない。どうしてですか。」こんな疑問や質問です。
そこでもう一度痴呆・問題行動例の判定に関する私の考えを述べてみたいと思います。
痴呆・問題行動が一次判定に考慮されない原因
1.一次判定ソフトの欠陥
2.訪問調査で痴呆や問題行動の有無や程度を正確に捉える事の困難さ
3.審査会はペーパー審査であること
この3つを考えています。
やはりなんと言っても、1.一次判定ソフトの欠陥が一番だと思います。
もし一次判定ソフトが痴呆や問題行動の調査項目をきちんとした介護時間として取り上げ、問題行動の有無や程度で確実に介護時間が増えるようなシステムだったなら、その他にも問題点があるとしてもこんなにに大きく問題となることはなかったと思います。
19項目の問題行動のうち多くの行動にチェックがある症例でも一次判定では、全く介護時間に変化がないか、むしろ逆に介護時間を減らしてしまう結果となっているのですから、「どうして」の説明は出来ません。完全にロジックのミスです。
そして、認定審査が始まった当初より指摘されている事をこの時点まで放置した厚生省のミスも明らかだと思います。最近やっと重い腰を上げつつあるようですが、ソフトの廃止や改訂の論議でなく、調査員の問題にすり替えられつつありますので要注意です。
ではどんなことがおかしいのか一次判定の欠陥の事例を示します。
第5群と6群の組み合わせでのシミュレーションです。
5-5.金銭の管理:一部介助
5-6.ひどい物忘れ:ときどきあり
6-3.意思の伝達:ときどき通じる
6-4.指示への反応:ときどき通じる
ラッキーセットでご紹介しました、一次判定「要介護1」です。
こんな高齢者はいっぱいおられますね。身体の障害はなく、高齢で反応が遅くなった、やや痴呆の症状が出始めたお年寄りです。これでも 要介護認定基準時間は30分となり「要介護1」です。ありがたいことです。
これで月16万円も介護サービスに使えるのですからディサービスやホームヘルパーをゆっくり使えます。なんなら保険で自宅の改造もしましょうか。
介護保険って、なんとすばらしい。年寄りに優しい制度です。
ところが・・・びっくり仰天(逆転)
これに第7群の問題行動を追加してみて下さい。
介護に抵抗・暴言暴行・火の不始末など数項目(正しくは2項目以上)追加すると一次判定ソフトの介護時間は24分になり「自立」になってしまいます。問題行動をチェックすること、すなわち問題行動が出てきたら、むしろ介護時間は減ってしまい、要介護度は軽度になってしまいます。それも「要介護1」から「自立」です。問題行動を入力することがかえって申請者に不公平な判定をしてしまうのです。自立になればサービスは受けられません。
申請者には天国と地獄を見る気がします。
「可愛い少し惚けの老人」は手厚く介護するが、こんな「暴れたり・抵抗したりする年寄り」は介護しないと言うのでしょうか、突然介護保険制度が本性を現します。
こんな判定は、考えられません。誰が考えても理不尽です。
認定審査会が始まってすぐに問題提起された事です。いつまで放置しておくのでしょうか。
厚生省の担当者には身内にお年寄りはいないのでしょうか。
確認のため、この例を再確認しておきますが
5-5.金銭の管理:一部介助
5-6.ひどい物忘れ:ときどきあり
6-3.意思の伝達:ときどき通じる
6-4.指示への反応:ときどき通じる
7 ク 大声を出す:ある
ケ 介護に抵抗:ある
シ 外出してもどれない:ある
第7群問題行動の項目が2個以上あれば介護時間は24分に減ってしまい、一次判定は「非該当・自立」に転落してしまうのです。
もっと悲惨な例もあります。痴呆への配慮に乏しい典型例です。
最初の質問の方のように、身体の障害はなく痴呆症状がひどい方で、家族や介護者にとって一番大変な例だと思います。
第5群 |
3.居室の掃除 |
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(身の回り) |
4.薬の内服 |
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5.金銭の管理 |
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6.ひどい物忘れ |
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7.周囲への無関心 |
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第6群 |
3.意思の伝達 |
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4.指示への反応 |
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5.ア.毎日の日課理解 |
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イ.生年月日をいう |
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ウ.短期記憶 |
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エ.自分の名前をいう |
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オ.今の季節を理解 |
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カ.場所の理解 |
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第7群 |
ク.大声をだす |
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(問題行動) |
ケ.介護に抵抗 |
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シ.外出して戻れない |
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ス.一人で出たがる |
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ソ.火の不始末 |
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この例でも具体的には入力の途中で「要介護1」となりますが、第6群の
オ.今の季節を理解を入力した途端介護時間は26分と減ってしまい、その後は第7群の問題行動を加えても変わらず、何とか多項目の特例で「要支援」と判定される程度です。
このように申請例をシミュレーションしてみると、このソフトの欠陥が体験できます。第7群の問題行動はこれ以上項目を増やしても同じ結果です。
この症例が審査会で「要支援」のままとなることは、少ないでしょう、二次判定では「寝たきり度や痴呆度の要介護度分布」や主治医意見書・調査の特記事項なども考慮して、介護度を調整すると思います。しかし、このような痴呆が主体の「状態像」は「厚生省の要支援状態・要介護状態区分別状態像の例」では示されていませんので、この症例がどんな判定になるのかは、審査会によって大きく違うと思います。これだけでも「公平性」は保てません。
先日日本医師会から審査委員に当てて通達がありました。すでにご紹介していますが。
「二次判定における痴呆症例の審査判定について
特に、身体症状に特段の問題がない「痴呆症状の強い症例」については、「見守り」の時間等を勘案した“高齢者の介護に要する時間”を十分に評価した上で、審査・判定を行っていただきたいと考えております。 一部保険者では、二次判定における要介護度の変更に際し、「状態像の例」へのあてはめを強く求める場合があると聞いておりますが、これは必ずしも単独の例へのあてはめに限るものではなく、”介護の手間”から見て複数の例にあてはめることも認められているものであります。
これらの趣旨を十分踏まえられ、公正、かつ、客観的な審査・判定が行われるよう、審査会運営に関するご指導方よろしくお願い致します。なお、本件内容につきましては、厚生省と確認をしているものでありますことを申し添えます。」
この通達後、審査会では二次判定に少し融通が利くようになったように感じますが、医師会員の審査員以外知らない審査員もあり、その後、厚生省から審査員に対する正式な通達は見ていませんので、全国一律に通達したものではないようです。
次に2.調査で痴呆や問題行動の有無や程度を正確に捉える事の困難さについて
厚生省は痴呆の症例の判定が低く出すぎることの原因として、調査員の資質を問題にしました。調査員がしっかり調査して問題点を家族から聞き出したり、チェックしたり、特記事項にあげれば、一次判定は正しく出来るというものです。
果たしてそうでしょうか。
正しい一次判定ソフトなら全くその通りです。しかし、このソフトは違うのです。上記の例で示したように、調査員が問題行動をチェックしたことが一次判定で逆転を起こしているのです。むしろ問題行動のある方は、問題行動を見逃すほうが介護度を増すことが多いとも言えますので、調査員が正確に調査すれば解決する問題ではないのです。
と言っても、調査員の正確な調査は二次判定の参考資料にはなりますので、必要であることは言うまでもありません。
もう一つ、痴呆や問題行動は日によって、時間によって症状の現れに変化があり、これは誰もが理解していることですが、1時間程度の調査では把握できないことは多く、また主治医としても、2週間に一度程度の診察では痴呆症状の把握は無理だと思いますし、主治医意見書に書き込むときに悩みます。
となると、ご家族や介護者からの情報収集と言うことになりますが、これも100%の信頼性を持った情報とは言えません。
認定審査会の現場で、在宅の申請者の主治医意見書と調査書の問題行動のチェックを見ても、問題行動の取り上げ方には大きな差があるのが現状です。
施設の場合24時間介護していますので、問題行動の把握は出来ており主治医意見書と調査書の問題行動のチェックに大きな差はありません。
痴呆や問題行動のチェックはやはり日頃から付き合っていないとわかりにくいと言えます。施設やサービス担当者のひも付き調査を廃止する方向ですが、痴呆の正しい把握だけは、調査員は第3者でない施設やサービス担当者の方が正確な情報となる場合もあります。
そして3.に認定審査会は出された資料だけの情報でのペーパー審査ですから、二次判定の審査会で申請者の痴呆の症状を診断できないことを指摘されたり、責められても二次審査はどうしようもありません。審査会は出された資料の範囲でしか判定は出来ませんし、審査会は痴呆の診断を下す場ではないからです。
また一方では、書類審査の弱点をついた、申請例があり大阪府で問題となりました。
何度も訴えていますが「調査表」と「主治医意見書」を、同じ人が、もしくは同じ施設から同じ目的(故意に要介護度をあげるため)で提出されれば、認定審査会では、これを退けることは不可能な制度なのです。制度自体の欠陥でもあります。
痴呆に限って専門医の診断書をつけたらと言う意見もあります。勿論診断書があれば「痴呆がある」と言うことは分かりますが、介護保険でどの程度の介護サービスを必要とするかの認定には、診断そのものは直接関係ないと思います。
正確な問題行動の把握が出来、それによる介護の必要度や時間が分かれば良いのです。
しかしこれは非常に難しいことです。
本来は書類審査ができるものではないと思います。
もしこの認定審査会に専門医の診断書を求めることになるならば、介護保険制度の審査とは異なるようにも思います。そして、整形外科的専門医の診察・眼科・耳鼻科など拡がってきても仕方ないと思います。
痴呆や問題行動への対応を今後どうするのかですが
痴呆判定の問題も含め、コンビューターによる一次判定は今のところ要介護認定の制度に何のメリットももたらしませんでした。
個人的には要介護認定制度を廃止すべきと思います。
が。廃止できず続けるならば、今の判定ソフトやシステムをやり変えない限り、「簡単な手直し」や「状態像の追加」程度では、問題の解決にはならず、このままこれが正式な認定制度だとして認められてしまえば、近い将来、今の認定結果が前例となるので、再認定時のトラブルが目に見えてきます。
保険料徴収を延期した今こそ、正式な4月発足を1年間程度延期または凍結し、この1年間を正式な介護保険制度の全国のモデル事業として多くの情報を得る期間ととらえ、その間に英知を結集して、認定審査制度そのものをやりかえる必要があります。
その間の認定結果は仮の認定結果であり、この1年間はこの介護度により介護サービスを受けることとしますが、柔軟に対応し、重症介護者では、現在受けているサービス全てを自己負担1割で受けられることとして始めれば、1年程度は乗り切れそうです。
少なくともこのまま少しの手直しで認定審査を続ければ、再認定時大混乱は保証します。
平成12年3月10日