その場しのぎの医療保険改正
朝日新聞社説 12月22日


   高齢者が通院するたびに500円を徴収するなど、医療保険の患者負担を引き上げる制度改正案が、来年度予算の大蔵原案に盛り込まれた。
 自民、社民、さきがけ三党の協議で、厚生省が構想していた案とは変わったが、財政の穴埋めのため安易に国民の負担増を求めていることに変わりはない。政府・与党はこれを「医療保険改改革〕と呼ぶが、医療費がいたずらに増え続ける構造に切り込まないのでは、改革の名には値しない。
 患者負担の引き上げは三つある。
 第一は、高齢者が通院する場合、いまは同一診療科なら何回通っても月1020円払えぱすむのを、4回までは、一回の診療ごとに500円ずつ払うことにする。入院も一日710円から1000円に引き上げられる。
 第二は、サラリーマンらが加入している被用者保険の本人の患者負担を、いまの医療費の1割から2割に引き上げる。
 第三は、外来で受け取る薬について、一種類ごとに、一日分について15円の一部負担を徴収する。
 患者負担の引き上げによって、収入増のほかに、医療機関に向かう患者の足にプレーキがかかり、医療費の伸びが抑えられることが期待されている。
 厚生省によると、高齢者には一回の通院で平均4種類の薬が1週間分わたされている。一回の薬代の一部負担は420程度になり、500円の患者負担と合わせると、通院のたびに1000円近い負担となる。高齢者は月に平均3.2回通院しており、負担は今のざっと3倍になる。高齢化の進展で、医療費がある程度増えることは避けられない。
 しかし、明らかにむだな医療費がある。その増加を抑えなけれぱ、国民は負担に耐えきれなくなる。それには、薬や検査の数をこなすほど医療機関の収入増となる医療費のあり方を改めなけれぱならない。多すぎるといわれるベツド数も抑制する必要がある。なによりも、医師や患者が、自分たちの医療費だから効率的に使おう、という意欲がわく仕組みに変えなくてはならない。そうした抜本改革のメニューの一つとしてであるならば、患者負担の引き上げが検討されることもやむを得まい。
 ところが、ここ数十年指摘され続けてきた課題には、ほとんど実効ある対策がとられていない。厚生省・社会保険庁の官益をはじめ、医師会や製薬業界、経済界、労働界、健康保険組合連合会などの利害が対立」して、改革案がまとまらないためた。
 その結果、繰り返されてきたのが、抵抗の少ない患者負担や保険料の引き上げという、その場しのぎの制度改正だった。いままた、「その場しのぎ」が繰り返されようとしているといわざるを得ない。
 今回の改正案をまとめるにあたって、三党は「国会や公聴会で国民の幅広い意見を聞き法案審議に反映する」と合意した。
 そこで望みたいのは、まず予算の該当部分と制度改正法案を凍結し、与野党の議員による超党派のプロジェクトチームをつくり、一年くらいかけて医療保険の抜本改革案をまとめることである。そのうえで、法案審議に入ったらどうか。
 各地で公聴会を重ね、患者、現場の医療や看護、薬の担当者、保険の運営責任者らの声を広く聞くことが望ましい。国会の公聴会は、委員会審議がほば峠を越したところで、法案の採決を前にしたセレモニーとして開かれる場合がほとんどである。そうした、形ぱかりの公聴会でお茶を濁すことには費成できない。


  朝日新聞 平成8年12月22日 社説


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