下手すると絵に描いた餅になるで


落語医者の介護保険あまから問答 その四
    北畑英樹氏 メディカル・クオール NO.34 1997より

下手すると絵に描いた餅になるで

健保法案も、脳死法案も問題や
「いよいよ介護保険、国会で通りましたな」
「いやいや、あれは5月21日の衆議院を通過しただけで、参議院での審議は持ち越しということなんや。というのは、あの国会では厚生省関係の重要な法案が介護保険のほかにふたつもあったからなあ」
「それはなんですか」
「ひとつは『健康保険法等一部改正法案』という法案で、5月8日に衆議院を通過して、6月13日の参議院で再修正して可決、それをまた衆議院に回付して、16日の衆議院で可決したんや」
「いったい、そんな長い時間かけて何を改正したんですか」
「はやい話が、健康保険の財政を考えて患者さんの負担を増やした。ただそれだけのことや。健保本人の負担が1割から2割になったし、老人の入院負担が1日710円が9年度は1000円にして、10年度は1100円、その次は1200円と、こなんことだけは3年先まで決めておく手回しのよさや。それにクスリ代も熊さんに説明できんぐらい面倒臭い値上げしたんや」
「ああ、クスリの種類が増えたら患者の負担が増えるというやつですな。あんな複雑なことしてても、結局は赤字やから値上げしますということやから、単純な発想ですな。それやったらワシでも考えられますがな」
「そういうことや、国会で議員さんが党利党略でこねくりまわすより、熊さんが考えてくれたほうが単純で病院の事務員さんも喜ぶやろな」
「その値上げはいつからですか」
「9月から実施や」
「へぇっ。値上げするときは、えらい急ぎますねんなあ」
「なにしろ、この値上げで国は2兆円ほど助かるらしいんや」
「へぇ−、2兆円も。そりや、急ぐわけや。それでもうひとつの重要な法案ってなんですの」
「それは『臓器移植法案』という脳死に関する法案や」
「脳死って、なんですか」
「熊さんも臓器移植って知ってるやろ。クスリや手術で治らんような重病の人の臓器の変わりに、他人の健康な臓器を移植して治そうとするもんなんやけど、せっかく移植するんやったら、新しい元気な臓器のほうがええやろ」
「そりやそうですわな」
「そやから、まだ心臓なら心臓が動いてる状態で心臓移植したいがな。そこで、脳が働かんようになったら死んだんですよ。たとえ心臓が動いてても、脳の死が人間の死ですよと決めようとしたんや」
「心臓が動いてるのに死んだというのは、なんかシックリしませんで。そやけど、臓器移植してもらいたい人には、脳死を人の死やと決めてもらいたいでっしやろから、これはなかなか難しい話ですなあ」
「そうなんや、医学だけの問題とは違うわなあ。宗教も倫理も関係するし、感情論も入るし、殺人罪の範囲も変わってくるから警察の問題もあるし、救急病院なんかでも難しい判断迫られるし、大問題なんや。それで、衆議院でもまとまらんで苦労したんや」
「それで、結局はどう決まったんです」
「結局は、人間の死にはふたつあることになってしもたんや。ひとつは、今までどおりの普通の死や。それに、事故なんかに巻き込まれて脳死の状態になったら臓器移植に自分の臓器を堤供しますと宣言した人で、家族も脳死を承諾した人の脳死とふたつの死に方があることになったんや」
「えらい、ややこし話ですな。死ぬことは同じと違うんですか」
「それが、そうではなくなったんや。それよりワシが心配してるのは、せっかく臓器移植のために法律作ろうとしたのに、これでは脳死を決めた意味が薄いんと違うかということや」
「なんでですか」
「考えてみたら、ワシも熊さんも事故に遭うようなこと考えてるか、ほとんどの人は事故になんか一生遭わんと思うてるから、毎日気楽に暮らしてるんやろ。そんな人が、もし事故に遭って、脳死の状態になったら私の臓器を誰かに移植して下さいなんて書いた紙を毎日持ち歩いてるか。角膜移植でも、移植しますという人が少ないのに」
「そりやそうですわな」 「ということは、せっかく脳死の法案作っても、はたして臓器移植のための臓器が増えるんやろかとワシは疑問に思うんやがな」

マスコミの報道姿勢も気にくわん
「介護保険の話から、えらい外れた話になってしもたんと違いますか」
「外れてるといえば外れてるけど、それほど外れてるとは思わんで」
「わかりました。ご隠居さんのいいたいことは、こんな法案作る人が介護保険を考えてるんやから、下手すると介護保険も単に負担が増えるだけになったり、絵に描いた餅になる可能性が大きいということですね」
「そこまではいうてないけどな。その心配もあるということや。それと、ワシが気にくわんのはマスコミや」
「なんでまた」
「熊さんが、介護保険について詳しいことを知ったんは、たぶん5月22日の新聞やと思うんやが、それ以前はどの新聞も介護保険の詳しい話は発表せんのや。こんな内容の法案で、こんな議論があり、こんな問題点がありますというような記事は、ほとんどマスコミは報道せんか、報道しても小さい地味な扱いやのに、法案が通過したらトタンに負担がどうなる、認定制度がどうなると急にトーンが高なるんや。そんなもの、決まってから騒いでどうなるんや。議論の最中にもっと丁寧にわかりやすく報道して、国民も議論に加われるようにするのがマスコミの使命やないか」
「いわれてみれば、ごもっともで。マスコミは医者の不祥事にはものすごく鼻きかしますのにねえ」
「そうや。この前もM新聞が、高知県のある老人病院のことを『消極的安楽死』なんていうセンセーショナルな言葉で、いかにも悪徳病院のような書き方したんやけど、本当はあの病院では、老人の患者さんに口から栄養を摂取してもらうために職員全員でものすごく努力してた病院なんやで」
「本当は、良心的な病院やったんですね」
「そのあと、あちこちから抗議されて訂正の記事を書いたんやが、その間の何カ月間は院長も職員もつらかったことやろうと思うで」
「国会の悪口の次はマスコミの悪口ですか。責任者怒りにきたらどうしますねん」
「ゴメンって謝ります」
「それやったら、昔のボヤキ漫才と同じですがな」
「まあ、それは冗談として、介護保険が今度の国会では参議院で審議される予定なんやけど、これは将来の日本にとっては、ものすごく大事な法律になることは間違いないんやから、変な党利党略やらメンツにとらわれたりせんと、本当に国民の誰もが納得できる法律にしてもらわんと困るんや」
「そりや、そうですわ。ここはひとつフンドシ締め直してシッカリやってもらわんと、国会議員のバッチが泣きますなあ」
「保険科の問題、その徴収の問題、サービスの受け皿の問題、その質の問題、認定制度の問題、医療保険との関係、現在の老人福祉との関係、老人以外の障害者の問題、今後の見通し、まだまだ総論だけでも議論することはいっぱいあるし、その各論なんかも、ある程度までは予想して議論しておいてもらわんと」
「まあ、参議院での審議に期侍して、ついでにマスコミにもシッカリわかりやすく、国民に知らせて、全員で議諭する雰囲気づくりに努力してもらわんとあきませんなあ」
「まあ、そういうことやなあ」


その五にご期待下さい。
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