療養病床の激変報告


 医療制度改革関連法案の国会通過後、療養病床では7月から新たな診療報酬体系により入院基本料を算定することになりました。
 実施後2ヶ月経ち7・8月分の看護の現場の意見や診療報酬を集計してみると、医療区分の分類や書類作成のために、看護の時間を減らし大きな時間を割くことになった看護現場の混乱や、「医療区分1」の入院基本料が大幅に減額されたために病院の大幅減収の事実があり、予想していたとは言えを、今後の療養病床の運営・経営の危機を実感しますし、こんな激変を行った厚労省への不信、総論賛成で認めてしまった日医や日医推薦の国会議員、療養病床協会への不満が日に日に増しています。

 この改定は、多くの療養病床をもつ医療機関の存続問題だけでなく、現在入院している患者さん達が今後どうなるのかが、これからの大きな問題ですが、多くの「医療・介護難民」が予測される中、マスコミの対応も今一です。
 ある新聞社からの取材の際にその理由を尋ねると、マスコミが取り上げるのは「制度が悪くても医療・介護難民がでるだろうという推測だけでは記事にならない。全国の療養病床病院があちこちで潰れたりして、実際に患者さんの行き場がなくなり自宅に帰されて、死者がでたり、介護人の家庭の崩壊などの事実がでればすぐにも記事にする」というのです。
 この2ヶ月では、まだ全国でたくさんの療養病床が潰れたと言う話は聞きませんし、多くの障害者が追い出され、「医療難民が急激に増加した」と言う話も聞きません。
 現実には、療養病床の診療報酬改定で医療区分により大幅な医療費減収で経営の危機を迎えても、多くの療養病床を持つ病院は、病棟転換の方向は示されているとは言え、机上の空論で示された老人保健施設転換にも、どう対応して良いのかを判断できずに模索しながらも対応をとれないでいるのが現実ではないでしょうか。

○ 受け皿作りについて

 介護療養病床の廃止・医療療養病床の大幅削減はこれから6年後までの政策ですし、国や自民党の国会議員はテレビなどで、「受け皿作りは確実に行います。これから現場の調査をしながら行います。」といいます。
 しかし現実には大幅な医療費を削減されれば、「医療区分1」に認定された人たちは療養病床から退院を勧告されることは、これからどんどん増えてきます。6年後まで待っている余裕はないのです。


 廃止・削減計画の前に、受け皿として介護施設転換の計画が示され、本来は受け皿をつくって、その受け皿に移り終えてから廃止・削減されねばならないと思うのですが、いつものことで国は、これから検討するのだそうです。少しずつ医療施設から介護施設への転換を計り、患者の移動を行いながら削減するのなら現場の混乱は少ないものと思います。今回のように、まず廃止・削減が決定され、「受け皿」後回しと言う政策では医療機関にとっても、患者さんにとっても不安と混乱だけではないでしょうか。


 廃止・削減計画の前に受け皿が必要なことは言うまでもないのですが、国の政策として本当に「受け皿」をつくる気があるのかを疑います。


「医療の必要度は少ないので入院する必要はない」人たちを「社会的入院」として病院から追い出し 医療費を減らすのが目的なら、入院の必要ない人たちに「受け皿」をつくる必要もないはずです。
「社会的入院」の「受け皿」を介護保険でつくれば、そのうち「社会的入所の増加」という話になりますし、医療費削減の「つけ」は介護費増加になります。だからあまり本気にならないのだと思います。
 しかし、現実は、国民は医療の継続は必要ないが介護の継続は必要であるから「受け皿」が必要と認識しているのです。
 今回国が「社会的入院」とみとめた「医療区分1」の人たちの在宅への強制退院や、在宅看護が無理だとわかっているから別の介護施設としての「受け皿」が必要という発想になるのではないでしょうか。

 そうならば、医療と介護の制度設計や整合性がなくてはなりません。医療費は抑えたが介護費は大幅に増えたなら、国民や患者さんの負担はむしろ増えるだけで、国家負担だけが軽減されるおかしな制度になることもわからないのでしょうか。
 今回の改定のように介護保険との連携もなく、医療制度の都合だけで介護保険の「受け皿」が本当にすぐに実現可能なのか疑います。
 転換支援策についてはまた別の機会に述べたいと思いますが、今、国の示す転換策なら、再び施設改造工事が避けられず、今まで国の誘導策に従いその結果何度も梯子を外された経験から、療養病床から老人保健施設への転換も簡単には出来ないと思います。今の療養病床の施設基準で転換出来るようにならねば転換策は絵に描いた餅でしょう。

 

○日医・療養病床協会の調査について 


 これらの2ヶ月間の影響を、日本医師会も調査する必要があると判断して8月にはアンケート調査しました。ところが9月になって療養病床協会からも「詳細な影響調査」のアンケート依頼が届きました。なぜか日医と療養病床協会の協力体制がとれていないことに疑問を感じます。同じような内容とは言え、調査項目が多く、医師・看護師・事務が協力して過去のデータも見直しながら行わねばならない調査ですし、患者さん個人個人の独自の項目調査も設定されており、簡単な調査ではありません。
 何度も同じような調査を、別々に行う意味があるのでしょうか。そんな暇は無いと言うのが本音です。
 また調査結果をすぐに反映し、政省令に反映する為には、全国的な組織的調査でなくてはならず、療養病床協会には療養病床をもつ全医療機関が所属しているわけではないので全調査とは言えません。
  出来れば療養病床協会が日本医師会の調査に協力するような形で、共同の調査をしてもらいたいと思います。その結果を、厚労省に折衝するならば、療養病床協会単独よりも日医や日医推薦の議員の力も借りねばなりません。
 今回のように、法案の国会審議のや要望の段階でも別々の行動することや、今回もまたお互いが関係なく別々の調査を行い、別々の折衝することの方が無駄な労力だと思います。日医の担当理事も療養病床の会員ですから、お互いに協力・協議して問題点指摘や改善案の提示も出来るのでは無いかと思います。

 さて、この2ヶ月間の影響ですが、前述したように入院患者さんたちには混乱を与えないようにする為、当院では国の言ういわゆる社会的入院患者さんも、重度の内臓疾患や肢体不自由の障害を持つ「医療区分1」の人たちも退院勧告は行っていませんし、急性期の疾患が改善したり、家庭復帰で退院された数人以外は入院継続していますし、ご家族には今回の療養病床再編問題をにパンフレットを配り説明していますので、今のところ家族の混乱はなかったものと思います。

 「医療区分1」の人たちの入院費は大幅に減額になった方達も多いのですが、当初退院させられるのではないかと言う精神的負担もあったようですが、そのかわりに10月からの食費住居費の自己負担増は「医療区分1」の人たちには、再び重い金銭的負担となります。

 この2ヶ月の現状と変化をまとめましたので報告します。


○一番大きな診療報酬制度の違いは看護配置基準がなくなったことです。


 7月からの療養病床の入院基本料は、従来の病院入院基本料算定の基本となる施設基準「入院患者数にあわせた看護師等の人員配置の状況により病棟単位で定額算定する方法」から、「患者さんを医療の必要度に応じた「医療区分」と「ADLの状態」によって分類し、その組み合わせにより入院料が決まる方法になりました。
 従って看護師等の重点配置による入院費の加算はされなくなったのです。

 言い換えれば特殊疾患療養病棟のように、看護師や看護補助を重点的にたくさん配置し、主に重度の障害者の看護を行ってきた病棟も、療養病棟の最低基準を満たした一般の療養病棟も、今回は看護師の人数等にかかわらず同じ入院費になったのです。
  要するに人員配置は最低限のラインを決めて、それ以上の配置は認めない改定なのです。一般病院の看護配置などとは異なるシステムに変わったのです。

 

 それならばすべての療養病床で看護師配置を25対1に減らせば良いと言う発想になると思いますが、そういうわけには行かきません。医療を必要とする「医療区分2」以上が8割以上収容されている病棟は逆に20対1を満たさないと、「医療区分2」の診療報酬を与えないというシステムになっているのです。また、将来的には医療型療養病床は20対1が最低の基準となることが示されているからです。簡単に職員削減は出来ないのです。
 20対1と25対1では、100床規模の病院では、看護師5名・看護助手5名の増員が必要になり、増員に伴う人件費が診療報酬で補償されないこの制度は、他の病床の入院基本料とは全く異なっていることを理解して欲しいと思います。
 むしろ療養病床でも、重度の看護を必要としている患者さんは多く、従来よりもっと人員配置を増やし、手の届く看護基準を要望していましたが、金がかかる増員は認められていません。

○入院費の影響

 入院費の影響について述べますと、大きな影響がありました。

 特に診療報酬は病棟単位で決められていたため、人員配置やその病棟の重度の肢体不自由患者さんの頻度が高い特殊疾患療養病棟では、6月まで特殊疾患療養病棟2は1570点/日となっていましたが、医療区分による入院基本料は医療区分2でもカバーされない減額で大幅な減収です。点数については後述します。
 また、おおむね7割以上が重度の肢体不自由児(者)、脊髄損傷等の重度障害者、重度の意識障害者、筋ジストロフィー患者又は神経難病患者を対象の病棟は特殊疾患入院施設管理加算がされ、加算点は1日350点となっていましたが、この加算病棟でも大幅な減収です。

 従って、今回の7月からの影響も、一般の療養病床だけの施設と特殊疾患療養病棟や特殊疾患入院施設管理加算の施設とで影響は大きく違うものと思います。

 特殊疾患療養病棟の激変緩和策として、特殊疾患療養病棟では「2006 年6 月30 日時点で、特殊疾患療養病棟入院料2 を算定している患者で、神経難病などに該当する人は、2008年3月31日までの間、患者分類で本来、医療区分1に該当する場合でも、医療区分2とみなす」という通達がされたため一定の配慮がなされているものと考えていましたが、脳卒中後などの嚥下障害の患者さんを神経難病の「仮性球麻痺」とする処置だけでは、激変緩和の救済措置にはなら無いこともわかりました。
  現場では新しい入院や病棟の異なる「仮性球麻痺」には緩和策が算定できず、同じ状態で入院費に大きな差があることは患者家族にも大きな疑問を残し、混乱しています。

次に、医療区分による入院費の金額の影響について述べます。
 何度も述べていますが「医療区分1」は、従来の入院基本料より3割程度と大幅に引き下げられれ、4月まで加算が認められていた日常生活加算40点や認知症加算20点も廃止されたため、どの療養病床でも大幅な入院費の減収は避けられなくなっています。


 入院収入の影響は、療養病床の患者さんの「医療区分」の割合さえ把握できれば、すぐに計算可能であり、これまでにもいろんな試算が行われていますが、予想通りの大減収です。

入院基本料の変化

 食費や算定可能な検査などは省略

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7月までの入院基本料 
                    入院基本料    環境加算後1日費用  月額概算 
 ○(一般の)療養病棟入院基本料1    1130点       1245    37.4万
 ○特殊疾患入院施設管理加算病棟    1245点  350点  1595    47.8万 
 ○特殊疾患療養病棟入院料2                1570    47.1万 

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7月からの影響 
          入院基本料       環境加算後  月額(30日) 
  医療区分1  入院基本料E  764点     879     26.3 万 
        入院基本料D  885      1000    30.0 
  医療区分2  入院基本料C  1220       1315      39.5
        入院基本料B  1344       1459      43.8
  医療区分3  入院基本料A  1740       1855      55.6 
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 これでわかるように、従来の一般の療養病床の1日入院料は環境加算を加えて1245点ですが、医療区分1になると、入院基本料Eなら879点、入院基本料Dなら1000点ですので、入院費は比較すれば20-30%の減収です。医療区分2以上が大半なら大きな減収は避けられますが、医療区分2の患者さんを8割以上入院させているの病棟では、看護配置20対1の問題が出てきますので、一般の看護基準では8割以上は入院出来ないとも言えます。


 一方特殊疾患療養病棟入院料や特殊疾患入院施設管理加算を算定していた病棟では医療区分1では1日1570〜1595点が879〜1000点と55-60%程度の入院料になりますので、大幅な減収が予測されます。

 このように医療区分の割合によって収益率は大きく異なります。


 医療区分1の診療報酬の恣意的な減額は別にして、医療区分が誰もが納得できる正しい判定の基準なら、従わざるを得ませんが、何度も述べているように、全く医療必要度による区分とは考えられない基準ですので、まず医療区分の見直しと、介護の施設入所費などとも比較して全くでたらめな医療区分1の入院費を見直すことも必要だと思います。

 6月末に宮城県保険医協会が行った「療養病床入院患者に関する実態調査」報告を参考にすると、「現在示されている医療区分は療養病床に入院している多くの患者の実態とはかけ離れたものであり、このまま適用されることになれば入院基本料の大幅引き下げにつながり医業経営に深刻な打撃を与えることは必至である。」とされており、7月以降想定される1ヵ月あたりの病院の減収額は最高は950万円、平均では336万円で、年間1施設当たり平均4000万円の減収となることが予測され、医業経営に深刻な打撃を与えることは必至であることが訴えられていました。

○当院の入院収入への影響

さて当院の7-8月の影響は、予想通りと言うか大きな減収でした。
当院は148床のうち
 一般の療養病棟入院基本料1算定  50床
 特殊疾患入院施設管理加算病棟  51床
 特殊疾患療養病棟入院料2     47床 

  内救急対応病床3床・個室2床で、実働病床は42床ですので、入院は平均143人前後です。

7月からの影響
 当院の入院患者さんの医療区分分類では、これまで特殊疾患療養病棟や特殊疾患入院施設管理加算病棟などで、比較的重度の障害者が多く入院されていた為、一般の療養病床よりも医療区分1の割合が少なく、多少の変動はありますが、2ヶ月の平均では医療区分1が32%(入院基本料E 19%、入院基本料D 13%)、医療区分2が64%(入院基本料C 11%、入院基本料B 53%)、医療区分3は4%(入院基本料A 4%)程度となりました。

 この医療区分の割合は、当初予測された一般の療養病床の医療区分よりも、医療区分2が50%を超えたものでしたが、医療区分3は5%未満で、国の試案とは大きくかけ離れていました。

 そのためやはり特殊疾患療養病棟での診療報酬の大幅減収が影響し、7-8月は前年比平均800万円を超える減収になりました。年間にすれば約1億円の減収が予測されます。

 不正を行ったわけでも無く、医療制度や診療報酬制度をまもり、職員の努力で出来るだけの無駄を省いて経費の節約などこつこつと努力してきた事を、突然何の前触れもなく大幅報酬削減を突きつけた改定であっという間に破壊させてしまう大改悪なのです。
 これまでの小さな努力は何だったのか。多くの療養病床現場で働くものもがやる気を失いかけています。

 全国的な影響調査は、これから日医や療養病床協会でも公開されるだろうと思いますが、まず第1段として当院の2ヶ月での影響を報告します。


 別の機会に、現場での医療区分の反応なども述べたいと思います。

        平成18年9月7日 玖珂中央病院 吉岡春紀