手術料の不思議  16年4月改訂について


 今年もこの4月1日から2年に一度行われる医療費の改定がありました。しかし今回の改訂は全体の医療費を今のまま据え置く(報酬本体が±O%の改訂)ことが前提で協議されたため、大幅改定とはならず、中医協によると「医療の安全・質の確保の観点から小児・精神医療などの重点評価にとどまった」ようです。従って、窓口での支払いに大きな混乱は無いと思います。

 しかし、2年前の14年度改定は史上初の本体点数のマイナス改定であったためか、なかなか現場にマッチしない点数設定もみられましたし、医療機関にも患者さんにも納得しにくい内容でした。なかでも手術料の施設基準と減算ルールは、現場での混乱が大きく早急な見直しが求められていました。

 それは、高度な技術を必要とする手術を一定の専門医療施設に集中させるために、手術症例数などによって定められた施設基準を満たさなければ、その手術料を3割減算するという、いわゆる「手術施設基準」が導入されたわけです。

 しかし、「なぜ特定の手術に基準を設けたのか?」・「基準として設けられた症例数の根拠とは?」・「手術は外科医の技術による部分が大きいのではないか?」・「減額の幅となった30%の根拠とは?」など、この基準への疑問が現場から発せられ、賛否両論混乱しました。(その後,基準に満たない施設でも専門医の執刀であれば報酬の減算にはならないなど、いくつかの基準が緩和されました。)

 16年の改訂で、手術の施設基準が見直されたわけですが、今回は、手術料とはどんな風に決まっているのか、施設基準とは、施設によって手術料が違うのはどうしてなのかを説明したいと思います。

 しかしこの不思議をわれわれ医師も理解できないものもありますし、簡単に説明して一般の方たちに理解して貰うこと自体が難しいシステムなのですので、分かり難い表現もあることをお許し下さい。

---------------------------------------------------------

○ 手術の暫定見直し 減算施設は手術廃止へ

 今回の改訂にあわせ厚労省保険局の西山医療課長は、昨年東京都内で開かれた東京都病院学会設立記念シンポジウムで、具体的な改定内容では、まず手術の施設基準の暫定的見直しについて、「前回改定では、手術に対するメッセージがあいまいだったことに問題があった。今回、暫定的に見直したが、考え方としては、症例数と医師経験年数の両方を満たさない施設は手術をやめていただきたいということだ」と解説しました。

 従って今回の改訂は、見直しと言うよりも「複雑な手術は経験の浅い医師・症例数の少ない施設では行わないで欲しい。もし行うなら減額しますよ」という改訂だとも言えます。

-----------------------------------------------------------

○ 「手術料の施設基準不適合減算は見直し」ですが
  ではどんな見直しになったのでしょう。

 手術の施設基準については、(16年度改訂)

 (1)症例数と常勤医(臨床経験10年以上)の基準を満たす医療機関は5%加算
    但し、施設基準は届け出制で社会保険事務局長に届け出た医療機関で
    行われる手術に限り加算

 (2)症例数は基準を満たさないが、常勤医の基準を満たす医療機関は減算せず

 (3)症例数・常勤医ともに基準を満たさない医療機関は30%減算施設基準を
    届け出ていない医療機関は30%の減算

の3区分とすることになりました。

 これだけ見ると、症例数と常勤医の基準を満たした施設での手術は4月から手術料が今よりも5%加算になると考えます。しかし今回は、施設基準の対象となる手術の点数は、改定と同時に現行点数より一律5%点数を引き下げられており、加算とは名ばかりで、施設基準をクリアしてやっと今と同じということなのです。逆に症例数と常勤医の基準をともにクリアできない医療機関は、認可の届け出も出来ませんし、もし必要で、これらの手術を行ったとすれば現行点数に比べ実質的には35%減算されることになります。

 症例数と医師の条件をクリアして、改訂では5%加算になるのではなく、クリアして始めて現在の手技料と同じになると言うトリックが隠されているのです。

 この様に同じ手術を受けても、受ける施設・術者によって手術料金は大きく異なるシステムになっているのです。これを「一物二価」と言っていますが、今回の改訂で一物三価にもなり、本来日本の医療制度では認められていないものです。

 そして、この制度の対象となる手術は、全ての手術ではなく、約110種類のあらかじめ決まった手術だけで、主に悪性腫瘍の切除や心臓血管系でも複雑な手術が対象となっています。それ以外の手術に関しては今回の改訂では手術料は全く変わっていませんし、施設基準の届け出も必要ありませんので、手術を受ける患者さんも、どこで受けるのかによって手術料が違うのです。

-----------------------------------------------------------

○ 「年間の症例数」
  手術をおこなう為のその他の施設基準とは

 今回の改訂では変更されませんでしたが、手術の施設基準には、上記の3つの施設基準以外にこれまで通り「年間の症例数」と言う規定があります。これはある手術を行う場合には、その施設での年間手術症例数が一定の例数以上ないと認めないという基準です。手術の数が多いほど成績がよいとの考えに基づくものですが、批判も多く、14年の改定直後に、この症例数が大問題となり、手術件数と質の相関性には根拠がないことや、手術によっては、その地域や都道府県で全く手術が行えない所もあり、途中で専門医の手術では症例数を緩和するという見直しがなされました。

その内容は下記のようなものです。

 ●症例数の基準を60%以上満たしており、各手術グループに掲げる学会が認定する専門医・認定医が手術を行った場合は、減算を行わない。

 ●特別な救命救急センターが行う脳動脈瘤被包術、脳動脈瘤流入血管クリッピング、脳動脈瘤頸部クリッピング、肺切除、肝切除については減算を行わない。

---------------------------------------------------------

○ ではどんな手術が対象となり、年間の症例数はどんな基準なのか

 すべての手術が対象ではなく、手術のうち前述したように約110の手術が対象となります。そのうち症例数によって3区分に分かれています。

----------------------------------------------------------

1. 年間50例以上の区分Iに分類される手術(専門医なら30例以上)

 ア.頭蓋内腫瘤摘出術等
  頭蓋内腫瘍摘出術、経鼻的下垂体腫瘍摘出術、脳動脈瘤被包術、脳動脈瘤流入血管クリッピング、脳動脈瘤頸部クリッピング、広範囲頭蓋底腫瘍切除・再建術、定位脳手術、顕微鏡使用によるてんかん手術、脳刺激装置植込術、頭蓋内電極植込術、脊髄刺激装置植込術、脳神経手術(開頭して行うもの)

 イ.黄斑下手術等
  黄斑下手術、硝子体茎顕微鏡下離断術、増殖性硝子体網膜症手術、眼窩内腫瘍摘出術(表在性)、眼窩内腫瘍摘出術(深在性)、眼窩悪性腫瘍手術、眼窩内異物除去術(表在性)、眼窩内異物除去術(深在性)、眼筋移植術、毛様体腫瘍切除術、脈絡膜腫瘍切除術

 ウ.鼓室形成手術等
  鼓室形成手術、内耳窓閉鎖術、経耳的聴神経腫瘍摘出術、経迷路的内耳道開放術

 エ.肺悪性腫瘍手術等
  肺悪性腫瘍手術、胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術、肺切除術、気管支形成を伴う肺切除術、胸壁悪性腫瘍摘出術、醸膿胸膜、胸膜胼胝切除術(通常のものと胸腔鏡下のもの)、膿胸腔有茎筋肉弁充填術、胸郭形成手術(膿胸手術の場合)、気管支形成手術、

 オ.経皮的カテーテル心筋焼灼術 

--------------------------------------------------------

2. 年間10例以上の区分2に分類されるもの(専門医なら6例以上)

 ア.靭帯断列形成手術等
   靭帯断裂形成手術(関節鏡下によるものを含む)、観血的関節授動術、骨悪性腫瘍手術、脊椎・骨盤悪性腫瘍手術

 イ.水頭症手術等
   
水頭症手術、脳血管内手術、経皮的脳血管形成術

 ウ鼻副鼻腔悪性腫瘍手術等
   涙嚢鼻腔吻合術、鼻副鼻腔悪性腫瘍手術、鼻咽腔悪性腫瘍手術 

 エ.尿道形成手術等
   尿道下裂形成手術、前立腺精嚢悪性腫瘍手術、尿道上裂形成手術、尿道形成手術、経皮的尿路結石除去術、経皮的腎盂腫瘍切除術、膀胱単純摘除術、膀胱悪性腫瘍手術(経尿道的手術を除く)

 オ.角膜移植術 

 カ.肝切除術等
   肝切除術、膵体尾部腫瘍切除術、膵頭部腫瘍切除術、骨盤内臓全摘術、胆管悪性腫瘍手術、副腎悪性腫瘍手術

 キ.子宮附属器悪性腫瘍手術等
  子宮附属器悪性腫瘍手術(両側)、卵管鏡下卵管形成術、腟壁悪性腫瘍手術、造腟術(拡張器利用によるものを除く)、女子外性器悪性腫瘍手術

--------------------------------------------------------

3. 年間5例以上の区分3に分類されるもの 

 ア上顎骨形成術等
  顔面神経麻痺形成手術、上顎骨形成術、頬骨変形治癒骨折矯正術、顔面多発骨折観血的手術

 イ上顎骨悪性腫瘍手術等
   耳下腺悪性腫瘍手術、上顎骨悪性腫瘍手術、喉頭・下咽頭悪性腫瘍手術、舌悪性腫瘍手術、口腔・顎・顔面悪性腫瘍切除術

 ウ.バセドウ甲状腺全摘(亜全摘)術(両葉)

 エ.母指化手術等
   自家遊離複合組織移植術(顕微鏡下血管柄付きのもの)、神経血管柄付植皮術(手・足)、母指化手術、指移植手術

 オ.内反足手術 先天性気管狭窄症手術 

 カ食道切除再建術等
  食道切除再建術、食道腫瘍摘出術(開胸又は開腹手術によるもの、腹腔鏡・縦隔鏡下によるもの)、食道悪性腫瘍手術(単に切除のみのもの)、食道悪性腫瘍手術(消化管再建手術を併施するもの)、食道切除後2次的再建術、食道裂孔ヘルニア手術、腹腔鏡下食道裂孔ヘルニア手術

 キ. 同種腎移植術等
  
移植用腎採取術(生体)、同種腎移植術 

------------------------------------------

この3区分が症例数による制限を受けます。

4.その他の症例数が必要な手術
 人工関節置換術  50例以上
 乳児外科手術 20例以上
 ペースメーカ移植・交換  30例
 冠動脈バイパス手術・体外循環 100例以上
 経皮的冠動脈形成術、経皮的冠動脈ステント留置術 100例以上

等の手術で症例数が決められています。しかし胃癌などの胃切除術は対象になっていませんし、大腸癌の結腸・直腸手術なども対象の手術ではありませんので、全ての悪性腫瘍とは限りません。

 また手術の施設基準でも、普通は循環器内科で行っている治療法も対象になっており、ペースメーカー移植術・交換術は循環器科なら、また、経皮的冠動脈形成術、経皮的冠動脈ステント留置術などは、循環器科標榜している病院なら、経験5年以上の心臓外科医が常勤しているか、連携がとれれば、内科で行う事の出来る治療となっています。

-----------------------------------------------------------

○ もう一つの改訂
  情報公開・詳細な説明とは

 今回の改訂のもう一つの基準は情報公開と説明を求めたものです。
 これらの手術を実施しようとする医療機関は、都道府県に届け出た過去1年間の手術件数について、「見やすい場所に院内掲示」することが義務づけられ、これを怠った医療機関は、常勤医師の経験年数と症例数に関する基準を満たしていた場合でも、当該手術の基準点数から30%減算とされることになるのです。加えて、医療機関ごとの情報公開と、手術を予定する患者への手術内容の詳細な説明も求められました。

 つまり、医療機関が手術の点数算定に際して減算とならないためには、症例数を院内掲示したり、手術内容・合併症などを患者に説明することが不可欠となるのです。このため、医療機関の情報公開をめぐる議論に拍車がかかるとの見方もありますし、厳しい規制のあった医療機関や医師の広告にも影響及ぼす事と思われます。

下記のような条件が必要となっています。

 ●手術を受けるすべての患者に対して、当該手術の内容、合併症及び予後 等を文章を用いて詳しく説明を行い、併せて要望のあった場合、その都度 手術に関して十分な情報を提供すること。

 ●患者への説明を要する全ての手術とは、手術の施設基準を設定されている手術だけでなく、当該医療機関において行われる全ての手術を対象とする。なお、患者への説明は、図、画像、映像、模型等を用いて行うことも可能 であるが、説明した内容については文書(書式・様式は自由)で交付、診療録に添付するものであること。

 ●院内に掲示する手術の件数は、前年(平成15年1月から12月)までの手術の件数を、届け出た区分の手術ごとに計算すること。

この条件は、加算の施設として届け出する際の条件なのですが、緊急や救急手術の際・または外来での小手術にも文書で交付してカルテに添付する必要があるのか、逆に届け出をしない施設なら、こんな条件は必要ないのか曖昧な記載になっています。

----------------------------------------------------------

○ まとめ

 この施設基準が診療報酬に取り入れられた14年から、手術の施設基準に関しては、賛否両論ありました。

 医療事故の多発は、医師の未熟さによる手術ミスが主な原因との考えでその防止には、経験のある医師が常勤し、症例数などを満たさない施設では行わせないという事に、厚労省もマスコミも持ってゆきたいのでしょう。勿論、昨今の医療事故の一部には、医師の未熟さ故の医療事故もあるのは事実ですが、施設基準を作って手術をさせないことで解決できるのかどうか疑問です。ここにも、現場、患者無視の国の改訂が顔を覗かせています。

----------------------------------------

● 手術件数と手術の質には相関はない

 今回の改訂に対して、日本外科学会の松田会長は「手術件数と質の相関性には根拠がなく、地方の医療を揺るがすもので満足できない」と反対されています。
 一定の症例数をクリアできない医療機関の手術料を3割減額する施設基準が果たして妥当であるのかを検討した日医総研の報告でも、「症例数が多い医療機関ほど、手術成績がいいという理論で2002年の診療報酬改定で導入された基準だが、3つの中核病院を対象にした調査では、症例数、手術時間、在院日数(予後が悪ければ在院日数が伸びる)の間に統計的有意差や、相関関係を見出すことはできなかった。」と結論しており、他にも症例数と手術成績は関係ないとの結果です。施設よりむしろ手術を行う医師の腕は評価の対象とならないからです。
 一方症例数が少ないと、手術そのものの経験が不足するため術者やスタッフの教育研修は問題があると思います。

  また、前述の松田会長によれば、基準の「10年以上の経験を有する医師が常勤している」という表現もあいまいすぎると指摘されています。この表現は、術者としての経験なのか、助手の経験も含めるのかがはっきりしていません。
 手術の質を担保するためには、各学会が認定し、国が広告することを承認している専門医制度を活用して施設基準に盛り込むなどの明確な表現が必要となります。また、加算の条件として、あいまいな「10年以上の経験を有する医師」を使いながら、症例数の緩和の条件としては「専門医」を使っていますが、その根拠も理解できません。

 そして複雑な手術は、単なる外科医の標榜ではなくサブスペシャリテイとしての専門医の養成や認定も進んでおり、これを利用した本当の「専門医」の必要性を基準に盛り込むことが望しいのではないでしょうか。また救急医療の場合は、症例数を施設基準から外してほしいことも要望されていましたが、考慮されませんでした。

-------------------------------------

● 地域に手術できる施設がない。

 現状で全国の各施設を見渡してみると、加算よりも手術を行ったら30%の減算になる施設のほうが多いと考えられます。その結果手術が行われないとなれば、この制度によって地方や救急の施設が存続できなくなるとともに、地方では手術が出来なくなってしまいことにもなり、大きな問題です。
 各都道府県でみても基準を満たす施設のない術式が多数あります。このため「実状を無視した実効性のない施策」とか「基準を満たす施設が2次医療圏に1つもないようなことは,ばかげている」などといわれています。

 朝日新聞の調査では基準を満たす施設は脳動脈瘤手術で約2割、心臓バイパス手術で約5割にとどまることが報告されています。2次医療圏の約75%が基準に達していない現状で,2次医療圏で医療を完結させるという方針と矛盾する事は、明らかな事実です。

 勿論、専門性の高い複雑な手術が、どこでもで行われることは問題です。しかし、地域性や医療圏内の完結を無視すれば、困るのは患者さんです。

これらの考慮も必要ではないでしょうか。

 そして「国が基準を設けるのではなく、本来、患者自身が病院や医師を選択できるようにすべきですし、医療の質の向上、効率的な医療提供の観点からもこの制度は問題がある」と考えられます。

 また、手術料金を減算することにした手術の抑制策は廃止すべきであると考えます。

-----------------------------------------------------------

○  参考サイト

手術の施設基準見直し 地方の医療を揺るがす

手術料の施設基準は減算から加算へ

外科医療が直面する問題を議論

手術時間と在院日数との関係に関する研究

手術の値段


表紙に戻ります。