1

ジニアスを中心としたロメナス奪回部隊が防衛ラインを突破して村へと雪崩れ込む中、既に撤退命令を受けていたオーク達は逃げ回っていた。まとまりなく我先にと一目散に逃げるので叩くのは容易い。ジニアスの狙いはオークの団結を崩すことだった。

そんな中、はつみと風雅、豊吉はステファンと合流した。

「…アリシア、大丈夫かな?」

開口一番にステファンが言う。

「大丈夫ですよ、きっと。逃げ切れたと思います。オーク達もアリシアさんを追いかけていったわけじゃないし」

「はつみ、そちらの二人は?」

「風雅さんと豊吉さん。私とアリシアさんを助けてくれたんです」

はつみが紹介すると二人は小さく会釈した。

「へえ〜。はつみもそうだけど、3人とも東方の国の人間なの?」

「えと、私は邪馬の国に修行に行っただけで、故郷はイスプリスの村です」

「イスプリスか…随分遠くから来たんだね。僕はティリス出身さ。もし立ち寄るなら僕の家においでよ。ま、特に珍しいものがあるってワケじゃないけどな」

「は〜い。是非寄らせてくださいな」

「あ、ジニアス隊長」

ジニアスは部下を数人引き連れて奪還したロメナスの視察をしていた。

「ステファン君、はつみさんも、無事で何よりです。アリシアさんは…いま捜索してますけど、多分大丈夫でしょう。彼女の亡骸は見つかりませんからね」

「ジニアス隊長、奪還に成功したのははつみ達のお陰と言ってもいいぐらいですよ。元老院からは何かお礼みたいなものは出るんでしょうね?勿論、僕の功績も認めてくださいよね」

「解っていますよ。もう伝えてあります。もし宜しければティリスへ寄ってくださいね。はつみさん…とそれから…」

「風雅さんと豊吉さんです」

はつみが答える。

ステファンの時と同じように二人は軽く会釈した。それに微笑んで返すジニアス。彼はその後部下の元へと向かいはつみ達に聞こえない小さな声で部下へ命令する。

「彼らに尾行をつけなさい。邪馬国の兵士と僧侶は特に要注意ですね…態々こんな所まで何をしにきたのか気になります。それに…聖堂にあった結界に守られていた何か、も気になります。彼らはそれが目当てだったと思われますしね」

2

ロメナスの村から1日ほどの距離にある山中にはつみ達は居た。

幾つもの渓谷を渡りようやく野宿が出来そうな川原へと出た。辿り着くまでに何度もはつみのお腹が鳴り、その度に先を歩く風雅と豊吉に聞こえないように小声で「お腹すいたぁ」とぼやく。

「今日はここでキャンプを張ろう。すまないがはつみは食べ物を探してきてくれ」

と風雅が言う。はつみが食べ物調達係というのはいつもの事だ。彼女の呼び出す式神が食べ物の調達には欠かせないからだ。

「いでよ〜熊吉!」

はつみは指で印を結ぶと無意味に適当な呪文を唱えると、彼女の式神である熊の「熊吉」が呼び出された。呼び出された熊吉は河で鮭を取りはつみは木の実や山菜を取る。

熊吉が河の水面をえぐる様に引っ掻くと鮭が跳ね上がり河原へと打ち上げられる。しばらくして採取に疲れたのかはつみがやってくる頃には河原には鮭が山積みされていた。目を凝らして水面を見つめる熊吉をみてはつみは話し掛ける。

「ねぇ、熊吉、私…世界の真実に近付いてるかな?」

熊吉は少しだけはつみを見るとまた仕事に戻った。その答えを見つける事がはつみの仕事であるんだと思わせぶりな仕草で。

3

3人で少し遅い夕食を摂りはつみは食べ疲れて寝ている。

風雅と豊吉が焚火を囲む。

「豊吉さん、ご家庭は?」

焚火越しにはつみの寝顔を見る豊吉。

「妻と娘が一人。娘は今年で10歳です。ずっと離れて仕事していたので月に1度しか会いませんけどね、でも子供っていうのはぐんぐん成長していくものなんですよね。1ヶ月会わないと全然違う」

豊吉は嬉しそうに笑みをこぼす。豊吉ははつみの寝顔を娘とダブらせていた。はつみに比べれば見た目5歳は年下だが彼の言う「少し会わないうちに」いつしかはつみぐらいの年齢になるのだろうと思いながら。

「どうしてこの仕事を?危険な仕事なのに」

「ん〜…どうしてなんでしょうかね。若気の至り…とでも言うんでしょうかね。ガキが身体だけ大人になったような、そういうのが自分だと思ってますよ」

「もしかしたらですけど、元の世界に戻れないかも知れないでしょう?」

豊吉は焚火に薪をくべる。火の粉が空中に舞い上がった。それを目で追うわけでもなく豊吉は遥か遠くを見つめるような仕草で言う。

「…いつも、何かを変えてやろうって思っていまして。どんな些細な事でもいいんです。自分の力で何かが変わるのなら。そしたら"世界を救う仕事"が来たんです。危険な仕事ですから同僚は誰も志願しませんでした。もしかしたらこれは私に与えられたチャンスなのかな?って思ったんです。私の平々凡々な人生で輝ける瞬間、じゃないかって思いましてね」

「その為に、家庭を犠牲にしても…ですか」

「…」

豊吉は風雅の問いに何も答えず薪をくべた。

4

そこは音の無い世界だった。

殆どのものが味気なく色あせて見える。それが夢なのか現実なのかはつみには解らなかった。ただ、殆どが色あせて見える中で僅かだが色を見せた場所があった。何かに誘われるがままに小高い丘の上にある教会へと足を踏み入れるはつみ。

逃げ場だった。

全てのものが色あせて存在を無くす中で、自分すら消えてしまいそうになる中で、自分の存在を保つ事が出来る場所。

重い扉を開くと冷たい空気が頬に触れた。外よりも随分と寒いがそれでもよかった。

まるで世界がその教会の中の空間だけになっているように、その場所が愛おしく思えた。もう逃げ場はここしかない…。もうどこにも行けない。

もうどこにも私の居る場所が無い。

ふらふらと祭壇の前に歩み出るはつみ。冷たい床にも構わず跪くと祈った。

呪文を唱えるように何かを言い放つ。繰り返し繰り返し、それを言う。

何を言っているのか解らなかった。その言葉が誰かに届く事など期待はしていなかった。前にも後ろにも進めない、そんな状況でひたすら放つ言葉が心の中に広がる果てしない寂しさを埋めてくれる。ほんの数秒でも忘れさせてくれるのなら、永遠に唱えよう。口がカラカラに渇いて、声がかすれて息苦しさに襲われても、それでも永遠に唱えよう。

その祈りが終わり、また何かから開放される。そんな気持ちがはつみの心を覆い尽くす。こんな世界は私がいるべき世界じゃない…。

もとの場所に帰ろう。

もう直ぐ戻れる。

5

「はつみ」

誰かが呼んでいる。

薄っすらと目を開けるとそこには焚火だ。朝の冷たい空気が辺りに立ち込めていて焚火の燃えかすの香もある。そして初めてはつみは自分が夢を見ていたのだと気付く。自分を呼んでいた声は風雅の声だった。

「随分うなされていたようだが大丈夫か?」

「う…うん。なんだか…すごく悪い夢を見ていたみたいで…」

「夢?どんな?」

はつみは少し驚いた。

風雅がはつみの見ていた夢について興味深そうにしていたからだ。はつみにとって風雅の印象は邪馬の国の忍のソレとほぼ一致、つまりは己の感情を押し殺し冷徹に任務を遂行する、そんな人間だと思っていたから「どんな夢をみたのか」なんて質問が来るとは思っていなかった。

「よくわかんないけど教会でお祈りする夢…。とっても寂しい夢だったよ」

「その教会っていうのはどこにある教会?」

「え?…う〜ん…イスプリスには教会なんてないから、ロメナスの村にあった聖堂なのかなぁ…。きっとロメナスで聖堂を見たから夢に出てきたんだよ。…もしかして私の夢が秘宝と何か関係あるの?」

「いや。多分関係ないだろう。ちょっと気になっただけさ」

風雅は話を締めると身支度を始めた。キャンプをたたみ念入に焚火の後を土で覆い隠す。

「あの…ご飯…」

はつみはお腹が減っているのを感じて朝ご飯がまだである事を知る。遅くまで寝てしまったので風雅や豊吉が既に朝食を済ませていると思ったのだ。だが風雅は手を止める事無く片付けている。

「朝食は摂らないでおこう。どうもジニアスという男、俺達を信用していないらしい…。昨日から尾行がついている。気付いたか?」

「え、全然。式神も反応してなかったみたいだし…ジニアスさんどうして私達を監視してるのかな?」

「秘宝の事だろうな。尾行している奴はどうも手馴れた感がある。はつみの式神にも反応されないような距離を取っても執拗に俺達にしがみついている。まぁおおかた獣でも連れ回して匂いで着けてるのだろうな。河を越えれば匂いがつかない。振り切れればいいんだが…」

風雅は指で印を結んだ。彼らが焚いた焚火の跡が土と混ざり合いまるでそこは最初から焚火が無かったかのように元の土壌に戻る。

「私…忍術も習っておけばよかったかな」

風雅の土遁の術を見てはつみが言う。

「またいつか習えばいいさ。術や魔法なんてのは目的を果たす為の手段に過ぎない。大切なのは目的を果たす事さ。さぁ、急ごう」

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